「世界最先端のテクノロジーとアートを融合させ、今まで誰も経験したことがないゲーム体験を作る」というビジョンを掲げるLuminous Productions。『ファイナルファンタジーXV』(以下、『FFXV』)開発チームのメンバーをベースに設立されたこのグローバルゲームスタジオは2018年に突如として現れ業界を驚かせた。数年間の沈黙を破り、ついに発売された『FORSPOKEN』。以降では、その開発の舞台裏を解き明かす。 なお、本記事は「エフェクト編」と「アニメーション編」に分けてお届けする。

記事の目次

    information

    『FORSPOKEN』(フォースポークン)

    発売日:2023年1月24日(火)

    開発:Luminous Productions

    ジャンル:アクションRPG

    対応機種:PlayStation®5/Steam/Epic Games Store/Microsoft Store

    希望小売価格:

    通常版(パッケージ版/ダウンロード版) 9,680円(税込)

    Digital Deluxe Edition 14,080円(税込)

    Limited Edition 22,000円(税込)

    www.jp.square-enix.com/forspoken

    フレイらしさやリアリティを維持したまま遊びやすいバランスに調整する

    上の動画は、Lead Field Animatorの遠山康平氏が魔法パルクールのスキルや設計意図について語る、Creator Interview CGWORLDコラボスペシャルシリーズの中の1本だ。同シリーズは、ほかに「UI篇」「VFX篇」がある。本記事と合わせてご覧いただきたい。

    本作のプロジェクトが起ち上がった直後、新しいモーションキャプチャの使い方を試した時期があり、他社が導入しているモーションマッチングを検証してみたとLead Field Animatorの遠山康平氏はふり返った。

    「100パターンくらいの動きを撮影しましたが、プレイアブルキャラクターとして成立させるには中長期的なR&Dが必要だったため、実用にはいたりませんでした。ただ、基本挙動データの収録や、アニメーションパターンの算出に活かすことができました」(遠山氏)。

    遠山康平氏 (Lead Field Animator)

    フレイのアニメーション作成では、活発で運動神経の良い20代の女性を表現することがコンセプトだったとField Animatorの茂木美那氏は語った。


    『チャーリーズ・エンジェル』(2019)でエンジェル役を演じていることからもわかるように、エラさん自身、すごく運動神経が良いんです。ゲーマーでもあったので、ゲームのアニメーションがどういうものなのかイメージできており、ゲームに取り入れやすい動きを提案してくれました」(茂木氏)。


    茂木美那氏 (Field Animator)

    エラ氏のモーションキャプチャはアメリカで行われ、COVID-19の影響で渡米できなかった遠山氏や茂木氏はリモートでのやり取りを余儀なくされた。


    「撮影初日からエラさんはフレイそのもので、僕たちの不安を払拭してくれました。あまりつくり込まず、自然体で演じるようにお願いしましたね。エラさんは“フレイなら、こういう動きが必要だと思う”というように率先して様々な提案をしてくれたので、一緒にフレイを創り上げたという感覚が強いです」(遠山氏)。


    そうやって撮影したデータを、なるべくフレイらしさやリアリティを維持したまま、ゲームとして遊びやすいバランスに調整することが遠山氏たちの課題だった。フレイの動きの方向性を決めた後は、ほかのNPCのアニメーションも調整していった。


    本作のアニメーションの醍醐味は、魔法パルクールによる斬新な移動体験だ。


    「ストレスになりがちなオープンワールドの移動自体を遊びのひとつにしたいというのが当初のテーマでした。魔法パルクールはすごく不思議な語感をもつ言葉で、聞く人の耳に引っかかります。その不思議な感覚や魅力を殺さないように気をつけながら、かたちにしていきました」(遠山氏)。



    フレイのバトル待機アニメーション

    モーションキャプチャデータを適用したフレイ

    アニメーターが調整したフレイ

    Luminous Engineにコンバートしたフレイ。「バトル待機アニメーションの撮影前には、エラさんに中腰で左足を前に出した姿勢にしてほしいと伝えました。それを受けてエラさんが何パターンかの案を出してくれたので、こちらのイメージとすり合わせながら動きを決めました。このときは、重心を左右の脚に小刻みにシフトさせ、すぐに次のアニメーションに移行できるようにする動作をエラさんの提案で取り入れています。これにより、フレイが日頃から体を動かしていることが表現できたと思います」(茂木氏)

