1999年の創業より多くの有名ゲームタイトルを手がけてきたモノリスソフトが社内にR&D専門部門を組織し、開発の大規模化を見据えた技術開発に本格的に着手した。その経緯や現在手がけている研究内容、今後の戦略について、コアメンバーに聞いた。
<1>大規模開発を可能にする組織づくりへの第一歩
CGWORLD(以下、CGW):本日はモノリスソフトで立ち上げられたR&Dチームについて、いろいろお話を伺えればと思います。まずは、R&Dチームにおける高橋さん、稲葉さんそれぞれの役割を簡単にお聞かせください。
高橋哲哉氏(以下、高橋):モノリスソフトの取締役としての会社の運営だけでなく、開発現場の統括をしています。また、1年くらい前からR&Dチームの統括も担当しています。
稲葉道彦氏(以下、稲葉):私はもともとプログラマーをやっておりまして、モノリスソフトでは『ゼノブレイド』シリーズの描画エンジンのプログラムを担当しました。『ゼノブレイド3』(2022)まではプログラマー専任でしたが、その後はR&Dチームのプロデューサーとディレクターを兼務しています。
CGW:それでは次に、R&Dチームの発足の経緯や目的についてお聞かせください。
高橋:R&Dチームを発足したとはいえ、それ以前からもR&Dの取り組みは行なっていました。モノリスソフトはデベロッパーであるため、パブリッシャーさんに比べると人員的な余裕がないという事情があります。
パブリッシャーさんであれば、専任の人材を採用し、会社の資産としてR&Dにチャレンジしやすいのですが、われわれの場合、タイトル開発が主軸のため、将来的な投資に向けた人的なゆとりがあまりありませんでした。『ゼノブレイド2』(2017)を開発していたときは社内プログラマーは数十名ほどで、開発だけで手いっぱい。R&Dのチームを組織できる状況ではありませんでした。
CGW:当時はそんな状況だったのですね。
高橋:しばらくはそのような状況が続いていましたが、世界中の何千万人ものお客様に楽しんでいただけるタイトルを任天堂さんと一緒に開発するようになり、開発の規模が大規模化していくにつれて、開発に対する要求レベルも上がっていきました。
高橋:そうなると、少人数でどうにかやれる時代ではなくなってきたんです。いつまでも人海戦術に頼っているわけにはいかないと考え、技術的な側面からアプローチして開発の工数を減らしたり、効率化したりするための組織づくりが必要だと感じました。そこで、R&Dチームの立ち上げに至ったのです。
CGW:発足当初はどういう人をチームに集めたのでしょうか?
稲葉:スクリプトが書ける人、リギングが得意な人、Houdiniが扱える人など、基本的にテクニカルに強いTAの素養があるスタッフを集めています。また、開発環境の構築や描画系の実装に詳しいプログラマーもいます。
CGW:そういった方々は社内の開発チームからR&Dチームに異動したのでしょうか?
高橋:もともと、TA的な業務を担当する部署があり、それを拡充していったかたちですね。まずはプログラマーのトップである稲葉に参加してもらい、東京事業所(中目黒・大崎)でタイトル開発に携わっていたTAやプログラマーに異動してもらい、少しずつメンバーを増やしてきました。
CGW:将来的には、何名規模のチームを目指しているのでしょうか?
稲葉:具体的な数字を挙げるのは難しいのですが、多ければ多いほど助かります。当社が手がけている開発の規模、近年のゲーム技術や情報の入れ替わりが激しい状況を踏まえ、柔軟で迅速な対応ができる組織をつくりたいと考えています。
<2>R&Dチームが担う3つの役割
CGW:R&Dチームの担う役割について、詳しくお聞かせください。
稲葉:R&Dチームは、会社全体の開発環境の効率化、各セクション向けのツール開発支援、新しい技術の研究開発の3つの役割を担っています。
これまでは各タイトルのチームでツールをそれぞれに準備していたため、Jenkins環境やDCCツール、データのコンバータなどのインハウスツールが重複していました。これらをR&Dチームに集約して管理するというのが1つめの開発環境の効率化です。
そうして社内のインハウスツールを集約・一元化した上でR&Dチームでツール開発を行い、各セクションへの支援を行うのが2つめの役割です。現在のチームの規模では大変ですが、それでもツール開発をこちらで実施することが重要だと考えています。
3つめの新しい技術の研究開発については、各要素技術の研究開発だけでなく、それらの技術を実際に実装することも含まれます。特に、描画、ライティング、アニメーション関連の研究開発に力を入れたいと考えています。また、他社の優れた開発事例を学び、それをR&Dチームで資料化して社内に共有することも行なっています。
CGW:アニメーション関連の課題やデザイナー向けツール開発など、各課題に対してチームメンバーが設定されると思いますが、課題ごとのチーム運営はどのように行なっていますか?
