マッシュアップ楽曲『ティロリミックス』のMVは、日本マクドナルドが公式YouTubeで公開した作品だ。アーティストAdo氏とasmi氏の楽曲、そしてマックフライポテトが揚がったときに聞こえる「ティロリ♪」音をリミックスした楽曲で、ポップな3Dキャラクターたちがめまぐるしく展開する楽しいMV。Unreal Engine 5をハブとしたワークフローから印象深いコマ撮りルック開発の秘密まで、詳しく紹介していきたい。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 297(2023年5月号)からの転載となります。
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<1>コンセプトは「ハッピーセット」キャッチーでポップで近未来な世界観
マクドナルドの“音”といえば、何と言ってもポテトが揚がったときの「ティロリ♪」だ。これにSNSで圧倒的な支持を集めるアーティストAdoの人気楽曲『踊』と、asmiの『PAKU』をマッシュアップしたリミックス楽曲『ティロリミックス』が1月13日(金)からYouTubeで公開された。4月現在、190万再生を超える大ヒット作品となっている。
©2023 McDONALD’S. All Rights Reserved.
両楽曲のMVに登場する「Odoちゃん」と「PAKUちゃん」はどちらも2Dで描かれているが、本作ではポップなアレンジが施された3DCGキャラに変身。近未来のマクドナルド店舗とOdoちゃんの部屋を舞台に、マクドナルドらしいビビッドでライブ感のある世界観の中でキャラクターが歌い踊る、ポップなMVが完成した。
本作の監督はCAVIARの志賀 匠氏。スタッフ構成はメインのCG制作にフラックス、コンセプトアートにWACHAJACK、アニメーションにMontBlanc Pictures。志賀監督が最も信頼するチーム構成で制作された。CGプロデュースにはKASSENも参加している。
企画が起ち上がったのは2022年9月で、10月には志賀監督による絵コンテがアップ。そこから3DCGの制作がはじまり、2023年1月に納品というスケジュールだった。
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後列、左より、CGプロデューサー・佐藤大洋氏(KASSEN)、CGディレクター・髙橋勇佑氏、CGプロダクションマネージャー・古梶 良氏、CGデザイナー・髙橋陸氏、CGリードデザイナー・大住啓司氏、CGリードデザイナー・中山敬太氏(以上、フラックス)、CGプロデューサー・三木康平氏(KASSEN)、コンセプトアートプロデューサー・山本 寮氏(WACHAJACK)
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企画段階で、クライアントからは「世界で目立てるものをつくってほしい」とリクエストされた。このハードルの高い要望に、志賀監督はどう応えたら良いか頭を抱えたという。当初は2Dキャラクターを使う案もあったが、監督はこれを3Dフィギュアのようなキャラクターにすることを決断する。
「限られた時間で奥行きや広がりを見せるには3Dが良いと判断しました。質感はリアルな3Dフィギュアですが、アニメーションはディズニーアニメのようなデフォルメを活かしたものにして、3Dと2Dの間のような表現をねらいました」(志賀監督)。
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楽曲としては、次々に展開していくという構成の面白さと、スピーディでダイナミックなノリを重視。その世界観をMVで表現するため、舞台を近未来SFにし、2人が煽りながら歌うというシチュエーションにした。志賀監督は「今回のルックをひと言で表すと“ハッピーセット”。キャッチーかつポップで、単に上質なものではなく、あえて少しキッチュな部分もあるものを目指しました」と話してくれた。
①近未来のマクドナルドを想定したコンテ
本作は2曲をマッシュアップしたザッピング感の強い楽曲。シーンがリズミカルに絡み合いながら進むため、世界観には適度なSci-Fi感が馴染むと考え、舞台は近未来のマクドナルドとした。志賀監督が設定を考え、自らコンテを描いた。
監督がチャレンジングだと感じたシーンは3DCGキャラによるMCバトルシーン(本編1:13付近より)。「CGでキャラクターが煽りながら歌うのを見たことがないので、やってみたいと思いました」(志賀監督)。
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②ほど良いSci-Fi感を出した店舗外観のコンセプトアート
コンセプトアートを担当したのはWACHAJACK。今回は設定が明確に提示されていたのでつくりやすかったそう。「ゴリゴリではない、良い案配のSci-Fiっぽさが感じられる世界観を探りました」とコンセプトアートプロデューサーの山本 寮氏。
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③リアル&ポップに仕上げた店舗内のコンセプトアート
店内のコンセプトアート