    パルクールの技(バッファロー)のモーションキャプチャ

    魔法パルクールの中には、実在するパルクールの技をベースにしているものが数多くある。ここで紹介するのはパルクールのアスリートによるバッファロー(Baffalo)という技のモーションキャプチャデータをフレイに適用したものだ。これ以外にも、400以上の技や動きをリスト化し、1,000を超えるテイクが撮影された。なお、パルクールのキャプチャの多くはスクウェア・エニックスのモーションキャプチャスタジオで行なっている。「基本的にデータは全て加工するので、ゲームで必要とされる一定水準の質や機能を備えていればOKとなります。ただし魔法パルクールの場合は、僕らとアスリートさんの双方が“これだ!”と納得できるものを撮影することにこだわりました。アスリートさんから“もう1回、撮影しても良いですか?”という要望があれば、可能な限り撮り直しました」(遠山氏)

    バッファローをベースにした魔法パルクール

    前述のバッファローのモーションキャプチャはその場で後方宙返りしているが、アニメーターによって調整された魔法パルクールは、魔法の力で宙を蹴って1回転し、自身の何倍もの高さの障害物を飛び越えるアニメーションになっている。基のキャプチャには含まれていないが、バッファローの特徴である膝を抱える動きも追加された。そのほかの部分も全体のバランスを見ながらチューニングされている。「現実のパルクールは、着地と移動がセットになっています。魔法パルクールでもその点は受け継ぎたかったので、着地を魔法に置き換えることにしました。例えば魔法の力で着地場所をつくったり、ブーストしたりすることで、現実には不可能な2倍、3倍のスケールの移動距離と速さを表現しています」(遠山氏)

    レベルデザインやENVと、魔法パルクールの調整

    魔法パルクールで廃虚の上に降り立つフレイ。宙に飛び出すタイミングで、幾何学形状と炎のエフェクトが発生している。「魔法パルクールの一番の面白さは、様々なアニメーションがオートマチックに組み合わさり、障害物をガンガン飛び越えていけることです。一方で、どこにでも行けてしまうとゲームとして成立しません。そのジレンマに悩まされながら、レベルデザインやENVと一緒に細かい調整を重ねました」(遠山氏)

    “より速く、より遠くへ”を目指しアバウトに跳ぶことから始めた

    魔法パルクールをつくるにあたり、遠山氏が最初に提案したのが“より速く、より遠くへ”というコンセプトだった。


    「レベルデザインのディレクターにも共感してもらえたので、魔法パルクールのひな型はいち早くかたちになりました」(遠山氏)。


    魔法パルクールの開発は、移動距離や速さなどのスペックを決めることから始められた。


    「スペックが決まれば、それを活かすのに必要な空間の広さや高さが見えてきます。ジャンプやダッシュなどのアニメーションの仕様決めと、レベルデザインの仕様決めとが複雑に絡み合うワークフローは、広大なオープンワールドのゲーム開発には適さないと思ったので、そこは分離して進めようということも初期に決めました」(遠山氏)。


    遠山氏たちは魔法という設定の妙を活かし、オートマチックに、アバウトに跳ぶしくみをつくることから始めて、段階的に細かいチューニングを施していくというワークフローを採用した。


    「すごく意地悪な、ネズミ返しのような地形をレベルデザインにつくってもらい、それを跳び越えられるようにすることから始めました。ここをアバウトに跳べたら、どこでも跳べるよねという発想で進めたんです」(遠山氏)。


    そこでの試行錯誤を通して、センサーやワーピングといった魔法パルクールを成立させるしくみが構築された。開発の後半になるほど、シナリオに合わせた移動範囲の制限や、着地する場所の繊細な調整が必要になり、チューニングに苦労した局面もあったという。


    「例えば、障害物を検知して跳ぶしくみと、エネミーの攻撃を避けて跳ぶしくみは、まったく別のセンサーで管理しています。そういう部分のバランス調整が難しかったです。今後は、モーションマッチングに代表されるような、プロシージャル技術を用いた、自由で、ユニークで、より自然に連鎖するアニメーション表現に挑戦したいです」(遠山氏)。