稲葉:各課題には専任の班長がいて、彼らが基本的にはマネジメントを担当しています。しかし、班長には実務に専念してもらうため、スケジューリングや書類作成などのサポートはR&DチームのPMが担当しています。
<3>現在取り組んでいる研究開発
CGW:R&Dチームで現在取り組まれている研究開発について、大きくは
1:内製の描画エンジンの開発サポート、エフェクトエンジンの開発
2:アニメーションの開発・研究
3:デザイナー向けのツール開発
の3つが挙げられると伺いました。まずは1つめの内製エンジン開発の詳細について教えてください。
稲葉:現在開発している内製エンジンは、もともと『ゼノブレイド』(2010)向けに開発し、それを現在も引き続き拡張している状況です。
ゆくゆくはR&Dチームだけでこの内製エンジンを完全に管理していきたいと考えていますが、現状ではタイトル開発セクションのメンバーが多いため、サポートや共同開発のかたちで、必要となる様々な描画やエフェクト表現を作成しています。
将来的には、開発した技術を内製エンジンとして統合し、他のタイトルでも活用できるようにしていきます。R&Dチームが発足してまだ1年程度なので、今後3年くらいをかけて徐々に体制を移行していく予定です。
CGW:大手パブリッシャーでも内製エンジンの開発やメンテナンスには苦労されていると聞きますが、デベロッパーとして内製に取り組むのは素晴らしいことです。他社製のエンジンを使用する選択肢は考えなかったのでしょうか?
高橋:確かに内製エンジンのメンテナンスには苦労がありますが、当社が担当するタイトル開発では、他社製エンジンの選択肢は現時点ではありません。内製エンジンの方が、当社のニーズに合わせてカスタマイズしやすく、扱いやすいというのが理由です。
CGW:内製ゲームエンジンとしては主にモデルの描画エンジンとエフェクトエンジンに取り組まれているとのことですが、各エンジン開発の取り組みについて、詳しく教えてください。
稲葉:モデルの描画エンジンまわりでは、 DCCツールからモデルを出力するモジュールと、マテリアル、ライティング、ポストエフェクト、シームレスマップの実装の5つの項目に取り組んでいます。
エフェクト関連では、ランタイム側のエフェクトエンジンの実装と、エフェクトツールの開発を行なっています。
例えば、こちらが内製で開発しているエフェクトエンジンの画面です。ノードエディタでエフェクトのシステムを制作していますが、デザイナーによってはノードが苦手でプロパティベースでつくりたい人もいるので、ノード、プロパティのどちらからでもエフェクトを作成できるハイブリッドなしくみにしています。
稲葉:モデル出力モジュールの開発は基本的には完了していまして、今はライティングやマテリアルに関して、タイトル特有のキャラクターや背景の映像表現に向けた開発を行なっています。
CGW:2つめのアニメーション関連の研究開発についても、もう少し詳しく教えていただけますか?
稲葉:アニメーション関連で現在取り組んでいるのは、モジュラーリグの開発ですね。それを利用して各開発セクションではタイトルに応じたリグと、それを使ったアニメーションを作成してもらっています。
また、シミュレーション周りに関しては、例えば髪の毛の揺れなどについて、HoudiniなどのDCCツール上でシミュレーションしたものをベイクして、それをランタイムに反映するセカンダリアニメーションのためのモジュールを開発しています。
CGW:3つめのデザイナー向けのツール開発としては、 HoudiniやSubstance 3D Designer、Mayaなどのツール開発にも取り組んでいらっしゃるのですよね?
