近年、産業育成・雇用創出を目的として、IT企業やCGアニメ・ゲームスタジオを招致する地方行政の動きが活発だ。一方、CGプロダクションにおいては地方スタジオの設立やリモート活用による人材獲得を推進する動きが広がりつつある。
その中でも、特に活発な取り組みをしているのが「ORENDA WORLD」だ。同社は福岡、札幌、神戸、京都のような地方中枢都市ではなく、熊本県天草市、富山県魚津市、大分県玖珠町など、都市部ではない地域との連携も強めている。CGスタジオや3DCGについて学べる教育機関が少ない地域で、3DCG・テクニカル人材の育成をどのように目指していくのだろうか?
本記事では同社で地方創生プロジェクトに取り組む、ORENDA WORLDの藤本 航氏をお招きし、このプロジェクトにかける熱意や、3DCGを活用した地方振興の可能性を伺った。

記事の目次

    CGWORLD(以下、CGW):ORENDA WORLDは福岡、札幌、神戸、京都のような地方進出の定番の地域ではなく、天草、魚津、玖珠町といった都市部以外の地域と連携を強めているそうですが、その理由は何なのでしょうか?

    藤本 航氏(以下、藤本):都市部での人材獲得が厳しくなる中、地方での人材活用に関心があり、地方創生を既に手掛けられている会社さんへお話を伺ってみたところ、地方では若者が都市部に出てしまう、たとえ地元で働きたくても仕事がない、という現状を知りました。であれば、そういった地方で人材育成をした上で、弊社の仕事を担当してもらえれば、お互いにとってWIN-WINの関係性が築けるのではないかと思ったんです。

    ORENDA WORLD 藤本 航 (フジモト ワタル)

     デザイン開発部 副部長 九州エリア 統括マネージャー

    CGW:確かに専門学校やCGスタジオがあるような都市部であれば就職先もありますが、それもないような地域だと、3DCGに携わる仕事をしたければ都市部に出て行くしかないですもんね。
    地方に居ながらにしてそういう仕事に就くための筋道があれば、新たな人材も獲得できるというわけですね。ただ、一口に地方都市と言ってもその実情は様々だと思います。ORENDA WORLDが提携先として天草、魚津、玖珠町を選んだ理由はどこにあるのでしょうか?

    藤本:この地方創生プロジェクトを進めるにあたって様々な自治体の方とお話させていただいたんですが、クリエイターを育成していきたいという強い熱意が感じられた点ですね。

    CGW:なるほど、まずはプロジェクトに携わる地域の人々の熱意が何より大切というわけですね。それでは自治体との連携の具体的な内容について、自治体ごとに詳しく教えてください。

    藤本:まず天草市ですが、市が「天草をゲームやアニメを中心としたデジタルアートの島にする」ということを掲げて取り組んでいる『デジタルアートの島創造事業』を推進するために官民合同で「一般社団法人デジタルアート天草」を設立し、クリエイター育成等に力を注いでいます。

    ▲天草市では、クリエイター・プロダクションの誘致に積極的だ。詳しくは下記の記事も参照してもらいたい。
    https://cgworld.jp/special-feature/amakusa.html

    藤本:具体的な活動内容としては、熊本県立天草工業高等学校と連携して、情報技術科のカリキュラムにゲーム開発・CG制作を組み込み、高校生のうちからデジタルクリエイターを目指す実践型の教育を、2024年4月から提供する予定です。多くの場合、体系的に知識を学べるのは専門学校や大学に入学してからなので、高校生のうちから学べるのは利点だと考えています。また小中学生や一般に向けたCG講座も開催しています。
    外部からプロのクリエイター講師を招き3DCG制作を行う「天草CGアカデミー」の開催や、もっと手軽にCGを学べる、化石発掘と3Dスキャンを組み合わせた化石のデジタルアーカイブ体験講座を開催する等、様々な方法でクリエイター育成に注力しています。
    また、クリエイターを育てるだけでなく、働く場所についても整備を進めており、(一社)デジタルアート天草や、2023年2月に新設したORENDA WORLD天草スタジオでの雇用・定着支援や、プロダクション誘致を進めることで、都市部から技術を身に着けた方々がIUJターンしても働ける環境づくりを行っています。

