2025年に創業90周年を迎えたIMAGICA GROUP。フィルム現像を皮切りに、今ではポストプロダクションなどの映像制作サービスから、ROBOTやオー・エル・エムなどが手がける映像コンテンツ事業、さらには映像制作関連の知見を活かした放送・配信システム、画像センシング、映像処理LSI、医療用動画ネットワークシステムなど、B2B向け映像システム・技術事業まで多角的に事業を展開している。
そんな同社は2025年10月31日(金)に東京国際映画祭と連動した特別セッション『Future Talks by IMAGICA GROUP 〜90年の感謝とともに、未来をつくる人へ〜』を開催した。本稿では、4th Sessionとして同社グループのIMAGICAエンタテインメントメディアサービス(以下、Imagica EMS)が担当した「『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』における色表現と新たな取り組み」をレポートする。
Ⓒ創通・サンライズ
TVシリーズの制作でも、イメージボードの活用など色へのこだわりが強まっている
本セッションに登壇したのは、バンダイナムコフィルムワークス 取締役/ガンダム事業本部 本部長の小形尚弘氏と、IMAGICAエンタテインメントメディアサービス(以下、Imagica EMS)カラリストの関口正人氏。そしてImagica EMS アニメーション営業グループ マネージャーの鈴木基子氏がモデレーターを務めた。
小形氏は『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』(以下、GQuuuuuuX)にてエグゼクティブ・プロデューサーを務めており、関口氏はテレビ放送開始前に一部のエピソードを再編集した劇場先行版『機動戦士Gundam GQuuuuuuX -Beginning-』(以下、Beginning)と、TVシリーズ版(全12話)のカラーグレーディングを担当した。
本プロジェクトにてImagica EMSは、アニメーション制作をリードしたスタジオカラーと連携してプリプロダクション時にオンサイトキャリブレーションを実施。さらに先行上映された『Beginning』からTVシリーズまでの全編にわたってカラーグレーディングを手がけるなど、作品全体の色管理に携わったという。そうした背景をふまえて本セッションでは、『GQuuuuuuX』制作における色の重要性や、Imagica EMSの具体的な取り組み、さらにはアニメーション制作におけるカラーグレーディングなどのポスプロワークの今後の展望などが語られた。
写真提供:IMAGICA GROUP
まずは小形氏よりガンダムシリーズに共通する色へのこだわりが紹介された。小形氏がサンライズ(現バンダイナムコフィルムワークス)に入社したのは、1997年。当時はセルに作画してフィルムによる撮影処理を行なった後に現像してからビデオ編集を行うという、制作工程の大半にてアナログによる作業が行われていたという。
『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』エグゼクティブ・プロデューサー 小形尚弘氏(以下、小形):
デジタル化が進んだことで扱える色数がかなり増えて、表現の幅も広がりました。
フィルムによる撮影など、個人的にはアナログ特有のテイストは好きな表現ではありますが、デジタルになったことでやれることが無限になったとも言えます。そこで大事になるのが「この作品にとって一番なことは何か?」という意識です。一連の制作では「何がベストなのか?」という取捨選択を行う機会が年々増えています。
——バンダイナムコフィルムワークスでも近年、色へのこだわりと、そのための新たな手法の導入に力を注ぎ始めているそうだ。『GQuuuuuuX』では、制作初期からイメージボード(ムードボード)を作成して、各シーンのルックについて具体的に共有をしていたという。
小形:
イメージボードの活用などは、ゲーム開発に近いつくり方なのではないかと思っています。さらに劇場作品だけではなくTVシリーズでもこうした取り組みが増えつつあります。
昔のことを考えるとかなり贅沢なつくり方になっていると思いますが、それだけTVシリーズに求められるレベル(クオリティ)が高くなってきています。
——『GQuuuuuuX』は、作品自体がチャレンジングな企画である。監督を務めた鶴巻和哉氏は、SF要素とアニメーションの醍醐味であるダイナミックな誇張表現を巧みに織り交ぜた演出が持ち味と言える。『GQuuuuuuX』では、そうした鶴巻監督の作家性を全面的に押し出した画づくりを行なっていくことを企画の初期段階からスタジオカラーと話し合って決めていたそうだ。
