16歳でYouTubeに公開した短編『The Backrooms(FOUND FOOTAGE)』から、自ら築いてきた異空間を長編映画へと拡張したケイン・パーソンズ監督。Zoic Studios、Mr. Wolfらの名門スタジオと手を組み、高度なVFXでその異空間を表現した。ここでは、Blenderを自在に操るデジタルネイティブ世代の監督と、プロフェッショナルなVFXチームとの協働から生まれた本作の映画づくりに迫る。
映画『バックルームズ』
9月4日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開 配給:ハピネットファントム・スタジオ
公式サイト
観るならここ! 『バックルームズ』注目ポイント3選
- 01|CGから実写へ、“迷い込む”異空間づくり
Blender上の設計を基に巨大迷宮セットを構築し、その世界をVFXでさらに拡張。CGと実写を行き来しながら、何でもない人工空間を不安と違和感に満ちた異空間へと変えている。
- 02|画と音でつくる、“迷い込む”感覚
映像だけでなく、本作では音楽も共同で手がけたパーソンズ。無機質な空間、ファウンドフッテージの映像、音が一体となることで、観客を異空間へ引き込む独特の没入感が生まれている。
- 03|ARGから映画館へ、“考察するBackrooms”
YouTubeで断片的な映像を重ね、ARG(代替現実ゲーム)的に世界を読み解く体験を築いたパーソンズ。長編もその延長線上にあり、劇中の地図や背景情報が考察の手がかりになる。
“つくりたい画”から始まる映画づくり
黄色い壁紙と蛍光灯がどこまでも続く、出口の見えない異空間「Backrooms」。ケイン・パーソンズ監督がYouTubeで発表したファウンドフッテージ風の短編から広がったその世界が、映画『バックルームズ』としてスクリーンに登場する。
パーソンズ監督が映像制作に触れ始めたのは11〜12歳ごろ。譲り受けたカメラで撮影を始め、その後はノートPCでAfter EffectsなどのVFXツールを試しながら、実写の背景を拡張したり、異なる空間を組み合わせたりする表現に惹かれていったという。
その学び方は、ソフトウェアを順番に習得していくようなものではなかった。まず「こんなショットをつくりたい」という目標があり、そこへたどり着くために必要な技術をインターネットで調べ、自分で試す。パーソンズ監督は「技術を習得するためにツールを学んだわけではない」とふり返る。
Kane Parsons/ケイン・パーソンズ氏
監督・音楽。YouTubeで発表した短編『The Backrooms(FOUND FOOTAGE)』をきっかけに世界的な注目を集め、その世界観を自ら長編映画へと発展させた。
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2020年ごろには、ファンアート制作をきっかけにBlenderを使い始め、Blenderコミュニティで著名なアーティスト、Ian Hubertらのチュートリアルを参考にしながら独学で習得していった。
彼がBlenderに感じた魅力は、単に3DCGをつくれることだけではない。空間の中にカメラを置き、画角や動きを試し、時間軸の中で映像として組み立てられる。CG制作と映画演出をひとつの環境で行き来できることが、自ら撮影やVFXまで手がけてきたパーソンズ監督の制作スタイルにフィットした。
つくりたいショットを思いつけば、その場で空間を組み、カメラを動かして確かめられる。その即応性も、Blenderを制作の中心に据える理由になったという。
映画『バックルームズ』では、このBlender中心の制作方法がさらに大きなスケールへと広がった。パーソンズ監督によれば、実際に建設したBackroomsのセットは、自身が作業していたBlenderの空間をベースに構築されている。
セットがまだ建設途中の段階から個々のショットを詰めることができ、デジタル上で検討した空間とカメラの関係を、実際の美術や撮影にも反映していった。撮影前につくったデータを完成形として固定するのではなく、現場と往復しながら更新していくための土台として使われていたのだ。
CGの設計が本物の壁を動かす
頭の中にある画をチームでかたちにする
Blender上で検討したのは、セットの形状だけではない。カメラ位置や画角、人物の動き、ライティングまで含め、実際に撮影する画を事前に具体化していった。
こうして監督自身が頭の中のイメージを3D空間の中で確かめられることは、大人数のスタッフと仕事をする長編制作でも大きな意味をもった。つまりBlenderは、完成映像を事前に確認するためだけのプリビズツールではなく、監督の考える画を具体化し、撮影や美術、VFXなど異なる部門をつなぐ共通の場所でもあった。
YouTube時代には多くの工程をひとりで担ってきたパーソンズ監督だが、長編映画では大人数のスタッフが同時に動く。そこで最も大きく変わったのが、制作に使える「時間」だったという。
個人制作なら、自分で締切を決め、必要なら立ち止まってアイデアを練ることもできる。しかし映画の撮影現場では、ひらめきを待っている間にも大勢のスタッフが動いている。
そこで今回は、プリプロダクションの段階で完成形をできる限り具体的に詰め、現場ではそれを確実にかたちにすることに集中した。パーソンズ監督自身、「自分を何人クローンしても、現場で行われている全ての仕事はできない」と、大規模なチームで映画をつくることのちがいを語っている。
スタッフにも地図が必要だった、“本物の迷宮”
とはいえ、制作規模が大きくなっても「基本的なプロセスはほとんど同じ」だと考えているようだ。個人制作では自ら手を動かしていたが、長編では「自分ならどうつくるか」を具体的に伝え、それを各分野のスペシャリストとともに実現していく。撮影中も、全てを直接つくるのではなく、各部門がひとつの方向へ進むよう全体を見渡し、判断を積み重ねていくことが監督としての役割になったという。
パーソンズ監督は、今後この方法をさらに発展させたいと話す。撮影前の段階で、映像だけでなく作品全体のながれまでより完成形に近い状態へ組み立て、そこから実際の撮影へ入る。3DCGによるプリプロダクションと実写撮影の距離をさらに縮めていく考えだ。
自分の手でつくることから、チームと一緒につくることへ。変わったのは制作の規模と方法であって、「まず頭の中の映像を具体的なかたちにする」という出発点ではない。自ら画を考え、必要な手段を探しながらかたちにしてきた経験があるからこそ、そのイメージを大人数のスタッフとも共有できる。Blenderを使ってひとりで映像をつくってきた経験は、そのまま映画監督としての方法論へとつながっている。
TEXT_藤井紀明/Noriaki Fujii(CGWORLD)