2023年1月31日(火)より、東京メトロ有楽町線・副都心線7000系車両のフォトグラメトリモデルが、GMOグループのNFTマーケットプレイス「Adam byGMO」にて販売されている。
本記事では、今回の取り組みについて、東京メトロとフォトグラメトリを担当したホロラボの制作陣に話を聞いた。プロジェクト始動の理由や、フォトグラメトリとレーザースキャンによる制作工程を深掘りする。
Information
Interviewee
渡辺太朗氏(東京地下鉄株式会社 経営企画本部 企業価値創造部 新規事業企画担当)
平山智予氏(株式会社ホロラボ/空間情報技術部(SIAR)プロジェクトマネージャー、デザイナー)
長坂匡幸氏(株式会社ホロラボ/空間情報技術部(SIAR)デザイナー、フォトグラメトリスト)
藤原 龍氏(株式会社ホロラボ/空間情報技術部(SIAR)フォトグラメトリスト)
引退車両をアーカイブ化し、ファンの手元に
1974年、営団地下鉄(当時)有楽町線の開業とともに登場し、2022年4月の引退まで約48年間走り続けた7000系車輌。引退後は車両基地に保管され、完全廃車となるのを待っている状態だった。
その7000系車輌のフォトグラメトリーモデルは現在、「東京メトロバージョン」と「営団地下鉄バージョン」の2種類がAdam byGMOにて出品されており、2023年2月時点で「営団地下鉄バージョン」が15万円で落札され50万円で2回再出品されるなど、マーケットプレイス内でも注目を浴びている。
CGW:本日はよろしくお願いいたします。まず、皆さんがプロジェクトにどのように携わられたか教えてください。
渡辺太朗氏(以下、渡辺):東京メトロ 企業価値創造部 新規事業企画担当の課長、渡辺です。NFT販売含め、「CRYPTO METRO」全体の企画を担当しています。
平山智予氏(以下、平山):ホロラボの平山です。私はもともとグラフィックデザインをやっていた背景もあり、ホロラボの空間情報技術部(SIAR)チームで、空間のキャプチャを得意とするフォトグラメトリストとして活動しています。藤原と長坂は2人とも、日本を代表するフォトグラメトリストとして、様々な方面から支持いただいているメンバーです。
藤原 龍氏(以下、藤原):藤原です。日本を代表するかはわからないんですけど(笑)、わりと早い段階から、手持ちの一眼レフカメラでの広域なフォトグラメトリをし始めた人、という感じではあるかもしれません。今回のプロジェクトではフォトグラメトリストとして、写真撮影とフォトグラメトリ処理を担当しています。
長坂匡幸氏(以下、長坂):長坂です。肩書きとしてはデザイナーですが、もともとモデリングなどCG制作の仕事をしていたこともあり、同じくフォトグラメトリストとして、3Dモデルの制作を中心に担当しております。
CGW:今回のプロジェクト始動のきっかけを教えてください。
渡辺:私は2022年7月に現在の部署に異動してきたのですが、新規事業を考案するなかで、今話題になっているもののひとつである「NFT」に着目しました。
ただNFTといっても、どのようなものであれば鉄道ファンの方々に受け入れてもらえるのか? と考えていたときに、ホロラボさんが2021年に、当社の(現行運転中の)10000系車両を3Dモデル化してくださっていたと知ったんですね。
それはあくまでも試験的な取り組みでしたが、同じように、引退車両をフォトグラメトリ化してはどうか? と考えました。車両基地に7000系車両が1台だけ残されていたので、完全廃車になる前にアーカイブデータとして残すことができれば、鉄道ファンの方々にも喜んでいただけて、かつ業界初の試みとなると思いました。
CGW:なぜ、販売先としてAdam byGMOを選ばれたのでしょうか。
渡辺:400MBクラスの高精細なデータもご提供できる、という点が大きいです。NFTのマーケットプレイスは国内に何社かあるのですが、Adam byGMOさんは最大1GBまで対応可能で、かつ日本語表記で、仮想通貨ではなく日本円で取引できるという点で選ばせていただきました。
CGW:鉄道ファンの方々からは、どのような反響がありましたか?
渡辺:「東京メトロが新しい取り組みをやるんだ」ということで、SNSでとても良い反応をいただきました。例えば、「東京メトロバージョン」はどなたでもお求めやすいよう2,700円という価格に設定したのですが、ありがたいことに「0が2つ足りないんじゃない?」というお声もいただいて。Twitterの閲覧数も20万件を超えていましたね。
CGW:それだけ鉄道ファンの方々にとって貴重なデータだったということですね。ちなみに、2021年の10000系車両のフォトグラメトリーは、どういった経緯で行われたのでしょうか?
