大手CGプロダクションでディレクターを務める傍ら、ひとりのCGアーティストとして日々自主制作に勤しむ中井 翼氏が現在制作中のバーチャルヒューマンが「Iroha」だ。業務外の限られた時間で、クオリティを高め自身のイメージをかたちにする秘訣とは?
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 267(2020年11月号)からの転載となります。
TEXT_大河原浩一(ビットプランクス)
EDIT_藤井紀明 / Noriaki Fujii(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
CGならではの表現を意識的に盛り込む
バーチャルヒューマン「Iroha」の生みの親は、現在マーザ・アニメーションプラネットでクリエイティブディレクターを務める中井 翼氏だ。中井氏は会社の業務とは関係なく、多くの自主制作CG作品を制作し、チュートリアル付きでArtStationなどへ投稿している。Irohaのようなリアルな人物キャラクターだけでなく、スタイライズされたポップなデザインのキャラクターも多い。「自主制作は昔からやっていましたが、SNSなどで公開し始めたのは3~4年くらい前です。昔は自主制作というとハードルが高かったのですが、最近はツールの進化もあって短時間で自分がつくりたいものを実現できるようになりました。自主制作ではリアルであってもスキャンすれば済んでしまうようなものではなく、CGならではのアイデアを入れて、ある程度デフォルメされたキャラクターになるように意識しています」と中井氏は語る。
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中井 翼 / Tsubasa Nakai
www.artstation.com/tsubasan
中井氏は日々の業務の後、帰宅してから自主制作しているため、自分の作品を手早く実現する手法が重要だという。そこで中井氏が自分のイメージを最速でアウトプットするために選んだツールがUnreal Engine 4(以下、UE4)だ。「いろいろなツールを使って随時検証しているのですが、UE4はアウトプットのスピードが速い。ツールを習得するにしても、海外の人が質の高い情報を提供してくれているためナレッジベースが非常に多く、コミュニティが強いのも魅力です」(中井氏)。
中井氏は個人制作の題材にバーチャルヒューマンを選択する理由として、コンテンツとしての面白さと将来性を挙げる。現在はフェイシャルキャプチャまわりを鋭意研究中とのことだが、iPhoneベースのキャプチャはスタジオベースのそれと比べてしまうとまだまだ表現力に劣るという。リアルタイムキャプチャで存在感のあるフェイシャルを表現できることを目標に、常に新しい技術を取り入れていきたいということだ(現在はiPhoneの「Live Link Face for Unreal Engine」を使ったリアルタイムフェイシャルキャプチャのチュートリアルもArtStationで公開中)。
<1>Texturing.xyzを使った肌の質感表現
プライベート時間を使った個人制作では、時間をかけずに結果を出していくことが大事だと中井氏。短時間で結果を出すために、市販のアセットの利用とUE4のレスポンスの良さが強みになっているという。市販のテクスチャを使った肌の質感の加工術について紹介する。
素体とIrohaモデル
「時間をかけずにつくるというのがテーマ」という中井氏。ベースモデルもゼロから作成するのではなく、市販のモデルデータを購入し、ZBrushで彫り込んだモデルに対して、ZWrapを使って購入したベースモデルを投影して頭部の形状を作成している
▲左側が購入したモデルデータで、右側が最終的に作成されたモデル
▲シェーディング表示
▲ZBrushのZWrapを使って、ベースモデルにZBrushでディテールを彫ったモデルを転写した状態。Irohaのような日本人風の顔は凹凸が少ないので、なかなかリアルに見えず造形の調整が難しいモチーフだ
マイクロスキンテクスチャの活用
キメの細かい肌の質感を表現するために、中井氏はデジタルヒューマン用のリアルなテクスチャ素材を扱うTexturing.xyzで販売されている肌のテクスチャを利用している
