月刊CGWORLDが創刊された1998年前後は、3DCGが世界のエンタメのメインストリームに食い込み始める時代だった。1995年にはフルCGアニメ映画『トイ・ストーリー』が公開され世界的なヒットとなり、1997年に上映開始された『タイタニック』は視覚効果賞を含むアカデミー賞11部門を受賞するなど、映画におけるその重要性が決定づけられた。
日本においても、ゲーム分野では『ファイナルファンタジーVII』のヒットが多くの業界志望者を生み、そして映像業界では、CGの表現技法や制作ルールが模索され、業界内での立ち位置が更新される只中であった。
CGWORLD vol.315「特集:デジタルハリウッドの30年」では、そんな2000年前後に業界入りし、現在も第一線で活躍するデジタルハリウッドOBの社長たちに、起業の経緯から若手採用の本音を伺った。本稿では、誌面の都合で掲載できなかったトピックも加筆して紹介したい。
社長たちの初仕事
CGはまだ「飛び道具」的な扱いだった
CGWORLD(以下、CGW):まずはデジタルハリウッドに入学した理由をお聞かせください。
武右ェ門 髙山清彦氏(以下、髙山):大学を卒業したら大学院に進学しようと思ってたんです。ただ、周りを見渡してみると、1つの学問領域にずっと取り組み続けられるようなすごい奴ばかりで、自分は無理だなと、と思って諦めました。ただ、気づいた時期が大学の4年だったので、もう就活の期間はとっくに終わってるんです。
それで漠然と自分が何をしたいか考えてみた結果、ゲームが好きだったのでゲームをつくる仕事をしてみようかなと思い、デジタルハリウッドに通うことにしました。ちょうど『ファイナルファンタジーVII』が出ていた時期でしたね。

髙山清彦氏
武右ェ門 代表取締役
東京理科大学理学部卒業後、1998年デジタルハリウッド東京本校の門を叩く。サンライズに入社。サンライズ練馬スタジオから独立して2014年に武右ェ門を設立。
buemon.com
StealthWorks 米岡 馨氏(以下、米岡):僕もずっとゲームセンターに通っているような学生だったので、ゲーム業界を目指していました。
当時「D's Garage21」というCGやゲームを扱うテレビ番組があったんですが、そこで多くの作品を出していたのがデジタルハリウッド生だったんです。それがきっかけで入学を決めました。

米岡 馨氏
StealthWorks 代表取締役社長
早稲田大学卒業後、ゲームシネマティクスに憧れて2001年デジタルハリウッド東京本校(専科)に入学。国内外のプロダクションに勤務後、ハリウッドクオリティのエフェクト制作を日本で実現するため、StealthWorksを設立。
www.stealthworks.jp
StudioGOONEYS 斎藤瑞季(以下、斎藤):僕も中学生の頃からゲーム業界に行きたかったんです。それこそゲーム会社に「どうやったらゲームクリエイターになれますか?」って質問したこともあるくらい。
「CGなら間口が広くて参入者も少ない、自分でも何かできるんじゃないかと」少し打算的に考えて、デジタルハリウッド大学院に入学しました。

斎藤瑞季氏
StudioGOONEYS 代表取締役
群馬大学 教育学部を卒業後、2004年デジタルハリウッド東京本校に入学、その後デジタルハリウッド大学大学院に進学。2005年にフリーランスとして実写映画、アニメ、CM、MVなど様々な案件を手がけ、2012年にStudioGOONEYSを設立。
https://gooneys.co.jp/
ダンデライオンアニメーションスタジオ 西川和宏氏(以下、西川):自分は元々映画をつくりたいと思ってデジタルハリウッドに入学しました。職種として何が向いているかわからないけど、入ったのはプロデュースコースでした。卒業していきなりプロデューサーの枠があるとは思わなかったので、CGクリエイターとしてのスキルを磨いていきました。

西川和宏氏
ダンデライオンアニメーションスタジオ 代表取締役社長
流通科学大学を卒業後、1998年デジタルハリウッド大阪校(プロデュース専攻)に入学。東映アニメーションを経て、2007年にダンデライオンアニメーションスタジオを設立。同社が手がけた『THE FIRST SLAM DUNK』は国内歴代興行収入で12位、世界でも記録的なヒットを生み出した。
www.dlas.jp
CGW:卒業後の初仕事はどのようなものだったのですか?
