2022年8月に開催された世界最大級のCGの祭典「SIGGRAPH 2022」において栄えあるElectronic Theaterの上映作品として選出された『Samurai Frog Golf』。制作を担ったのは、これまで多くの高品質なフルCG作品をつくり出してきたマーザ・アニメーションプラネットだ。監督はじめ中核スタッフにその舞台裏を直撃取材!
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 290(2022年10月号)からの転載となります。
同社初のエレクトロニックシアター、今後のシリーズ展開を目指す
意欲的な自主短編映像を定期的に発表しているマーザ・アニメーションプラネットだが、その最新作となる『Samurai Frog Golf』(以下、SFG)が2022年8月8日にSIGGRAPHにて上映された。この上映は本作のワールドプレミアであると同時に、同社作品初のElectronic Theater選出という快挙となった。
「子供の頃、家のすぐ隣はゴルフ場で、父はゴルフに熱狂していて毎日ゴルフの話を聞かされて過ごしました。また私は日本の歴史や侍のアニメ作品も大好きです。武士道とゴルフは所作や精神・礼儀など多くの共通点があると感じていて、もし侍が刀ではなくゴルフクラブを持っていたら? というアイデアを思いつき、どうしても映像化したくなったのです」(ブレント・フォレスト監督)。
本作のアートスタイルを模索するにあたり、浅草にある浮世絵工房・画廊「木版館」をチームで訪問。木版画の匂いや歴史を肌で感じた上で、木版画の模倣ではなくそれをベースにチームメンバーのアイデアを織り込んだ、どこにもないスタイルを目指している。「近年当社はオリジナルのルック開発に力を入れていて、監督のスケッチなどを基にみんながアイデアを出し合いそれらを取り入れた結果、今のルックに落ち着きました」(CGディレクター・田原史章氏)。
主人公の原型となったカエルのスケッチは2016年ごろに描かれ、2019年ごろからボード制作を開始。本制作は2021年10月から翌年1月末までの4ヶ月。本作は、オリジナル短編として完結し技術デモとしての側面もある『THE GIFT』『THE PEAK』ら先行作品とは異なり、企画当初から将来的なシリーズ化を見込んだ「ピッチ用素材 」のひとつとして制作されている。そのため現在は世界中の映画祭などに応募し反応を探りつつ、今後の展開を窺っているという。「もともとの構想段階では大きな物語と多数のキャラクターがいて、シリーズ化した際にはルックのアップグレードに留まらず、遥か遠くへステップを進めたいと考えています」(ブレント監督)。
<1>本作のスタイルの根幹となったアート
木版画・浮世絵をベースに西洋画も加えた独自ルックを追求
国内外のスタジオでエフェクトアーティスト、TDとして活躍してきたブレント氏は、トビアス・シュラーゲ氏と共に興した会社・フォレスト・シュラーゲにて短編映画『Like and Follow』(2020)を制作、アヌシー国際アニメーション映画祭では「Best of Annecy Kids」に選出された。SFGでは監督・FXとしてクレジットされているブレント氏だが、実際にはそれ以外も多岐にわたる工程で制作に携わっている。
Electronic Theater選出のほか、VIPO(映像産業振興機構)の助成金事業にも採択されている『SFG』だが、「非常にタイトなスケジュールで、普段は担当していない工程でも必要なことは分野を問わずなんでもやりました。監督業や実作業に加えて、自分が苦手な申請書類の準備等も重なり、そこが特に大変だったかもしれません(笑)」とブレント監督はふり返る。
アートは木版画をベースにしつつも、ゴッホやピカソなどの西洋絵画的要素や、各アートスタッフのアイデアを組み合わせるなど模索を重ね、キーアート全般をJosé Sánchez/ホセ・サンチェス氏が、メインプロップやキャラクターデザインをRyan Wheeler/ライアン・ウィラー氏が仕上げた。「本当にたくさんの意見が出ましたが、それを監督のビジョンを良く理解しているホセが中心になってまとめてくれました。リモート作業中も逐一連絡を取り、現場をすごくインスパイアしてくれました」(田原氏)。モデルをレタッチして仕上げることも検討されたが、最終的には、ハッチングやトゥーン調のシェーディング、さらには監督の好むローポリ、ドット絵など往年のデジタルアートの様式も取り込んだ、ユニークなルックが目指されている。
また監督は『サムライジャック』、『サムライチャンプルー』、『獣兵衛忍風』といった侍のアニメ作品も「何度観ても飽きない」というほど愛好しており、みすぼらしい身なりや隻眼などの身体の欠損、名無しの浪人といったイメージはそれら先行作品の影響を強く受けている。
独自のスタイルのベースとなったアート
下の4画像はホセ氏によるイメージボード
<2>独自のルックを追求したキャラクター
トゥーンとハッチング、ローポリ表現を複合
主人公のカエルについては、ブレント監督が以前SNS上のデザインコンテストに応募したときのスケッチが基になっている。「自分はキャラクターデザインが弱いと思っているので、『Character Design Quarterly』という雑誌を購読しています。その雑誌のデザインコンテストのために初めてカエルのキャラクターをデザインしました。その評判が良く、このキャラクターで何かつくりたいと思いました」(ブレント監督)。なお、すでに述べたようにアートとしてホセ氏、ライアン氏がクレジットされているが、刀とゴルフクラブは監督のデザインとなっている。
キャラクターアセット制作には、MayaとSubstance 3D Painterを使用。リグにはオープンソースのmGearをカスタマイズして用いている。またショットワークについても、技術デモとしての性質もあった『THE GIFT』らとは異なり、ゲームエンジンではなくMaya、Nukeが使用されている。mGearのカスタマイズについては「社内共通のリグの仕様や、パイプラインにあわせるために、内製ツール「mzAccelGear」を使用してリグ生成処理を一部オーバーライドしています。またリグコンポーネントも「mz_mGearComponent」という社内共通のものに置き換えるなど、主に部位ごとの不均一スケールや、生成する骨の数のカスタマイズを行なっています」(CGスーパーバイザー兼リギングスーパーバイザー・赤木達也氏)。
ルックは木版画を意識しつつも各種テイストを複合した独特な仕上がりとなっているが、これはシリーズ化を見越したパイロット版として様々な手法をテストする意味合いもあるという。「どういった情報や作業工程を削減できるのかを試すチャンスでもあり、モデルがローポリであったり、レンダリング結果がリアルタイムに近いルックで仕上げているのもその一環と言えます」(田原氏)。
テクスチャ制作時には、コンセプトアーティストが用いたカスタムブラシを共有することでタッチの統一が図られている。トゥーンシェーダはカラー情報のみで成立するようシンプルな構成を意識しつつ、陰影部にハッチングを付与。彫刻的な質感で単純なセル調を避ける工夫が施されている。またカラスのアウトラインは、マットアウトして背景が映るという極めて特殊な仕上がりとなっている。
ハッチングシェーダを使ったカエルのルックデヴ
カエルの柔軟なフェイシャルリグ
輪郭線に背景が透過するカラスのルックデヴ
カラスの羽リグ
内製リグツール
<3>内製ツールで表現力を増したFX&アニメーション
手描きエフェクト表現の強化とフルコマ・コマ落としの往還
監督・エフェクト担当としてクレジットされているブレント氏だが、そのほかにもコンテやツール開発、レンダリング・コンポジットと関与した工程は多岐にわたる。「エフェクトは1名で担当しました。短期・少人数での制作で、社内のエフェクトアーティストはHoudiniユーザーが占めていたこともあり、本作のためにデザインから描き起こせるアーティストを突発的にアサインすることが難しかったためです」(ブレント監督)。
手描きエフェクト風のアニメーションをMayaで作成するツー ル「ShapeMeshing」は『THE GIFT』『THE PEAK』から用いられているが、これをさらにアップデートした「ShapeMeshing 2.0」を使用。計算方法を改善してオブジェクト生成をより正確化・高速化し、GUIもユーザーフレンドリーなものとなっているという。
アニメーションは基本的には毎秒24コマのフルアニメーションとなっているが、部分的にコマを落としている。この処理は内製ツール「Time Filter」で行われ、アニメーションデータを非破壊に保ったままポスト処理的にコマを落とせるフローを実現している。「本来アニメーションチームとしては、新しくアニメーターが合流したときにもすぐに活躍してもらうためにできるだけ内製ツールは避けたいと考えています。またコマを落とすツールはフリーのものが公開されていたりもするのですが、シミュレーションなど他の部署とのコラボレーションを考慮した最適なデータがパブリッシュできるよう内製しました」(アニメーションスーパーバイザー・坂本知万氏)。これによりシミュレーション時にはノイズの原因となるコマ落としを適用せずシミュレーション後に戻したり、スローモーション表現の際にも元のアニメーションからどれくらいスローにしたといった情報も受け渡せるようになった。
ライティングは、序盤はシンプルで平穏な1灯ライティング、トーンを落とした中盤、バトルシーンでは焚き火をキーライトとして劇的に、とイメージングの段階でブレント監督の中で明確なイメージが固まっており、それに沿って仕上げられている。木版画を踏襲したエンボス風の半立体表現をコンポジットで加えつつ、カラスが焚き火を背負う構図ではマットアウトされたアウトラインから炎がのぞき見える点が非常に印象的だ。
また本作は、現在マーザが取り組んでいるパイプライン刷新のモデルケースとなった。「より高い柔軟性や自由度を得るための野心的なパイプラインとなっていますが、実制作をする中で旧パイプラインの機能を新パイプラインで実現すべくツール開発などを行いました」(赤木氏)これは大きな困難も伴ったが、同時に今後に向けた様々な知見を得ることにもつながったという。
手描き風エフェクト(ShapeMeshing 2.0)
コマ落としアニメーション(Time Filter)
場面に応じたライティングプラン
イメージングの段階で、監督の中でほぼ固まっていたというライティング
Compで詰めた表現
『SFG』独自のルックを作るためにコンポジット工程でも各種の工夫が凝らされている
月刊CGWORLD + digital video vol.292(2022年12月号)
特集:新世代クリエイター
定価:1,540円(税込)
判型:A4ワイド
総ページ数:128
発売日:2022年9月9日
TEXT_岸本ひろゆき
EDIT_藤井紀明 / Noriaki Fujii(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada