昨年12月7日(木)、「VR PARK TOKYO IKEBUKURO」にてリリースされた『おそ松さんVR』は、観客が人気TVアニメ『おそ松さん』ワールドの一員となって物語に没入できる、VRの新たな可能性を示した意欲作だ。「シネマティックVR」と呼ばれる、ストーリー没入型のアニメーションVR制作過程を追った。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 235(2018年3月号)からの転載となります
TEXT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)
EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota
『おそ松さんVR』 アドアーズ&SEGAにて全国展開中!
1プレイ:800円
製作:アドアーズ
企画プロデュース:ミキサー
制作:クラフター、クラフタースタジオ
www.adores.jp/osomatsusan
©赤塚不二夫/おそ松さん製作委員会 ©アドアーズ
TVアニメ『おそ松さん』第2期 本PV
テレビ東京ほかにて2017年10月2日(月)深夜1:35~第2期放送開始!
監督:藤田陽一
キャラクターデザイン:浅野直之
シリーズ構成:松原 秀
アニメーション制作:studioぴえろ
© 赤塚不二夫/おそ松さん製作委員会
表現だけでなく、体験スタイルとしても大きな潜在性を秘めるVRアニメ
『おそ松さんVR』は、首都圏の駅前を中心にアミューズメント施設を展開するアドアーズと、新進気鋭のプロデュース会社ミキサーが、『おそ松さん』の原作元であるフジオ・プロと、アニメーション制作元である株式会社ぴえろと共に、「VRでアニメの世界に没入できる新たな時代のエンターテインメントを生み出したい」という思いから生まれたプロジェクトだ。制作プロダクションとして白羽の矢が立ったのは、従来のアニメCGとは一線を画した「スマートCGアニメーション」を追求するクラフタースタジオ。原作のキャラクター造形と世界観を忠実に再現しながら、誰も観たことのない新たなVR表現を創り出すという、かつてない挑戦が始まった。
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左から、田尻真輝チーフラインプロデューサー、川島英憲ディレクター(常務取締役)、奈良岡智哉CGプロデューサー。以上、クラフタースタジオ
www.craftar.studio
「クラフタースタジオは、セル調のCGアニメーションだけではなく、ゲームやAI、リアルタイムエンジンなど、様々な技術開発に取り組んできました。本作ではそのノウハウを、シネマティックVRというジャンルにおいてどう発揮するかに挑戦しています」(川島英憲ディレクター)。
シネマティックVRとは、従来のアトラクション型のVRとちがい、映画を観るかのように、キャラクターとストーリーを通して楽しむ、新時代のエンターテインメントVRだ。観客に操作や選択を強いることなく物語を楽しむために、ミキサーの岩本昌子プロデューサーとクラフターのスタッフを中心に、企画・脚本が練り込まれた。
舞台は、『おそ松さん』おなじみの銭湯。物語は、観客が銭湯に浸かり、全裸の6つ子たちに囲まれているところから始まる。VRゴーグルをかけている観客自らが「謎の超能力者」という設定で、6つ子たちとのドタバタコメディが360°のVR空間でくり広げられる。約6分のVR体験に、まるで1本の映画を観終えたかのような充実感を覚えるはずだ。
TOPIC 1 プリプロダクション
タイミングを決め打ちすることで短納期とクオリティを両立
脚本・コンテ制作と並行して、キャラクター・舞台モデリング、リギングが進められ、川島氏とコーディングを担当したサイクロン・エンターテインメントの安部隆太郎氏の下、リアルタイムに進捗状況を確認可能なワークフローを構築。ルックの開発とアニメーションテストが進められた。アフレコ収録後、仮モデル(制作当初は全て長男のおそ松モデルで進められた)を使用してVR上でのアニメーションテストを開始。『おそ松さん』ファンは女性が中心であることから、VR初体験のプレイヤーが多くなることを想定し、銭湯を舞台に、360°3D空間に入り込むことで得られる没入感を楽しんでもらえる演出を心がけたという。
「プレイヤーは好きなところを自由に観ることができますが、座った状態のままでの鑑賞になるので、行動範囲の限定など演出の幅には制限がありました。その中で驚いてもらえるようなレイアウト、アニメーションとはどのようなものか、テスト環境で何度も鑑賞し、制作チーム全体でアイデアを出し合いました」(川島氏)。
