
ECCコンピュータ専門学校でMayaを教える専任教員、福島千智氏が手がけた作品『湯屋の跡取り』が、ASIAGRAPH 2024のCGアート作品公募部門「CGアートギャラリー」にて優秀作品(Excellent works)に選出された。生徒を導き育成する教員が、コンテストで手本を示して見せるという快挙を成し遂げた。
本記事では、『湯屋の跡取り』の制作工程ならびにポートフォリオを題材に魅力的な作品づくりについて学ぶとともに、クリエイターでありながらベテランの教員でもある福島氏から3DCG・ゲーム業界を志望する若者に伝えたいことを語ってもらった。

福島千智氏
ECCコンピュータ専門学校 ゲーム・クリエイティブカレッジ 教員
大学を卒業し一般企業に就職した後、ECCコンピュータ専門学校の2年制コース(※1)で3DCGを学び、CGプロダクション勤務を経てECCコンピュータ専門学校のゲーム・クリエイティブカレッジ専任教員に就任。現在はゲーム開発エキスパートコース[4年制]ゲームCG専攻、CGデザインコース[3年制]において、Mayaの基礎から最終学年の作品制作まで幅広い授業で教鞭を執る。
※1 該当コースは現在は閉講している
MayaとPhotoshopでここまでつくれるよ、と学生に伝えたかった
CGWORLD(以下、CGW):ASIAGRAPH 2024での優秀作品選出、おめでとうございます。今回、日本人の優秀作品選出は福島さんおひとりだそうですね。
福島千智氏(以下、福島):優秀作品選出を目標にしていましたから、「やっと優秀作品に選ばれた!」と嬉しかったです。実はASIAGRAPHへの応募は今回で6回目なんです。最初の年は落選で、その後準入選、入選を経て、やっと優秀作品に選出されました。
CGW:ASIAGRAPHに挑戦しようと考えたきっかけを教えてください。
福島:私は教員になってから今までずっと、空き時間で自分の作品をつくり続けてきました。「せっかくだし、社会人クリエイターが出せるコンテンストはないかな?」と探していたところ、尊敬するクリエイターのちろナモ(藤田祐一郎)さんの作品がASIAGRAPH 2019の優秀作品に選出されたことを知ったんです。「こういうテイストを3DCGでも出せるのか」と刺激を受けて、ASIAGRAPHでの優秀作品受賞をひとつの目標に、教員をしながら制作活動を続けていこうと決めました。
CGW:受賞作品『湯屋の跡取り』について詳しく伺っていきます。まずは企画から作品完成までの工程を詳しく教えてください。

福島:この作品は、銭湯の跡取り修行に励む少年「たろう」が、鬱憤が溜まって女将であるおばあちゃんと大喧嘩をしているシーンを描いたものです。制作の大まかなながれとしては、ラフを描きながら世界観を膨らませて、固まったらまずはキャラクターのモデリング。それに合わせて背景と小道具をモデリングして、レイアウトとカメラを決めて、最後にライティングとレタッチで完成です。
CGW:いちばん時間をかけたのは、どの工程でしょうか。
福島:やっぱり最初の工程で、手描きのラフを描いて設定を決めていくところですね。自分がラフに納得していない状態で次の工程に進んでもモチベーションが保てませんから、ここにはたっぷり時間を割きました。

CGW:ラフの時点でもうこんなに情報量があるんですね。
福島:はい、ラフの時点では“勢いそのままに描く”ことを大切にしています。ラフはどんどん描いてどんどんやり直せるものですから。CGでつくることは意識せずに、全部手描きで出し切るようにしています。それと、作品全体の方針として、「これとこれだけは絶対に見せたい」というポイントを自分がしっかりわかっておくことがとても大切ですね。
あとは、手描きのラフの場合、線の揺れみたいなものが画を良く見せてくれる部分があることを意識しています。つまり、3DCGに置き換えた場合にもラフがもつ良さを損なわないように、デジタルでの作業を進めます。
CGW:ラフを描き上げるのには、どれぐらい時間がかかりますか?
福島:単に描く工程だけなら1枚10分程度ですが、その前のリファレンス集めと、頭の中でアイデアを膨らませる工程にしっかり時間をかけています。ラフも、1枚ではなく何枚も描きます。

