2022年9月16日(金)よりNetflix全世界独占配信、および日本全国ロードショーされた長編アニメーション映画『雨を告げる漂流団地』。謎の海を漂流する団地と7人の少年少女に巻き起こる冒険譚を、スタジオコロリドらしい柔らかなタッチと豊かな色彩で描いた作品だ。
指揮を執ったのはスタジオコロリド所属の新進気鋭のアニメーション監督、石田祐康氏。監督にとっては『ペンギン・ハイウェイ』(2018)に続く2作目の長編映画となる。
©コロリド・ツインエンジンパートナーズ
漂流する団地や海などを3DCGで表現
石田監督は『陽なたのアオシグレ』(2013)などの短編も手がけてきたが、「長編と短編では画づくりの方向性が明確に異なる」と話す。
石田監督は『陽なたのアオシグレ』(2013)などの短編も手がけてきたが、「長編と短編では画づくりの方向性が明確に異なる」と話す。「例えば、短編では様々な質感やハーフトーン調の色遊びを採り入れたりして、実験的で軽やかな印象をもたせることが多いです。ですが長編では、むしろ一定の重さのようなものをもたせる必要があって、そのためには“ひとつずつレンガを積み上げていくような作業”が大切になります」(石田監督)。
監督・石田祐康氏
(スタジオコロリド)
その地道な歩みは2019年初頭からスタート。いくつもの企画候補が挙がる中、石田監督の描いたイメージボードが山本幸治プロデューサーの目に留まり、制作が決まった。そして、海上が舞台になるという事情から3DCGなしでは難しいと考え、チップチューンへ協力を依頼する。
CGディレクター・竹鼻まゆ氏
(チップチューン)
これまではアタリやカメラワークのために3DCGを利用することが多かったコロリド作品だが、本作では団地や海といったメインの舞台に、フィニッシュまでもっていける高水準の3DCGが求められた。
CGプロデューサー・根本繁樹氏
(チップチューン)
石田監督は「よくある話で、作画は上手ければ上手いほどその上手さに気づけません。“画そのもの”ではなく物語に没入させられるからです。そういう作業は地味ですが、映画においてはその地味さが一番大切なものだと思います。本作もできる限りそれができるように、と考えて取り組んでいます」と語った。
<1>作品テーマから導き出した静穏で豊かな色彩演出
プリプロはまず脚本づくりから始まるが、石田監督にとって原作のない長編作品は初めて。およそ1年半の時間をかけ、じっくりと物語を紡いでいった。
ある程度脚本が見えてきたら、通称「ミニコンテ」と呼ばれるラフなコンテ制作に進む。この段階で、作品全体のコンテをひと通り描ききってしまうのが石田監督流だ。コンテにより作品の全体像を把握できたところで、次はその中から画づくりとして重要な約40カットを選抜、美術監督の稲葉邦彦氏と共にカラースクリプトを作成する。
作品の最も基本となる色のながれを初期段階で決めてしまい、最後までそこから外れないように制作を進めていく。「“色”は本作でもとても重視している部分です。質感やディテールももちろん大切なのですが、色から受け取る印象のほうがもっと強いと考えています」と石田監督は語る。
本作のカラースクリプトの特徴は「落ち着いた色合いの中で階調表現が豊か」であるところ。“団地が漂流する”という本作のテーマにふさわしい、稲葉氏の感性が活きた色彩である。
イメージボードとカラースクリプト
<2>クオリティを追求した団地の3DCGモデル制作
「『雨を告げる漂流団地』と謳っていますから、団地は半端なものではいけないと考えていました」と石田監督が語る通り、こだわりをもって制作された団地。まずはスタジオコロリドが土台となるラフモデルを用意し、基本的な各部の比率やスケール、窓の配置などを指定。それをベースにチップチューンが本番モデルを制作している。
約3ヶ月の期間をかけ、じっくりとクオリティを追求した精密な団地の3DCGモデルは、レイアウト用モデルとしても大活躍。「本来は美術背景を発注する前に原図を用意します。でも今回は原図を描く必要がないくらいクオリティの高い団地モデルがあったため、美術発注はモデルの上にキャラクターを描くだけで良かったんです」と話す石田監督。
作画アニメーションをメインとするスタジオコロリドだが、以前から3DCGの活用には積極的だ。前作『ペンギン・ハイウェイ』ではUnityを、本作ではBlenderを導入。団地が映るカットのレイアウトは全てBlender上で決めたそうだ。石田監督は「本作ではこれまで以上に3DCGモデルの恩恵が大きかったですね」とふり返った。
団地外観のモデリングと美術設定
つくり込みにこだわった室内モデル
美術を活かすためのカメラマップ
<3>エネルギッシュでリアルなうねる海面の表現
本作に登場する海面は基本的に3ds Maxの標準機能で制作している。板ポリゴンにディスプレイスメントマップを適用し、波の動きを表現。緻密な波の形状コントロールを要求された本作の場合、シミュレーション系のツールよりも細かい演出が施せるこの手法が適していた。
荒れた海の場合も同様で、ディスプレイスメントの上からデフォーマで変形を加えて表現。水飛沫はtyFlowを使って板ポリの動きを拾い、波が高くなるタイミングで自動的に発生するように設定した。
「海の色味のコントロールも当社でやっています。大変でしたが、そこまでやらせてもらえて良かったと思っています」とチップチューンの根本繁樹氏。海面はキーライトなどの設定ひとつで大きく表情を変える。AE上で調整レイヤーなどを作成し、美術ボードの色味に合わせる作業はCGサイドが担当した。
そうした素材の出し方や処理の落としどころの調整に時間を要したこともあり、海の表現だけでも数ヶ月を費やしたという。苦労の甲斐あって、各シーンを盛り上げるリアルでダイナミックな海は、本作の見どころのひとつとなっている。
複雑な動きを見せる海面の表現
海ほたるのような光のエフェクト
作画のアタリをベースに描いたダイナミックでリアルな荒波
INFORMATION
CGWORLD vol.292(2022年12月号)
特集:新世代クリエイター
判型:A4ワイド
総ページ数:128
発売日:2022年9月9日
価格:1,540 円(税込)
TEXT_野澤 慧