2022年9月16日(金)よりNetflix全世界独占配信、および日本全国ロードショーされた長編アニメーション映画『雨を告げる漂流団地』。謎の海を漂流する団地と7人の少年少女に巻き起こる冒険譚を、スタジオコロリドらしい柔らかなタッチと豊かな色彩で描いた作品だ。

指揮を執ったのはスタジオコロリド所属の新進気鋭のアニメーション監督、石田祐康氏。監督にとっては『ペンギン・ハイウェイ』(2018)に続く2作目の長編映画となる。

記事の目次

    ※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 290(2022年10月号)からの転載となります。

    ©コロリド・ツインエンジンパートナーズ



    漂流する団地や海などを3DCGで表現

    石田監督は『陽なたのアオシグレ』(2013)などの短編も手がけてきたが、「長編と短編では画づくりの方向性が明確に異なる」と話す。

    映画『雨を告げる漂流団地』
    公開日:9月16日(金)Netflix全世界
    独占配信、日本全国ロードショー
    監督:石田祐康/脚本:森ハヤシ、石田祐康/キャラクターデザイン:永江彰浩/キャラクターデザイン補佐:加藤ふみ/企画:ツインエンジン/制作:スタジオコロリド/配給:ツインエンジン、ギグリーボックス/製作:コロリド・ツインエンジンパートナーズ
    www.hyoryu-danchi.com

    Netflix www.netflix.com/jp/title/81328781

    石田監督は『陽なたのアオシグレ』(2013)などの短編も手がけてきたが、「長編と短編では画づくりの方向性が明確に異なる」と話す。「例えば、短編では様々な質感やハーフトーン調の色遊びを採り入れたりして、実験的で軽やかな印象をもたせることが多いです。ですが長編では、むしろ一定の重さのようなものをもたせる必要があって、そのためには“ひとつずつレンガを積み上げていくような作業”が大切になります」(石田監督)。

    監督・石田祐康氏
    (スタジオコロリド)

    その地道な歩みは2019年初頭からスタート。いくつもの企画候補が挙がる中、石田監督の描いたイメージボードが山本幸治プロデューサーの目に留まり、制作が決まった。そして、海上が舞台になるという事情から3DCGなしでは難しいと考え、チップチューンへ協力を依頼する。

    CGディレクター・竹鼻まゆ氏
    チップチューン

    これまではアタリやカメラワークのために3DCGを利用することが多かったコロリド作品だが、本作では団地や海といったメインの舞台に、フィニッシュまでもっていける高水準の3DCGが求められた。

    CGプロデューサー・根本繁樹氏
    (チップチューン)

    石田監督は「よくある話で、作画は上手ければ上手いほどその上手さに気づけません。“画そのもの”ではなく物語に没入させられるからです。そういう作業は地味ですが、映画においてはその地味さが一番大切なものだと思います。本作もできる限りそれができるように、と考えて取り組んでいます」と語った。

    <1>作品テーマから導き出した静穏で豊かな色彩演出

    プリプロはまず脚本づくりから始まるが、石田監督にとって原作のない長編作品は初めて。およそ1年半の時間をかけ、じっくりと物語を紡いでいった。

    ある程度脚本が見えてきたら、通称「ミニコンテ」と呼ばれるラフなコンテ制作に進む。この段階で、作品全体のコンテをひと通り描ききってしまうのが石田監督流だ。コンテにより作品の全体像を把握できたところで、次はその中から画づくりとして重要な約40カットを選抜、美術監督の稲葉邦彦氏と共にカラースクリプトを作成する。

    作品の最も基本となる色のながれを初期段階で決めてしまい、最後までそこから外れないように制作を進めていく。「“色”は本作でもとても重視している部分です。質感やディテールももちろん大切なのですが、色から受け取る印象のほうがもっと強いと考えています」と石田監督は語る。

    本作のカラースクリプトの特徴は「落ち着いた色合いの中で階調表現が豊か」であるところ。“団地が漂流する”という本作のテーマにふさわしい、稲葉氏の感性が活きた色彩である。