小形氏がカラーと接点をもったのは『機動戦士ガンダムUC』(2010〜2014)制作時のこと。当時のインタビュー記事などで披露されているように、カラーの杉谷勇樹プロデューサーが小形氏へ「『ガンダムUC』の制作にカラーも参加したい」と電話をかけてきたことがきっかけとなり、実際に最終話(episode 7)の制作に参加したことであった。
またガンダムというIPの戦略的には、第1作目『機動戦士ガンダム』(1979〜1980)が起点となる「宇宙世紀」シリーズ作品を中心に展開する長年のコアファン向けのラインと、『機動戦士ガンダムSEED』シリーズや『機動戦士ガンダム 水星の魔女』(2022〜2023)などに代表される若い世代や新しくファンになってくれた人向けのラインという2軸で現在は展開しているという。
小形:
『GQuuuuuuX』の企画が動き出したのは2018年頃でした。当時はコアファン向けの作品が続いていたので、新しいファン向けの企画としてスタートしました。
僕的には鶴巻さんの監督作品として、そうしたガンダムをやってみたいと杉谷さんに相談したところ、即決で「やりたいです」とお返事をいただきました。ただ当時は、カラーさんも鶴巻さんも『シン・エヴァンゲリオン劇場版』制作にかかりっきりだったので、そちらを作り終えてから本格始動しましょうということになりました。
『GQuuuuuuX』はスタジオカラーとサンライズの共同制作になりました。カラーさんに主導権を取っていただきつつ、プロダクションは2社で手分けしてつくっていきました。
サンライズとカラーに限らず、文化や制作手法が異なるプロダクションが共同制作するのは色々と大変なところもありますが、カラーさんとやらさせていただいてみて、視聴者のことをすごく大事にしながらつくられる会社なんだと改めて感じました。
カラーさんと一緒につくりながら、僕自身も小学生の頃にテレビの前で「来週はどうなるんだろう?」と楽しみ待っていたときのような感覚がありました。
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TVシリーズ『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』
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『GQuuuuuuX』における色管理
続いて、『GQuuuuuuX』プロジェクトにおけるImagica EMSの取り組みが紹介された。下図は、Imagica EMSが担当した色管理のながれを時系列でまとめたものである。
2023年6月に、Imagica EMSスタッフが荻窪のスタジオカラーの作業場にCA-410を持ち込み、オンサイトキャリブレーションを実施した。
カラーでは作業用モニタにEIZOのColorEdgeシリーズを使い、ラッシュチェックは東芝のREGZAで行なっている。また、カラーが制作するものはオンエア(TV放送)よりも劇場で上映する作品が多いこともあり、色温度はD65に近い設定とのこと。そこで、それに合わせてキャリブレーションを行い、計測。またチャンネル切り替え機能を搭載したColorEdgeについてはD93の設定も行なったそうだ。
その後、2023年10月に荻窪アニメーションハウスへ鶴巻監督をはじめとする中核スタッフに来てもらい、モニターテストを実施。V編に向けた色味の方向性の確認が行われた。その際、ポイントになったのはオンエア作品(=家庭用テレビのデフォルト色温度はD93)でありながら、作業環境はD65であることをいかにして両立させるのかということであった。
さらに『GQuuuuuuX』はオンエアに加えて、劇場公開とAmazon Prime Videoなどによる動画配信があらかじめ決まっていた。そうした作品の基準をD93にするのはナンセンスだと判断し、D65環境で作成した綺麗な状態でマスターを仕上げて、オンエア時もそのまま流すことにしたという。またオンエア作品に不可欠なのが「ハーディングチェック(パカパカチェック)」である。『GQuuuuuuX』でも戦闘シーンはエラー判定が続出したそうだが、画づくりの際はハーディングを考慮せずに存分に演出してもらい、ポスプロ作業でフォローしていくことに決めたそうだ。
劇場版の制作が決まったことを受けて、2023年12月にスクリーンテストを竹芝メディアスタジオで実施。さらに2024年1月にTVオンエア用カラコレのテストが荻窪で行われた。その後は、2024年12月に劇場版の仕上げ作業を。2025年3月にオンエア用V編とカラコレ(カラーグレーディング)が行われていった。
