今年のGW期間に開催された「バーチャルマーケット 4」の主催者陣へのインタビュー。過去最大規模で開催された「バーチャルマーケット 4」をふり返ると共に、ますます発展するバーチャル世界の可能性について語ってもらった。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 263(2020年7月号)からの転載となります。
TEXT_ 石井勇夫(ねぎぞうデザイン)
EDIT_海老原朱里 / Akari Ebihara(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
©VIRTUAL MARKET4
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開催日:2019年4月29日(水)~5月10日(日)〈全12日間〉
開催場所:VRChat内特設ワールド
www.v-market.work/v4
VRChat Inc.が開発運営しているVRコミュニケーションサービス「VRChat」は、ヘッドマウントディスプレイ(以下HMD)を使い、アバターを使ったVR空間での交流を楽しめるサービスだ。そのVRChat内の特設ワールドで4月29日(水)~5月1 0日(日)の1 2日間「バーチャルマーケット 4」が開催された。回を追うごとに進化しているバーチャルマーケット (以下、Vケット)のスタッフに、リモートワーク時代のバーチャルの可能性について取材した。
過去最大規模で開催された「Vケット4」
CGWORLD(以下、CGW):みなさんを取材させていただくのは248号(※1)以来、1年と数ヶ月ぶりになります。改めて、自己紹介をお願いします。
※1......本誌248号(2019年4月号)でも今回と同じメンバーにインタビューを実施している。詳しくは248号のp32~35、もしくはCGWORLD.jp(cgworld.jp/feature/201903-cgw248-vmarket.html)
舟越 靖氏(以下、舟越):舟越です。前回から変わらず、ひき続きVR法人HIKKY代表取締役CEOとして、対外的な活動の統括・担当をしています。
新津佑介氏(以下、新津):HIKKYの新津です。営業支援や取材対応、PV制作を担当しています。
動く城のフィオ氏(以下、フィオ):Vケットの主催をしている動く城のフィオです。前回から変わった点としては、HIKKYの取締役CVO(チーフ バーチャル マーケティング オフィサー)にも就任しました。
水菜氏(以下、水菜):HIKKYに所属しています、水菜です。Vケットの副主催とエンジニアのとりまとめをやっています。
CGW:Vケットは2018年の初開催以来、年々規模を拡大していて、今回の「Vケット4」は開催期間、出展企業、出展サークル数ともに過去最大でしたね。ふり返っていかがでしょうか?
フィオ:Vケットはひと言で言うと、出展社、来場者数ともに世界最大のバーチャル空間上のマーケットフェスティバルです。今回の「Vケット4」は日本よりも、海外からの参加者が多かったのが特徴です。また、前回からの大きなアップデートとして、ECサイト機能を採用したので、出展されているアバターなどをその場で購入できるようになりました。
CGW:より現実世界でのイベントに近づいていますね。
フィオ:Vケットが与える価値は"機会"だと思っています。〆切がないと、なかなか作品をつくれないクリエイターにとっては制作する機会になります。今回の「Vケット4」のタイミングで、バーチャル空間に3,000体以上の3Dモデルが誕生しました。そのほか、来場者とクリエイターが出会える機会でもありますし、企業にとってもバーチャルを理解する機会になっています。バーチャル空間上に多くの人が集まるので、フィージビリティ(ビジネスの実現可能性)を検証することも容易です。ユーザー、クリエイター、企業の皆さんにとって、様々な側面での"機会"になると思っています。
舟越:最近では新型コロナウイルスの影響でリアルイベントが実施できなくなっている背景もあって、新規の企業さんからの問い合わせが、対応できないくらいたくさんきています。
フィオ:来場者も増加していますね。コミックマーケットなども中止になってしまいましたし。オンラインで代替イベントは行われていますが、多くは平面的な開催な気がします。Vケットは現実の展示会に近く、さらに広さや距離、重力などの物理法則に制限されずに開催できます。例えば、幕張や有明まで行けなくても、HMDをかぶれば、家からすぐに参加できますし。
水菜:そういう意味では日本だけではなく、世界中どこからでも参加可能です。パスポートもいりません。パラリアルトーキョー(※2)なら、HMDをかぶるだけで東京観光ができちゃいますね。
※2......「Vケット4」で用意されたワールドのひとつで、東京を模したバーチャル空間。参加企業がブースを出展した
「Vケット4」における出展企業の取り組み
CGW:「Vケット4」ではエンタメ業界以外からの企業ブースの出展も目立ちましたが、反響などはいかがでしたでしょうか?