平山:東京メトロさんにテクノロジー関連でよくやり取りしていた方がいらっしゃって、私たちの活動に興味をもってくださったんです。当時はまだフォトグラメトリーがそれほど話題になっていませんでしたが、「研修センター(東京メトロ総合研修訓練センター)をぜひフォトグラメトリーしてみないか?」と言ってくださって。
橋梁やホーム・トンネルと一緒に10000系車両も撮影させていただいて、3Dデータの可能性を共に探っていったようなテスト制作でした。
フォトグラメトリとレーザースキャンの合成で精細な仕上がりに
CGW:次に撮影について教えてください。ホロラボでは、3Dモデリングデータを作成する際、フォトグラメトリーとレーザースキャンの撮影データを合成することが主だそうですね。
平山:はい。理由としては、フォトグラメトリーはデジタル一眼レフカメラで撮影していくんですけれども、写真を1枚1枚つなぎ合わせて使用するためサイズ感の再現が難しく、完全なアーカイブとは呼べないんですね。
その点レーザースキャンを使うと、実物との差が数ミリ単位でしかないため、ディテールや形状までしっかりとアーカイブできるんです。
CGW:レーザースキャンは平山さん、フォトグラメトリー撮影は藤原さんと長坂さんが担当されたとのことですが、それぞれどのように撮影されたのでしょうか。撮影で苦労した点もあれば教えてください。
平山:レーザースキャンは一般的に、据え置き型(三脚で固定した状態)のスキャナを等間隔に置いて撮影するのですが、私たちの場合はフォトグラメトリでは弱い部分を重点的にスキャンしていくので、わりと細かい間隔でスキャナを置いていきます。
例えば、10000系のときは2箇所だったところに、7000系では5〜6箇所設置しましたね。あとレーザースキャンは、運転席など小回りを効かせなければならない場所が苦手なので、そうした部分はフォトグラメトリの写真で補完しながら進めました。
今回は特別に検査ピットの中に入れていただいて、屋根の上に登ったり、車輪の下にもぐり込んだりして撮影を行なったので、くるくる回してどこから見ても、しっかりと形状を見て取れる3Dモデルになっています。
藤原:もともと建築CGパースや映像作品にずっと携わってきたので、鉄道車両のビジュアライゼーションは貴重な体験でした。撮影自体も、普段は絶対に入れないような部分を見させていただいて興奮しましたし、楽しかったですね。
例えば、運転席のような狭小空間をフォトグラメトリーするのは通常の建築ではなかなかないことなので、いかに写真同士がきちんと繋がるように撮っていくかは、工夫したのと同時に苦労した点です。
平山:前回の10000系のときも今回も、龍さんは丸半日、運転席から出てこなくて。
藤原:汗だくになってましたね。あれ、夏だったんでしたっけ?
平山:9月とか10月でしたね。ただやっぱり、電気を切った状態だったので暑くて。運転席は限られた空間だしすぐに出てくるだろう……と思ったら何時間も出てこなくて、長坂さんと「なんかガラス越しに熱気を感じるね」と話してました(笑)。
藤原:フォトグラメトリー撮影では、自分の動き方も重要になってくるんですね。RealityCaptureで処理するときは空間全体を一括ではなく小分けしたエリアごとに進めるのですが、撮影の段階でその処理単位のことを考慮した動き方で撮影を行います。
フォトグラメトリーでは「ループクローズ」といって、物体の周囲を輪で囲むように撮影するんです。例えば空間の手前から奥を撮った写真と、奥から手前を撮った写真では、RealityCapture上でつながらないんですね。
なので、運転席では奥まで行った状態でゆっくりふり返って、なおかつ上下も写るよう少しずつ回転しながら細かく撮りました。床を撮るときには壁に背中をはりつけて、自分の足元が写らないように腕をプルプルさせながら(笑)。そのため空間の広さの割にはかなりの枚数を撮っていますね。
藤原:そういう意味だと、車両の下部の撮影も苦労しました。外装部分から徐々に車両の下に潜り込むように、1枚1枚撮っていっています。いかに自然に写真同士をつなげるか。これは、フォトグラメトリをやってる人じゃないとなかなかピンと来ないかもしれません。
CGW:フォトグラメトリーとレーザースキャンで、どれぐらいの時間をかけたのでしょうか。
平山:同じタイミングで、1日半をフルで使って撮影しました。本来は1日で終わる予定でしたが、普通の建物と違って狭小空間が多かったり、屋根に乗ると車体が沈んでしまったりして、別日に追加撮影させていただいたんです。
CGW:車体が沈むと、撮影にどう影響するんですか?
平山:例えば、屋根の上を歩行しながらフォトグラメトリー撮影をしている横でスキャンをすると、車体がバウンドするので、形状を正確に撮れないんですね。するとブレた点群ができて精度が落ちてしまうので、フォトグラメトリーとレーザースキャンで時間を分けたり、まったく違う場所を撮るようにしたりして工夫しました。
CGW:合計で何枚ぐらい撮影されたのでしょうか。
長坂:フォトグラメトリの枚数は全体で4,310枚ですね。
藤原:レーザースキャンは118スキャンと、通常の建物をスキャンする場合と比較してもだいぶ多いです。床下や屋根の上までくまなく撮っていったぶん、より精細なモデルに仕上がっていると思います。
CGW:ほかに撮影で大変だった点はありますか?