稲葉:例えばHoudiniでは、シミュレーションやプロシージャル配置ツールの開発に取り組んでいます。最近のタイトル開発では、Houdiniを使って背景要素をプロシージャルに配置するしくみをつくりました。
これにより、手作業では到底達成できない量の背景を効率的に処理することができました。20日ほどかかる作業がわずか30分で完了できるようになり、非常に大きな成果を上げています。今後もこの分野を強化していくつもりです。
こちらの画像の例では、道なども含めて背景アセットの配置を全てプロシージャルに行い、道の付近では土や草のマップが自然に遷移するようにしています。今回の例ではワイヤーフレームでしかお見せできませんが、非常に自然な遷移が実現されています。デザイナーは道のパスカーブを設定するだけで、複雑な背景を迅速に構築できるようになっています。
稲葉:また、プロシージャルモデリングを活用して、破壊オブジェクトを自動で生成したり、ルールに基づいてバリエーションを作成するような取り組みも行なっています。
<4>タイトル開発セクションとの連携
CGW:タイトル開発セクションとR&Dチームとの緊密な連携が必要かと思いますが、双方のコミュニケーションはどのように行なっていますか?
稲葉:定期的にミーティングを開いて、コミュニケーションを図っています。私自身がタイトル開発とも関わっているため、頻繁にミーティングに参加し、双方の橋渡し役を担っています。タイトル開発セクションで困難な業務が発生した場合には、それをR&Dチームに持ち帰り、研究課題として取り組んでいます。
CGW:研究課題の優先度はどのように決めていますか?
稲葉:基本的には業務のプライオリティに基づいて取り組んでいます。ただし、後から発生した課題であっても、緊急性が高くクオリティ向上や工数削減に直結すると判断される場合は、優先度を上げて柔軟に対応しています。
CGW:なるほど。基本的にはタイトル開発のニーズに基づいてR&Dチームが動いているということですね。それ以外にも、R&Dチームから発案して取り組む課題もありますか?
稲葉:はい、そのようなケースもあります。例えば、髪を綺麗に見せるためのシミュレーションについてR&Dチームで研究し、その技術をタイトルに採用した例があります。今後はチームの体制を強化し、自ら研究課題を提案できるしくみを定着させたいと考えています。
CGW:会社内での勉強会の運営もR&Dチームの仕事とのことですね。
稲葉:はい、その通りです。これまでは各タイトル開発セクションと共同で運営していましたが、現在はR&Dチームが勉強会の運営を担当しています。
例えば、CEDECの後には社内でアンケートを取り、特に良かった講演をピックアップして解説する会や座談会を企画しています。GDCについては英語の講演ということもあり、技術者がピックアップし、わかりやすく解説する資料を作成しています。
CGW:そういった取り組みがスタッフの時間外活動ではなく、業務としてきちんと組み込まれているのは素晴らしいですね。
高橋:ありがとうございます。経営的には、スタッフのやる気を搾取しないよう、きちんと業務として整備しています。現場的には、有用な情報をドキュメント化して共有することによって技術の向上を目指すとともに、技術が好きな人の気持ちを刺激することを大切にしています。
CGW:勉強会はどのくらいの頻度で行なっていますか?
稲葉:CEDECやGDCのような大規模なイベントについては年に1回行っています。それ以外の勉強会は、現時点では不定期で開催しています。例えば、各タイトル開発で得られた知見を共有したいタイミングで、各チームからの発案で実施することがあります。
CGW:勉強会の内容や社内のノウハウについて、ドキュメントとして閲覧できるようにしているのでしょうか?
稲葉:はい、以前は各タイトル開発セクションのノウハウがクローズドで、互いに情報が分からずに社内で重複する業務が生じていました。しかし、R&Dチームを立ち上げてからは、とにかく情報の可視化を意識しています。現在は、これらの資料を社内サイトに掲載しており、他のセクションのスタッフも閲覧できるようになっています。
CGW:社外向けにもテックブログを公開なさっていますが、これについてはどのように運営されていますか?
稲葉:テックブログは、社内では月に1回程度のペースで各セクションからブログを作成してもらっています。その中からピックアップした記事を社外向けのテックブログに掲載しています。
R&Dチームだけでなく、タイトル開発セクションのスタッフも執筆しています。ブログの執筆は業務時間内に行なっており、今後も業界貢献のために公開できる情報は積極的に発信していく考えです。
<5>「モノリスソフトらしさ」を共に追求できる人と一緒に働きたい
CGW:R&Dチームは取り組む内容が多く、非常に忙しそうですが、現在の開発で直面している課題はありますか?
