2018年11月4日(日)、文京学院大学 本郷キャンパスにて「CGWORLD 2018 クリエイティブカンファレンス」が開催された。本稿ではそのなかのセッション「アニメ『イングレス』メイキング」についてレポートする。同作は2018年10月よりフジテレビで放送され、現在はNETFLIXで配信されているCGアニメーション作品。世界的な大ヒットを記録した位置情報スマートフォンゲーム『Ingress』を原作に、アニメオリジナルのシナリオやキャラクターをいかにして制作したのか、クラフタースタジオの入川慶也氏(副監督)と古川厚氏(CGディレクター)がメイキングを披露した。

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TEXT&PHOTO_日詰明嘉
EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada

『INGRESS THE ANIMATION』 NETFLIXにて配信中
ingressanime.com
©「イングレス」製作委員会

<1>演出の役割と、作画アニメらしい画面づくり

同作はNETFLIXでの海外展開を念頭に置かれた企画のため、海外ドラマのようなボリューム感のあるストーリーづくりになっている。そのためカット数も多く、それはそのまま制作のレイアウト作業量にも反映されている。制作初期の段階ではデジタルのペイントツールで絵コンテを描きつつ、並行してCGディレクターと絵コンテマンが声を入れたVコンテをつくっていたが、制作中にどんどん時間がなくなっていったため、最終話付近では「Storyboard PRO」を使用する方法がとられた。このソフトは絵コンテとVコンテを同時につくれるもので、効率は3倍にもなったという。

実制作の紹介については、まず入川慶也副監督がアニメーション制作における演出の役割について解説した。

シナリオから絵コンテに描き起こしていく中で重要なのは、「キャラクターの意思、性格、設定を踏まえて行動させること」、「キャラの立ち位置、時間軸で辻褄を合わせ違和感ないようにつくること」だという。このとき、「シナリオの筋に沿わせるがあまり、キャラクターの行動がその人物の"意思や性格"に沿わないと人形のように実体が薄くなってしまう」と注意点を挙げた。
その一例が同作の序盤、ヒロインのサラ・コッポラ(CV:上田麗奈)が鈍器を振り回すアクションシーン。これは当初、主人公の翠川 誠が行う予定だったが、シナリオ開発の時点では舞台設定が確定しておらず、そのままコンテに起こしてしまうと辻褄が合わないという事態が発生した。そのため同シーンでは、下の画像のような考えの元、変更が加えられていった。



続いての話題は、背景の制作について。同作ではロケハン写真をレイアウト原図に使用し、簡単なCGレイアウトと併せて美術を制作している。一般的なアニメ制作ではロケハン写真を基にレイアウトをつくるが、同作ではGoogleストリートビュー上でリサーチして位置を先に決めているのが特徴だ。レイアウトをCGで仮組みしてから現場に行って、写真を撮影するという逆転の方法が採用された。撮影時にはレイアウトを完全に再現するため、3D上のカメラ座標や地上からの高さ、カメラのレンズのmm数まで記載して撮影に臨んだという。


キャラクターモデリングについてはCGディレクターの古川 厚氏が説明を行なった。


  • 古川 厚氏/CGディレクター(クラフタースタジオ)
    www.craftar.studio

本作では作画アニメのような画面づくりが追求されている。そのためリグについては3ds MaxのBipedをベースとして、ヘルパーでウェイト付けが行われている。


フェイシャルはモーファーを使いつつ、まぶたや眉にヘルパーを仕込み、アニメーター側で表情を制御できるようにしていった。皺や傷も仕込んでおり、皺自体のアニメーションも付けることで生き生きとした表情づくりを可能にした。手の造形は違和感に直結するポイントであるため、アップになったときには皺をオンにすることでディティールアップを図り「違和感を抱かれないルック」を実現した。このほか、ライティングをHeadとBodyの2灯使っていることも画づくりに重要な役割を果たしたという。


アニメーションでは秒間24コマを2コマ(12枚)、3コマ(8枚)、フルコマ(24枚)をそれぞれ使い分けながら、全て手付けで行なっているのもポイントだ

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<2>GRADIAによるアップスケーリングの合理化

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<2>GRADIAによるアップスケーリングの合理化


セッション後半は同作で使用されたアップコンバート技術、GRADIAについて、開発元のアクセルの品田仁志氏が解説を行なった。

GRADIAは同社が開発したミドルウェア製品AXIPシリーズのひとつで、標準的なバイリニア拡大に比べ、アップコンバートした際のジャギーをよりスムーズにする効果がある。『INGRESS THE ANIMATION』ではレンダリングやコンポジットを軽くするために1280×720ドットで制作し、GRADIAを使って1920×1080に拡大することで効率的に制作を行うことができた。従来はアップコンバートを編集スタジオ(ポストプロダクション)で実施していたが、GRADIAは撮影の工程でリアルタイムに行うことができる。GRADIAは今後、After Effects向けのプラグインもリリースする予定だ。


限られた時間の中でワークフローの要点を押さえた『INGRESS THE ANIMATION』メイキング講演。海外市場を念頭に置きつつも日本発のアニメーションとしての独自性を出すキャラクターやアニメーション表現、演出面での変更や背景制作、アップスケーリングの合理化など、解説からはどの行程においても目的から逆算したつくり方を指向しているようすが感じられた。途中からStoryboard PROを使用するなど、制作過程には試行錯誤する場面もあったようで、クラフタースタジオがさまざまな経験を得たことがうかがえる。2019年1月には同スタジオの新作『あした世界が終わるとしても』の公開が控えており、早くもその成果を見ることができそうだ。