CMやゲームシネマティクス、TVアニメなど多彩なジャンルの映像制作を手がける白組 三軒茶屋スタジオ。社内におけるR&Dにも積極的な同社が、ほぼBlenderのみでつくり上げたのが、現在気象科学館で上映中の360度シアター映像だ。クライアントワークでBlenderを採用した経緯と、その制作過程について聞いた。

※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 265(2020年9月号)からの転載となります

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EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada

●Information
気象科学館
所在地:東京都港区虎ノ門3-6-9 気象庁2階
休館日:毎月第2月曜、年末年始(12月29日~1月3日)、その他にメンテナンス等の臨時休館日あり
入場料:無料(感染症対策のため、電話による事前予約制)
予約受付:03-6381-5041(港区立みなと科学館)
予約受付時間:午前10時~午後5時
www.jma.go.jp/jma/kishou/intro/kagakukan.html

<1>最適なタイミングでの検証プロジェクト

7月1日(水)よりリニューアルオープンした気象科学館。そのメイン展示物のひとつが、渦巻状の360度体感シアター「うずまきシアター」だ。そこで上映される6分半のCGアニメーション『はれるんウェザーアドベンチャー』制作した白組では、通常案件におけるメインツールのMaya3ds Maxに代わり、Blenderを新たなメインツールに据えて取り組んだ。「かねてから社内でも注目度が高まっていたところにチャレンジを行いやすい案件をいただいたため、会社や他の部署にも告知した上で、今回のプロジェクトではBlenderを導入することに決めました」と、CGディレクターを務めた小森啓裕氏は語る。

写真左から CGスーパーバイザー・小森啓裕氏、CGテクニカルスーパーバイザー・初鹿雄太氏、アニメーションスーパーバイザー・金子友昭氏(以上、白組)
shirogumi.com

費用負担なく導入できることも後押しとなりBlenderでの制作が実現、当時すでに個人的に使っていた社内のスタッフやコミュニティに助言を仰ぎつつ、実制作と並行して検証をくり返し、知見を蓄積していったという。人員は、アセット制作3名・アニメーション3名・背景3.5名、ライティング/コンポジット3名、デザイン2名と10人少々の編成。技術的な調査やプリプロ、アセットワーク、アニメーション、コンポジット、それぞれの工程に各1ヶ月ずつが割かれた。

使用ツールを大きく変更する際は「新しい表現ができるようになる」など明確なメリットがモチベーションとなることが多い。今回は、Blenderベースのワークフローでどこまでできるのかを確認することが焦点となった珍しいケースだ。「まずは"Blenderベースで作品を完成させてみよう"と意思統一を行い、『いつものツールと同じ機能を求めてはいけない』『良いところを前向きに受け入れつつ制作を進めていこう』と声をかけてまわりました」(小森氏)。一部を除き全員が未経験という横並びの状態でスタートしたため、ベテランも若手も等しい立場で意見交換が活発化。「良い使い方を見つけたら共有して盛り上がる感じは、昔3DCGツールをみんなで覚えていった感じとも近いものがありました。また社外のコミュニティにも愛があって、ひさびさにDCCツールを覚えていくワクワク感を思い出しました」。さらに、監督や普段3Dツールに触れていない人の環境にもBlenderを入れてもらうことで、シーンデータを実際に開いてチェックしてもらうことができるという新たな発見も。このプロジェクトを経て白組の基幹となるツールが置き換わるわけではないが、適材適所でプラグイン的に用いるなど視野の広がりを感じるという。「市販ツールかBlenderかといった対立構図ではなく、ハイブリッドな選択肢として発展していく様子をみたり、その時々でプロジェクトに最適な環境を常に考えていける視点をもつことが大切なのではないかと思います」(小森氏)。

<2>チーム制作にBlenderを導入するために

メインツールを変更してプロダクションワークを実施する際には、何か問題が見つかったときに適切に解決できるほどの知見がないというリスクを伴う。本案件は検証と共に実作業を進められるような時間配分が可能で、デザインも白組側から提案を行うことができたため、チーム内のBlenderの習熟度や、可/不可に応じた仕上がりをねらうことができた。そこで、ミニチュア風の背景などのルックを提案し、またトラブル回避も考慮してエフェクトはメッシュベースとした。

