THU Gathering Tokyo 2019(以下、Gathering Tokyo)が6月28日(金)に港区にあるPORT(株式会社アマナ・芝浦オフィス)で開催された。「THU」とは、グローバル・クリエイティブ・コミュニティー「Trojan Horse was a Unicorn(トロイの木馬はユニコーンだった、以下、THU)」のこと。2013年から年1回、マルタ島で6日間に渡るイベントが開催されており、THUでは登壇者を「Knight」、来場者を「Tribe」と呼ぶことを習わしとしている。そんなTHUをコンパクトにしたイベント「Gathering Tokyo」の開催は昨年に続いて2回目で、ホストを務めるのはマルタ島で開催されたTHUで3年連続でKnightを務めた経験をもつ、ポリゴン・ピクチュアズ代表の塩田周三氏。「日本・東京でもTHUを体験してもらいたい」という塩田氏の思いによってTHUが日本に上陸し、この日会場に集まったTribeたちは、わずか一夜限りであるがゆえに濃密なTHUを体験した。筆者がGathering Tokyoに参加するのは昨年に続き2回目。本稿では「THUの楽しみ方」に焦点を当ててイベントの様子をお伝えする。



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images courtesy of "Trojan Horse was a Unicorn"(THU)



今年のGathering Tokyoの会場となったのは、港区・芝浦にあるPORT。到着した時には、すでに会場の前にはTribeたちが小さな列を作っていた。入り口付近では、受付で渡されたネームカードを掲げて一人ずつ写真撮影をしており、撮影された画像に職業(企業名)と氏名が併記され、壁一面を華やかに飾っている。この日会場に集ったKnightとTribeは計270名とのこと、簡単な自己紹介のツールとしてこれはとても気の利いたアイデアであった。というのも、顔と名前を記憶する脳の働きが非常に残念な筆者にとって、この華やかな場で期せずして知人(名前を思い出せない)に出会っても、安心感を持って会話ができるよう強力にサポートをしてくれたのだ。主催者の趣旨とは若干異なっているかもしれないが、非常に協力的で有効な試みであったと実感したので、今後もぜひ続けていただきたい。


さて、撮影も終わり奥へ進むと、手狭な感じが否めなかった昨年とはうって変わって開放的な空間が広がっている。右手にはDJブース、正面には鏡開きの酒樽とグランドピアノ、左手にはお酒とオードブルが美しく並ぶ。そして、ウォールペイント用の壁にはすでに数名がコピック(入り口で配られた)を手にイラストを描き始めていた。Gathering Tokyoは、主にデジタル領域のアーティスト、企業、学生らを繋ぐ機会の創出を目的として開催しているのだが、幅広い年齢層のTribeたちがお互いの年齢や立場の壁を越えて笑顔で会話をしており、会場内は非常に気楽でポジティブな雰囲気だ。ふと見ると、アカデミー賞をはじめ世界中のアニメーション賞を独占受賞した『スパイダーマン:スパイダーバース』の監督ピーター・ラムジー氏が、先述の壁に落書きを始めるところだった。


さて、Tribeたちも集まったところでホストの塩田氏がマイクを片手に現れ、いよいよイベントスタートの雰囲気が漂い始めてきた。プログラムによると、Gathering Tokyo 2019は6時間ノンストップで見逃せないイベントが盛り込まれている。招待状に記載されたプログラムは次のとおり。

【PROGRAM】
17:30 開場
18:00 乾杯 - Introduction by THU
18:40 前菜
19:10 EIKO + ERIKO(ライブパフォーマンス)
19:40 メインコース
20:40 Special Talk by ピーター・ラムジー (Sony)
22:10 Q&A
22:40 デザート
23:10 Meet & Chill
23:30 Farewell