    イメージボードとカラースクリプト

    本作の画づくりを決定付けるイメージボードとカラースクリプト

    • 石田監督によるイメージボード。山本プロデューサーが企画を決定する際の決め手となった1枚である
    • 美術スタッフによるイメージボード。脚本がある程度固まった段階で、色合いや雰囲気など、より具体的なビジュアルの指標として制作した
    カラースクリプトの一例。日常シーンは素朴に、オープニングのシーンなど特殊な箇所はトリッキーな工夫や画づくりを意識。また、物語後半で多くなる暗がりのカットはかなり暗めに設計している。劇場上映を考慮して限界ギリギリ、どこまでいけるかというところを探った。このカラースクリプトを基に本番用のテストカット制作が行われ、3DCGのモデルと表現開発もこのタイミングで開始。早期にテストカット制作を行なったおかげで問題点も早い段階でわかり、解決策を探りやすかったという

    <2>クオリティを追求した団地の3DCGモデル制作

    「『雨を告げる漂流団地』と謳っていますから、団地は半端なものではいけないと考えていました」と石田監督が語る通り、こだわりをもって制作された団地。まずはスタジオコロリドが土台となるラフモデルを用意し、基本的な各部の比率やスケール、窓の配置などを指定。それをベースにチップチューンが本番モデルを制作している。

    約3ヶ月の期間をかけ、じっくりとクオリティを追求した精密な団地の3DCGモデルは、レイアウト用モデルとしても大活躍。「本来は美術背景を発注する前に原図を用意します。でも今回は原図を描く必要がないくらいクオリティの高い団地モデルがあったため、美術発注はモデルの上にキャラクターを描くだけで良かったんです」と話す石田監督。

    作画アニメーションをメインとするスタジオコロリドだが、以前から3DCGの活用には積極的だ。前作『ペンギン・ハイウェイ』ではUnityを、本作ではBlenderを導入。団地が映るカットのレイアウトは全てBlender上で決めたそうだ。石田監督は「本作ではこれまで以上に3DCGモデルの恩恵が大きかったですね」とふり返った。

    団地外観のモデリングと美術設定

    団地外観のモデル制作のながれ

    • ラフモデル。団地監修担当が提供した団地の実写資料写真と、監督のイメージボードを参考に作成した
    • 本番モデル。【ラフモデル】のモデルと資料写真をベースに制作している。団地の構造をひとつひとつ紐解きながらつくっていく状態だったという
    • 完成カット
    • 完成カット
    • 美術設定(通常時)。モデル制作と同時進行していたため、モデルを線画でレンダリングして、その上に描き足すかたちで制作している。これは最終モデルのフィックスにあたり、基準として使用した
    • 美術設定(破壊時)。このような壊れた断面図は、あまりに複雑なため資料なしで描き切ることは難しい。そこで3DCGモデルを切断して断面を観察。必要な箇所には演出的な壊れ方を描き加えながら仕上げた

    つくり込みにこだわった室内モデル

    石田監督が「覚悟を決めてつくった」という団地の内装。団地監修担当も文句のない仕上がりとなった

    • 室内のモデルは資料写真と監督のイメージボードからモデリング。資料写真を確認しながら、実際の団地に寄せる部分、あえて現実離れさせる部分とのラインを探りながら作業を行なった。同時進行していた美術設定を確認しながら、そのままレイアウトとして使えるレベルまでつくり込んだという
    • 居室
    • トイレ・浴室。浴室は本編中には登場しないが、部屋の一部ときっちり作成した
    • 分電盤の配線。非常に精密につくられており、室内から外へと伸びた配線も屋外配線と正確に繋がっている
    • 完成カット
    • 美術設定
    • 完成カット。映画前半では団地のモデルをこうしたレイアウト原図用にも使い、映画後半は一部3DCGでフィニッシュしている
    • 美術設定

    美術を活かすためのカメラマップ

    石田監督から「団地の質感には美術をそのまま活かしたい」という要望があり、団地をしっかり見せるようなカメラワークのカットにはカメラマップを使用している。一方、団地よりもカメラワークに重きを置くカットには、汎用で使えるテクスチャ素材を貼り込んで対応。見せ方によってウェイトコントロールを行なっている。画像はカメラマップの例。カットごとに専用の美術素材を用意して貼り込む。なお、本作に参加したチップチューンのCGアーティストは全8名、主な使用ツールは3ds MaxtyFlowAfter Effects(以下、AE)。同スタジオではモデリングやアニメーションといった工程でメンバーを分けず、全員がジェネラリストとして活躍する。こうしたカット作業も全員で行なっているそうだ

