トヨタシステムズのCG事業推進部はクルマの設計データ(3D CADデータ)から様々な動画・静止画・VR・AR・コンフィグレータなどのCGコンテンツを制作してきた。その中には、高級車ブランド LEXUSのCGも含まれる。本記事では、そのワークフローや飽くなきこだわりを解説する。

※本記事は月刊『CGWORLD + digital video』vol. 272(2021年4月号)掲載の「トヨタシステムズによるLEXUSビジュアライゼーション」を再編集したものです。

TEXT_石井勇夫 / Isao Ishii(ねぎぞうデザイン)
EDIT_尾形美幸 / Miyuki Ogata(CGWORLD)



  • トヨタシステムズ
    トヨタグループのITソリューション企業。IT戦略の企画・提案、先端技術研究、CGソリューションを含めた各種システム開発、インフラ構築・運用など、多彩な製品・サービスを展開している。
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    CG事業推進部の公式ギャラリー
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▲LEXUS Webコンフィグレータの紹介動画
2020年10月公開
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最新かつ正確な設計データを基に高品質なCGを制作

名古屋と東京に本社を置くトヨタシステムズは、クルマ業界のリーディングITカンパニーだ。同社のCG事業推進部は、10年以上にわたりクルマの設計データを基に様々なCGコンテンツを制作してきた。その経験と知識を活かし、製品開発から販売促進まで、幅広い領域で課題解決のためのビジュアライゼーションを提案している。同部に所属するスタッフは約40名で、スマートエンジニアをはじめとする協力会社のスタッフも含めると約100名の大所帯となる。同部はプロジェクトの舵取り役として、トヨタ自動車をはじめとするクライアントとのやり取り、企画立案、スケジュールやコスト管理などのプロデュース業務を担う。アートディレクションまで担う場合もあるが、画づくりの多くは協力会社と共に行なっている。

クルマ業界におけるCGの需要は年々高まっており、社内向けイベントや、国内外の関係者向けイベントの資料、顧客向けの車両カタログなど、様々な用途で活用されている。例えば、CGを使うと開発中の設計データから完成車両の動画や静止画を制作できるため、実物が完成する何ヶ月も前からイベントや商談を進められる。また、世界各地に顧客をもつLEXUSは、販売地域によって売れ筋の色や仕様(グレード)が変わるため、車種ごとに数百点の画が必要となってくる。全てを実物の撮影でまかなうのは現実的ではないため、ここでもCGが重宝される。

同部のスタッフの一部はトヨタ自動車の各拠点に常駐しており、逐次更新される設計データからCGコンテンツの制作に必要なものを抽出し、プロジェクト内で共有する。クルマの設計データは機密性が高く、非常に複雑だが、最新かつ正確な設計データを基に、高品質なCGコンテンツを効率良く低コストで制作できる点が同部の強みと言える。

車両開発と歩調を合わせたビジュアライゼーションのスケジュール

▲新型LEXUSのビジュアライゼーションのスケジュールの一例。17ヶ月におよんでおり、車両開発と歩調を合わせながら、社内向けイベントや、国内外の関係者向けイベントのための動画と静止画が制作される。静止画は顧客向けの販促物制作にも用いられる。なお、つくる画は外装・内装・メカの3種に大別される。その詳細は以降で紹介していく

パーツ単位のデータを収集し、完成車両を組み上げる

新型LEXUSのビジュアライゼーションを手がける場合、その制作は新型発売の1年以上前にスタートする。社内向けイベント用の動画制作では、CG事業推進部のスタッフが車両開発者に新型の訴求ポイントをヒアリングしながら企画を練り上げる。開発中の車両は、組み上がった状態の設計データが用意されているわけではないので、スタッフが最新の仕様を確認し、パーツ単位の設計データを収集し、3DCG空間の中で完成車両を組み上げていく。必要なパーツがデータベースにない場合は、設計担当者に問い合わせることもある。

前述の動画と併行して、静止画の制作も進められる。いずれの場合も、カメラの位置、角度、画角には非常にこだわっており、これらを吟味するアングル検討会には多くの関係者が出席する。扱う車種がひとつであっても、その訴求ポイントは複数あるため、「フロント」「フロントクォーター(斜め前)」「リア」など様々なアングルの画が用意される。また、それぞれに外装・内装の色ちがい、仕様ちがいの画が必要となるので、「フロント」だけで30点近くの静止画がつくられるケースもある。さらに2回のチェック会を経て完成した画は、各地の販売拠点に新型の訴求ポイントを伝えたり、各地のニーズをヒアリングしたりするための資料として使われる。