斎藤:僕は在学中に、某有名放送作家さんの事務所から声を掛けてもらっていて、大学院に通いながらそこで働くことになったんですが、チーム結成直後に解散してしまったんですよ。3DCGチームを結成して「さあ、3DCGつくるか!」という段になって、Mayaが当時1本100万円することがわかったみたい。それじゃやっていけないねということになったらしくて、あえなく解散(笑)。そのままどこにも所属せずに、フリーランスとして活動してきました。
CGW:時代を感じますね... しかし在学中に仕事にありつけたというのはすごいですね。
斎藤:僕が通っていた当時の大学院って、ほとんどの人が社会人をやりながら通っていたので、同級生が僕に仕事を回してくれたんです。そうやってもらった仕事をこなしているうちにフリーの道が開けて、そこから7年くらいはフリーランスとして活動していましたね。
CGW:その活動の中で、苦労したことはありますか?
斎藤:色々な企業と仕事をさせてもらっていましたが、実写でもアニメでも、3DCGは「飛び道具」のような扱いで……。しかも、会社の中で3DCGをやるのではなく、自分1人で3DCGをやっているので、業界の中での立場の弱さをモロに受けるんですよね。「3DCGならなんとかできるでしょ。」という漠然とした期待から無茶なスケジュールを引かれることも。「もっと3DCGが主役になる楽しい作品を手がけたい」という思いから仲間と会社を起ち上げました。
米岡:僕は1社目は「笹原組」なんですよ。当時「StudioMoMo」っていうオンライン掲示板があって、そこに出していた「鮫の作品」を、たまたま笹原和也さんが見つけてくださって、それをきっかけにスカウトされたという流れです。
CGW:米岡さんはPIXOMONDOのベルリンスタジオで働いていた時期もありますよね。
米岡:僕はフリーで働いていた頃、日本とハリウッドで3DCGのクオリティの差がありすぎるなと思って、その差を理解するために海外で働きはじめたんです。ただ、そもそも国内のVFXのクオリティを上げるのが目的だったこともあり、一定期間働いた後に帰国を決意しました。
CGW:海外と日本で差はありましたか?あったとすればどのような点でしょうか。
米岡:ハリウッドとのインフラの差は圧倒的だけど、日本でもやれることを取捨選択していけば似たようなことはできるんじゃないかと思って、帰国してエフェクト特化のスタジオを設立しました。
その成果が活かされたのが『鋼の錬金術師』や『シン・ゴジラ』ですね。そこでエフェクトという部分がブレイクできたんじゃないかと思っています。実際、そこから破壊エフェクトの需要はどっと増えました。
CGW:髙山さんの初仕事と会社設立の経緯はどんな感じだったんですか?
髙山:私はデジタルハリウッドの研究科生のときに、友人の誘いで、サンライズに制作進行として入社しました。
CGW:入社してすぐ、大友克洋監督の『スチームボーイ』に携わることになったんですよね。
髙山:当時のアニメ業界は3DCGを理解していて、マネジメントができる人が少なかったようで、「高山ならできると思うから来ないか?」と誘われました。ただ、当時のアニメ業界では、3DCGもハードウェアも金額が高く、スペックも追いつかなかったのでまだまだ使いどころは限られてました。
作画や美術など、他のセクションでこぼれた仕事をやりながら自分たちができる仕事の幅や表現を広げていった経緯があります。その中で、才能のある3DCGアニメーターたちと出会ううちに、もっとこの分野は伸びるはずだと感じ、独立しました。
CGW:その狙い通り、武右ェ門は2014年の設立以来成長し続けて、現在、40名規模のスタジオになりました。
CGW:西川さんは卒業してからすぐにアニメ業界に就職したのですか?
西川:私はデジタルハリウッド大阪校を卒業後、短期間だけ関西の広告代理店に就職していたんですが、そこではCGで土偶をつくる日々が続いて……。
一同:土偶(笑)!