今年も塩田氏によるカジュアルな挨拶と鏡開きで景気良くGathering Tokyoの幕が開いた。どれくらい「カジュアルな挨拶」だったかというと、THUのファウンダーでCEOのアンドレ・ローレンソ氏の紹介をうっかり忘れてしまうくらいの気楽さである。しかし、そんなハプニングも笑い飛ばすほど、会場はポジティブなエネルギーで満ち溢れている。本当にカジュアルで気楽で刺激的。ゆえに良い出会いがたくさんある。昨年、CGWORLD.jpの取材で参加させてもらって以来、そんなGathering Tokyoがすっかり大好きになった筆者なのだが、本イベントは完全招待制なため誰でも参加できるというわけではなかった。また、本拠地であるマルタ島で開催されるTHUはチケットを購入すれば参加できるとはいえ、会社勤めの日本人にとって、1週間に渡る休暇を取得しその全てをTHUに充てるというのは、容易に決断できることではないだろう。


しかしこの日、塩田氏の口から夢のような言葉が発せられた。塩田氏は「2020年にTHUを石川県・加賀市で開催します!」といきなり宣言。続いて加賀市長の宮元 陸氏が壇上にあがり、「アンドレさんと塩田さんの志に非常に感動しており、これからは芸術家やアーティストが中心になっていくことを信じています。皆様のお越しをお待ちしております」と話した。加賀市での開催は2020年5月20日(水)から23日(土)の4日間で、世界中からデジタル領域を中心としたアーティストたちが集まる。一夜限りの祭典であるGathering Tokyoは今回をもって終了となるものの、「あのTHU」が日本でも本格的に開催されるというのはビッグニュースであった。さらに、2019年9月23日(月)〜28日(土)にかけてマルタ島で開催される「THU 2019」では、交通費も宿泊費も食費も参加費も全て無料(さらにワコム製品ももらえる!)となる「Golden Ticket Challenge」を用意していると発表。詳しくはこちらのサイトでチェックしてほしい。


塩田氏の話を聞いている人も聞いていない人も、会場内は皆が一様に笑顔で、笑い声と話し声で誰が何を言っているかわからないほどの熱気を帯びている。美しく美味しい料理とお酒がふんだんに振舞われ、新しい出会いと楽しい会話が次から次へと繋がっていく。中にはひとりで参加している人も少なくなかったが、出会いの場であるこの場に集ったならば遠慮は無用、ひとりでいる人にどんどん話しかけてOK! と主催者のお墨付きを皆がもらっている。ここでは気持ちの赴くままに、ひとりでもたくさんの人と話をすることがTHUを堪能する秘訣となる。一度の紹介が次の紹介へとつながる不思議な連鎖は止まらず、名刺は一気に底を尽きてしまった。止まることのない出会いの連続から会場の様子に目を戻すと、EIKO + ERIKOによるピアノの生演奏と共にTribe達の酔いもまわり始め、にぎやかな雰囲気がさらに加速しているようだった。




演奏が終わると、会場の2階でピーター・ラムジー氏によるスペシャルトークが始まろうとしていた。Gathering Tokyoのためだけに来日したというラムジー氏。椅子に座るも良し、クッションエリアで床に座るも良し、『スパイダーマン:スパイダーバース』の監督であるラムジー氏本人による制作秘話を落ち着いたスペースでゆっくりと聴くのは、とても贅沢で心地良い時間であった。ラムジー氏は、「主人公のマイルズと父親との関係の描写を自身にあてはめて何度も検証した」といった演出面の裏話から、「監督という仕事は質問に答える仕事である」と話した上で「みんなが全力を出して前に進んでいる中、私のせいで制作がストップするわけにもいかず、ずっと"オン"の状態が休みなく続いていました。時にはトイレの個室にこもって泣いて、顔を洗ってまた出て行くということもありましたよ。とても辛い日々でした」といった制作当時の胸の内まで包み隠さず話してくれた。そして、様々な業界の素晴らしい人々と仕事をすることができて本当に光栄だったと述べ、人生におけるもの凄いクリエイティビティを感じることができたと語った。また、「制作中はどのような毎日でしたか?」という問いに、息をつく暇もないほどの超過密スケジュールが3年間続いたことを説明。「軍隊に入っていたような気分でした。本当ですよ」と回答し「まさしく陰と陽のようで、楽しいと思える時もあるのですが時々本当に惨めな気分になりました。大変な仕事なので、監督になんてならないでください」とシュールなジョーク(本音?)を飛ばして会場の笑いを誘った。