画づくりに使われるパーツのデータは膨大な数となり、逐次更新もされるので、その管理は非常に煩雑なものとなる。そのため、パーツリストを参照し、自動的に完成車両を組み上げる社内ツールが開発されている。それでも何らかの間違いは起こり得るので、目視での最終確認も入念に行なっているという。

アングルひとつに対し50点を超える候補をレンダリングし、採用する画を検討

▲ひとくちに「フロントクォーター」と言っても、その選択肢は膨大だ。その中から、車種のコンセプトや訴求ポイントが明確に伝わるものを見極めるため、アングルひとつに対し50点を超える候補がVREDでレンダリングされ、検討が重ねられる。なお、1点あたりのレンダリングに要する時間は5〜10分程度で、ライティング時には約40パターンのライティングライブラリの中から適切なものを選択する


▲検討を経て作成された、アングル検討会のための資料。前述の50点を超える画の中から厳選された1点(左上)と、そのほかの候補6点(下)が掲載されている。右上の6点は、過去に制作した別の車種の画だ。アングル検討会にはLEXUSの車両デザイナーも出席し、まる1日かけて各アングルの画が吟味される。経験を積み重ねてノウハウを蓄積し、さらに高い品質の画づくりを目指す地道で実直な姿勢は、トヨタ自動車に脈々と受け継がれてきたモノづくりの姿勢に通じるものがある


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外装はVRED、内装はV-Rayでレンダリング

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VREDとAfter Effectsによる外装の画づくり

以降では、LEXUSの外装・内装・メカの静止画制作の詳細を紹介する。いずれも設計データが起点となるが、使用ツールや求められる要件は異なる。それでもトヨタシステムズと協力会社のアートディレクターが全ての画をしっかりチェックすることで、LEXUSブランドに求められる高い品質を実現している。

外装の場合は、Direct Connectを介してパーツ単位のデータをMayaにインポートした後、完成車両を組み上げる。車両データはMBファイルで保存され、レンダリングにはVREDを用いる。外装の画像サイズは12,000×6,000pixelと大きく、色や仕様の異なる画を数多く制作するため、高速なレンダリングが可能なVREDを採用したという。前述のライティングと同様、マテリアルも充実したライブラリが用意されており、例えばひとくちに「シルバー」と言っても、スペキュラやラフネスの異なるものが何パターンも格納されている。さらに新型を手がける度に、新たなマテリアルが少しずつ追加されているとのことだ。

▲パーツの設計データはMBファイルに変換され、車種ごとにひとつのフォルダで管理。パーツリストを参照し、自動的にデータを収集したり、完成車両を組み上げたりする社内ツールも開発されている


▲新型を手がける度に追加されるVREDのマテリアルライブラリ


▲VREDの作業画面。高品質のプレビューをリアルタイムに表示できるため、ルックの調整を容易に行える。外装の画づくりは2人1組で行われ、1人がデータ準備、もう1人がデータ編集を担当する。仕様の切り替えはVariant Setsで行う


▲Sequencerを用いて、マテリアル単位に分けられた大量の素材を効率的にレンダリングしている


▲素材の管理はRender Layerで行なっている


レンダリングはマテリアル単位で行われ、After Effects(以下、AE)上でコンポジットしていく。同じ車種の素材はひとつのAEデータで一括管理しており、タイムライン上に色や仕様の異なる素材を順番に並べることでコンポジットの効率化を図っている。ようは、再生フレームを変更するだけで、同じ車種の、色や仕様の異なる画が表示できるようになっているわけだ。

▲AEの作業画面。マテリアル単位でマスクを設定し、ライティングや質感を調整する。タイムライン上に色や仕様の異なる素材が並んでおり、ルックをまとめて調整できるようになっている


▲「フロント」の完成画像のひとつを表示した状態。再生フレームを変更すると、色や仕様の異なる別の画を表示できる

柔らかい素材も表現する内装の画づくり

内装はマテリアルの種類が多く、レザー、ファブリック、鈍い反射の金属などの表現も求められるため、VREDよりV-Rayの方が適している。また、V-Rayは長らく3ds Maxと併用しており、社内にノウハウが蓄積されているため、3ds MaxとV-Rayの組み合わせを選択している。内装を組み上げる際には、ひとつのシーンデータ内に仕様ちがいを含む全パーツをインポートし、表示・非表示を切り替えながらマテリアル単位でレンダリングしていく。画像サイズは6,000×3,000pixelで、コンポジットにはAEを用いている。

内装の場合はシートやシフトブーツなどの柔らかい素材もあるが、設計データをそのまま表示しても柔らかさを表現できないため、改めてモデリングが行われる。テクスチャは基本的にTri-Planarで3Dマッピングしており、つくり込む必要のある部分はUV展開してPhotoshopで作成している。