CGW:『湯屋の跡取り』はどんなものにインスピレーションを受けて生まれたのでしょうか?
福島:最初のきっかけはレトロな銭湯をつくりたいな、という思いつきです。私は旅行が好きで、行く先々で「こういう背景つくりたいな」、「こういうシーンつくりたいな」というアイデアを日々ストックしているのですが、今回は銭湯が選ばれました。
それから、今回はキャラクターアートではなくてキャラクター込みの“空間”をシチュエーションイラストみたいに切り取った、可愛らしい作品をつくりたいという思いもありました。
CGW:空間として切り取る、ですか。
福島:画を見て「キャラクター同士はどういう関係性なのかな」とか「ふたりはどんなことをしゃべってるのかな」といった、画の前後のフレームに隠されたストーリーを妄想してほしいと思ってつくっています。
説得力のある空間づくりのためには、些細な要素をひとつひとつ調整したり、追加していく必要があります。例えば、たろうは後ろに向かって指をさしていますが、肘が指先より上の位置にあるか下の位置にあるかだけで印象が変わりますし、眉毛の角度も1°ちがうだけでニュアンスが変化します。
CGW:今回特にこだわって調整した要素には、どのようなものがありますか?
福島:女将であるおばあちゃんの上半身のポーズです。ここは最後まで悩んだ要素のひとつで、完成の1週間前まではちがうポーズで制作を進めていたのですが、どうしてもしっくりこず、最後まで調整を行いました。


福島:おばあちゃんはたろうにとって一種の悪役でありつつ、可愛げや愛嬌も持ち合わせているキャラクターなのですが、初期のテイクではおばあちゃんがかなり好戦的な印象に見えていました。おばあちゃんの佇まいを柔らかく伝えることで、そのキャラクター性がより伝わる作品に仕上がったと考えています。
CGW:おばあちゃんの顔の角度に加えて、おばあちゃんの傍に置いてあるアヒルの角度も変わっていますね!
福島:よく気付きましたね(笑)。キャラクターのポーズだけではなく、小物の配置にもこだわりました。
CGW:背景の小物も多彩ですね。
福島:私は自主制作で作品をつくる際、最終的に学生たちの参考となるように「ポートフォリオにどう載せるか?」まであらかじめ見据えています。今回は世界観の構築に寄与した小物集をポートフォリオにしっかり載せたいと思っていたこともあり、意識してたくさん小物をつくったという経緯もあります。ひとつひとつはシンプルなモデルですが、とにかく数が多く、手間がかかりました。



CGW:専門学校で多くの学生を業界に送り出す教員である、福島さんならではの視点ですね。
福島:学生たちへの指導という観点では、主な使用ツールがMayaとPhotoshopのみであることもポイントです。Substance 3D Painterも一部使用しましたが、プリセットのマテリアルやスマートマテリアルのみです。1~2年生の授業で学ぶ内容だけでここまでつくれるよ、という指標にもしています。
それから、この作品を通して伝えたいのは「世界観」、「ふたりの関係性」、「銭湯」の3本柱と決めて、初志貫徹で完成させましたが、制作途中で柱がぶれると迷子になって失敗する可能性もあるので、浮気厳禁だよといつも学生たちにも伝えています。
一方で、「ここまでつくったけど、残り日数を考えて最初のアイデアから見せ方を変えて上手く作品に落とし込む」ための手段を指導することもあります。残り日数に応じて、アドバイスの内容もがらりと変わります。自主制作を続けていると、限られた期間においてどこをブラッシュアップすれば作品のクオリティが上がるのか、身をもって日々実感しているからだと思います。
どんな作品も、まず完成させることが重要
CGW:ECCコンピュータ専門学校では、学校全体でポートフォリオを発表する場が設けられていると伺いました。
福島:はい。学校全体で「ポートフォリオ大会」というイベントを毎年2月に開催しています。私ともうひとりのCGの専任教員で2年前に起ち上げたイベントなのですが、ECCコンピュータ専門学校の学生はもちろん、教員も参加できる、ポートフォリオを見せ合うというお祭り的なイベントです。実は、このポートフォリオ大会に出品したいという思いもあり、『湯屋の跡取り』のシーンにいたるまでの前エピソードにあたる作品も続けて制作しました。