他方、上映会場は3面に分割された360度スクリーンという点が特徴的で、科学館のリニューアルに合わせて設置される予定であったため、制作中にその視聴感を実際に確認する方法がなかった。「ディスプレイに表示されているものを見ても、実際の会場で自分の目線で見たときにはどう感じるのか、まったくわかりませんでした」と、アニメーションスーパーバイザーを務めた金子友昭氏。プロジェクト開始当初の1ヶ月のうちに、白組社内の別部署のスタッフに依頼しVR空間内に実際のスクリーンと同様の環境をUnityで構築、HTC VIVEで体験できるコンテンツを開発した。これにより、クライアントも含め最終的な上映の様子を思い浮かべながら意思疎通を図ることができた。「映像の専門家ではないクライアントの方々に、われわれが見ているCGの途中映像を見て完成形を想像してもらうことは難しく、最終的にどうなるかわからないとしばしば言われます。VRでの視聴と、Eeveeを使ってごく早い段階から擬似的ながら最終レンダリングに近い状態で確認いただけていたため、雰囲気もわかりやすいということで大きな齟齬なく進めていくことができました」(小森氏)。

アドオンの整備

Blenderには標準で同梱されているもののほか、有償・無償の膨大なアドオンが公開されているが、今回の検証ではこれらのアドオンが作業上必要だと判断された。上画像は制作時に洗い出されたアドオンのリストだ。HDRとレンダリング環境の切り替えをスピーディに行える「Easy HDRI」や、モディファイアーを扱いやすくする「ModifierList」「ModifierTools」が並ぶ。また、これらのアドオンの共有/有効化やOCIOの設定、アンドゥの上限設定など、参加スタッフの環境を統一しておくべき設定はBlender起動時に自動的に設定されるよう環境が構築された

オリジナルアドオン「KSCTools」

本作のために内製されたアドオン「KSCTools」。モディファイアーの一括変更やライティングに関する設定など、基本的なオペレーションの手間を省略する便利ツールが集約されている。R&Dを担当したCGテクニカルスーパーバイザー・初鹿雄太氏は、開始時から"習熟度の低い状態でのDCCツールの置き換えは、絶対にやめておくべき"と苦言を呈しつつも、一貫して検証やトラブルシュートを受けもち、プロジェクトを支えた

Blenderによる制作を見据えたデザイン

提案したデザインの一部。デザイン開発は2名のスタッフが担当し、Blenderで実制作を行うのに好ましい内容を中心にイメージが固められていった。

はれるん(後述)が普段いる気象庁内

カルデラ。それぞれ実際のスクリーンで分割される位置に縦線が入っている

Unity上でのプレビュー

制作時はリニューアル工事中であり、実際の会場スクリーンと同様の視聴環境を整えることは難しいため、Unity上でVRコンテンツとして体験可能にしてプレビューが行われた。

気象科学館うずまきシアターの図面を基に起こしたスクリーンのモデル

VRでのプレビューの様子。キャラクターが想像以上に大きく感じられたため、より自然に見えるよう小さく調整された

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<3>社内のBlender経験者も募ったキャラクター制作

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<3>社内のBlender経験者も募ったキャラクター制作

白組・三軒茶屋スタジオ内には、もともと個人的にBlenderを使っていたというスタッフが数名在籍しており、モデリング作業を中心にBlenderのオペレーション面をサポート。「関わりたいと声を上げてくれたスタッフもいて、すでに別のプロジェクトにアサインされていたのですが、所属部署の部長やプロデューサーにも相談しつつ、かけもちでも関わってもらえるように調整を行いました」(小森氏)。

造形や質感設定にはZBrushSubstance Painterも併用。シェーダはPrincipled BSDFだが、パラメータが少ないため凝ったことはやりづらく、まだまだ開拓が必要という印象をもったとのこと。

レンダリングにはCyclesを使用。レンダリングサイズが、HDを横に3面つなげた大解像度だったこともあってか、SSSでのノイズの多さなど他のプロダクションレンダラと比べてプリレンダー案件に用いるには厳しいという感触だった。ただ、レイトレースを分散的にかけられる点は好ましく、サブサーフェスのサンプル数のみを高い数値にし、年末年始にかけてレンダリングする場面もあったという。

リギングにはBlenderに標準で組み込まれているアドオン「Rigify」を使用。当初はゼロから組み上げることも検討されたが、表現すべき内容とそれにかける時間との費用対効果を鑑みて、リギングツールが使用されることになった。「今回ボディのリグで表現すべきことはRigifyで十分補うことができると判断しました。今後機会があれば内製リグへのチャレンジやAuto-Rig Proの検証などもしてみたいですね」(初鹿氏)。