    アニメーション実装の基本的なワークフロー

    アニメーションの実装時には、最初にMayaでアニメーションクリップを作成する

    続いて、Luminous Engineのタイムラインで、ジャンプ・着地・落下などのトリガーを設定する

    Luminous EngineAnimGraph Editorでステートマシンも設定する

    これは一つ前の画像の右端の階層を拡大したもの

    これは一つ前のノードの一番下を展開したもの。魔法パルクールの場合は、センサーから得る情報を基に、より深い階層へと遷移していく。繊細な管理を必要とする部分ではブラックボード変数も使っている。本作では、過去作以上にシンプルでわかりやすい遷移を組むことを意識したという。「アニメーター自らがステートマシンの遷移を組んでいくので、検証から実装までのイテレーションをスムーズかつ横断的に回すことができました。魔法パルクールのイメージを伝える際にも、アニメーションを作成し、ステートマシンを組み上げ、実際のゲームにアウトプットしながら認識の共有を図りました」(遠山氏)

    最後に、アニメーションの遷移などに違和感がないかを実機で確認する。「魔法パルクールの途中で何らかの入力があると、正面を向いているときは上手く遷移できても、後ろを向いているときは画が飛んでしまうといったことがよく起こりました。そういう場合は、ブラックボード変数やアニメーショントリガーを使い、1のときはアニメーションAに遷移、2のときはアニメーションBに遷移というように、地道な調整を重ねて解決しました」(遠山氏)

    魔法パルクールの障害物を判定するセンサー

    デフォルト状態のセンサー。フレイの周囲とキーの入力方向に対してレイキャストを飛ばし、障害物や地形のコリジョンを判定している。なお、実際のゲーム画面ではセンサーは非表示になっている

    障害物を検知すると、レイキャストを飛ばす範囲をさらに広げて判定する

    障害物に接近するほどレイキャストを飛ばす密度が高くなり、凹凸を詳細に判定してフレイとの衝突を避ける

    魔法パルクール中のセンサーの様子。最適化されたセンサーが常に稼働しており、フレイの周辺の地形の勾配、障害物の有無などを判定している

    魔法パルクール時の位置や向きを補正するワーピング

    センサーで常に周辺の勾配を判定している

    勾配に対する適切なオフセット値をセンサーが割り出し、その値を参照してワーピングがフレイの位置や向きを補正することで、急勾配の斜面でも違和感のない見た目や心地良い操作感を実現している

    ワーピングのトリガーもタイムラインで設定しており、アニメーションごとに細かくチューニングしている

    ワーピングをONにした状態。斜面に対してフレイの身体を垂直にすることで圧迫感をなくしている

    ワーピングをOFFにした状態。ここで紹介したもの以外にも、ワーピングは様々な用途で使われている。例えば、オブジェクトの座標とフレイの座標との間にグラデーションをかけ、違和感のない接地をさせたいときにも用いられている

    アドバイザリーボードの視点

    ファンタジーである魔法と、フィジカルなスポーツのパルクールという正反対のものを合体させるため、着地を魔法に置き換えるアイデアが面白いです。魔法と聞くと「何でもあり」と思いがちですが、着地したときの重力感、そこから飛翔する直前の予備動作、重心の位置などのリアリティを大事にすることでリアルな魔法を成立させています。ゲーム業界では、テクノロジーとアニメーションが映像業界以上に近い距離にあるという点も僕には新鮮でした。



    若杉 遼 (CGWORLD編集長)

    取材協力:岸 明彦氏、上野功士氏

    © 2023 Luminous Productions Co., Ltd. All Rights Reserved.

    information

    月刊『CGWORLD +digitalvideo』vol.287(2022年7月号)


    特集:スクウェア・エニックスの創造力

    定価:1,540円(税込)

    判型:A4ワイド

    総ページ数:128

    発売日:2022年6月10日発売


    詳細・ご購入はこちらから

    INTERVIEWER_若杉 遼(CGWORLD)/Ryo Wakasugi榊原 寛/Hiroshi Sakakibara

    TEXT_最上真杜

    文字起こし_遠藤大礎/Hiroki Endo

    EDIT_尾形美幸(CGWORLD)/Miyuki Ogata、中川裕介(CGWORLD)/Yusuke Nakagawa