CGW:イベントにはどの程度の数の作品が集まるのでしょうか?
福島:学生と教員合わせて、100作品程度が展示されます。媒体も映像から印刷物まで多種多様です。
CGW:なぜこの大会を起ち上げようと考えたのですか?
福島:ECCコンピュータ専門学校では従来から「ECC EXPO」という学内コンテストを実施してきたのですが、このコンテストは年に1度の開催のため、学校全体で学生の作品を展示する機会を増やしたいと考えたことがきっかけです。クラス内での作品展示会は頻繁に開催されていたのですが、もっと広く学内で交流する機会を設けたいという思いがありました。

福島:技術レベルを問わず、教員と学生の垣根も越えて、学校にいるみんなの作品が一堂に会することで、普段の授業ではなかなか会えない先輩・後輩と話して人脈をつくれるイベントがほしい。そう考えて、実現したイベントです。
CGW:先生も参加できるというところがまた面白いです。
福島:ちなみに、教員の間のみで行われている施策としては「研究成果発表会」というものがあります。ECCコンピュータ専門学校に在籍する専任教員は、日頃から専門分野の技術の研鑽に力を入れていますので、その研究成果を毎年3月末に発表して共有しています。単なる知識や技術の共有にとどまらず、教員同士切磋琢磨しあうことで、モチベーションを高めることもねらいです。
CGW:専任教員がいるからこその施策ですね。
福島:平日毎日学校に来て授業と学生指導をする専任教員が各分野に揃っているというのは、専門学校では珍しいと思います。専任教員が支えるECCコンピュータ専門学校の技術教育レベルは、自信を持っている部分です。

CGW:福島さんが、教員として特に力を入れているのはどういったところですか?
福島:学生ひとりひとりの最新のポートフォリオを見ながら、志望業界、つくりたい作品のテイストをヒアリングしていきます。それに対して私が「その業界に進みたいなら、こういう技術が足りていないから身につけよう」とか、「こういうテイストの作品をつくりたいなら、その見せ方は効果的ではなくて、こういう見せ方のほうが良いよ」といったアドバイスをしていきます。
それから、もっと細かい粒度でのアドバイスも行います。例えば先日、少年と少女が手を繋いで走っている姿を描いた学生作品を見せてもらいました。手の繋ぎ方ひとつをとっても、手首を持って引っ張るとか、男の子ではなく女の子が手を引っ張るとか、手の握り方や配置で伝わるストーリーがガラッと変わってきます。そういうところまで考えて、画に落とし込んでいこうと話しました。
単に技術的な解説にとどまるのではなく、ひとりひとりの作品の傾向と志望をふまえて、作品の見せ方、演出にまで踏み込んで話をするように努めています。
CGW:最後に、ECCコンピュータ専門学校への進学を目指す学生や、業界への就職を目指す学生に向けてメッセージをお願いします。
福島:まずは「CG以外のものごとに多く興味を持ってほしい」です。CGや技術は、授業で受動的に習得できるものですが、それだけではつくれるものの範囲が狭まってしまいます。だから、一見CGに関係ないような経験や体験をたくさんしてほしいです。
今回受賞した『湯屋の跡取り』も、もとはといえば私の銭湯好きに端を発した作品です。例えば本屋に行ったら特定の棚ばかり見るのではなく、ガーデニング、インテリア、ゴスロリの服飾、何でも良いので、自分に関係ないようなものをたくさん見てインプットしてほしいです。そうすることで、作品をつくるタイミングで“掛け合わせ”のアイデアが生まれます。
もうひとつは、専門学生は年次が進めば進むほど、就職活動の書類選考のために制作物が限定されてしまうケースがあるので、就学前にはとにかくつくりたいもののアイデアをたくさんストックしておいてほしいです。曖昧でもかまわないので、自分が好きなもの、表現したいものの引き出しを何個も持っておくことが、クリエイターとしての広がりに繋がると考えています。
お問い合わせ
ECCコンピュータ専門学校
comp.ecc.ac.jp
TEL(広告広報課):06-6734-6736
TEXT__kagaya(ハリんち)
EDIT_Mana Okubo(CGWORLD)
PHOTO_中村昭一(レブフォトワークス)