高橋:最大の課題は、やはり人手が不足していることですね。
稲葉:現状は何とかチームが機能している状態ではありますが、さらに上のクオリティを目指すためにはやはり人手が必要です。今後に向けて、ぜひ描画関連の開発が好きな方に新たに加わっていただきたいと考えています。
直近のタイトル開発で直面している達成すべき課題や、中長期に整備していきたい表現を一般化するなど、様々な課題に向けてメンバーを拡充していきたいですね。
CGW:R&Dチームに求める人材としては、タイトル開発のベテランやエンジン開発の経験者が良いのでしょうか、それともGDCやSIGGRAPHの論文を読み解いて応用できるアカデミックな方が必要なのでしょうか?
稲葉:両方面からの人材が必要ですが、現在はアカデミックなバックグラウンドを持つスタッフが社内に数名いるため、今は主にベテランの開発経験者を求めています。ただし、経験年数よりも、描画エンジンの探求や研究開発に対する情熱が重要だと考えています。
CGW:それぞれの課題への取り組みに向けて、チームで求めている人材像についてお聞かせください。
稲葉:まず、プロシージャル表現の強化に向けて、HoudiniやSubstance 3D Designerを用いたデザイナー向けツールの開発については、すでにタイトル開発でその効果が証明されています。そのため、Houdiniのエキスパートの方にぜひご参加いただきたいと考えています。
具体的には、プロシージャルモデリング、背景のプロシージャル配置、髪の毛のモデリングやシミュレーションなど、様々な課題に挑戦していきたいです。使用しているツールがHoudiniでなくても、Blenderなどでも構いません。
稲葉:次に、内製エンジンの開発に興味のある方にもぜひ来ていただきたいです。汎用エンジンでは実現できない独自の技術探求が好きな経験者の方には、非常に貴重な経験ができるチームだと思います。
感覚的な話にはなりますが、内製エンジンで描画されたビジュアルには、そのエンジンの独自性が表れると感じています。モノリスソフトの開発したゲームを見たお客様から「これがモノリスソフトのビジュアルだ」と仰っていただくこともありますので、そういった独自性に共感し、共にこだわりをもって働いていただける方とご一緒できれば嬉しいです。基本的には経験者の方をと考えていますが、大学で世界トップレベルの技術表現を追求している方も歓迎します。
さらに、アニメーション表現の強化に向けては、先ほどお話ししたリグやシミュレーションによるセカンダリアニメーションの実装に加えて、IKやリターゲットなど、ランタイムでのアニメーション表現の探求も進めていきたいと考えています。アニメーターとしての経験があり、ランタイム表現を含めたゲームの実装経験がある方にぜひ加わっていただけると嬉しいです。また、HoudiniのKineFXの活用にも一緒に取り組んでいきたいと思っています。
CGW:アニメーション関連の開発も、やはり人が足りていない状況ですか?
稲葉:そうですね。シミュレーションできるTAがなかなかいらっしゃらなくて、人材確保に苦労しています。もしこの分野が好きでご興味がある方がいれば、 ぜひチームに加わっていただきたいです。ゲーム業界に限らず、アニメーションスタジオ出身の方も大歓迎です。
CGW:開発環境の強化に向けてはいかがでしょうか?
稲葉:開発環境の強化に向けては、アセットのデータコンバートの自動化、Jenkinsを活用したビルド環境の効率化、自動テスト、バグの自動検出や負荷計測など、多岐にわたる課題に取り組んでいます。こうした分野にこだわりをもって取り組んでいただける方も募集しています。
例えば、『ゼノブレイド3』ではキャラクターを様々なマップに配置して負荷計測を行い、CPU・GPU負荷をヒートマップで可視化したり、自動プレイによる夜間テストを行なったりしていました。これらのしくみをさらに強化していきたいと考えています。
<6>R&Dチームが目指すもの
CGW:最後に、R&Dチームの今後の展望についてお聞かせください。
稲葉:まずはチーム体制の強化に取り組みつつ、本日お話しした様々な課題に挑戦していきたいと考えています。研究開発部門として、ゲームタイトル開発に直接携わるわけではないため敬遠されることもあるかもしれませんが、私たちはゲーム開発のための技術探求を心から楽しんでいます。
技術を追い求めることが格好良いと信じており、R&Dチームには同じ価値観をもつメンバーが集まっています。そうした情熱をもつチームをつくり上げることで、チーム全体の技術が向上し、最終的には会社全体、ひいては業界全体に貢献したいと考えています。
CGW:ありがとうございました。
TEXT_川島基展 / Motonori Kawashima(もももワークス)
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota