アティック、岡山市進出1年で13名体制に-首都圏10社が参加した岡山市視察ツアーレポート
首都圏での人材獲得が難しさを増すなか、リモートワークの定着や自治体によるデジタルコンテンツ企業誘致の活発化も追い風となり、東京一極集中からの脱却を模索するスタジオが増えている。とはいえ、実際に進出を考える上で判断すべきことは多岐にわたるだろう。オフィスの賃料と自治体の支援制度、人材の確保・育成・定着、拠点を任せられるマネジメント体制、そして本社との連携。いずれも、机上の情報だけでは判断がつきにくい要素だ。
そんな企業向けに、2026年8月28日(金)〜29日(土)、岡山市は地方拠点の開設を検討する首都圏のデジタルコンテンツ企業10社を招き、1泊2日の視察ツアーを開催した。市内の進出企業を訪問し、2日目には学生向け交流イベント「CGWORLD 晴れの国 キャリアコネクト」で地元学生とも交流した。
本記事では、ツアーの様子をレポートするとともに、2025年に岡山市に拠点を開設したアティックへの訪問取材、そしてツアー終了後の参加企業と岡山市職員の声から、地方進出のリアルを明らかにする。
参加企業10社が岡山へ-2日間で何を見たか
ツアーの全体像
ツアーの参加枠は10社。1社2名までの交通費・宿泊費を岡山市が負担する形で募集され、7月末の締切を待たずに定員に達した。
1日目(8月28日)
午前中に岡山駅・岡山空港に集合。市職員によるオリエンテーションで、市の魅力や、デジタルコンテンツ企業の立地状況、補助金などの支援制度の概要が共有された。午後は市内に拠点を構えるアティックのオフィスを訪問。
夜は岡山城天守閣を会場に、ツアー参加企業・進出企業等の市内企業・地元の連携教育機関・市職員が一堂に会する交流会が開かれた。
2日目(8月29日)
午前から午後にかけて「CGWORLD 晴れの国 キャリアコネクト」を開催。パネルディスカッション、ポートフォリオブラッシュアップセミナー、企業ブース形式の交流会の3部構成で、市内でCGや映像、デザインを学ぶ学生約80名と参加企業が交流した。
なぜ岡山市は誘致に力を入れるのか?
岡山市がデジタルコンテンツ企業の誘致に本腰を入れ始めたのは令和2年度(2020年度)。この年に補助制度を設け、令和3年度からは市内の専門学校との連携事業を始めた。背景にあるのは、どの地方都市も抱える若い人材の流出だ。岡山市にはCGやデザインを学べる専門学校が揃っている一方、CGスタジオなど就職の受け皿がほとんどなく、地元で働きたい学生の思いに応えられずにいた。専門学校からは以前から「岡山にいたい学生はいるが、就職先がない」という声が上がっていたという。
市の産業振興課 企業立地推進係 係長の天野洋介氏は、「我々行政が企業誘致を進めていくことで、企業側は優秀な人材を確保でき、学生は地元で就職できるという、『三方よし』の関係を築きたいと考えています」と語る。コロナ禍を経て、学生も保護者も地元就職への意識が高まっているという。
講師派遣で補助が倍増 ─ 岡山市の支援制度
こうした方針のもと、岡山市は進出企業向けに「設備」「賃料」「人材確保」を柱とする補助制度を用意している。特徴的なのは、専門学校への講師派遣を行った企業に対して補助の上限が引き上げられる点だ。進出企業と地元の教育機関との関係づくりを、制度面からも後押しするかたちになっている。加えて、学校との橋渡しやオフィス探しといった、補助金以外の伴走支援も担当課が直接行う。制度の概要は以下の通り。
◆補助金
・設備補助:補助率1/2・上限500万円。専門学校への講師派遣を行った企業は上限1,000万円に倍増
・賃料補助:補助率1/4・年間上限300万円、3年間。講師派遣企業は補助率1/2・年間上限600万円(3年で最大1,800万円)
・人材確保奨励金:市内に住所がある新規常用雇用者1人あたり60万円(障害者は120万円)
・交付要件:新規常用雇用者5人以上(事業所開設から1年半以内に充足)。県外本社の企業が岡山市に初めて事業所を置く場合は3人以上から対象(限度額は減額)
◆その他の支援制度
・講師派遣支援:県外企業が専門学校へ講師を派遣する際の交通費・宿泊費・謝礼金を、市が学校を通じて補助
・学校連携:専門学校への企業紹介、オンライン面談の日程調整・同席、学校訪問のアテンド
・オフィス探し:空室情報の提供、物件や不動産業者の紹介、内見の同行