西川:歴史資料のアーカイブ案件だったんですよ。ただ、そもそも映画がつくりたいと思って3DCGを始めたので、このままだと先が見えず、その会社は辞め、一念発起して上京して、かつての「ビジュアルサイエンス研究所」に入社しました。同社では、3D立体映画『銀河鉄道999~ガラスのクレア~』のプロジェクトがあって、そこで細田 守監督と知り合い、アニメ作品の中で3DCGを使っていくのは面白いなと思うようになりました。その後、縁あって東映アニメに移ったんです。当時は東映アニメの3DCG部門が15人程度と、できて間もない頃でした。それから7年ほど作品に爪痕を残すために、手探りで色んなことをやっていました。
それでも、2007年当時、3DCGのキャラクターをメインで使う企画がなかなか成立しない状況があって、それなら自分たちの責任で、企画からやりたいと思ったのが起業のきっかけです。
CGW:そこから長い年月にわたる表現の研鑽を経て『THE FIRST SLAM DUNK』という、全編3DCGキャラクターによるアニメーション映画に結実したのは感慨深いですね。
斎藤:海外のクライアントと話すときも何かと話題に挙がりますし、業界に大きな風穴を開けた作品だと思います。
CGW:他に皆さんが感じる業界の変化は他にありますか?
米岡:実感としては2010年前後で日本の映像業界も世代交代が起きたみたいで、仕事の進め方もだいぶ変わりましたよね。金曜に発注されて、週明けチェックで、みたいなことを言うクライアントもほぼいなくなりました。
最近、撮影現場に行ったら、監督や撮影スタッフが全員自分より若い世代だったんですが、3DCGに対しての感覚が変わっているのに気づきました。どうやったら良い3DCG表現になるのか、みんな立場を超えて話し合ってるんですね。しっかりクオリティに向き合いやすい時代になりつつあるのかなと思います。
常に案件を絶やさないための工夫
CGW:では、プロダクションの社長業をやっていく中での苦労とはどんなものですか?
斎藤:常に仕事がなくなる恐怖との戦いです。実は受注していた案件が2週間も止まってしまったことがあったんですが、その時、全社で社員旅行に行くことにしたんですよ。社員旅行に行けば、社員には仕事が止まってることがバレないんじゃないかと思って。
CGW:社長、きっとバレてますよ(笑)。
米岡:自分も会社立ち上げの時、初期費用がどれだけ必要かというのを詰めなかったことで、大変な思いをしました。自分の金を会社に移して乗り切ったりしましたね。
斎藤:会社立ち上げたら税金が先払いになるので、下手すると黒字倒産になったりもするんですよね。
CGW:恐ろしいですね……。会社を続けていくために心がけていることはありますか?
西川:不況だからとか、予定されたものがずれるとか……そういう時もあるという前提で、幅を広げておくことを常にやっておく必要がありますね。映像だけじゃなくVRやゲームも、なるべく対応できる状態にしておく。仕事が途切れないということもあるし、スタッフのスキルもそれによって広がっていくということは意識しています。
米岡:仕事がある時、ない時というのは絶対に訪れるので、ゲームだったりアニメだったりと、色んなところから仕事をもらえる道をつくっています。
それから、スタッフのモチベーションを維持するためにも、リールをパブリックに出すということに力を入れています。凄い作品をつくっているところでも、しがらみがあって出せないところが多いんですが、頑張って交渉すれば、意外と認めていただける場合もあるんです。
諸々許諾が取れたのでステルスワークスの2024年度版デモリールを公開しました!今回はヘブバンのシネマティックやFGOの魔法使いの夜コラボのCMなどが追加されています。どれもスタッフ一同頑張って制作したので是非ご覧ください!… pic.twitter.com/PPc8OpqDTU
— 米岡 馨/Kei Yoneoka (@Keiyoneoka) July 17, 2024
CGW:StealthWorksがSNSで大々的にデモリールを発表して以来、潮目が変わって、続々と実績を発表するプロダクションが増えたような印象もありますね。
米岡:なるべくプロジェクトの上流に食い込んで、リールを出せるように心がけています。
採用のポイントはスキルだけじゃない!?
CGW: ところでみなさん、人材採用はどのように取り組んでいますか?