▲ディフューズ
リアルな【ディフューズ】のほか、肌の質感を表現するために【マイクロ】や【ノーマル】を用意して使用している。これらのテクスチャは、細かいディテールを出すために、エリアごとにタイリングテクスチャを使い分けすることができるUE4のシェーダ「Saurabh's Skinmaterial(gumroad.com/I/XYtzt)」を使用し、【下の画像】のような、女性特有のキメの細かい肌の状態が表現されている。このシェーダとマイクロスキンテクスチャの組み合わせは、アップにしても肌の透明感が失われず非常に良い結果を得ることができたという
Substance Painterを用いたディテーリング
ベースとなっているディフューズのテクスチャは、【下の画像】のようにSubstance Painterを使ってディテールを足している。実際の化粧法を女性雑誌などを参考にしながら勉強し、シミの出方やシミが出る位置なども実際の人物の写真を観察しながらペイントを行う。女性のバーチャルヒューマンでは、このリアルな化粧の仕方に則ったテクスチャへのペイントがとても大切だという
▲Substance Painteの作業画面
Irohaのベーステクスチャの調整では、【ベーステクスチャ】の状態から、一度【ペイントでエイジング】を施して年齢感を調整、その上で【化粧のペイント】が施されている
▲ベーステクスチャ
▲ペイントでエイジング
▲最後に化粧のペイントを施す
UE4でのライティングテスト
テクスチャが整ったところで、UE4のシェーダを使って肌の質感の調整を行う。質感の調整には、ライティングテストが欠かせないが、UE4ではライティングした状態をリアルタイムで確認することができるため、非常に調整しやすいという。「このライティングテストで、プリレンダリングと遜色ないクオリティを出せることがわかっただけでも、この作品をつくった意味があった」と中井氏
▲UE4によるライティングテストの様子
[[SplitPage]]<2>XGenとHair Groomによる髪
これまでリアルタイムによる毛髪表現の表現はカードベースが主体で品質に欠けるものだったが、Hair Groomを使うことで髪の毛1本1本を表現できるようになりリアルタイムで高品質に毛髪のルック調整が可能になった。
XGenによる髪の毛の作成
髪の毛はMayaのXGenを使って生成し、スタイリングされている。髪型を作成するために多くの髪型のリファレンスを集めて、それらを参考にしながら髪型をつくっていったという。「UE4でリアルな髪型に見せるには、やはりMaya上でもリアルに見える状態になっていないとだめで、髪の毛のボリューム感などに気をつけながら髪型の調整を行なっています」と中井氏。制作のなかでこのHair関連の調整が一番時間がかかる作業だという
眉毛やまつげもXGenを用いて作成されており、1本1本時間をかけて植えられている
Alembic形式でのエクスポート
UE4に搭載されているAlembic Groomを使うことで、ストランドベースの髪をインポートすることができ、XGenで作成した髪の毛もそのままUE4へ読み込むことができるようになった。XGenで生成した髪の毛を、XGenのConvert to Interactive GroomでInteractive Groomに変換、それをExport Cashを使ってAlembic形式で出力してUE4へもっていくことになる
UE4へのインポート
MayaからAlembicとして出力したXGenのデータは、Alembic Importerを使ってUE4へ読み込まれる。AlembicをUE4に読み込む際には、UE4でAlembic GroomとAlembic ImpoterのプラグインをONにしておく必要がある。UE4にAlembicを読み込んだ後に、髪の毛の毛先の太さ(Hair Width)、根本の毛の太さ(Hair RootScale)など、髪の毛をUE4でレンダリングするための設定をGroomの設定で行なっていく
ヘアシェーダの設定
