今回は、以前取り上げたTVCMのシリーズ第2弾を例に、 実際の仕事で用いているアニメーション技術について紹介します。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 208(2015年12月号)からの転載記事になります。
【WEB限定】アサギマダラの夢 ~京都学園大学 2015年度テレビCMシリーズ~
アニメとCGの技術融合
昨年の今頃このCM作品の第1弾が発表され、誌面でも紹介させていただきました。今号が出るタイミングで、同作品の第2弾が発表されているはずですので、今年も実践編として技術解説を行いたいと思います。前回同様、CGの女の子のキャラクターを2Dアニメのテイストで仕上げた作品となっているため、今年の作品ではその表現をより強化するための技術を数多く導入しました。
一般的にアニメーションをCGで作る場合、カメラを自由に変えられたり、キャラクターを使い回せるなどという理由から、簡単にできるものだと思われがちです。そのような便利な側面も確かにあるのですが、実際に蓋を開けてみるとCGでも非常に泥くさく手間をかけていることが多々あります。今回の作品でも、本来ならCGで簡単に済ませられるところにあえて人の手を加え、少しでも2Dアニメに近づけるために様々な工夫をしました。
なぜわざわざそんなことをしたのかというと、2Dアニメは手で描く都合上、必然的に1枚の画に対してかなりの時間と労力をかけています。CGではツールとしての便利さに甘えてしまいがちですが、同じように人の手を加えて丹念に画をつくることで、きっと見ている人に訴えかける何かが生まれると信じているのです。まさに「神は細部に宿る」ということです。今回は、どのような部分にじっくりと手を加えてアニメーションを作ったのかを解説していきたいと思います。
リグの準備
フェイシャルリグ▲キャラクターのフェイシャルリグです。前回と同様にアドバンスド・スケルトンというリグを使用していますが、今回からフェイシャルのリグを刷新し、顔の各パーツごとに微細に動かせるコントローラも追加しています。とくに口の形状や、頬、顎のラインに関してはアニメーターがかなり細かいところまで調整できるようにしました。実際にこのリグを用いてどのようなアニメーションを行なったかは後ほど詳しく解説します。
2Dアニメ的な表現のためのリグ▲キャラクターの瞳孔の形状やハイライトが、カメラから見て最も綺麗になるよう手動で調整できるリグも新たに付け加えました。調整前のキャラクターは瞳孔が瞳の中央に配置されているため、平面的に見えてしまいます。また、ハイライトも瞳に埋まってしまい立体的ではありません。一方、調整後の画像では瞳孔とハイライトの位置を調整してあるので、瞳が立体的に見えているのがわかります。
キャラクターを動かす
女の子特有の走り方先頭を走るピンクの服の女の子の走りについて解説します。
▲①後ろを見ながらカメラ方向に走っていく最初のポーズです。スカートに動きが出るようにしています/②このフレームで重心を一度大きく下げます。女の子の走り方を強調するときに一番わかりやすい体のパーツは、「肘」と「膝」です。次のポーズから具体的に見てみます。
▲③両膝がくっつきそうなくらい密着しているのがわかります。もしここで左の膝を外側に大きく開いていたら、一気に男っぽい走り方になってしまいます。④ここでも両膝が閉じていて、いわゆる「X脚」のような形状になっています。また肘も、脇を閉じているようなポーズにすることで、女性らしさを強調しています
▲⑤顔の振り向きが後ろから前に変遷する途中のポーズになるので、瞬きを入れています。このように、顔が大きく振れるときに瞬きを入れると非常に効果的です/⑥左手の指の形が、しっかりとしたグーのポーズではなく卵を握るような脱力した指の形にします。また、手首を下ではなく上方向に曲げることでも女性らしさがより際立ちます。
まばたきの動き▲①瞬きは、各プロダクションによってノウハウが様々です。何枚の中割りを入れ、閉じ目を何枚見せるかは人それぞれですが、今回筆者が行なった瞬きは画像のような動きです/②このポーズは、①と③のちょうど中間というわけではなく、①を0、③を100とすると40くらいの印象です。こうすることで「パチッ!」とした印象の瞬きになります。
▲③閉じ目です。今回のアニメーションは15fpsで作成しているため、閉じ目を見せる枚数は、よほど演出的に特殊でない限り1枚だけにしています。④目が開き始めます。先ほどの①を0、③を100としたら、このポーズは30くらいの印象にしています。こうすることで、ヌルっとしたCG独特の気持ち悪さがなくなります。
▲⑤元の目を開けた状態に戻ります。瞬きのアニメーションを指せる場合、口の開閉と眉の上下、また可能であれば若干のスクワッシュを頭全体に入れてあげると効果的です/⑥ラストの顔です。目自体の上下を少しストレッチさせたことで本来の目よりかなり大きくなっていますが、女の子の感情を最大に引き出せるように目の演技にはこだわりました。
[[SplitPage]]2Dアニメ的な表現
フェイシャルアニメーションフェイシャルアニメーションの作例です。
