『WIRED』日本版の元編集長でコンテンツメーカー黒鳥社を起ち上げた若林 恵氏と水口哲也氏、そしてソニー株式会社による共同プロジェクト『trialog vol.1「融解するゲーム・物語るモーション」』が6月5日(火)東京・渋谷のイベントスペースEDGE of TOKYO/SHIBUYAで開催された。

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Session 1
「The New Frontier of Melting Games そしてゲームは融けてゆく」

『trialog(トライアログ)』は、「What is the future you really want?(本当に欲しい未来はなんだ?)」を合言葉に、毎回様々な領域で活躍するクリエイターを招いてひとつのテーマについて3者対談形式で語り合うプロジェクトだ。記念すべき第一回となる今回のテーマは、「融解するゲーム・物語るモーション」。ゲストとして招かれたデイヴィッド・オライリー氏(映像作家/ゲームクリエイター/アーティスト)、秋山賢成氏(株式会社ソニー・インタラクティブエンタテインメント)、塩田周三氏(ポリゴン・ピクチュアズ代表、クック・イウォ氏(Motion Plus Designファウンダー)ら4名が3つのセッションにわかれ、それぞれが専門とする領域の見解をふまえて若林氏・水口氏と共にディスカッションを行なった。また、この様子はtrialog公式Twitterアカウント( ‏@trialog_project)にてライブ配信された。

第1セッションは、2017年にゲーム『Everything』を発表し多くのメディアでゲーム・オブ・ザ・イヤーに輝き世界中に衝撃をもたらしたデイヴィッド・オライリー氏(以下、オライリー氏)をゲストに迎えた三者対談「The New Frontier of Melting Games そしてゲームは融けてゆく」。アイルランド出身で今年1月から日本に移住したというオライリー氏は、アニメーション作家として短編アニメ『Please Say Something』でベルリン映画祭の金熊賞を受賞、映画『her/世界でひとつの彼女』では架空のビデオゲームを手がけたことでも知られており、ひとつの領域に留まらずアーティストとして幅広く活躍している。また、オライリー氏本人は自身の肩書きについて、「新しいツールを使ってアイデアを表現することが大好きで、これまでに様々な役割を果たしてきました。肩書きは "アーティスト" としていますがあまり好きな言い方ではありません。大切なのは "ものをつくる存在" であるということです」と説明した。


若林 恵氏

水口哲也氏

デイヴィッド・オライリー氏

「あなたがゲーム制作に挑もうと思ったのはなぜ?」との若林氏の問いに、オライリー氏は「新たなツールを使ってアイデアの可能性を探求し、より複雑で美しいものを表現したいと思うようになりました。ゲーム『Everything』は、様々な "物" の目線で見てみると世界はどのように見えるのか、大小の尺度を切り替えることでウィルスから宇宙全体に至るまで表現できるのではないか、というアイデアから生まれました。目線を切り替えて世界を見てみると "尺度" に対する観念が変わることに気づかされます。自分が今見ている現実や感覚を他人と共有するには映像だけでは十分でなく、ゲームが持ち合わせる "システム" を活用することでより感覚的な体験を共有し、同時に命のシステムを伝えられるのではないかと思いました」とオライリー氏。

ゲームが持ち合わせるインタラクティブなシステムは生命そのものに近づいており、物と物とのダイナミックな関係性を表現したかったとオライリー氏は話し、「映像では空間と時間が制限されていますが、ゲームでは空間も時間もプレイヤーが決めることができるので、より生命の感覚に近いのではないでしょうか。世界における物と物との相関性、そして自分でコントロールできたり自動プレイに切り替えたりができることも、自分たちが生きているという点に還元できる興味深い側面でありゲームのシステムを使って再現できる部分だと考えています」と述べた。




テクノロジーの進化にともない制作環境が整ってきた中で、過去20~30年間の世界のゲームセールスランキングにおいて暴力的なゲームが常にトップ10入りを続けている現実に対して懸念を示す水口氏は、「暴力的なゲームを否定するわけではなく許容してはいるのですが、この現状を変えて行きたいとも思っています。そんな中でオライリー氏の作品には非常に勇気付けられました」と賛辞を送った。
オライリー氏は「技術には当然ネガティブな一面があり、それが表面化してきているように思います。例えば、私が使っているツールは最先端の "破壊的なマシン" でもあります。作品を制作するにはこのような破壊的なツールが必要なのですが、同時に生産的でなければなりません。そこで衝突が起こってしまうんです」と応答。
また、テクノロジーの進化にともないツール自体も変化を遂げてきた。現在ではツールを使うにはサインインしなければならず、これは一種の「監視」と捉えることもできる。オライリー氏は、オンラインでインターネットに繋がっているということは常に監視・観察されているということであると話し、アーティストとしてプライベートな自分であり続けるため、古いソフトを使いオフラインで作業することがあるという。テクノロジーはアイデアを実現するために必要不可欠な存在であると同時に、破壊的で暴力的・支配的な側面を持ち合わせる。今後さらに進化が加速するテクノロジーをどのように扱い、どのような距離感で使いこなして行くかが問われる。