中井氏はNick Rutlinh氏のチュートリアル(gumroad.com/thekesslereffect?recommended_by=library)を参考にヘアシェーダを設定。Arnoldのヘアシェーダのように使えるので重宝したとのこと。UE4ではシェーダだけではなく、ユーザーによるチュートリアルが充実しているため、それらのチュートリアルが自身の作品を制作するときの参考としてとても役に立っているという。図は、Irohaに使用しているヘアシェーダの設定値だ
産毛の設定
Irohaのモデルでは、顔の表面に生えている産毛もリアルに再現されている。この産毛がきちんと生成されているかどうかで、肌のリアル感に差が出てくる。Irohaでは、産毛もMayaのXGenを使って生成されており、髪の毛同様にAlembicで出力してUE4に読み込まれている。UE4では、産毛の繊細な細さを表現するために、Groomの設定では、根本の太さ(Root Scale)と先端の太さ(Tip Scale)をかなり小さく設定しているという。ここではHair Root Scaleを0.1、Hair Tip Scaleを0.001に設定している
眉毛、まつげ制作時のポイント
眉毛やまつげもAlembicでMayaから出力し、UE4に読み込まれている。眉毛やまつげに関しては、1本1本の間隔を上手く調整して肌が見える隙間を調整したり、透明度を与えてやることで肌との馴染みをよくしている。1本ずつ手作業で植えていくため、とても時間がかかる作業なのだという。まつげのカールや束感、眉毛の密度など、アップで見ても非常にリアルな表現になっており、中井氏の観察力の高さと造形の緻密さを感じられる作品だ
[[SplitPage]]<3>濡れ感を意識した眼球
バーチャルヒューマンにとって目の表現は非常に重要だ。特に眼球が潤んだ様子は、リアルな人物表現にはなくてはならないポイント。中井氏によるノーマルマップを使った、眼球の潤い表現の手法を紹介する。
ノーマルマップによる潤い表現
「リアルな人物表現をする際に、一番ポイントとなるのが白目が濡れている感じ」だと中井氏。中井氏は、ZBrushを使って作成したノーマルマップを上手く利用して、この白目の潤い感を表現している。この潤い感を表現するには、単にノーマルマップを使ってスペキュラを調整するだけではなく、スペキュラが綺麗に生成されるようにUE4でのライトの配置を工夫してライティングを行なっているという
▲ノーマルマップOFF
▲ノーマルマップON
EYEシェーダの構造
眼球のシェーダはSungwoo氏が作成したシェーダ(gumroad.com/I/xMtECv)を使用している。角膜の屈折が少しリアルではないものの、非常に使いやすいシェーダなので重宝しているという
▲EYEシェーダの設定値
▲毛細血管を細かく描き込んだディフューズと、潤い制御用のノーマルマップ
<4>Live Link Faceによる表情付け
バーチャルヒューマンを自宅で低コストに動かせる時代。iPhoneのような簡易デバイスでリアルタイムキャプチャを可能にするLive Link Faceを使ったフェイシャルアニメーションを紹介しよう。
ブレンドシェイプの作成
中井氏は、制作されたIrohaのフェイシャルアニメーションを制作することにもチャレンジしている。今回フェイシャルアニメーションを作成するために、iOSで動作するLive Link Face for Unreal Engineが使われている
▲キャプチャ用の52のブレンドシェイプを作成するために、BlenderのアドオンであるFaceItを使用
▲さらに作成されたブレンドシェイプをMayaに読み込んで形状の微調整を行なった
リアルタイムフェイシャルキャプチャ
Mayaで微調整されたブレンドシェイプのデータはFBXでUE4に読み込み、Live Link Faceを使ってリアルタイムキャプチャを行う。Live Link FaceはiPhoneの前面カメラで撮影されている人物の表情をリアルタイムでキャプチャし、そのキャプチャデータを基に、UE4に読み込まれているブレンドシェイプを使ってフェイシャルアニメーションを生成する。現段階ではリアルタイムでフェイシャルアニメーションを生成するには、ポリゴン数を制限するなど表現力を犠牲にしなければいけないところが多々あるが、今後登場するUE5ではそのあたりの制限がなくなることが期待でき、バーチャルヒューマンも次の次元にいけるのではと中井氏