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④ギークっぽさを感じるOdoの部屋のコンセプトアート
店舗の一角にあるOdoの部屋は、動画配信をするようなオタクな女の子の部屋をイメージ。「秘密基地っぽいディープなイメージでつくりました。写っていませんが、マクドナルドのロゴが入ったゲーミングマウスを使っていたり、細かいところもこだわりました」とアートディレクターの澤井富士彦氏。制作スタッフは3名で、短期間で完成させたという。
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<2>キャラクターとカメラの変則fps構成で独特なコマ撮りルックを生み出す
本作の制作フローの中心にあるのはUE5である。キャラクターのモデリングとアニメーションにはMaya、背景とアセットにはBlenderを使い、データをUE5にインポートしてリアルタイムレンダリング。最後にFlameでカラコレとエフェクトを足して仕上げられている。
UE5の採用について「アニメーションの品質が重要な作品なのでそこに時間をかけたくて、レンダリング時間を短縮できるUE5を使うことにしました」とフラックスのCGディレクター、髙橋勇佑氏。同じくフラックスでUE5での作業を担当したCGリードデザイナーの大住啓司氏は、UEのツールとしての進歩に驚く。
「UE5になってから、映像制作目的でもかなり使いやすくなりました」。これまで苦手としていた透明表現なども、新シェーダでは改良されているという。
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本作はフラックスの髙橋氏の提案で、コマ撮りのような効果をねらい、カメラは24fps、キャラクターは12fpsで制作されている。MontBlanc Picturesのキャラクターアニメーションディレクター、竹野智史氏は「今回は24fpsでアニメーションさせたものをコマ落ちさせるのではなく、最初から12fpsで付けるフローで作業ができました。キャラクターも動かしやすかったです」と制作をふり返った。
一部、3ds MaxやCinema 4D(以下、C4D)によるプリレンダリングで仕上げた特殊なカットがある。キャラクターの顔が「バグ」で重なって表現されるカットは、ポスプロではなくあえて3ds Maxでつくり、プリレンダリング。担当したフラックスのCGリードデザイナー、中山敬太氏は、「アニメーションは賑やかしを意識して力技で。レンダリングはUE5の質感に寄せました」と、UE5との整合性には気を使ったという。
Flameによるオンラインではカラコレを施したのち、全体をフィルムルックでまとめた。「ビビッド感を損なわないようにしつつ、フルCG特有の生っぽさを落ち着かせていきました」とフラックスのオンラインエディター、宮城雄太氏。そのほか、花火やフォグなどを足す作業もオンラインの仕事だ。
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本作のルック開発について「キャラクターを12fps、カメラは24fpsにするという変則的なfpsの構成が良かったです。単純なコマ撮り感ともちがうものになって、これがルックの個性につながりました」と志賀監督。ノリノリで踊る「Odoちゃん」と「PAKUちゃん」の姿をぜひ見てほしい。
①キャラクターモデルはMayaで仕上げてUE5に渡す
OdoとPAKUはそれぞれオリジナルのMVに登場していた2Dキャラをベースに3D化。アニメーションを付けてUE5へ読み込むため、Mayaでモデリングとリギングを施した。
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②キャラクター&プロップのルックデヴ
ルックデヴはUE5で行なった。監督の強い要望もあり、Odoの衣装には透明シェーダを使用している。「万能な透明シェーダがないため、トランスルーセント系のシェーダを複数用意して、カットによって見映え優先で切り替えています」(髙橋氏)。
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③プリレンダーの背景をUE上でキャラクターと合成
背景の一部にはC4Dを使用。レンダリング画像をUE5に読み込んで配置することで、VFXの実写合成と同様の工程でキャラクターと馴染ませることができる。
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UE上で、キャラクター、背景画像、座面のダミーモデルを配置。ダミーモデルはマット利用、キャラクターへの線ライト、影の影響のために必要なものだ。背景はFlameでのコンポジットで合成するが、透明ズボンの背後の情報を得るために配置する -
キャラクターだけを抜くためのマスク素材
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④アルファの取得にはクリプトマットとステンシルを活用
UEからのアルファの取得には、クリプトマットとステンシルの2種類を状況に応じて使い分けている。クリプトマットは自動でマスクのカラーを割り振ってくれるため、コンポジットでは非常に便利だ。ステンシルの方は、ノードを組んでつくるRGBマスクなどで使用する。