西川:当社はアニメーターを募集していますが、応募者については、3DCGモデルをちゃんと「命あるもの」として見せようとしているかどうかに注目しています。はじめは粗削りでも、それを目指している人とはぜひ一緒に働きたいですね。
斎藤:うちは、ハリウッドスタイルの「アクティング」ができる人材を積極的に採用したいと考えています。日本のアニメは、伝統的に「アクション」を重視して発展してきました。一方で「アクティング」の文化はそれほど発展していません。他のプロダクションとの差別化を図るために、アクティングについて社内教育も力を入れています。
ただ、最近は学生から提出されるデモリールのクオリティが高くなってきていて、正直なところ、少し困っています。
CGW:良いことではないんですか?
斎藤:講師からペイントオーバーで1から10までたくさんフィードバックを受けて制作したものを提出している人が増えてきていて、デモリールの仕上がりだけでは実力の見極めが難しくなっているということですね。見栄えはとても良いのですが、実際に仕事をさせてみると自分で演出プランが考えられないといったケースも見受けられます……。実戦になるとどうしても自分でプランニングする力が求められるので、採用時にはそこもしっかり見極めるようにしています。
CGW:なるほど、みなさんはいかがでしょうか。
髙山:自分はトレスをすることは学ぶ上で必要だと思うので、それ自体は間違っているとは思わないですけどね。究極、学生時代の技術の上手い下手というのはプロになったらすぐに埋められるものなので、そこまで重視はしていないです。
それよりも「素直で情熱があるか、地道に続けられる人材かどうか」が重要ですよね。アニメが好きな人は作品にもかならず現れてくるので。履歴書に志望動機がちゃんと書いてあったりすると、一緒に働きたいなと思います。
米岡:自分も学生のスキルはあまり気にしてないですね。エフェクトが好きかどうかというところはあるけれど、技術的には似たり寄ったりです。求められるスキルも、画づくりの方法も幅が広くなりすぎちゃってるので、学生のうちからそこの答えを持っている人はほぼいないだろうと思ってます。
なので、うちのインターンの採用基準としては積極性を重視してます。SNSでうちに話しかける勇気のある人は大体OKですね。大事なのは、最初から本名と所属する学校を名乗れるかどうか。匿名やハンドルネームの場合はちょっと遠慮しています。
CGW:1人の人間として、向き合う覚悟があるか見ている感じでしょうかね。
米岡:あとは、進捗報告が書けるかどうか。これも重要です。自分の作業内容やできなかったことを言語化することができるのであれば、先輩たちからのフィードバックを糧に確実に成長することができます。これは過去のインターンでも実証済みです。
CGW:皆さん、各自の採用方針をきかせていただきありがとうございます。最後に、これまでの活動を振り返って、目標をお聞かせください。
米岡:若い頃は漠然と3DCGが上手くなりたいと思ってたけど、自分の立ち位置が変わるにつれてモチベーションのあり方が変わっているのは感じています。自分としては、夢見ていたハリウッドクオリティが実現できた今、次は何を目指そうかと考えているところです。50代から何を目指すべきなのか、我々世代共通の悩みかもしれませんね。
髙山:会社を起ち上げた10年前から、オリジナル作品をつくり続ける体制を持続していく目標は変わってないです。今までのアニメ業界でつくり続け更新し続けた美意識を踏襲しながら、世界に向けて発信していきたいですね。
斎藤:会社設立時の「3DCGをもっと好きになってもらいたい、CG業界を変えたい」という思いのもとに、どう我々のスタジオの名前を盛り立てていくかということを意識しながら、今後も頑張っていきたいです。
欧米のスタイルや日本の作画スタイルそれぞれの良いところを取り入れ、独自の3DCGアニメーションとして1つの正解を導き出したいと思います。それを体現するために自分たちのオリジナル作品をつくり、世界に届けるチャレンジをしていきたいですね。
西川:いかに業界で生き残っていくかということを一貫して考えています。やはりCGで何としても食っていこうと、決意してデジタルハリウッドに入ったので、そこは覚悟を決めています。既存の表現、市場に囚われず新しい挑戦は欠かせません。今年からゲーム関連事業もより積極的に制作・挑戦しています。
CGW:今回はありがとうございました。
PHOTO_弘田 充
TEXT_オムライス駆
INTERVIEW&EDIT_池田大樹(CGWORLD)