・連携教育機関(6校):岡山情報ITクリエイター専門学校、専門学校岡山情報ビジネス学院、専門学校岡山ビジネスカレッジ、中国デザイン専門学校、岡山科学技術専門学校、岡山商科大学専門学校
なぜ視察に?-首都圏だけでは採用が追いつかない
参加したのはアニメーション、映像制作、ゲーム開発、VFXなど、いずれも首都圏に本社を置くスタジオ10社。地方拠点の検討段階は「情報収集・構想段階」が最も多く、「複数の候補地を比較検討中」「岡山市を含む特定の地域で具体的に検討中」が続いた。
参加の動機として多かったのは、首都圏だけでは採用が追いつかないという実感だ。
デイヴィッドプロダクションの新岡翔大氏は、「首都圏のみでは採用活動が難しくなっているという点から、地方拠点の話題が社内で挙がりました。交通の利便性に優れ、競合社数が少なく、学生数もある程度確保できる都市という条件で調査していたところ、岡山市に興味を持ちました」と話す。
IDENCEの板谷勇飛氏は、「近年はAIの進展など事業環境の変化も大きく、都内での人材採用や組織拡大だけに依存せず、事業の軸や活動拠点を複数持つことの重要性を社内でも議論するようになりました」と、拠点を分散させること自体を経営課題として捉えている。
進出企業を訪ねて-アティック岡山スタジオ
ツアーの1日目、参加企業が訪れたのが、すでに岡山市に拠点を構えるアティックのオフィスだ。ここからは、同社への訪問取材の内容を、参加企業がそこで何を見たかとあわせて紹介する。
岡山だけで工程が回る体制
アティックが岡山スタジオを開設したのは2025年4月。東京オフィスに約60名を抱える同社にとって、2つ目の拠点となる。進出から1年あまりの現在、岡山スタジオには13名が在籍する。若い世代が中心で、その大半が岡山市を含む近隣地域の出身だという。
特筆すべきは、その構成だ。岡山スタジオには全セクション・全職種のスタッフがバランスよく配置されている。東京が上流、地方が下流といった分業ではなく、岡山だけで一通りの工程が回る体制を敷いている。
この点は、参加企業に最も強い印象を残した部分でもあった。デイヴィッドプロダクションの鈴木涼平氏は、「地方スタジオは東京の本社を補う役割が中心だと考えていましたが、岡山拠点だけでも制作を完結できるところまで体制を構築されていることには驚きました。地方拠点の可能性を改めて考えるきっかけになりました」と振り返る。
IDENCEの板谷氏も、「地方拠点というと、その地域で仕事を獲得することが前提のように考えていました。しかしオンラインでのコミュニケーションが一般化した今、制作拠点と顧客の所在地を必ずしも一致させる必要はないと感じました」と語る。
坪単価は東京都心の3分の1以下、通勤圏2km
拠点開設を検討する際、やはり気になるのがコストだ。岡山駅より2kmほどに位置するアティック岡山スタジオの賃料は坪単価は東京都心の3分の1以下。オフィスは30名が入る広さで、現在の在籍は13名。今後の増員を織り込んだ余裕がある。
もうひとつ、首都圏よりも格段に改善されるのが通勤環境だ。スタッフのほとんどが、オフィスから2 km圏内に住んでいる。東映アニメーションの榊原智康氏は、「家賃が安いのと、周辺の商店街など、日々の生活の利便性の高さが確認できました」と話す。オフィスの近くに部屋を借り、自転車で通勤しているスタッフも多いという。exsaの海老澤広樹氏は「路面電車があることを知らなかったのですが、通勤を考えると便利そうです」と話す。
周辺環境も充実している。徒歩圏にイオンモール岡山、百貨店の天満屋といった商業施設があり、飲食店も遅くまで営業している。
地元教育機関とのつながりと、採用の実績
アティックが岡山に来た当初、力を入れたのが教育機関へのアプローチだった。
「岡山県内だけでなく、近隣県の専門学校にも直接足を運び、スタジオの存在を伝えて回りました。その積み重ねの結果、岡山のみならず、広島など近隣の他県出身者も多く在籍しています」とアティックの伊藤直思氏は語る。
参加企業からも「採用の人数にびっくりした」(exsa・海老澤氏)、「当初想像していた以上に岡山市拠点にスタッフが在籍している」(デイヴィッドプロダクション・新岡氏)と、採用の実績そのものに驚く声が相次いだ。
参加企業に聞く-見えたもの、残った課題
ツアー終了後、参加企業にアンケートを実施し、10社から回答を得た。ここからは、実際に岡山を視察した企業の声を、トピックごとにまとめて紹介する。
実際に来て、印象が変わったことは?