劇場版の作業を通してImagica EMSのカラーグレーディングによる画づくりに手応えを感じた鶴巻監督は、その後のオンエア用ポスプロ作業でもカラーグレーディングを積極的に行うことを望んだそうだ。毎週放送=毎週納期というスケジュール感で、納得のいくグレーディングを行うためのワークフローとして導き出されたのが、V編とカラーグレーディングを同時に行うことであった。
2つの時代のルックをカラーグレーディングで強調する
続いてはImagica EMSのカラリスト関口氏より、『GQuuuuuuX』におけるカラーグレーディング例がいくつか紹介された。ここでは3つのシーンを紹介する。
Imagica EMSにとって『GQuuuuuuX』は、初めてオンエア作品のカラーグレーディングを行なったプロジェクトになったという。そして関口氏は、『Beginning』とオンエア版全12話のカラーグレーディングを担当した。
アニメ作品の場合、現状では劇場上映される作品でカラーグレーディングを行われることが多い。その際、基礎となるのが制作現場のチェック用モニターの色味をいかにしてスクリーン上でねらい通りに再現させるかということだ。
Imagica EMS/カラリスト 関口 正人氏(以下、関口):
最近では、「Colette(コレット)」というカラーマネジメントサービスを含めたモニターのキャリブレーションサポート自体が増えているので両者の見え方が大きくズレることはありません。オンエア版から劇場版を制作する場合、元データがテレビ用のD93を使用していることもあり、D65のスクリーン環境の中でD93の見え方を再現するというアプローチでグレーディング作業を補正を入れることも多いです。
ここまでの話は基礎的な部分になりますが、これ以降のカラーグレーディングによる画づくりについては監督さんやプロデューサーさんによって作業内容が大きく変わってきます。作品全体のトーンに合わせて全体に一律で補正を入れていくことがあれば、劇場版として新たに画づくりを行うこともあります。
——先述した通り、『GQuuuuuuX』プロジェクトでは『Beginning』制作時に行なったカラーグレーディングによる映像演出が鶴巻監督や杉谷プロデューサーからとても好評だったことからその後のオンエア版の制作でもカラーグレーディングを行うことにつながった。
また別の取り組みとして、HDR化があった。映像作品の視聴スタイルとしてすっかり定着した動画配信サービスでは、オリジナル作品として配信する場合にHDRマスターを納品することが多い。通常はSDRとして完成したデータをHDRに変換することになるが、その調整もHDR(High Dynamic Range)の高輝度・高コントラスト・広色域という特性をどのようなかたちで引き立てるかによって、SDR版との印象が大きく変わってくるという。
『GQuuuuuuX』オンエア版のV編とグレーディング作業は、2025年3月下旬から6月下旬まで、週1ペースで行なっていたそうだ。
関口:
先ほどご説明した通り、オンエア版のV編とグレーディング作業を同じ日に1日かけて行なっていました。
カラーさんからは各話の映像が1本化されたデータとして納品されてきます。当社としても初めてのワークフローになったので、カラーさんと相談した結果、最初にグレーディングを行い、その後にV編を行うことにしました。
——『GQuuuuuuX』は、「UC0079(一年戦争の時代)」と「UC0085(主人公マチュ(アマテ・ユズリハ)たちが戦う現代)」という2つの時代設定の中でストーリーが展開する。そこで各時代のルックの方針に沿ってカラーグレーディングが行われた。
関口:
一年戦争の時代(UC0079)は、全体的に彩度を抑えて少しレトロっぽい落ち着いた雰囲気です。一方のマチュたちが戦う現代(UC0085)は、全体的にコントラストをつけて、シャキッと見えるようにしました。
カラーさんが作業を行われる段階でそうした方針の画づくりが行われていますが、カラーグレーディングではさらに両者の差をつけていくというアプローチで作業を行なっていきました。
ここで実際のグレーディング例がいくつか紹介された。本稿では、特に印象的だった3つのシーンを紹介しよう。
「UC0079」の画づくりとして紹介されたのが下図である。
関口:
(UC0079シーンは)一年戦争の時代なので、全体的に落ち着いた彩度にまとめています。このカットでは、さらにシャアザクの色味を抑えるという個性を入れました。
鶴巻監督のねらいとして、UC0079シーンに登場するモビルスーツ系の色味については際立った色味を抑えるという個性をけっこう入れていました。シャアザクの赤だけでなく、白いガンダムの青や赤いガンダムの赤なども同様です。