▲3ds Maxの作業画面。青色で示されている青色のシフトブーツは素材の柔らかさを表現する必要があるため、四角ポリゴンで改めてモデリングされており、UV展開も施されている


▲上を見ると、茶色のシートとステッチ部分のメッシュも四角ポリゴンになっており、モデリングされていることがわかる


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性能を訴求するメカの画と、購入体験ができるVR・AR

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質感のちがいやハイライトを強調し、性能とイメージを伝えるメカの画づくり

メカはエンジンやサスペンションなどの走行パーツ、安全装備などのクルマの内部構造を表現した画で、その性能をわかりやすく訴求するためにつくられる。例えば「環境性能と走行性能を追求したハイブリッドシステム」という訴求ポイントにフォーカスしたい場合は、エンジンと電動モーターの優れた形状や素材、性能がわかりやすく伝わる画をつくる。訴求ポイントを強調するためにドラマチックな構図にすることもある。メカの画の構図は、定型と呼べるようなものがなく、外装や内装よりも自由度が高い。実際、車両カタログには、創意工夫を凝らした画が並んでいる。

本来であれば見えない内部構造を表現する上で、CGは最適な手段と言えるだろう。CGであれば、パーツを空中に浮かせる、外装を透過して内部を見せる、パーツを切断して断面を見せるといったことも可能だ。

前述の内装と同じく、メカのCGも3ds MaxとV-Rayで制作している。メカのマテリアルの種類は内装より少なく、忠実に再現すると、クランクシャフトやピストンなどの鋳物(いもの)と、ボルトやビスのちがいがわかりにくい。プラスチックとラバーのちがいも同様だ。そのため、パーツ単位でマテリアルを分け、実物よりも質感やハイライトを強調することが多いという。なお、メカは汚しを入れるとリアリティが増すが、顧客に対する訴求力を高められるわけではないため、新品の状態が表現される。メカの場合は色や仕様のちがいがなく、画の点数が少ないため、コンポジットにはPhotoshopが用いられる。この段階でも前述の質感やハイライトの調整がくり返され、特にハイライトの入り具合には神経を使っているという。

▲レーザースクリューウェルディング(LSW)と呼ばれるボディ剛性を高める溶接技術を伝える画。【上】は加工前、【下】は加工後。【下】では質感を調整し、適用部位を強調している


▲3ds Maxの作業画面。ツインターボエンジンのマテリアルを設定している。【上】はシルバーの金属、【下】は黒のプラスチックの質感を調整している


▲ツインターボエンジンの完成画像。鋳物、ボルト、プラスチック、ラバーなどの質感のちがいが強調され、ハイライトによって立体感が増している


▲外装を透過し、ハイブリッドシステムの性能とイメージを伝える画

クルマの購入・試乗体験ができる、VR・ARコンテンツの開発

さらに近年は、VR・ARを活用したビジュアライゼーションにも力を入れている。2019年の社内内けイベントでは、LEXUSのあるライフスタイルやラグジュアリーなイメージを、VRを用いて伝えた。参加者の評判は上々で、確かな手応えを感じたとのことだ。その後、関係者向けイベントでのARの使用も企画され、今後の展開を念頭に置いたVR・ARコンテンツの開発が続けられているという。なお、開発には主にUnreal Engineを用いているとのこと。

VR・ARは、ディーラーの店舗などの限られたスペースで、様々な車種の色と仕様を確認したり、購入・試乗体験をしたりするのに有効だ。特に、ARはヘッドマウントディスプレイなどの特殊なデバイスを必要としないため、国外の販売拠点ではかなり普及しつつあるという。VR・ARは多くの可能性を秘めた分野なので、今後のさらなる発展に期待したい。

▲ARコンテンツを制作中のUnreal Engineの作業画面。VREDによる外装の画づくりと同様、マテリアルの再現にこだわっている


▲ARコンテンツを実行中の画面。スマホのカメラで撮影した実写とCGのクルマを合成した映像をリアルタイムに生成しており、実物大のクルマを任意の方向から眺めたり、内装を覗き込んだり、色や仕様を変更したりできる。VR・ARは、ゲーム感覚で顧客にクルマの購入・試乗体験をしてもらう手段として注目されており、国内外で導入が進んでいる


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info.

  • 月刊CGWORLD + digital video vol.272(2021年4月号)
    特集:大解剖『進撃の巨人』The Final Season
    定価:1,540円(税込)
    判型:A4ワイド
    総ページ数:112
    発売日:2021年3月10日
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