回答で最も多く挙がったのは、岡山駅周辺の都市機能と、東京からのアクセスについてだった。「地方」という言葉から想像していたよりも、街が栄えていたという声が目立つ。
デイヴィッドプロダクションの新岡氏は、「新幹線の停車駅が街の中心にあるため駅周辺は想像以上に栄えており、都市としての規模感や利便性は事前のイメージを上回るものでした。一方、大通りを外れると地方らしい静かな街並みが広がっており、主要機能がコンパクトに固まっている点が印象的でした」と話す。
リズの戸舘美紗氏は、「街の印象がとくに変わりました。思っていたよりも交通のアクセスが良く、生活のイメージが掴みやすい街でした」と語る。exsaの海老澤氏も「岡山駅周辺はとても整っており、働くのに十分な環境だと感じました」と評価した。
次いで多かったのが、オフィスコストと支援制度に関する声だ。アティックの坪単価を聞いた参加者の多くが、首都圏との差に驚いている。Glitz Visualsの池田高志氏は、「固定費などのオフィス賃料や、市で行われている補助制度は目を見張るものがあり、費用感で考えると想定以上でした」と話す。
そして、市職員の姿勢そのものを挙げる回答が複数あった。テレビ朝日クリエイトの今井亨氏は「オフィス環境や補助の面で、自治体の皆さんの姿勢が素晴らしいと思いました」と語り、デイヴィッドプロダクションの新岡氏も「自治体側の歓迎姿勢や熱意が非常に強く伝わり、進出時の手厚いサポートを期待させるものがありました」と話す。exsaの海老澤氏も「自治体の方々が真剣に向き合っていると感じました」と評価した。
学生と会って見えた、岡山市の人材の特徴は?
2日目の「CGWORLD 晴れの国キャリアコネクト」では、市内でCGや映像を学ぶ学生と参加企業が直接交流した。企業側の印象は、おおむね一致している。「真面目で素直」。ノブレスの高鹿洋輔氏は、「質疑応答の場面でも飾らない正直な姿勢が見受けられ、ものづくりに対する誠実さが強く伝わってきました。熱量と素直さを兼ね備えた魅力的な人材が多い」と評価する。デイヴィッドプロダクションの新岡氏も「真っすぐな学生が多い印象でした」と話す。
スキル面では、「首都圏と大きな違いはない」という見方が主流だった。Glitz Visualsの池田氏は、「勉強されている学生はとてもよいポートフォリオでしたし、そうでない学生はそうでない。首都圏と岡山で顕著に違いがあるとは感じませんでした」としつつ、「採用側が作品のどこを見るかをあまり知らない印象でした。スキルはあるのにポートフォリオで損をしている学生もいて、そこが少しもったいないなと感じました」と話す。IDENCEの板谷氏も、「首都圏の学生と比べると、身近に制作会社やクリエイターと接する機会そのものが少なく、業界について知る機会に差がある」と、学生を取り巻く環境の違いを気になるポイントとして挙げた。
もう1つ、企業側が注目したのが学生の進路だ。ここは受け止めが一様ではなかった。テレビ朝日クリエイトの今井氏は「地元に残りたい学生さんが多いことに驚きました。だからこそ、クリエイティブ業種の岡山市進出の将来性の高さも感じました」と語る一方、デイヴィッドプロダクションの鈴木氏は「岡山での就職を希望している学生が想像していたよりも少なく、卒業後は東京など県外での就職を考えている方も多くいらっしゃった点が印象に残りました」と、異なる実感を持ち帰っている。
これはまさに、岡山市が取り組む企業誘致が解決すべき課題そのものだ。岡山市への進出はアティックをはじめ始まったばかりで、学生にとって地元で働きたいという想いはあっても地元で働く選択肢はまだまだ少ない。学生の側から見れば、首都圏への進路を視野に入れるのは自然な流れだろう。
このギャップをどう埋めるか。IDENCEの板谷氏は「企業側がインターンや制作現場との接点をつくり、岡山にいながら実務経験を得られる環境を用意できれば、採用にもつながる。完成された人材を探すだけでなく、学生の段階から関係をつくることを検討したい」と、企業側から動く構えだ。
自社が進出するなら、何が壁になるか?