現在国内で主流のVRコンテンツは、アトラクション型が多い。対して本作は、ストーリーが映画のように進行し、6つ子たちがくり広げるドタバタ劇を、すぐそばで観て楽しむことができるように設計されている(その意味では、通常の映画やTVアニメを鑑賞することの発展形と言えよう)。6つ子たちは誰かが絶えず話しているし、常に動いている。情報量が非常に多いわけだが、6分弱という尺の中で起承転結があり、VRに慣れてない人でも混乱せずにストーリーを理解してもらえるようになっている。アニメーションテストを続けていく中で、台詞や動き、エフェクトといった要素のタイミングを脚本・コンテ・アニメーション・音響を横断したシステム調整を行い、視聴者に最も気持ち良く鑑賞してもらえるバランスへと仕上げられていった。
6つ子を演じる声優陣も、本格的なシネマティックVRへの吹き替えは、初めての試みだったという。観客が360°の空間を自由に見渡せる中で、どのような芝居をしてもらうか。観客が注目する視点と、視点外の双方でくり広げられる芝居を想定する、カメラのない映画撮影のような状態で、アフレコが行われた。
クラフタースタジオの参加スタッフは、モデラーとアニメーターで各々7~8名。各セクションの制作物をUnityへ集約し、最終結果を確認しながらチェックバックしていく。現場スタッフとプロデュースチームとの間で意見を交わしあいながら、何が最適解なのかをくり返し詰めていった。余談だが、クラフタースタジオではDCCにおける2D、3Dの主要ツールをひととおり習得しており、MAXScript等によるツール開発、アニメ制作会社で原画を担当したキャリアのあるスタッフ、プログラマーからアニメーターへ転向したスタッフなどマルチスキルを有する人材が多いという。こうしたスタジオの風土が「スマートCGアニメーション」の原動力となっている。
VRに適したコンテとは
演出コンテ。VRでは、カット割りが存在しないため、ストーリーボードのように全体のながれがひと目で確認できるようになっている。「VRでどういうコンテを描けば良いのか悩みましたが、できるだけコンテの段階で本番時の検証が行えるように、視点の位置や高さは実際のプレイヤーからの見た目に合わせました」(川島氏)
ビデオコンテより。絵コンテのコマを並べて、仮の声とSE、そしてBGMを入れてタイミング等が検証された
必要十分をスピーディーに
レイアウト作業等に用いるアニマティクス用モデル。リグとボーンはBipedを使用
監督からテストプレイヤーまで、一手に担う
実作業を進めながら、快適なフレームレートを保つためのデータ調整をくり返すために、川島氏自身が全てを掌握する。そんな制作当時を再現した写真がこちら。「DCCツールで調整したら、即座にHMDを装着。スタジオにいるのか、温泉にいるのか、視界をジャックされた状態でしたね(笑)」(川島氏)
[[SplitPage]]TOPIC 2 アセット制作
アニメCGのノウハウがダイレクトに活かせた
3DCGツールは3ds Maxメインで、アニメーション作業はMotionBuilderを利用。コーディングにはUnity 2017.3が用いられた。アセットをはじめ、全てのソースはGitによるバージョン管理を行い、常時最新の状態に更新できる体制を構築。VR初体験の観客が多いことを想定していたので、『アニメの世界にプレイヤーを没入させる』いうコンセプトの下、王道の画づくりが目指された。
「キャラクターのルックには、原作の雰囲気を大事にするため、ベタ塗りにして立体感を消す方向性で進めましたが、VRの特性上、それでも十分に立体に見え、正にアニメの中に入るという体験ができます。これは体験しないとわからないので、実際に足を運んでプレイしてみていただきたいですね」(川島氏)。
モデルを担当したのは同社のタイトルの多くを手がけるモデリングディレクターの大西史剛氏だ。3ds Maxで作成したモデルを、そのままのルックでUnityへインポートが可能なフローを組むことで、アニメCGのノウハウをそのまま活かすことができ、原作の雰囲気に近づけることが可能となった。6つ子たちのモデルは、ボディは共通。ただし、顔(頭部モデル)は個別に作成することでアニメ本編と同じく描き分けされた。
セル調の質感には、「ユニティちゃんトゥーンシェーダー2.0」を採用(背景セットやプロップはToon/Litを採用)。ちょうど「Pencil+ 4 Line for Unity」がリリースされたタイミングだったが、リアルタイム処理との相性から前者が選択された。当時のバージョンでは、Pencil+ほどは細かく制御できなかったため、必要に応じてメッシュを切る、切らないといったモデル側での調整を行なったという。ルック的にはラインとノーマルのベタ塗りだけ。原作の作画アニメらしい、平面的な表現を目指し影の情報は意図的に省いた。ただし、輪郭線についてはねらい通りに出るように部位に応じて丁寧に調整している。「1体あたり、三角ポリゴンで約5万。シェーダで5万。アウトラインで5万。LRで2回描画するのでUnity上では約30万ポリゴンのデータ負荷のはず」とは、田尻真輝チーフラインプロデューサー。