    ▲恐竜の島・化石の島として知られる離島の町、御所浦で開催されるワークショップ。こうした観光資源と組み合わせたCGの活用方法も、地域活性のポイントの一つ。

    藤本:魚津市はもともと長年クリエイター育成を推進されていたんですが、我々が参画してノウハウを提供することで、そこをさらにパワーアップさせることができると考え、「ゲームのまち」推進事業「つくるUOZUプロジェクト」と協力して、魚津市のクリエイターを育成・支援していく試みを進めています。
    具体的な取り組みとしては、ひとつは魚津水族館と連携して、富山湾の魚を3Dで創る「アクアリウムコンテスト」を開催し、受賞作品を「VR水族館」として展示しました。魚津市ではすでにクリエイター育成の地盤ができているので、彼らに作品の発表や表彰の場を設けてあげようという考えです。
    また、もうひとつの取り組みとして「UOZU GAME BOOT CAMP」というものがあります。これは参加者がプロのクリエイターによる指導を受けながら、一泊二日でオリジナルゲームを作るというものです。やはり経験の少ない方々が一泊二日でゲームを作るというのは大変な作業なので、テーマをあらかじめ決めておいたり、素材を用意しておいたりと、限られた時間の中でちゃんと最後までゲームを作れるような環境作りをしています。ひとつのゲームをちゃんと最後まで作るということは、大きな経験になりますからね。

    ▲つくるUOZU公式HP
    https://detail.uozugame.com/

    藤本:玖珠町は、生成AI技術を活用したソリューションの提案や、Webを活用した販路開拓の講座などに取り組んでいます。玖珠町さんは「童話の里」というキャッチフレーズをお持ちなので、IPを作るのがすごくやりやすいだろうなと考えています。それに、一体感が凄くある自治体なので、観光事業などで街全体として一体感を出して表現していく企画ができればと思います。

    ▲2023年9月に大分県玖珠町への進出を表明。今後、生成AIによる音声合成事業、事業者向けWeb/DX化促進事業に取り組む
    https://orenda.co.jp/news/0928/

    CGW:一口に地方創生と言っても、それぞれの自治体の特色を活かした上で、少しずつ違うことに取り組んでいるんですね。

    藤本:はい、自治体ごとの強みを活かしつつ、「LEVEL BOOST」によってクリエイターのレベルの底上げを図っています。

    CGW:「LEVEL BOOST」とはどういったものなのでしょうか、詳しく教えてください。

    藤本:LEVEL BOOSTとは「地方と大都市をつなぐ、クリエイターの架け橋」をコンセプトに、ORENDA WORLDが手掛ける、地方在住クリエイター育成のための学習プラットフォームです。

    ▲LEVEL BOOST https://levelboost.online/。登録するとAfeter EffectsやUnreal Engineを自学習できるための教材を活用出来る他、クリエイターイベント情報や仕事情報が入手できる。教育と就職支援を行うプラットフォームだ。

    藤本:地方はどうしても専門学校等の教育機関が少ないので、そういった地域の学生たちに向けて、現場の第一線で活躍するクリエイターを講師として招いたり、教材を提供したりして、クリエイターのレベルアップを促しています。また、先ほど活動事例として挙げた「つくるUOZUプロジェクト」のように、地域と連携したイベントの開催もおこなっています。そして、ゆくゆくは企業と登録者のマッチングもしていきたいと考えています。LEVEL BOOSTは登録が無料なので、興味を持たれた方は気軽に登録していただけると嬉しいですね。

    CGW:地方創生プロジェクトについて様々な事例を聞かせていただいて、そのどれもが一定の成果を上げているようですが、現時点での課題などはありますか?また、その課題解決のためにはどういった施策を考えていますか?

    藤本:やはり税金が投入される公的事業としての側面がありますので、各自治体の市民の皆様の理解を得るまでに時間はかかります。そのためにも着実に実績を積み上げていき、我々の実績と市民の方々の期待が一致すれば、よりプロジェクトを大きく進めていけると考えています。

    CGW:最後に、地方創生プロジェクトを通じて、ORENDA WORLDが目指すところをお聞かせください。

    藤本:日本のクリエイターに新しいライフスタイルを提案していきたいですね。地元に仕事がないから都市部へと出て行く方々、あるいは都市部で働いていたけれど地元に戻って働きたいといった方々に、地方でもやりたい仕事をして暮らしていけるような基盤を作っていきたい。そして、それを日本中に広げていきたいです。どこの自治体も自分達のところを良くしたいと考えておられるので、ひとつの自治体でいい結果が出たものは、別の自治体にも横展開させていこうと考えています。例えば天草で取り組んでいる化石発掘と3Dスキャンのコラボのように、最新技術を使いながら注目度の高いことを全国でやっていきたいですね。そうやって活動を広げていくと、やがて日本中でムーブメントを起こせるんじゃないかと思っています。

    CGW:今回はありがとうございました。

    TEXT_オムライス 駆
    INTERVIEW_池田大樹(CGWORLD)