ニンテンドー3DSにおけるシリーズ第3弾『ポケットモンスター サン・ムーン(以下、サン・ムーン)』。本作の開発にはゲームフリーク・クリーチャーズ・ポケモンの3社が高度な連携体制を敷いている。携帯ゲーム機向けに大量のアセットを扱う分散開発と、その工夫に迫る。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 227(2017年7月号)からの転載となります
TEXT_小野憲史
EDIT_小村仁美 / Komura Hitomi(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
PHOTO_弘田 充 / Hirota Mitsuru
information
©2016 Pokémon. ©1995-2016 Nintendo/Creatures Inc. /GAME FREAK inc.
ポケットモンスター・ポケモン・Pokémonは任天堂・クリーチャーズ・ゲームフリークの登録商標です。ニンテンドー3DSのロゴ・ニンテンドー3DSは任天堂の商標です。
※画面は開発中のものです。また、一部画像を加工しています。
20年以上続く人気シリーズを影で支える高度な開発体制
1996年に初代『赤・緑』が発売され、2016年に発売された最新作『サン・ムーン』まで、20年以上にわたって人気を博している『ポケットモンスター』シリーズ。これを支えるのが、ゲーム開発全般を担当するゲームフリーク、プロデュースとブランドマネジメントを行うポケモン、そしてポケモンの3DCGアセット制作を担当するクリーチャーズだ。
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写真右から アートディレクター:海野隆雄氏、ディレクター:大森 滋氏(以上、ゲームフリーク)、ポケモンキャラクターアートディレクター:氏家淳子氏、ポケモンモーションアドバイザー:畠祐貴氏、キャラクターモデリングアーティスト:中廣健吾氏、ポケモン3Dモデリングリード:植松俊介氏(以上、クリーチャーズ)
『サン・ムーン』の特徴は3点ある。第1に世界観をより身近に感じてもらうために、バトル中で人物キャラクターとポケモンを同じ画面で表示させたことだ。これにより描画負荷の向上が予想されたため、従来のニンテンドー3DSで汎用的に使われている描画エンジンではなく、ゲームフリーク側で『サン・ムーン』に特化した内製ゲームエンジンを開発。10%の処理負荷削減が達成された。
第2に合計で1,000匹以上にも及んだ、膨大なポケモンのアセットデータへの対応策。過去作で使用されたデータも流用されたが、それでも140匹以上が新規で制作されている。さらに、登場するポケモンには「歩く」に加えて「走る」モーションが追加されたものもある。これをミスなく制作するために、さらなる効率化と自動化の工夫がなされている。
最後にニンテンドー3DSというハードウェア上での実装だ。その一方でポケモンのわざやギミックはタイトルを追うごとに複雑化している。そのため本作の開発においても、制限の中での工夫が強く求められた。これらを分散開発の中で滞りなく進めるために、ワークフローの整備をはじめ、様々な工夫が行われている。
これら作業のあらましについて、主にクリーチャーズ側の視点から深掘りしていく。
Information
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発売:ポケモン/開発:ゲームフリーク/販売:任天堂株式会社/発売日:発売中/価格:各5,378円/Platform:ニンテンドー3DS/ジャンル:RPG
www.pokemon.co.jp/ex/sun_moon
3社協業による開発体制とそれを可能にする管理ツール
『ポケットモンスター』の開発を下支えするのがアセットの管理ツール群だ。会社間をまたいだワークフローと結びついて、高度な分散開発を可能にしている。
3社の分担で進むワークフロー
新規ポケモンの3DCGデータ制作フロー。はじめにゲームフリーク側でポケモンの公式イラストと設定資料、CG制作用の三面図が作成され、それを基に3社でミーティングを実施。その後3DCGのモデルとモーションがクリーチャーズで制作され、ゲームフリーク側とポケモン側とで監修が行われる。3DCGモデルにはレンダリング用途や他の作品のリファレンスとなるリファレンスモデルと、本作向けに用いられるゲームモデルがあり、今作ではポリゴン数、メッシュ構造、マテリアル構造、ジョイント数などで、両者の連携がより意識された。その後、クリーチャーズ内での最終チェックを経てゲームフリーク側に納品され、最終検収が行われる
他のポケモン作品でも活用されるCGデータ