    <3>エネルギッシュでリアルなうねる海面の表現

    本作に登場する海面は基本的に3ds Maxの標準機能で制作している。板ポリゴンにディスプレイスメントマップを適用し、波の動きを表現。緻密な波の形状コントロールを要求された本作の場合、シミュレーション系のツールよりも細かい演出が施せるこの手法が適していた。

    荒れた海の場合も同様で、ディスプレイスメントの上からデフォーマで変形を加えて表現。水飛沫はtyFlowを使って板ポリの動きを拾い、波が高くなるタイミングで自動的に発生するように設定した。

    「海の色味のコントロールも当社でやっています。大変でしたが、そこまでやらせてもらえて良かったと思っています」とチップチューンの根本繁樹氏。海面はキーライトなどの設定ひとつで大きく表情を変える。AE上で調整レイヤーなどを作成し、美術ボードの色味に合わせる作業はCGサイドが担当した。

    • 完成カット
    • 荒々しく躍動的な波が表現されている

    そうした素材の出し方や処理の落としどころの調整に時間を要したこともあり、海の表現だけでも数ヶ月を費やしたという。苦労の甲斐あって、各シーンを盛り上げるリアルでダイナミックな海は、本作の見どころのひとつとなっている。

    複雑な動きを見せる海面の表現

    海面と波の表現はテストカットが始まったタイミングで本格的に開発をスタート

    3ds Maxでの作業。板ポリゴンに複数のディスプレイスメントをかけ、複雑な海の動きを再現。緑色の粒子はtyFlowによる水飛沫
    完成カット例。監督は特に波の透過表現にこだわり、テストカットを用いてAE上で光源用、ハイライト用など複数のマスクを合成して試行錯誤した。なお、特殊な海のカットではカットバイで専用のモデルをモデリング。団地同様、作品の重要な役割を担う部分であるため、妥協は一切ない

    海ほたるのような光のエフェクト

    3DCGでは再現するのが非常に難しい、作画のような複雑な形状に走る光のエフェクト

    作画によるアタリの一部。3DCG化にあたり、色味はカラースクリプトを、動きはこれらのアタリを参考にした
    • エミッタの作成。まず作画のアタリに合わせて作成したパス上にパーティクルを発生させ、そのパーティクルの集合体をVDB化して1オブジェクトにする
    • パーティクルの発生。【左画像】のオブジェクト内でパーティクルを走らせることで、複雑なシルエットのエフェクトを表現。当初はパスに合わせてパーティクルを発生させていたため、パーティクルの速度や密度が変わるとねらい通りにシルエットをコントロールできなかったが、エミッタをつくることで解決。作画独特の途切れや太さの変化に通じる、抑揚のある形状になった
    完成カット。「光っているので距離感が伝わりづらく苦労しましたが、カメラに迫る様子を感じてもらえたら嬉しいです」とCGディレクターの竹鼻まゆ氏

    作画のアタリをベースに描いたダイナミックでリアルな荒波

    • 作画による波のアタリ
    • どこで波が発生して、その波にいつ団地が乗るかといった細かいタイミングが指定されている
    • 3DCGの波素材。板ポリにディスプレイスメント、FFD(Free-Form Deformation)などのデフォーマを適用し、波が高低する様子を表現している
    • 作画の印象を3DCGで再現するため、監督とのやり取りを何度も重ねた。全体を通して作画アタリの印象を踏襲しつつも、作画へ寄せる箇所、アレンジを加える箇所など、部分ごとにより良い見え方を追求したという。ときには1コマ単位で見え方を調整することもあったというから、その意気込みは相当なものだ

    INFORMATION

    CGWORLD vol.292(2022年12月号)

    特集:新世代クリエイター
    判型:A4ワイド
    総ページ数:128
    発売日:2022年9月9日
    価格:1,540 円(税込)

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    TEXT_野澤 慧