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Session 2「The Chemistry of Platformer and Creator プラットフォーマーの想像力」

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Session 2
「The Chemistry of Platformer and Creator プラットフォーマーの想像力」

若林氏と水口氏の両氏は引き続きステージに残り、株式会社ソニー・インタラクティブエンタテインメントの秋山賢成氏をゲストに迎えて第2セッションがスタートした。「The Chemistry of Platformer and Creator プラットフォーマーの想像力」と題した同セッションは、日々VRの開発と提供に力を注ぐ秋山氏に「今、ハードウェアサプライヤーに何が求められているのか?」との若林氏の率直な質問からスタートした。そんな中、「実は、早くVRの時代が終わればいいのにと思っています」と口火を切ったのは水口氏だ。誤解のないように説明すると、この言葉はVRに対する期待と新たな時代の訪れを願う水口氏の愛に溢れたアンチテーゼである。


秋山賢成氏

水口氏は、「目の前に相手がいるというのに、VRの仮想空間に入り込むとどうしても人と人が分断されてしまう。VRの解像度は4K、8Kそれ以上に向上すると思いますが、人間の目では8K以上の解像度のちがいは認識できないと言われています。テクノロジーが人間の能力を超えてしまったときに、人々はデバイスそのものが欲しかったのではなくデバイスを通した体験を欲していたことに気づくはずです。(VRが)人間のより深いところに寄り添い "幸せとは何か?" を気付かせてくれる段階に進んでほしい」と話し、 "VRの時代が終わればいいのに" と発言した真意が、VRのテクノロジーや活用法について議論する時代が早く終わり、VRを通して新たな哲学が語られる日を楽しみにしている旨であることを説明した。




没入型プラットフォームとして何かと話題のVRだが、人々が没入感を体験するのは今に始まったことではない。若林氏は、「映画や小説にも没入性があります。それは自分が生きている世界を映画や小説を通して再発見するという没入感です。(その没入感を味わうためには)自分自身と作品との距離感が重要になってきます」と話し、VRのように完全に人(他人)がつくり上げた世界に人を住まわせて没入することはそんなに重要なことなのだろうか? と疑問を投げかけた。
これに対し秋山氏は、「VRの領域はこれからさらに掘り下げて様々な体験を築いていく余地があります。VRはあくまでも表現手法のひとつだと考えています」と答え、自身がSXSW 2018(サウスバイサウスウェスト 2018)に赴いた際に目の当たりにした「Virtual Cinema」での視聴体験では、VRにおけるストーリーテリングの重要性を強く認識したと述べた。


満員となった会場の様子


会場ではインターネット農学校「The CAMPus」によるケータリングが用意されていた

さて、今後VRはどのように広く一般的に普及されていくのだろう。そもそも日常生活に溶け込むほどに求められるのだろうか。秋山氏は、「VRが体験できるゲームセンターのような場所を現在展開していて、家庭でも同じ体験をしたいといったニーズが増えた場合は、かつて『リッジレーサー』でPlayStationが一般家庭に普及したように、VRも一般的に普及する可能性があります。さらに広く普及するとなると、VRを装着することで人と一緒にいる温度感や意味そのものが切断されてしまうという問題を解決しなければなりません」と語り、VRへの課題と期待を交錯させつつ第2セッションは終了した。

モノクロの時代が終わりカラーの時代となった現在でも、モノクロ映像はひとつの表現手法として今もなお "現役" であり、カラー映像とコラボレーションさえしている。また、かつてフルCGアニメが手描きアニメと比較されナンセンスとされる風潮があったが、瞬く間にフルCGアニメは議論される余地がないほどに広く定着した。いずれにしても、「クリエイターがテクノロジーをいかにアレンジするか」にかかっているのかもしれない。人間の感情や心理に対する深い洞察力と豊かな想像力がさらに求められそうだ。

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Session 3「What's inside "Motion"? 新しいモーションと未知なるエモーション」

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Session 3
「What's inside "Motion"? 新しいモーションと未知なるエモーション」