ボディリグはBipedで作成。腕の曲がり等の変形はツイストボーンなどで対応。不自然に見える箇所があれば、頂点の割りやウェイト調整を地道にくり返したという。フェイシャルリグについては当初、ボーンで付けていたというが、データ負荷的に問題ないことがわかったので、最終的に全て頂点モーフに切り替えたという。「頂点モーフで作成しても3ds MaxのSkinWrapを使えば、後からの修正も問題なく行えます。そもそも最終的な決定も制作後半だったので、前工程に戻る必要もありませんでした。技術の検証と実作業を同時並行で進めるためにも即断即決を徹底しました」(川島氏)。その意味でも、同時並行で最終画面を確認できるGitを使ったワークフローが有効だったわけだ。
アニメファンも納得の造形
6つ子の本番用モデル(レンダリングイメージ)
おそ松
カラ松
チョロ松
一松
十四松
トド松
ボディは共通だが、頭部は6つ子たちの顔をしっかり描き分けるために顔のトポロジーとフェイシャルターゲットは6体全て異なるものになっている。「作中、股間部分は各々の6つ子に合わせたデザインの金隠しをレイアウトしています。その奥がどこまで造形されているかは秘密です(笑)」(川島氏)
頂点モーフの切り替えで豊かな表情を実現
フェイシャルアニメーション用モーフターゲット。Unity上ではシェイプキーで制御された
作画の質感を再現する
輪郭線をはじめとするセル調の質感には「ユニティちゃんトゥーンシェーダ2.0」が用いられた。「線を確実に出したい部分は、ポリゴンを切って隙間を空けています。逆に線が出てほしくない部分は、境目をなだらかに調整しました」(川島氏)
カメラに映る範囲に絞ってつくり込む
物語の大半の舞台となる男湯内部の背景セットは、原作の銭湯が忠実に再現されている。ディテールについては極力ジャギーが生じないよう、可能な限りテクスチャで表現された
[[SplitPage]]TOPIC 3 アニメーション&コーディング
VRにおける"映画"とは何かCGアニメーションによる追求
本作のワークフローは、〈1〉シナリオ、〈2〉絵コンテ、〈3〉仮音声の収録、〈4〉ビデオコンテ、〈5〉モーションキャプチャ、〈6〉レイアウト、〈7〉アフレコ、〈8〉ブラッシュアップ(デバッグ)というもの。〈2〉絵コンテで基本的なビジュアルを決める、〈3〉仮音で時間軸のタイミングを決める、そして〈5〉モーションキャプチャで動きを決めるという3段階でアニメーションの精度が高められた。近年、アニメCGの現場でもモーションキャプチャ(以下、MOCAP)を用いる事例が増えてきたが、クラフタースタジオでも同様に、MOCAPを積極的に活用している。収録には自社所有のPerception Neuronを利用し、モーションアクターの小川輝晃氏による演技が収録された。6つ子たちは大半のシーンで湯船に漬かっているため、下半身までキャプチャする必要がなかったそうだ。また前項で述べたとおり、リグはBipedで作成されているが、ツール間の受け渡しについては、1.Axis Neuron→3dsMax=BVHをBipedに流し込む、2.3ds Max→MotionBuilder=BipedをFBXで出力し、キャラクタライズ、3.MotionBuilder→Unity=FBX形式でそのまま出力というデータフローが採られた。
「アニメーションでは、6つ子たちの描き分けに苦心しました。ボディは共通なので、ウェイトは使い回せる。でも同じキャラに見えないように、動きやポーズでキャラクターごとのちがいを見せなければなりません」(川島氏)。
全要素のタイミングを決め打ちで組み込み、編集する上では、本プロジェクト向けにタイムコントロールツールが新規に開発された(プログラム開発はサイクロンエンターテインメントが一部をサポート)。これはスプレッドシートに情報を入力すれば、Unityを起動せずに編集が行えるというもの。「時間軸だけでなく高さの要素もCSVデータで管理できるので、今回のワークフローや案件の規模的にも適していました」(田尻氏)。フレームレートは、90FPSに設定。「画面内に登場するキャラクターが常に複数いるため、データ負荷の調整も入念にくり返しました。プレイヤーを飽きさせないようにキャラのデータリダクションは極力避け、主には湯気エフェクト(透過オブジェクト)の物量を抑えるかたちで対応しました」(川島氏)。
「VR PARK TOKYO IKEBUKURO」でのリリース後、観客の反応は上々。熱狂的な『おそ松さん』ファンから一般ユーザーまで、幅広い来場者が「シネマティックVR」という初めての体験を楽しんでいる。