『ポケットモンスター』シリーズ以外に、他のポケモン作品も数多く展開されている。画像はニンテンドー3DS『名探偵ピカチュウ~新コンビ誕生~』のもので、開発はクリーチャーズが担当。他にもアーケードゲーム『ポケモンガオーレ』、アプリゲーム『ポケモンGO』など、多様なプラットフォームで作品が登場しており、これらで使用される3DCGモデルもクリーチャーズが一手に手がけている
ミスを減らして効率化を進める管理ツール
クリーチャーズとゲームフリークとの間で監修用にやりとりされるデータ量は膨大なものとなる。そのため前作にひき続いて、納品用のデータチェックを効率化するためのデータベースが活用された
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その上で本作では、内製ゲームエンジンの採用により、Windows上でモデルを確認できるビューアが実現。開発効率に大きく貢献した
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この他、 エフェクトなどの制作向けに、統合型わざエディタが制作されている
アセットデータの共有にはAlienbrainが使用され、アセット管理とワークフロー管理はクリーチャーズ側のRedmineで実施。他に2週に1回の定例会での進捗確認も行われた
[[SplitPage]]魅力の中核を担うモデリングとテクスチャの工夫
クリーチャーズ制作のポケモンの3DCG データは様々なコンテンツで使用されるため、段階を踏んで制作が進められる。その上でニンテンドー3DS ならではの工夫が行われるのだ。
ステップを踏んで進むCGデータ作成
ソルガレオの例
ニンテンドー3DSの解像度は400×240で、実機上での表現はいわゆるローポリモデルとなるが【画像左】、リファレンスモデルの制作と監修が並行して進むため、複雑な制作工程が採られている。まず新規ポケモンのデザインが確定すると、ゲームフリークとクリーチャーズ側でポケモン立体化のミーティングが行われ、細部の形状や各々のポケモンがもつ特徴、発光や変形などのギミック、質感や動きのイメージが確認される。その後リファレンスモデルが作成され【画像右】、ゲームフリーク側の監修が行われる
続いてスキニングを施し【画像上】、ゲームの仕様に合わせて簡易化させたモーション作成用ゲームモデルを作成【画像下左】、これをブラッシュアップさせてゲームモデルを完成させる【画像下右】
これと並行してリファレンスモデルをブラッシュアップさせたリファレンスモデルシーン内ローモデル【画像左】、このローモデルに調整を加えたサブディビジョンサーフェス用モデル(リファレンスモデルシーン内ハイモデル)【画像左】が制作される。なお、リファレンスモデルとゲームモデルでデータがフォークするとモーションなどの流用性が失われてしまうため、できるかぎり同期が可能になるように、本作では両者でジョイント・リグ構造の共通化やジョイントとメッシュの共通化などが、より意識されている。また必要に応じてモデルを同期する際に、リグとモデルのコネクションが自動的に再セットアップされる内製ツールが用意され、効率化が向上している
ルナアーラの例
マッシブーンの例
ポケモンのテクスチャ構成
キテルグマの例
ポケモン1匹の3Dモデルの仕様は『X・Y』と同様で、1匹あたり約1万~2万ポリゴン、一部例外を除いてジョイントは110本まで、テクスチャ1枚の最大解像度は256×512(基本は256×256)だ。テクスチャの基本セットはカラーマップ【画像左上】、ノーマルマップ【画像右上】、影カラーマップ【画像左下】で、ハイライトのかかり方を調整するためにハイライトマップ【画像右下】も併用される。テクスチャの最大数は20枚程度で、UVセットの最大数は3、モーションクリップ数は40となる
タイトルごとに限界突破を続けるシェーディングの工夫
『X・Y』、『オメガルビー・アルファサファイア』に続くニンテンドー3DSで第3弾となる本作。質感の決め手となるシェーダについてもさらなる工夫が施されている。
ソルガレオの発光表現
本作では多数のポケモンを表現する都合上、シェーダは半固定機能の組み合わせのみとし、組み合わせ回数にも上限値が定められたため、ポケモン1匹ごとにシェーダの組み替えが必要となった。トゥーンシェーディ ングを行うことである程度のリソースを消費するため、特殊な表現を組み込む余地がさらに狭まる一方で、タイトルを追うごとに特殊な表現設定をもつポケモンの比率が高まり、腕の見せどころとなる。本作のパッケージを飾る伝説のポケモン・ソルガレオもそのひとつ。太陽の使者として崇められており、エネルギーを解放すると全身が発光するという設定だ。もともと白い体を白く発光させるために、通常時はグレーがかった白色となっている
Maya上と実機上での発光時
ルナアーラのマジョーラカラー
