一般社団法人日本アニメーター・演出協会による「アニメーション・クリエイティブ・テクノロジー・フォーラム(ACTF)2021 [SUMMER]」が7月16日(金)と17日(土)の2日間、オンラインにて開催された。開催初日の基調講演「Anime on Blender〜スタジオQが目指すCGの未来〜」には、プロジェクトスタジオQ・アニメーションディレクターの山内智史氏とプロデューサーの山田裕次郎氏が登壇。同社によるBlenderの導入事例を基に、人材育成におけるオープンソースソフトウェア採用の利点について紹介した。


TEXT_高橋克則 / Katsunori Takahashi
EDIT_三村ゆにこ / Uniko Mimura(@UNIKO_LITTLE




オープンソースソフトウェアの強み

プロジェクトスタジオQ(以下、スタジオQ)は2017年に福岡で設立した映像制作スタジオで、映画『シン・エヴァンゲリオン劇場版』(2021)や映画『プロメア』(2019)、プロジェクションマッピング『エヴァンゲリオン 使徒、博多襲来』(2019)など、様々なタイトルに参加した実績をもつ。同社では、2021年から3DCGソフトはBlenderのみで基本となる制作業務を進行しているという。

Blenderに移行したのは、有料の3DCGソフトだけでは大規模な作品を手がけるのが難しくなっているからだ。特定のソフトを扱う場合は導入企業が限られてしまうが、Blenderは無料のため他社に協力を仰ぎやすく、ライセンス管理の必要がないため管理コストも削減できる。機能面も他のソフトに引けを取らず、モデリング、モーショングラフィックス、アニメーション、シミュレーション、レンダリング、デジタル合成とひと通りの作業が可能。単一のソフトで全てが完結するのは大きな利点となる。

▲(左から)山田裕次郎氏(プロデューサー)、山内智史氏(アニメーションディレクター)、以上プロジェクトスタジオQ

その中でも、Blenderがオープンソースソフトウェアであることが移行の決め手となった。オープンソースゆえに世界中で開発が活発に行われており、問題解決の際には他のユーザーの意見を参考にすることができる。また個人で開発した機能が新バージョンで採用されることもあり、実際にスタジオQのスタッフが手がけたものが次回のバージョン(Blender 3.0)に組み込まれる予定だ。

▲Blender 3.0搭載予定の新機能について

Blenderには「Blender Chat」と呼ばれるチャット機能があり、世界中のユーザーや開発者と英語でやり取りができる。今回の新機能の実装は、スタジオQがチャットを通じてBlender側に打診したことで実現した。

オープンソースの特徴について「機能をスタジオ内だけの秘密にしておくのではなく、なるべく公開する方針になっていること」だとコメント。スタジオQは便利な機能を多くのユーザーに伝えるという方針を採っているが、それはBlenderがより使いやすくなって導入企業が増えた方が、アニメ制作においてメリットがあると考えているからだ。開発の母数が多いことはそのままツールの発展に繋がるため、「オープンソースならではの進化や改善」に期待できる点もBlenderの魅力となっている。



Blenderとアニメ業界の未来

基調講演では、学校関係者や学生に向けた就職活動の状況についても触れられた。スタジオQでは、新卒採用において「どのソフトを使っているか」が基準になることはなく、あくまでも「どのようなクオリティのものが作れるか」を重視している。現に、新卒採用者の中にはBlenderの経験のある学生はおらず、モデリングであれば「デッサン力」や「トポロジーが綺麗に作られているか」、アニメーションであれば「ポージングの上手さ」や「動きの基礎ができているか」で合否を判断した。

中途採用時には、応募資格として具体的なソフトの使用経験が書かれていることもあるが、これは何かしらの実務経験の有無を確認する側面が強いという。一定のスキルが備わっていればソフトが変わっても習得は難しくはなく、若者であれば1ヶ月程度で習得できるという。業界に入ってからもソフトを行き来することも多く、同社には「専門学校でCinema 4Dを学び、入社後に3ds Maxを覚えて、今はBlenderを使っている」というスタッフが在籍しているなど、柔軟に対応できているそうだ。

質疑応答のコーナーでは具体的な作業についての質問が飛んだ。「3Dレイアウトなど、背景原図や背景美術関連の導入事例を知りたい」という問いには、「3Dレイアウトは広く導入されているが、ディテールの詰め方はスタジオや作品によって差がある」とコメント。もし詳細なモデルを作成する手間がかけられるのであれば、レンダリングするだけで背景原図として扱えるが、ボックスのような簡易的なモデルの場合はそのまま美術スタッフに渡すと問題が生じるため、演出側で加筆をするか、参考資料を基に追加指示をする必要が出てくる。だが、簡易モデルであっても正しいパースが取れる点は変わらないため、精度が高い原図を出せるというメリットは維持できる。

「作画と3DCGのマッチング」に関する質問に対しては、年を追うごとに境界がなくなっていると回答。使い方の幅も広く、CGからそのまま出力する場合だけでなく、CGをガイドにして作画や美術が直すケースもあり、見た目以上にCGが活用されている。そのため、演出家がCGのより良い使い方を把握することで、さらに発展していくだろうと話す。2Dデザイナー出身であるプロデューサーの山田裕次郎氏は「作画アニメの良さは消さずに、お互いの良さを上手く共存できるような流れに自然になっていくだろう」と展望を述べた。

▲Blenderのビューポートのリアルタイム性の高さについて実演する一幕も見られた

後半では「今後はBlenderで3DCGを始めたという人が爆発的に増加していくだろう」という予測も語られた。Blenderは導入の敷居が低いため、インターネット上にはチュートリアルが大量にアップロードされており、自主学習が容易である。そのため学生はもちろん、業界内の作画や演出のスタッフの中にもBlenderを扱う人が増えているという。

さらに業界全体の動向として、どの3DCGスタジオも「ソフトの固定費を払うことが大きな負担」となっていることも、Blenderの普及を後押しするのではないかと推測する。そういった状況の中、同社は先陣を切る会社になりたいと考えており、Blenderを中心としたセルアニメを制作する予定であることを明かした。

山田氏は「全ての会社が様子見をしていたら時代はいつまでも変わらない。スタジオQは"うちに付いてこい"というぐらいの気持ちで開発に臨んでいます」と意気込みを伝える。スタジオQの挑戦にも期待が高まる約90分の基調講演となった。