コロナ禍でイベントの中止が余儀なくされる今、新たなイベントを実現する手法としても注目されるのが、広大なグリーンバック空間を背景に撮影した映像をリアルタイムにCGと合成するバーチャルプロダクションだ。クリエイティブ系企業のみならず、社内イベントのあり方を模索する一般企業でも利用できる身近な存在になりつつある。

そんな中、サイバーエージェントグループは、ファッションや音楽のライブイベントのオンライン開催を支援している。また、バーチャルスタジオを運営するバーチャル・ライン・スタジオ社では、日活調布撮影所内の合成専用スタジオ「xR対応スタジオ」を提供している。これらの取り組みでは、Zero Density社のリアルタイムVFXシステム「Reality」が採用されている。

本稿では、このRealityを取り扱うアスク・エムイーが2020年12に開催したオンラインプライベートショー「Hello, New World」PART2のトークセッションから、バーチャルプロダクションの最新事例やワークフローの実例を紹介する。

TEXT_加藤学宏 / Norihiro Kato
EDIT_山田桃子 / Momoko Yamda

<1>サイバーエージェントの事例からバーチャルイベントの可能性が見えてくる

サイバーエージェントグループでは、CG制作の高い専門性を有する株式会社CyberHuman Productionsが中心となって、バーチャルプロダクションを用いたライブイベントを支援している。Web動画広告の前身企業において、制作を効率化する目的でRealityを導入。今よりも情報が乏しい2018年当時、実用に足る技術であるか確認するため、トルコにあるZero Density社の施設を2度訪れて選定にあたったという。

▲「Hello, New World」PART2より。津田氏はカメラマン、田森氏はCGクリエイターとしてライブイベントに参画している。導入を支援したのは、アスクグループで業務用映像機器の技術的なサポートとマーケティングを担当するリーンフェイズ所属の片田江氏

Realityの導入はそもそも広告制作が目的だったが、新型コロナウイルス感染症の影響を受け、バーチャルイベントに応用できないか打診を受けるようになった。CGの専門家ではあるものの、イベントは門外。しかも取り組みを始めた当時、Realityの主な利用目的はテレビニュースなどであり、ライブイベントで利用する事例は聞いたことがなかったそうだ。そんな中で苦労を重ねながらも、数々のイベントを成功に導いてきた。

ライブイベントを手がけるきっかけとなったのは、2020年6月に開催された、史上初フルバーチャル空間によるファッションショー&ライブイベント「Tokyo Virtual Runway Live by GirlsAward」だった。

例年なら、ランウェイに華々しく登場したモデルたちを、多数の観客が取り囲み歓声を送るはずだった。しかしコロナ禍では開催が難しい。そこで、グリーンバックを張り巡らしたスタジオを用意してモデルをクロマキーで抜き、CGと合成。バーチャルイベントとして開催することにした。

実空間よりもはるかにスケールの大きな会場において、リアルイベントでは使えない色の照明を用いたり、音楽やシーンに合わせて目まぐるしく変化させたりと、バーチャルならではの表現も可能となった。

また、たとえ配信がリアルタイムでなくとも、Realityのシステムを用いることで、全体の制作時間を短縮できるメリットもある。

▲【左】グリーンバックに囲まれたスタジオ。【右】CGを合成したところ

▲バーチャルイベントなら現実世界では難しい演出も可能だ

▲Zero Density公式チャンネルでも紹介されている

もう1つ紹介したいのは、エイベックス所属の5人組のダンス&ボーカルグループ「Da-iCE(ダイス)」のオンラインライブ『Da-iCE×ABEMA ONLINE LIVE TOUR 2020 -THE Da-iCE-』だ。同ライブで披露された全7曲において、背景と演出は全て異なっている。床への映像投影、CGによるオブジェクトがアーティストの前を駆け抜けるなど、さながらMVのようなライブとなった。

ライブ映像の制作にあたっては、3DCG制作のほかに、現場で音楽やダンスとうまく同期するように3DCGを動かす必要がある。そのためライブ中はその場でタイミングを見計らいながら、CG動画再生のオペレーションを行なったそうだ。

▲ステージは未来の渋谷をイメージしたという
www.cyberhuman-productions.co.jp/works/%e3%80%8cda-icexabema-online-live-tour-2020-the-da-ice-%e3%80%8d%e3%80%80/

さらにサイバーエージェントでは、社内表彰イベントもRealityを使ったライブ配信で開催したという。

▲バーチャルプロダクションの利用ニーズはクリエイティブ企業以外にも広がっている

同社では、Reality以外の技術も組み合わせてイベントを高度化。オンラインで参加する社員がコメントできる機能があり、それに連動して会場には「いいね」マークが出現する。一方通行の映像配信とは異なり、盛り上がるイベントになったそうだ。