フィオ:今回は三越伊勢丹ホールディングスさん、ウィゴーさん、アウディジャパンさん、日本HPさんら、エンタメ分野以外の企業さんも多く参加しくれました。例えば、アウディ ジャパンさんでは、バーチャル空間に「Audi e-tron Sportback」を展示して、スタッフさんが詳しい解説をしてくれました。まるで販売店で実車を見ながら説明を受けているような感じで、ライドギミックで乗ってみることも可能です。また、ウィゴーさんでは、実際の店舗で働いている店員さんが、実在する服を3Dアバター用にアレンジして3D化したものの説明をしていらっしゃいました。夜はVTuberさんが接客をしていらしたのですが、こちらも好評でしたね。対面販売だとインスタンスがたくさんできちゃうので難しいかと思いましたが、チャレンジしたら意外と大丈夫でした。
水菜:展示を見るだけではなく、実際のスタッフの方から話を聞くと体験の質がこんなに上がるのだと驚きました。次回からはこうしたバーチャル接客が増えると思います。それと、あるスタッフさんは「リモートで接客できるのが良かった」とおっしゃっていました。バーチャル空間の接客なら地方から参加したり、国外からも参加することができます。
フィオ:バーチャル空間で完結できる、新しい職業の可能性を感じましたね。
水菜:リアルの接客スキルはバーチャルでも使えます。人と人が関わるということはバーチャルでも変わらないですね。
新津:いつのまにかファンが付いている接客スタッフさんもいらっしゃいましたね(笑)。
水菜:店員さんも楽しんでくれたみたいで、中には体験記を漫画で描いてくれた方もいます。
新津:僕はそうしたスタッフさんたちに機材の操作を教える立場だったのですが、最初はほとんど全員の方がVRは初めてで戸惑っていました。少し心配していたのですが、1日終わった時点でかなり慣れてきて。そこから接客やコミュニケーションに集中して、楽しんでくれていましたね。機材云々ではなく目的が大事で、VRは手段のひとつだと痛感しました。
企業による出展ブース
出展企業の一例をピックアップして紹介。エンタメ関連以外の企業の参加が多いのも「バーチャルマーケット 4」の特徴だ。様々な分野の企業がバーチャルイベントに注目している様子の一端が窺える(※以下より、画像にて紹介。順不同)
アウディ ジャパン株式会社
©2020 AUDI AG. All rights reserved
株式会社三越伊勢丹ホールディングス
©2020 ISETAN MITSUKOSHI HOLDINGS
Vケットの運営と技術的な課題
CGW:これだけ開催規模が大きくなると、運営面でも課題が出てくるのではないでしょうか?
フィオ:一番問題になるのが描画負荷ですね。視界に入るメッシュ、頂点、マテリアル数、テクスチャサイズなどの要因があります。PCのスペックが高くない人のために描画負荷をいかに下げるかがテーマです。各ワールド自体は負荷が低いようにつくっていますが、出展者のモデルは比較的描画負荷が高い。導線を考えて、どう動いても8個以上のブースが見えない設計にして、負荷を減らしています。
水菜:「Vケット4」では最初からいきなりワールドのモデルをつくらずに、グレーのラフモデルをつくって統括が導線などの確認し、OKが出たら本番モデルをつくるようにしました。
フィオ:そのほか悩まされたのは、企業さんからいただいたモデルを「VRChat」向けにコンバートするところですね。例えば、映像作品用のデータは、当然「VRChat」を想定していないから、ポリゴンをリダクションして、さらにボーン構造をつくり直しています。バーチャルで使えるかたちに整えるのが想定以上に大変でした。でも、おかげでノウハウは貯まりました。
水菜:企業以外の一般出展者さん同士ですと、お互いにDiscordなどでコミュニケーションをとっているので、歴戦の猛者たちが初心者に教えてくれたりしています(笑)。
舟越:われわれの方でも基本的な説明は出していますが、拾いきれない個別の特殊な事例はDiscordなどの参加者コミュニティでも解決していただいています。参加者コミュニティが非常に広がっていて、ありがたく思います。
株式会社ウィゴー
COPYRIGHT © WEGO CO.LTD. ALL RIGHTS RESERVED.
Vケットの今後について
CGW:「Vケット4」が無事に終了した今、今後の予定と次回開催の抱負を教えていただけないでしょうか?