▲A:カメラビューから見た女の子の顔。顎のラインや顔の立体感、髪の毛とのバランスなどかなりCGくさくなっていて、かわいくありません。口も前方に突き出しているように見えて、少し受け口で、顎も出てしまっているように見えてしまいます/B:パースビューから見た顔。パースビューから見ても元の女の子の形状をとどめてはいます。しかし、カメラビューから見た画が全てのため、パースビューからいくら自然に見えていたとしても関係ありません。この顔をもっと崩して、かわいらしくしてみましょう
▲C:修正を行なった顔をカメラビューから見たもの。キャラクターの隣にある図は筆者が描いたレタッチ画像です。口の位置や形状、頬・顎のライン、目の大きさなどを調整したおかげで、かなりかわいくなった印象があります。ではこの顔をパースビューで見てみましょう/D:パースビューから見た状態。とてもじゃないですが、かわいいとは言えません。しかし、CGによるアニメーションの世界ではこのようなことは頻繁に起こります。カメラから見た画が全てという信念の下、徹底的にキャラクターを壊してあげましょう。
髪の毛の表現今回最も刷新した技術が、髪の毛の表現です。
▲A:髪の毛はCGでモデリングしたものを動かしたものですが、赤丸で囲んであるあたりがどうしてもシリンダ状に見えて、堅い印象がぬぐえません。また、髪自体のシルエットも美しくありません/B:最終画像です。髪の毛の先端や途中が膨らんだり曲がったりしているのがわかります。また、毛が何本か束から分離して、個別に動いている様子もわかります。実は今回は髪の毛だけデジタル作画で描いており、この作業が非常に骨が折れました。
▲C:まずテンプレートとなる髪の毛の動きを研究し、Photoshopで連番で1枚1枚描いていきます/D:Photoshopで描いたものをAnime Studioというソフトで読み込み、ここで描いた髪に動きを付けていきます。
▲E:最終的にカラー素材・影素材・ハイライト・ラインの素材に分け、コンプで髪のないキャラクターに重ねていきます。
口元のラインの調整▲A:今回キャラクターのラインは3ds MaxのPencil+によって出力していますが、口元のような細かい部分では途中で線を途切れさせたりというような微細な調整が必要になってきます。今回は、口元のラインもアニメーターが線の強弱を付けられるようにし、調整しています/B:調整後の画像です。口元のラインが途中で少し途切れることによって、2Dアニメ的な表現に近づけています。これ以外にも、口を開けたときに見えてくる歯や舌のラインや、口の口角部分のラインの調整も、全てアニメーターが行えるようなしくみを作りました。
キャラクターの影の調整CGで影を表現する場合、ライトからの正確な影が必ずしも良いというわけではありません。
▲A:このカットでは画面右側から差し込んだ光がキャラクターに影を落としますが、非常にいびつな形状をしているのがわかります。ここでも、キャラクターに落ちる影の形状をアニメーターが後工程で調整できるようなしくみを作りました/B:レタッチした画像にならって修正を行なった影の形状です。今回はこのように非常に細かい箇所まで手を加えて調整を行いました。
Column アニメーション奮闘月記
今回のCMの依頼がきたとき、昨年やりきれなかったことを今年は全てぶつけてみたいという想いに駆られた。ただ、作品には監督として関わっているので、CMとしてきちんと成立させつつ、数字で表れる結果も担保しなければならない。その狭間で、CGアニメーターという専門職としての挑戦心のようなものも、メラメラ燃え上がっていた。まさに冷静と情熱のあいだである。今回もキャラクターをCGで制作することは決まっていたので、CGだけではなく幅広い技術を取り入れ、面倒くさくて泥くさいことも率先して取り入れようと心がけた。
実はこのような想いに駆られたのは、ある大きな理由があったからである。もう2年前になるが、世界を席巻した映画『アナと雪の女王』。この作品を観たCG業界の人間に最も刺さったのは、おそらくCGによる雪の表現だろう。あのシャリシャリした湿った感じや、ふわふわした新雪のような質感。あの表現を可能にしたウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオの技術力と開発力には舌を巻いたが、同時に他の部分でも私は大いに感銘を受けた。その1年前、同じくディズニーが制作したショートムービーに『Paperman(紙ひこうき)』という作品がある。
そのメイキングを見たとき、私は心底感動した。なぜなら、キャラクターの髪の毛の動きを作画でやっていたからだ(正確に言うと、作画で動きを付けているワンシーンがあった。全カット作画なのかは不明)。動きも最高に気持ち良いものだった。私は『アナと雪の女王』であれだけの開発力と技術力を見せつけたディズニーが、一方で非常にレガシーな技術も現在進行形で共存させているその姿に非常に感動した。それに影響されて、今回は髪の動きを作画でやってみることにしたのだ。やってみた感想? めちゃくちゃ大変でした。
TEXT_森江康太(トランジスタ・スタジオ/ディレクター)
書籍「アニメーションスタイル+」著者。MV「Express」等の作品で監督としても活動している。
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@kohta0130(Twitter)