主人公「はれるん」のモデル

気象庁のマスコットキャラクター「はれるん」。モデリングの参考にされた



  • はれるんモデルのワイヤフレーム表示


  • シェーディング表示



  • Eevee(スタンダード)表示


  • Eevee(HDR)表示。モデルチェックには、スピーディにHDRを切り替えられるアドオン「Easy HDRI」(codeofart.com/easy-hdri-2-8)が活用された

プロップ類はデザインから提案しつつ制作された

はれるんの質感設定

はれるんのマテリアル設定。衣装の縞模様は、画像ではなくマテリアルネットワークでプロシージャルに表現されている

レンダリング画像

Rigifyを活用したセットアップ

リギングは主にRigifyで組み上げ、フェイシャルやサブディビジョンON/OFFなど必要な要素を足している。プロップ類ははれるんのシーンに同梱し、表示を切り替えて使用。画像はフェイシャルコントローラをOFFにしている状態

<4>上映形態を考慮したレイアウトとアニメーション

レイアウトでは、上映会場の特殊な形状・距離感に配慮しながら調整がくり返された。客席とスクリーンの距離が非常に近いため、通常の感覚でレイアウトすると想像よりも巨大に見えてしまう。「キャラクターの大きさに気をつけつつ、動きについてはあまりクイックにしないように、目で追えることを意識しながら作業を進めました」と金子氏は語る。

はれるんのキャラクター性やしぐさについては、リニューアル前の気象科学館で上映されていた日本アニメーション製の動画をベースとしている。「作画と3DCGの情報量の差異も考慮し、まったく同じようにするのではなくポーズなどは活かしつつ、全体としてはオーソドックスなCGアニメーションの動きにしています」(金子氏)。

はれるんのフェイシャルリグは、スライダを動かすことで各表情のビジビリティが切り替わる仕様で、間の補完がないコマ撮り風のフェイシャルアニメーションとなっている。一方、敵キャラクターにあたるマグドロンは、はれるんとは異なりモーフベースでフェイシャルリグが組まれた。マグドロンは大きな芝居もないため、アニメーションというよりは音声に合わせた表情づけとリップシンク作業が主となった。

Blenderでのアニメーション作業は現場アーティストからも概ね好評だったそうだが、唯一アンドゥの速度については不満が募ったという。「制作終了後にリリースされたバージョン2.83では解消されているようですが、アンドゥがとにかく重かったです。プレビューなどのレスポンスは良いのに、なぜここだけ......という。とはいえ、特別に秀でた機能はないけれど安定しているという点は好感がもてました」(金子氏)。また、Eeveeビューポートによる最終ルックに近いプレビューは、レンダリング後の情報量を想定しながらアニメーション作業を進められる快適さという発見にもつながったとのこと。

レイアウト

極めて横に長い特殊なアスペクト比でレイアウトが行われた。最終的には3分割されて投影される。画像は気象庁内でのはれるんの解説シーン

アニメーション

キャラクター性は前身となった日本アニメーションの動画を参考にしつつ、オーソドックスなCGアニメーションらしい動きに仕上げられている

2つの方法で表現されたフェイシャル

はれるんのフェイシャルリグ。コントローラを動かして表情モデルのビジビリティを切り替える。目・口・汗などの表情パーツの位置は必要に応じて移動させて使用



  • マグドロンのデザイン


  • 噴煙に顔が貼り付いたデザインのマグドロンのフェイシャルは、はれるんとは異なりモーフベースとなっている。モーフターゲット数は30少々

マグドロンのフェイシャルアニメーション作成の様子。噴煙のメッシュ上でフェイシャルのみを動かしている

完成画像

Clothシミュレーションの設定

はれるんの衣装にはBlender標準機能のClothシミュレーションがかけられており、プレビュー再生時にもシミュレートされる。「一部のショットではキャラクターが空間を大きく移動する演出上、Blenderでのリアルタイムシミュレーションでは表現が困難なケースがありました。そのため特定のショットのCloth作業には3ds Maxも併用しました」(初鹿氏)

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<5>リスクヘッジも加味したジオラマ風背景とエフェクト

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<5>リスクヘッジも加味したジオラマ風背景とエフェクト

背景は、CG制作を担当した3.5人(社外スタッフを含む)のほか、背景デザインを2名が担当。はれるんが各地を飛び回るため、数分の作品内だが気象庁内、街の遠景、カルデラ、火口など多くの背景が用意されている。「デザインからおまかせいただけたため、先方の望むキャラクターとマッチする世界観と、"われわれがBlenderでつくりやすい"ルックの接点をねらってご提案をすることができました。具体的には、ミニチュアやジオラマのような雰囲気が出るように落とし込んでいます」(小森氏)。キャラクター制作と同様、Blender以外にZBrush、Substance Painterが使用された。