パッケージを飾るもう1匹の伝説のポケモン、ルナアーラ。『サン・ムーン』というタイトルにあわせて、太陽の使者であるソルガレオに対し、「月の使者」としてデザインされたポケモンだ。最大の特徴は全身が角度や光の当たり方で異なるマジョーラカラーになっていることで、環境マップのフェッチにバイアステクスチャをもたせて表現している。また、発光マップはアニメーションが必要なので、マルチUVを使用している
Maya上と実機上の完成データで、ベースカラーはテクスチャではなくコンスタントカラーの紫を使用
ノーマルマップ
もうひとつの特徴である円月状の変形はモデルの差し替えで対応している
トゥーンシェーディング用ノーマルマップの作成
『X・Y』で開発され、本作でも踏襲された独自のノーマルマップ作成フロー。実モデルからそのまま生成したノーマルマップでは細部の構造や歪みが出てしまい、イラストのような滑らかさが出ない。そのため本作ではローメッシュをスカルプトしてディテールを追加するのではなく、専用のモデルをゼロから作成して、そこから頂点の法線情報が転写されている
完成図を見比べると、そのちがいがわかるだろう(左が元の法線マップ使用時、右が完成図)
最後にライトの当たり具合を調整して完成となる
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複雑なポケモンの動きを支えるリギング・アニメーション
複雑なポケモンの動きを支えるリギング・アニメーション
今作では新たに「歩き」「走り」の移動モーションが全ポケモンに追加された。特殊なギミック設定があるポケモンも多く、スケルトン構造も複雑になっている。
キュウコン(アローラのすがた)のリギング
ふわふわとした尻尾が特徴的なアローラ地方のキュウコン【画像左上】と待機ポーズ【画像下】。尻尾の動きを再現するために、多くのジョイントが入っている【画像右上】。110個程度というジョイント制限により、リファレンスモデルとゲームモデルで別々のジョイント構造となった
ドヒドイデのリギング
周囲がトーチカでおおわれ、防御に優れたドヒドイデ【画像左上】。待機ポーズ【画像下】では正面の2枚が開き、防御時には閉じるという、他に見られないギミックを有している。そのためジョイント【画像右上】も全周を傘のように覆う特殊な構造となった
デカグースの「歩き」と「走り」
待機時は上体を起こしているが、移動時は4つ足となるデカグース
歩行時はペタペタといった感じで移動する
走行時はピョンピョンといった感じで移動する。ヤングースの進化形で、名前の通りマングースなどの小動物の動きが参考にされている
ツツケラの「歩き」と「走り」
アカゲラのように進行方向に対して上下移動しながら飛翔するツツケラ
歩き(ゆっくり飛ぶ)
歩き(ゆっくり飛ぶ)時に比べて、走り(高速に飛ぶ)時は体の上下移動が少なく、羽ばたきもより大きくなっている点に注目
ゲームフリーク側でのグラフィックスの工夫
人物キャラクターやエフェクトをはじめ、ポケモン以外のアセットはゲームフリーク側で作成されている。ここでも制限に立ち向かうための様々な工夫がみられる。
内製ツールによるモーション作成効率化
本作では「ポケモンの世界観をより身近に感じてもらう」というコンセプトの下、主人公をはじめとしたキャラクターの頭身が上がり【画像左】、バトル中にも登場する。そのため必要なモーション数が急激に増加することになった。そこで新たにリグでアニメーションを扱うための専用フォーマットが作成され、データのライブラリ化を行うしくみを構築【画像右】
その上で社内専用の人物拡張型リグ【画像左】の構築や、内製のキャラクターアニメーション自動生成ツールを作成し【画像右】、自動化が図られている。キャラクターのモーション数や動きの方向性のちがいで詳細なタイプ分けが行われ、それに基づいたモーションプリセットを読み分け、必要なMayaのシーンデータを自動で構築・保存していくことで、アーティストが行う基礎データの作成やファイル管理コストを大幅に削減するしくみだ。タイプが異なるプリセットを読み込んでもリグが差分を吸収するしくみで、リグのセットアップもこの工程で自動的に行われる
主人公キャラクターの着せ替え
本作では主人公キャラクターの着せ替えアイテムについて、プログラム側の自動生成でカラーバリエーションを増加させている
カラーテクスチャは色が乗っていない状態で作成【画像左】し、肌用・服用の各マスク範囲【画像右】に対応する部分に対して色を合成、結果を1枚のテクスチャとして生成するしくみだ
ビューア上では生成したバリエーションの確認もできる
FlashとAfter Effectsを用いたエフェクト作成
バトル画面での多彩なエフェクト【画像左上】は、Flashで連番素材を作成した後に【画像右上】、After Effectsで連番配置をし【画像左下】、グロー処理を追加した上で1枚のテクスチャとして作成されている【画像右下】
これらがビルボードで表現されているかたちだ。このほかテクスチャを使用したパーティクル画像【画像上】や、社内シェーダを活用した1メッシュ/1マテリアルのマルチテクスチャも使用されている