フィオ:次回のテーマは「グローバル化」です。これから海外の参加者もどんどん増えていくと思うので、次回の「Vケット5」(※3)からはカタカナだったロゴを英語に変えて「日本から世界に」を掲げていきます。海外からの出展者を集めたり、ブースの表記を英語と日本語で切り替えたり、世界中の人が楽しめるイベントにしたいです。また、今取り組んでいることのひとつに本の出展を主体とした同人誌即売会「ComicVket」(※4)があります。4月に「ComicVket 0(ゼロ)」を実施したのですが、同人作家さんはUnityを使えない方も多いため、画像入稿だけすればバーチャル空間上にスペースをつくれるようにしたり、HMDだけではなくPCやスマホから見られるようにしたりして、参加のハードルを下げる取り組みをしています。
※3......「Vケット5」(www.v-market.work/v5)は2020年12月19日(土)~ 2021年1月10日(日)に開催予定
※4......「ComicVket 0」(comic-vket.com)は2020年4月10日(金)~12日(日)の3日間で開催されたバーチャル空間上(VR)での同人誌即売会。次回「ComicVket 1」は2020年8月13日(木)~16日(日)に開催予定
水菜:Vケットと大きくちがうのは参加するためのハードルの差です。今後は、同様に音楽を出展する「MusicVket」も実施したいと企画しています。
フィオ:これからは同人や音楽の業界の方にもバーチャル空間に興味をもってもらえたらと思っています。まずは参加しやすい「ComicVket」や「MusicVket」に出展してもらえたら嬉しいです。
水菜:現実にあるもものほとんどはバーチャル空間に再現できるはずなんです。エンタメ以外の分野でも、インテリア、家具、自動車などの様々なプロダクトは制作段階で一度3D化されているものが多くあると思いますので、バーチャル空間に入れることが可能だと思います。
フィオ:展示会やショッピングモールはやろうと思えば、すぐにバーチャル化できますね!
株式会社セブン&アイ・ホールディングス
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これからのバーチャルの可能性
CGW:最後に、Vケットに限らず、バーチャルイベントの今後の可能性についての見解を聞かせてください。
フィオ:リモートワークの可能性が見直されている昨今、そもそも現実空間でやることのリスクや、現実でなくてもできるのではないかという点が注目されていると思います。特にイベントにウェイトを置いている企業さんにはVケットにとても注目していただいていて、問い合わせもたくさんきています。けれど、企業側の関心は高まっていますが、一般参加者の側はまだHMDを持っていないことが多い。参加側の課題はHMDがメガネ型になったり、スマホでアクセスできたりするなど、デバイスの進化に依存していている部分が大きいと思います。需要する側にはまだ価値に気づいてもらえていないので、アクセスしやすいようにわれわれが工夫していかなければと思っています。そのひとつの方法として、アバター文化をいかに広めていけるか、バーチャル空間をいかに受容してもらうかは密接に絡みついている部分だと思います。
CGW:VTuberなどに代表されるアバター文化は、一般の方の間でもかなり認知が進んでいますね。
フィオ:アバター文化はいわゆる"盛り"の文化で、自分をよく見せたいという人間が根本的にもっている欲求。自分の好きなアバターをまとってバーチャル空間で過ごすというのが、ひとつの新しいライフスタイルとしてあるのだと、もっと広めていきたいですね。デバイスの進化を考えると少し時間はかかると思うのですが、当たり前のように現実空間の隣にバーチャル空間が並行して存在していて、メガネをかけたらアクセスできるような時代がくると思います。その頃には1人に1アバターが普通になるでしょうから、そのときのための準備をしておく感じです。
水菜:その時代がきたときのために、市場をつくっておかないといけないと思っています。
フィオ:バーチャル空間とアバターをもつことで、人生が豊かになることはあると思っています。私は数年前の一時期、人と会うのが怖くなり、Facebookやスマホの連絡先などを消してありとあらゆる世界との関わりを断ってしまったことがあります。その頃、社会との関わりについて悩んでいた時期に、VRと出会いました。VRの中だったらキャラクターと話している感じがして話ができました。自分は人を集めることや、ビジョンを描いて人に呼びかけることにはスキルがあったので、そこでVケットを主催しているうちにそれが仕事になり、HIKKYの取締役にもなって社会とのかかわりを取り戻せました。VRと出会わなければ、今も家にこもっていたと思います。
CGW:まさにVRとの出会いで人生が変わったんですね。
フィオ:VR空間には様々な事情を抱えた人がいます。自分と同じように現実世界では活躍できなかったり、しんどさを抱えたりしている人はたくさんいる。そういう人にとってVR空間は救いになる場所です。例えば、子育てや介護で家を離れらない人でも、HMDを付けたら職場に行けるのは福音だと思う。多くの人にとって、バーチャルでのアバターには可能性があります。イベントやライブなどの商売っ気あるような話はもちろん、人生でどのように生きていくかの選択肢のひとつにもなりえます。物理現実だけでなくて、バーチャルを織り交ぜていくことによって人生が豊かになる人や、物理現実だと生きづらいけどバーチャルなら伸び伸びと生きていける人は、潜在的にいると思う。私はVRに救われた人間なので、そういう人たちにVRを届けたいと思っています。バーチャルは"仮想"ではなく"本質"なんです。
Netflix株式会社
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まとめ
今回はリモートワーク特集の一環としてインタビューを行なったが、ビジネス分野の話題にとどまらず、生活にバーチャル空間を積極的に取り入れていくことで、人生が豊かになっていくのだという、より広い意味でのポテンシャルを聞くことができた。自粛で半ば強制的に始まったリモートワークが今後のスタンダードになっていく可能性があるように、今回をきっかけとして、バーチャルのもつ新しい可能性に気がつく人は多いだろう。グローバルに羽ばたいていくVケットの今後に注目していきたい。