最後を飾る第3セッションは、「What's inside "Motion"? 新しいモーションと未知なるエモーション」と題し、クック・イウォ氏(以下、クック氏)、塩田周三氏(以下、塩田氏)、若林氏の3名がステージに上がり、これからの新しいデジタルクリエイティブの行方を探った。
まずは、本セッションの登壇者を紹介しておこう。タイトルデザイナー/ディレクターとしてパリを拠点に活動しているクック氏は、2006年のホラー映画『サイレントヒル』のシークエンスをはじめ、モーションデザインを駆使した数多くの映画タイトルを手がけている。また、2015年にはMotion Plus Designを設立し、以降、世界中のモーションデザイナーを集めて紹介する新型カンファレンス「Motion Plus Design」を主催している。
塩田氏に関しては、もはやCGWORLDの読者に説明は不要だろうが、ポリゴン・ピクチュアズの代表である同氏がエグゼクティブプロデューサーを務めた『トランスフォーマー プライム』『Lost in Oz: Extended Adventure』では、それぞれデイタイム・エミー賞を受賞するなど、3DCCアニメをグローバルに牽引している。


塩田周三氏


クック・イウォ氏

さて、モーションデザイン(モーショングラフィックス)という言葉をどれくらいの人が知っているだろうか? クック氏はモーションデザインとはグラフィックデザインに命を吹き込むことだと述べる。
「シンプルにいうと、"動いているグラフィックス" なのですが、モーションデザインを定義付けるには "グラフィックデザインとは何か?" を考える必要があります。モーションデザインを言葉で説明するのはとても難しいですね」と話した。

塩田氏は、「私にとってグラフィックとはとても静的なものです。クック氏の作品は連続的な写真のようで、瞬間的に美しさを捉えつつ非常に多くの情報と質量を得ることができます。しかしいわゆるアニメのようになめらかなものではないので、アニメーションではないんですよね」と述べる。
では、モーションデザインは何を物語っているのだろうか。「グラフィックデザインはより抽象的な表現です。モーションデザインはグラフィックが動いているわけですが(アニメのように)キャラクターが動いているというわけではありません」と、クック氏。

モーションデザインにおいてアニメーションという言葉は、非常に曖昧なラインにある表現手法なのだという。また、出版業界出身の若林氏にとっては、モーションデザインや映像表現における文字の扱いに関心があるようだ。
「はたしてデザインという観点はあるのだろうか?私は元々出版の人間なので、文字を扱ったデザインに対してかなり厳しい世界で生きてきました。その立場から "文字がもつ情報をどれほど扱えるのか?" という点に興味があるし、私にとっては重要な部分です」(若林氏)。
モーションデザインの説明が複雑なのは、グラフィックデザイン・写真・アニメーション・映像・タイポグラフィといった、様々な視覚表現の手法を巧みに編み込んだ複雑な模様のタペストリーのようなものだからだ。




先述したとおり「Motion Plus Design」は、領域の垣根を超えたアーティストたちに出会いを提供する場である。では、アーティストたちは何を求めてそこに集まるのだろうか。
「生きるということは常に変わり続けるいうことです。人間は人とはちがうことにフォーカスしがちですが、肝心なのはお互いの共通点を見出し共通の言語で語り合えるか否かです」と塩田氏。
さらに若林氏は、「アニメやCG、ゲームと領域を越えると使われる言語もちがうはずです。Motion Plus Designは新たな言語を共有する場なのではないでしょうか?」とクック氏に投げかけた。

年齢にかかわらず様々なアーティストが集うMotion Plus Designには、神格化されたアーティストによるトークイベントも行われる。クック氏によると、イベントの参加者はこれら偉大なアーティストたちの経験や生き方、情熱など、彼らの口から紡ぎ出される言葉の中から "生きる上でのインスピレーション" を得ているという。
塩田氏は、「テクニックやハウツーはネットで調べればいくらでも見つかりますが、実際に会って話を聞くという経験には変えることができません。彼らは自らの人生で大事なものを選び出しそれを表現している。良い選択ができるアーティストが飛び抜けて出てくるし、それは自らの経験によるものなんです」と語り、人々の感情に真に訴えかける作品を作るために、人生を理解し世界の誰よりもエネルギーかけて伝えていかなければ、作品は偽物になってしまうと述べた。

そして最後に、「モーションデザインに関しても、エネルギーを与えるものをつくらなければなりません。人々が求めているのはポジティブなエネルギーなのでしょう」というクック氏の言葉によってセッションは締めくくられた。
本セッションは「What's inside "Motion"? 新しいモーションと未知なるエモーション」と題したように、表現者として、また、ひとりの人間として次なるモーション(動き=行動)と新たなエモーション(感情)に働きかけるセッションとなった。