スペシャルトークが終わり、Gathering Tokyoもいよいよ終盤に差し掛かる時間となっていた。1階に戻るとデザートが用意されており、その甘さによって酔いと疲れがいくらか癒された。お腹も心もすっかり満たされ、至れり尽くせりのホスピタリティに改めて感心した。美味しい食事とお酒、良い音楽、志の高いクリエイターたちとの出会い、そしてそれらによって五感を刺激されることで「THUという体験」となり、そこから新たなアイデアとコミュニティが生み出されて行く。これこそがTHUの目指すところなのだろう。筆者は今年も、仕事と立場を忘れて思う存分Gathering Tokyoを楽しんだ。もっと正確に言うと、誰よりも楽しまなければ記事が書けないという心意気で参加した。



最後に、今年のGathering Tokyoについて、THUファウンダーのアンドレ氏とホストを務めた塩田氏に話を聞いた。THUの設立に関してアンドレ氏は「ポルトガルにアートコミュニティをつくろうと考えたと同時に、世界のあちこちでもアートコミュニティやクリエイターのセーフティゾーンがないという同じ問題が存在していることに気がつきました。そこで、2013年に、世界中のクリエイターが集まることができるグローバル・クリエイティブ・コミュニティとしてTHUを設立しました」と話す。

今年のGathering Tokyoについてアンドレ氏は「今年は昨年と比べるとずっと良いイベントになったと思います。というのも、THUにとって食(FOOD)はとても重要なんです。私はTHUのインスピレーションを人生・生活(LIFE)から得ているのですが、家族がテーブルを囲んで食事をするようにリラックスしていることが大切なんです」と語った。

塩田氏は「日本にはどの国にも負けない独特な感度があるのですが、日本人が日本人だけで交わっているとその価値に気づけないんです。海外の人たちには日本に対するリスペクトがありますが、2020年にTHUを(東京ではなく)加賀市で開催することで、われわれ日本人が初めて日本の価値に気づき、新たなことを学ぶことができるよう後押しができたら、と考えています」と話す。

また、塩田氏が加賀市を選んだ理由は、THUを開催する上ではザワザワとした日常からある程度隔離された環境が必須だからだと言う。
「いくつかの都市が候補として上がりましたが、都心から離れて自然が豊か、かつ文化的な基盤があり、水も良くてお酒も美味しい。さらに、市長がTHUの方針に非常に共感してくれる加賀市を選びました。THUはヴィジョンが明確でピュアなコミュニティではあるんですが、Gathering Tokyoにはレベルの高い人たちが集まって話をするという独特な雰囲気があります。せっかくそんな人たちが集まるのだから、加賀市で開催されるTHUでは誰かのトークを聞くだけの場にするのではなく、問題提議をして一緒に考え、そこから何かが生まれる、という場にならないかなと考えています。こんなアイデアがあるんだけどTHUでシェアしたい、と思ってもらえるようになると嬉しいですね」(塩田氏)。

こうして、小さなハプニングさえも共通体験として楽しい記憶となるGathering Tokyoが幕を閉じた。9月に開催されるマルタ島でのTHU2019も、2020年に加賀市で開催されるTHU2020もいずれもチケット制だ。参加するチャンスは全員に開かれているので、一度参加してみてはいかがだろう。予想をはるかに上回る体験となることはまちがいない。

Gathering Tokyo 2019 公式サイト