コロナ禍のおかげで集まることができないため、同じようにRealityを使って社内イベントを開催したいという相談は多くなっているという。しかしバーチャルイベントは今だけの代替手段に終わるのではなく、リアルではできない表現やコミュニケーションなど、新たな可能性を感じさせる。さらにライブコマースへの応用なども考えられ、サイバーエージェントグループではさまざまな用途での利用に向けて準備を進めているとのことだ。

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<2>日本最大級「xR対応スタジオ」における制作フローの実例

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<2>日本最大級「xR対応スタジオ」における制作フローの実例

「Hello, New World」PART2のオンライン配信は、日活調布撮影所4番スタジオに常設されている「xR対応スタジオ」から行われた。ステージのフロアサイズは間口11m×奥行き9mで、運営するバーチャル・ライン・スタジオ(以下、VLS)調べでは日本最大級の常設合成スタジオだ。

▲写真中央:VFX スーパーバイザーの前川英章氏(VLS)/写真右:カメラマンの山岡昌史氏(CRANK)

▲CG合成をしていないスタジオの様子

ハリウッドではかなり前から、グリーンバックに役者が立ち、仮のCG背景とリアルタイムに合成され、その場で監督やカメラマンが確認できるしくみをつくり上げている。VLSがこのスタジオをつくることになった理由の1つは、日本でも同様の制作フローを実現するためだ。最近ではLEDウォールも使用されるが、日本の市場規模やワークフローを考えたとき、現時点ではグリーンバックのシステムのほうが馴染むと判断した。クオリティを求めるなら、ポスプロによってリッチに仕上げていけばよく、それでも十分にバーチャルの恩恵が受けられる。技術開発をしなくても、新しい技術を使いつつも実績のあるRealityを即戦力として利用できるのも大きい。

VLSでは、スタジオのオープンに合わせてプロモーション映像を制作。その準備工程を明かしてくれた。

▲バーチャル・ライン・スタジオ プロモーション映像

スタジオの準備と並行して、シナリオやコンテが作成された。「リビング」、「オフィス」、「渋谷」、「山」と、4つのシーンをつくることにした。シチュエーションにあわせて必要な背景をCGで制作。スタジオ機材調達が遅れたこともあり、全体で2~3ヵ月を要したという。

山のシーンを企画したのは、雄大な山の風景をできるだけ小さいセットで実現するという目的からだ。実際に作成したセットは、3m×4mだ。

実際の制作では、まずフルCGによるプリビズを作成しイメージを可視化。どのレンズとカメラワークなら効果的に撮影できるか、そしてCGの範囲やセットの過不足を検証してから撮影に臨んだ。

▲山シーンでのプリビズ

通常ならセットをつくってから3DCGを合わせることが多いが、このセットでは3DCG制作が先行し、それに合わせてセットをつくったのが特徴的だ。そしてさらに、フォトグラメトリーによって立体的なモデルを作成し、セットにCGを寄せていくことで、馴染みのよい映像に仕上げた。ここまでが3DCGの準備段階だ。

▲手前のモニターでは、山の3DCGと合成された映像を確認できる

▲フォトグラメトリーによる調整

撮影直前のスケジュールはこうだ。1日目は、全体を通してのリハーサル。2日目は前日の演出に従ってライティングの仕込みを行う。Realityの特性上、ライティングが変わるとキーイングなど他の調整が改めて必要になってくる。そうすると一度ステージの上をクリアにする必要があり、役者やスタッフの作業を止めなければならない。そうならないように、準備においてできるだけ追い込んだセッティングを目指す。ライティングとキーイングのせめぎあいが、クオリティにつながるのだ。

そして撮影本番には3日間かけられた。リアルなセットをクローズアップするシーンでは、グッと土を踏みしめたり、足で木を転がしたり、草を揺らしたりしてリアルさを強調。そうすることで合成後のリアリティが増す。そんな工夫もなされている。

▲リアルとバーチャルがシームレスにつながっている

映像のプロ同士が集まっていても、グリーンバッグの向こうに何が見えているかイメージを言葉で共有するのは容易でない。実際に見て共有できることで、クオリティを上げていけることに、撮影を終えてみて大きな価値を感じているという。

この「xR対応スタジオ」がオープンして間もない2020年11月に内覧会を開催したところ、追加開催が必要になるなど、想定以上の反響があったという。その中でも映像業界ではない企業から、社内イベントの映像に使いたいという問い合わせが多いことに驚いたそうだ。VLSは、そんな企業の用途でも歓迎し支援したいと話す。