課題として挙げられた点も具体的だった。回答10社のうち、「拠点のマネジメント体制」を挙げたのが8社、「人材の育成(教育体制)」が8社、「東京オフィスとの連携・コミュニケーション」が7社。コストやインフラよりも、「誰が現地を回すのか」という体制面の懸念が上位に並んだ。
リズの戸舘氏の言葉が、この懸念を端的に表している。「新卒を採用したとして、教えられる立場のスタッフが一定数ちゃんといなければならない」。exsaの海老澤氏も「拠点を管理、運営できるスタッフを選定、選出すること」を最大の壁に挙げ、「IターンやUターンで地方へ行ってくれる人材とのマッチングができる機会があると良い」と提案する。
冬寂の北田能士氏は、「東京から拠点へ送るスタッフ自体がいれば、すぐにでも拠点開設はできる」と、拠点を任せられる人材さえ確保できれば、進出は一気に現実味を帯びると見ている。
企業側が課題として挙げた「人材」と「体制」、そして学生の進路をめぐる受け止めの違い。これらは、次章で岡山市に聞きたい論点でもある。
岡山市に聞く-企業の声にどう応えるか
ここまで見てきた参加企業の声を、岡山市の担当者に投げかけた。
── 参加企業の多くが、拠点を任せられる人材の確保や育成体制など、「人」に関わる点を課題に挙げていました。IターンやUターン人材とのマッチングの機会があれば、という声もあります。こうした声に、市としてどのように応えていけそうですか。
「専門学校の新卒者だけでなく、IターンやUターン人材なども含めた市内在住のクリエイターとの関係構築も進めているところです。この他にも、移住担当の部署とも連携しながら、移住者に対する進出企業の紹介なども行っていきたいと考えています。」
── アティックの採用実績は、参加企業にとって最も説得力のある材料でした。進出企業が増えるほど、学生にとっても岡山で働く選択肢が見えやすくなると思います。先行して進出した企業と後に続く企業のつながりづくりも含め、市として今後どのように進出企業を増やし、支えていきますか。
「進出企業が増え、岡山市でコンテンツ産業の一定の集積が図られることを目標として、今後も積極的な企業誘致活動を進めていきます。
また、今回のツアーの中での交流会のように、先行進出企業と進出検討企業、地元の教育機関が一堂に会して、地方拠点開設のメリットやノウハウ、課題を共有できる場は有効な機会だと感じました。進出検討企業の方に向けて、今後もこのような場を市が提供しながら、進出後も人材確保に関することや日常の困り事を気軽にご相談いただける関係を構築し、継続的なサポートを行っていきたいと考えています。」
── 地元学生について、企業側の受け止めは「地元に残りたい学生が多い」「県外志向が強い」と分かれました。市は以前から「岡山にいたい学生はいるが、就職先がない」と捉えてきたわけですが、ツアーを経て、専門学校との連携は今後どう進めますか。企業側からは、インターンなど学生の段階から接点をつくりたいという声や、ポートフォリオの見せ方で損をしている学生がいるという指摘も出ています。
「企業からの声を受け、都市圏の学生と比べて制作会社やクリエイターとの接点が少なく、自身の作品を最大限PRする経験の必要性を感じました。
参加企業の中には、インターンの実施を検討してくださる企業もあり、専門学校との関係構築につながる可能性も感じました。今後は、本ツアーの継続開催の検討に加えて、講師派遣の機会を積極的に専門学校へご紹介することにより、低学年の段階から、学生と県外企業が触れる機会を作っていきたいと考えています。」
── 今回のツアーは締切を待たずに定員が埋まりました。手応えと、参加企業の声を受けて次に変えていきたいこと、そして、地方進出を検討している企業に伝えたいことを教えてください。
「締切より早く定員に達し、岡山に着目している企業の多さをあらためて実感することができました。開催後には、市内の教育機関の学生・関係者からも好評の声をいただくことがあり、初めての事業ではありましたが、今後の成果に結びつくのではないかと感じています。参加企業の皆様からは我々でも気づくことができなかった率直なご意見をいただき、次回の開催や専門学校との連携事業を見直すきっかけともなりました。
地方進出を検討している企業の皆様については、今回のツアーに限らず、オフィスや学校等の見学について、個別に行程を組み同行させていただきます。ぜひ「興味がある」の一言からでもご連絡いただければと思います!」
2日間で参加企業が持ち帰ったのは、賃料や補助金の数字だけではなかった。岡山だけで工程が回るアティックの体制、「真面目で素直」と評された地元の学生、そして「誰が現地を回し、誰が育てるのか」という問い。進出の判断は企業ごとに異なるが、その判断に必要な材料は、現地に足を運ぶことで初めて揃う。岡山市は、その一歩に伴走する姿勢を示している。
岡山市では、拠点開設を検討する企業からの相談を随時受け付けている。支援制度の詳細、物件探し、専門学校との連携、視察の相談は下記から。
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産業観光局 商工部 産業振興課 企業立地推進係
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PHOTO_大沼洋平
EDIT_中川裕介(CGWORLD)