雲や噴煙といったエフェクトは、多くの場合ボリュームを用いた流体シミュレーションで表現されるのが定番だが、今回はメッシュベースで制作されている。ミニチュア風ルックとの組み合わせもさることながら、万一の場合のバックアップ体制の敷きやすさも意図した選択だ。「Blender依存度の高い機能やアドオンを前提にした作りにしてしまうと、大きな問題が発生した場合であっても習熟していないBlenderで対応しきらねばなりません。そこでエフェクトはメッシュベースにして、Blenderでの表現が難しいとなってもAlembic経由で他ツールでも対応できるように計画しておきました」(初鹿氏)。最終的には、大きなトラブルもなくBlenderで最後までレンダリングが行われたとのこと。

背景制作

背景CG作業の様子。

気象庁内



  • はれるんが上空を通過する街の遠景


  • カルデラの近景

背景のルックはジオラマやミニチュアをイメージしている。適度にリッチでありながら要所でディテールを削ぎ落としつつまとめられている。その際、Easy HDRIはスピーディに様々な環境下でのルックチェックが行えるためここでも好評だったという

メッシュで完結させるエフェクト表現

雲や煙はボリュームではなく、メッシュで制作している

パーティクルとメタボールを使用したメッシュベースのエフェクト。いざというときにBlender以外でのレンダリングを考慮した選択だ。コンポジットで、ぼかす・半透明にするといったシンプルな調整が加えられている。アニメーションにはNoiseデフォーマを適用して動きのランダム感を付与

<6>計算精度やノイズ問題にも対応したライティング・コンポジット

レンダリングにはCyclesを使用したが、ノイズや計算精度の問題に直面した。「細かいノイズをしっかり取り除くためには、時間が必要になることがわかりました。距離による計算精度低下の問題もあり、原点から遠く離れた位置だと特にSSSなどのレンダリング結果が破綻してしまいました。レンダリング前にライティング位置を原点付近にオフセットして対応しましたが、計算精度については他DCCツールと比較すると少し弱い印象を受けたので、これからに期待したいです」(初鹿氏)。SSSを中心に発生したノイズに対しては、NukeでのデノイズやCyclesレンダリング設定の検証を行なった上で、最終的にはCyclesレンダリング設定を調整し、分散パストレーシングの特定要素に対するサンプル数を上げて対処した。

コンポジット作業には、同社は通常Nukeを用いているが、今回はAfter Effectsが使用された。「ショット作業は約1ヶ月を見込んでいて、作業量的にアニメーターの助けも借りる必要がありました。Nukeはコンポジター以外の誰もが使えるツールではないですし、場合によっては担当者以外にはわかりづらい巨大なノードツリーになってしまうこともあります。そこで、もしものために今回はAEを選択しました」(小森氏)。レンダリング時には、AEではOpenEXRを扱う際の動作が重すぎるため、AOVごとにセパレートしてPNGで出力するしくみを用意し、最悪の場合には部分的にでもNukeで対応することも視野に入れつつ作業が進められた。アニメーターに手伝ってもらう際にも説明を省略できるなど、結果的にはAEを選択したことは良好な結果につながったという。最終的にDaVinci Resolveで軽めに色調整を施して仕上げられている。

ライティング

普段はれるんのいる気象庁内のレンダリング設定。サンプリングについてはIntegratorをBranched Path Tracing(分岐パストレーシング)にし、要素ごと個別に設定している。レンダリングデバイスはCPU

気象庁内の完成画像

コンポジット

コンポジットにはAEを用い、コンポジターだけでなくアニメーターも参加した。複雑なコンポジットワークが行われているわけではなく、できるだけ基のレンダリング素材を活かしつつ、空気感・露出調整・被写界深度を主とするシンプルな調整が行われた

コンポジット素材。一般的なディフューズカラー、AO、デプスなどを含む15種類



  • 月刊CGWORLD + digital video vol.265(2020年9月号)
    第1特集:どこまで使える? Blender
    第2特集:ワンランク上の建築ビジュアライゼーション
    定価:1,540円(税込)
    判型:A4ワイド
    総ページ数:128
    発売日:2020年8月7日