⑤ライト編集と仮合成はUE5のシーケンサーを活用
UE5上でのライティングアニメーションや背景動画との仮合成ではシーケンサー機能が活躍した。
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詳細ライティング表示 -
通常のライティング表示。周囲のネオン環境やスポットライトによるライティングを印象的に表現するため、UE5上でライトカラーのアニメーションを付けた。「監督と一緒にUE5の画面を見ながら、ここのライトこうしよう、もうちょっとこうしてといった感じでライトをつくったりもしました」(髙橋氏)
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⑥キャラクターモデルにテクスチャアニメーションを施す
本編0:52付近では、志賀監督からの強い要望により、3Dキャラクターにテクスチャアニメーションを施すことになった。「これは自分にとっては新しい試みでした。どんなものになるか楽しみでしたが、面白いものができたと思います。今後も活用できるんじゃないかなと」(志賀監督)。
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⑦キャラクターを引き立たせるアニメーション演出
アニメーションの演出にも様々なこだわりが見受けられる。竹野氏はサビのシーンについて、「ローアングルなカットなのにキャラクターの足元がボリューミーなデザインなので、成立するか不安でした。結果的にそれが良い方向に働いて上手くいきましたね」と話す。
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⑧カメラとキャラクターのfpsを変えて味を出す
本作では、前述のようにコマ撮り映画などをリファレンスにして、カメラは24fps、キャラクターは12fpsにすることに。全体が12fpsの場合よりもフレームが抜けている感じが際立ち、味が出る。一方でモーションブラーが使えない、フレーム数が2倍になる、トランスレートとキャラクター本体の動きを分けるなど制約は多くなった。
また、キャラクターのAlembicをUE5にインポートする際、ジオメトリキャッシュはフレームを分解できないため、スケルタルメッシュで読み込んでシーケンサーでキーを再構築した。なお、Maya内の仮マテリアルのSGの名前をUE5内のマテリアル名と合わせておき、インポート時にキャラクターのマテリアルのアサインを自動化。一連の作業はスクリプトにしてある。
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⑨ブーリアンによる「バグ」表現
本編1:08付近の、Odoがスライスされて広がっていく「バグ」表現も監督のこだわり。バグる動きの検証では、サンプル動画を何種類もつくったという。
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3ds Maxでの作業画面。地道に丁寧につくられている。UE5では動いているオブジェクトのブーリアンが得意ではない。そのため3ds Maxのブーリアンを使ってアニメーションをつくり、プリレンダリングした -
完成ショット
⑩Flameによるルック調整
「ビビッドな色が好きで、色を暴力的に使って画面の圧を強くしたいと思っていました。“この色の組み合わせならこれだろ”みたいなセオリー通りなことはしたくなかったんです」と志賀監督が語るように、最終ルックは特徴的な色遣いを活かしたものに仕上がっている。
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CGから受け取った32bitの画。カラコレがしやすいようにフラットな状態で納品している -
最終コンプ。手前には監督自ら制作したオブジェクトが足してある。フィルムルックは綺麗に見えすぎないよう潰し気味にして、さらに全体にブラー、グレイン、色収差などを入れて仕上げた
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⑪オンラインで追加した花火のエフェクト
Flameではカラコレとトーン調整のほか、エフェクト処理も行なっている。特に花火のエフェクトの追加は志賀監督からの強い要望によるものだ。なお、今回オンラインで花火を追加したのは、3DCG、UE5、オンラインのどこで乗せるのが効果とコストのバランスが良いかを考え、オンラインが最適と判断したため。
同様に、アニメーションによってできた意図しない影の修正についても、CGアニメーションへ戻るよりも一番コストのかからない方法としてオンラインでの修正を選択した。
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CGWORLD vol.297(2023年5月号)
特集:超こだわりのルック開発
判型:A4ワイド
総ページ数:112
発売日:2023年4月10日
価格:1,540 円(税込)
TEXT_石井勇夫(株式会社ねぎデ)
TEXT_海老原朱里(CGWORLD)/ Akari Ebihara、山田桃子 / Momoko Yamada