昨年12月20日(水)、クラフタースタジオの親会社であるクラフターは、VAIO、東映と共に、映画館でVRコンテンツを鑑賞するための共同事業「VRCC(VR Cinematic Consortium)」をスタートさせた。これまで、VRゴーグルを装着した個人の体験であったVRを、劇場で多人数で楽しめる本格的なVR興行は世界初の試みだ(※2017年12月現在、VAIO株式会社調べ)。
三社に閉じることなく、日本におけるVR映画の浸透を目指す本プロジェクトの先には、3DCGの新たな未来と裾野が広がっている。
モーションキャプチャによる効率化
アニメーション作業の例
Perception Neuronで収録したモーションキャプチャデータをAxis Neuronでエディット
MotionBuilderによるブラッシュアップ。具体的には、キャプチャデータのノイズ除去(Smoothフィルタの適用)、モーションの調整、フェイシャルアニメーションが施された
1画面に収まるように配慮
VRコンテンツということでレイアウト作業はUnityで行われた【左画像】。そして、アフレコ収録に際してもVRならではの工夫が凝らされた。「実際のカメラビューは主観ですが、そのアングルでは6つ子たちの位置関係や、フレーム外にいるキャラクターが話していることが多々あります。そこでアフレコ収録向けに常に全キャラが同一フレームに収まるようにワイド画角でレンダリングしたムービー【右画像】を用意しました」(川島氏)
舞台演出に着想を得たレイアウト
本文でもふれたとおり、プレイヤーが自由に視点を変えることができるVRコンテンツであると同時に、通常のアニメ作品と同レベルのしっかりとしたストーリーラインをもつ本作。そこで、プレイヤーの視線誘導についてもレイアウトの初期位置やカメラからキャラクターが完全にフレームアウトしないように配慮するなど、試行錯誤を重ねたという。また、本作は仕様としてアイレベル(体験者の目線の高さ)を変えられないため、舞台演出の要領で画づくりも施されている。その好例がクライマックスで6つ子たちを叱りつけるトト子のシーンだ。「このシーンでは、体験者が舞台公演を観劇している感覚で観ることができるようにトト子が壇上から6つ子たちを見下ろしているようにレイアウトしました。通常のアニメ制作だったら、このアイデアは思いつかなかったと思います」(川島氏)。シーン内の高い位置に目立たせたいキャラクターであるトト子を配置、対峙する6つ子たちはトト子の足下、手前に。同じ高さに両者を並べると視界を遮ってしまうため高低差をつけることで1画面に収めた。舞台演出(物理的なステージ演出)のノウハウが活かせるというのもVRならではである
ゲーム開発の技法を活用
本文で述べたように、本作はプリプロ段階でアニメーションや音声、エフェクトのタイミングを決め打ちすることで短期間で良質なVRコンテンツを制作することを実現した。具体的にはGoogle Spreadsheetに、アニメーションや音の再生、エフェクトの発生などシーン内で起こる全てのタイミングを打ち込み、それをUnityに読み込むかたちで作業が進められた【画像左】。「この手法を用いることで、Premiere Pro等でタイミング調整した音声のタイミングなどを正確に配置できます。また、3ds Maxのシーンファイルを開かなくても微妙なタイミング調整をまとめて行えるので手早く作業することができました」(川島氏)。そのほかにもプレイヤーがキャラクターを一定時間以上見続けた場合は、キャラクターがこちらに目線を向けるように設定されているが、この設定には「Look At Object」スクリプトを活用【画像右】。「目の構造が単純な球体でないため、回転ではなく移動でプレイヤーの方を向くように調整しました。動き幅や、見続ける時間など細かく設定できるようになっています」(川島氏)
info.
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月刊CGWORLD + digital video vol.235(2018年3月号)
第1特集:2018年も白熱! アニメCG
第2特集:VR/AR最前線
定価:1,512円(税込)
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ASIN:B0795STSHY
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TVアニメ『おそ松さん』
テレビ東京ほかにて放送中!
原作:『おそ松くん』 赤塚不二夫
「週刊少年サンデー」(1962年~1969年)
「週刊少年キング」(1972年~1973年)
「コミックボンボン」(1987年~1990年)他で連載
監督:藤田陽一
キャラクターデザイン:浅野 直之
シリーズ構成:松原 秀
アニメーション制作:studioぴえろ
© 赤塚不二夫/おそ松さん製作委員会
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