平山:前回10000系を撮影したときに、鉄道車両は長細く、かつ似たようなドアや窓、座席が並んでいるので、点群の位置合わせが困難だったという反省点があったんです。なので今回は、撮影時にターゲットを設置し、ソフト上で位置合わせする方法を試みました。10000系を撮らせていただいた経験は、やはり大きかったですね。
細部まで車両を再現するフィニッシュワーク
CGW:フィニッシュワークは長坂さんと藤原さんで担当されたそうですね。工程や使用ソフトについて教えてください。
長坂:点群整理にはInfiPoints、フォトグラメトリ写真とレーザースキャンから3Dモデルを生成する工程にはRealityCaptureを使用しています。テクスチャの編集にはSubstance 3D Painterを使いました。
例えば今回、開業当時の車両を忠実に再現するために、撮影時に東京メトロさんのマークや帯を隠した跡が残っていたので、これをSubstance 3D Painterで綺麗に消して営団地下鉄バージョンを作成しています。最終的にはGLB形式で書き出して、Adam byGMOさんで販売したという流れです。
長坂:ちなみに、10000系のレーザースキャンの際は細かい点群の位置合わせやノイズ除去が必要だったんですけれども、今回はLeicaのRTC360というレーザースキャナを導入したことで高精細な点群を取得できたので、その工程はほとんど必要なかったですね。
今回はアーカイブが目的ということで、リトポロジーやノーマルマップを使用したディテールの追加などをあえて行わず、レーザースキャンやフォトグラメトリで得られたジオメトリをそのまま残すようにしています。それによって、車両外板の経年による歪みや車体の骨組みなど、通常の3DCGモデリングでは表現されない生の姿が感じられるようになっています。
平山:最近、同様のご依頼がとても増えているのと、野外撮影は日照時間が限られていることもあり、従来使用していた機種より処理スピードの速いRTC360を購入しました。
CGW:長坂さんは鉄道ファンだと伺いました。鉄道好きだからこそ、工夫された点はありますか?
長坂:なかなか難しい質問なんですけども(笑)、運転席にはやはり力を入れました。例えば(運転手さんが使う)マイク。フォトグラメトリーやレーザースキャンだと、いずれも「細いもの」が生成されにくく、作業段階で消えてしまうことがよくあります。それでもきちんと残るように、モデル修正の工程で、マイクの元の形を再現しました。
CGW:モデルの修正には、Cinema 4DとZBrushを使われたそうですね。
長坂:背景に写り込んだレールや余分なポリゴンの削除には、ZBrushのブーリアンを使いました。あとは、網棚や金属製のポール、扇風機など形状を捉えきれなかったものや、中吊り広告に穴が空いてしまった箇所も、元の形に近づけるようモデリングしています。
藤原:ガラスをはめる作業はBlenderで行なっていますね。フォトグラメトリーは「反射するもの」「透明なもの」を生成できないんですけど、GLBやUSDZに書き出してコンテンツにしたときに、ほんのりとでもガラスの透明感や反射感が含まれていると、それだけでリッチなモデルになるので。
CGW:なるほど。ちなみに、撮影では撮りきれず手作業でつくった箇所はあるのでしょうか?
長坂:そうですね。スキャンしたときは、先頭車両が2両目とつながった状態で、車両後方の連結器がぴったりくっついた状態の写真しか撮影できなかったんです。
なので、(今回は先頭車両のみを3Dモデル化したため)メッシュ生成時に、先頭車両前方の連結器をそのまま移植するようなかたちで再現しました。連結部が真っ平だと、味気ないので……。
CGW:東京メトロさんのチェックは、どの段階で入ったのでしょうか。
渡辺:ホロラボさんを信頼していたので、最後の方で少し修正をお伝えしたくらいです。その結果、本当に素晴らしい作品をつくっていただきました。
藤原:東京メトロさんにこだわりとしてご依頼いただいたのが、PCのスペックに合わせて複数のデータサイズを用意することでした。サイズを軽くするとどうしてもディテールが崩れてしまい苦戦しましたが、ローポリモデルでも綺麗に見えるように手を加えています。
CGW:ポリゴン数はどのように調整されたんですか?
長坂:基本的にはRealityCaptureでリダクションを行なって、その後Blenderでテクスチャをベイクしています。当社で使用している3Dソフトは基本的にCinema 4Dなんですが、GLBへの書き出しとベイク機能の点で取り扱いしやすかったので、最終的な書き出しも含めてBlenderを使用しました。
CGW:保有者限定コンテンツは、VRで実際に車両に乗っているような体験もできるようですね。今後、新たに予定されている制作があれば教えてください。
渡辺:ゆくゆくは車両だけではなく、VR体験用に走行音を追加したり、運行表などもNFT化して販売していきたいなと考えています。
今回、2022年4月に引退して今後廃車になる予定だった7000系を、ホロラボさんの優れた3Dモデリングデータの技術でアーカイブデータとして残すことができました。それを鉄道ファンの方々にNFTでお届けできることが嬉しいですし、新たな鉄道コンテンツの楽しみ方ができたと思っています。
CGW:ありがとうございました。
TEXT_原 由希奈 / Yukina Hara
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)