赤いガンダムに対するグレーディングについては、一年戦争のパートだけでなく、現代パートにも適用しています。
続いては、「UC0085」シーンの例だ。
関口:
このシーンでは鶴巻監督より「もっと雰囲気をつけたい」というリクエストをいただきました。そこで光源を中心に明るい領域と、そこから離れた暗い領域のコントラストをより強調しました。
——3つ目に紹介するのは、特別なルックに仕上げられたシーンの例である。
関口:
鶴巻監督からは「輝いている印象を強めたい」というリクエストをいただきました。
色味としては金色、黄色の成分を強調するという方向ですが、単純に輝度を上げてしまうと雲や草原のディテールが損なわれてしまうので、グロー系のフィルタを混ぜながら、ややにじませるような感じで輝度を稼ぐことで輝いている印象を強めました。
そのほかにも手前にある赤みをグレーディングで彩度をさらに抑える一方では、空の青みは元の印象を生かすかたちで調整しました。
——セッションでは、EDのサビ前に登場するニャアンが掃除機をかけるシーンのグレーディングについても紹介された。
関口:
実は当時、このカットのグレーディングが一番苦労しました(苦笑)。
ED映像なので後からテロップが載ってくることを考慮して、背景の窓部分の輝度だけを落としてほしいというリクエストだったのですが、窓外の白とニャアンの服の白がかなり近い色味のため干渉してしまったのです。
同じ明るさ、同じ色味のため、ニャアンにマスクをかけて補正を行なったのですが、ニャアンが上手から下手へと移動するためマスクを追従させつつ、その周りの要素になじませなければならず時間がかかりました。
アニメーション作品のグレーディングの場合、シャアザクの赤のような発色が強い色は抽出しやすいので調整しやすいのですが、白に近い色味の情報が少ない部分はカット中に同系色が多く存在するため抽出するのが大変になります。
世界展開を見据えたアニメ制作では、ポスプロの役割がより重要になる
本セッションでは、カラーグレーディングに焦点が当てられたが、V編ではハーディング処理もアニメ作品のハーディング処理の経験が豊富なエディターが丁寧に行なったそうだ。
また、オンエア用の局納品のためにチェック用データを提出する際や、動画配信については国外でも配信が行われるほか情報解禁前にプロモーション素材を展開する必要があるなど、情報管理の重要度も高かった。そこでImagica EMSでは、インビジブルウォーターマーク付与などの作業も担当したという。さらに外国語版のローカライズ作業はImagica EMSの専門チームが担当することで、スムーズに連携できたそうだ。
小形:
『GQuuuuuuX』では、TV放送終了後に世界240以上の国と地域でサイマル配信も行いました。映像制作にこだわりながら、こうした配信やローカライズ対応を行うための体制を構築するというのは情報管理も含めて非常に大変でしたが、やって良かったとすごく思います。
日本のIPが海外にも展開できるようになったのは、動画配信の存在が大きい。こうした取り組みが増えていくはずです。
——最後に、アニメ制作におけるカラーグレーディングをはじめとするポストプロダクションについて関口氏と小形氏がそれぞれの立場から総括した。
関口:
アニメーション作品におけるグレーディングは少しずつ需要が増えていると感じています。
自分としてもどんどん増やしていきたいと考えているので、グレーディングにご興味のある方はぜひお気軽にご相談いただければと思っています。
小形:
今日ご紹介したことは、制作サイドの立場的にはクリエイターに見せたくないと思うところもあります。クリエイターにこれを見せると無限に終わらなくなる恐怖があるので(苦笑)。
『GQuuuuuuX』では、劇場作品の制作経験が豊富なカラーさんがしっかりとメンバー(体制)を組まれて、V編への納品データを一本化されるなどポスプロ側の都合を考慮したかたちで適切に対応してくれたことで実現できたと思います。
こうしたテクノロジーによって、クオリティを下支えしていただいた部分は確かにあるので、スケジュール管理が上手い監督さんと一緒にぜひみなさんチャレンジしてください。
——小形氏が語った通り、近年、日本アニメ作品への海外需要は急速な高まりを見せている。本セッションを通じて、日本のアニメ制作現場における卓越したクリエイティビティを、Imagica EMSの高品質なポストプロダクションが確かな品質で完成へと導いている様子を実感することができた。
TEXT & PHOTO_NUMAKURA Arihito