「Filmmaker's Eye」「Filmmaker's Eye:レンズの言語」(ボーンデジタル)の著者グスタボ・メルカード氏(Gustavo Mercado)から日本のアーティストに対してスペシャルメッセージと被写界深度を利用したビジュアルストーリーテリングのヒントが届いたのでお届けしたい。
TEXT_グスタボ・メルカード / Gustavo Mercado
翻訳_平谷早苗 / Sanae Hiraya
EDIT_西原紀雅 / Norimasa Nishihara
被写界深度(DoP)で豊かなビジュアルストーリーテリングを可能に
経験の浅い映画制作者は、ショットに使用する被写界深度を外的な事情で決めることがあります。
たとえば、時間をかけて慎重にショットの構図を考えたにもかかわらず、シーンの照明の状態に応じてレンズの絞りを選ぶようなことです。
現場の光量を調整して、ストーリーを伝えるのに最適な絞りを使うこともできるはずです。
レンズの絞りのコントロールを手放すことは、レンズによって実現できる最も強力なストーリーテリングツールを手放すことです。被写界深度は、豊かな画像表現を可能にしてくれます。
被写界深度(被写体の前後の"ピントが合っているとみなせる"領域)は、
1)レンズの絞りの設定
2)レンズの焦点距離の設定
3)カメラと被写体の間の撮影距離
この3つでコントロールします。
ただし、ショットの構図を変更せずに被写界深度を変更したければ、レンズの絞りを調整するほかはありません。
焦点距離を変更すれば、フレーム内の被写体のサイズが変わります(広角レンズでは被写体が小さくなり、望遠レンズでは大きくなります)。また、焦点距離を変え、被写体を同じサイズに維持するためにカメラの位置を移動すれば、撮影距離が変わるため、結局は被写界深度は同じままになります。
同様に、カメラから被写体までの距離を変えて被写界深度を深くしたり(すべてに焦点を合わせる)、浅くしたりすると(メインの被写体のみを鮮明に、それ以外をぼかす)、最初とはずいぶん違う構図になります。
このような理由で、映画の撮影時に被写界深度をコントロールする際は、レンズの絞りを調整すべきです。そのためにはシーンの光量をコントロールできなくてはなりません。
たとえば、被写界深度を深くするために絞りを絞り込み、露出アンダーにならないようにするには、照明を増やすしかありません。また、絞りを開いて被写界深度を浅くするなら、露出オーバーを避けるため、シーンの照明を減らす方法を用意しなくてはなりません。
それではなぜ、被写界深度のコントロールがそれほど重要なのでしょう?
ある要素に焦点を合わせて鮮明にし、そのほかをぼかすことに、重大な意味があるのでしょうか?
もちろん、あります。しかし、単に「シャープ(鮮明)」「ソフト(ぼけ)」の2極で被写界深度をとらえないでください。実際には、しっかりピントが合った画からぼけた画の間には、さまざまなシャープネス(ぼけ具合)の度合いがあります。
この細かい中間の段階に、映画の中でビジュアルとしても、ストーリーとしても、独特な方法でアイデアを表現する可能性が潜んでいます。
すべてのショットには、少なくとも2層の視覚情報があります。
メインの被写体の層と、アクションが展開されている場所を示す背景の層です。たいていは、被写体の層は鮮明に、背景は意図的にぼかして、鑑賞者が俳優の演技に集中できるようにします。
しかし、この方法はプロセスの冒頭で行い、背景にあるものをどのくらいぼかすかを正確に判断する材料に使うのがベストです。
- キャラクターの背後にある何かを見せる(ショットの構図あるいはシーンに対し、象徴的、抽象的、または美的な意味を与えるものがあるか)?
- 映画全体の広いビジュアル構造を考えた時に、どの程度のぼけ具合がしっくりくる?
- 識別できる必要はあっても、メインの被写体ほど鮮明でなくてもよい、ほかのキャラクターはショット内にいる?
こうした質問に答え、被写界深度で設定する鮮明度を調整します。
被写界深度を選択する際のヒントとして、私は生徒たちに次のように言っています。
「ショット内の視覚要素は、ある種の「ビジュアルの会話」を交わしていると想像しましょう。」
というのも、鑑賞者は画像の意味を引き出そうと、フレームに含まれるものすべてについて、ほかの要素とのつながりを分析するからです。
たとえば、キャラクターにしっかり焦点が合っていて、背景がわずかにぼけていたら、そこで起きていることに応じて、鑑賞者の注意はキャラクターと背景の間を行き来します。
あるいは、隅から隅まで鮮明に映し出されていたら、鑑賞者の注意は分散します。何を見るべきかを絶えず判断し続ける必要があり、キャラクターおよび目の前で展開するストーリーに、まったく別の方法で関わることを余儀なくされるわけです。
次の例を見てください。
ジャン=ピエール・ジュネ監督の「アメリ」のショットです。
証明写真機に捨てられた写真を集める風変わりな青年ニノ(マチュー・カソヴィッツ/Mathieu Kassovitz)。アメリ(オドレイ・トトゥ/Audrey Tautou)は、ニノに一目ぼれします。
このショットのように、被写界深度が深いと、背景のニノと前景のアメリのどちらも鮮明で、2人のボディランゲージや衣服に加え、2人の表情まで見てとれます。
この深い被写界深度は、アメリがニノに感じている強い感情のつながりをビジュアルで示すという、ストーリー上の役割を果たしています。これが2人を同じ鮮明度で示す理由です。
この場面では、2人の重要度は同じです。どちらもはっきりと鑑賞者に示すことで、このアイデアを伝えるべきです。
しかし、被写界深度が違っていたらどうでしょうか。
監督が照明をコントロールするすべがなく、絞りを開いて被写界深度を浅くするしかなかったり、そもそも被写界深度による表現が考慮されていなかったら?
次の画像は、そうしたショットの見た目をシミュレーションしたものです。
アメリが感じている感情的なつながりはショットの要点ではもはやありません。鑑賞者の関心が自然に引き付けられるのは、鮮明なアメリだけです。
彼女の愛情の対象であるニノは、若干ぼやけているため、それほど注目されません。
この画で伝わるのは、アメリの衣服、ボディランゲージ、彼女が主体のショットであることです。
被写界深度をもっと浅くして、アメリ以外のすべてを完全にぼかすと、ショットの意味はさらに変化します。
この画がビジュアルで示すのは、2人の感情的なつながりでも、アメリが主体であることでもなくなります。
鑑賞者に、その男が誰なのかと考えるよう促します。
ニノだろうか?
それとも別の人?
彼は何をしているのだろう?
彼の正体は今明かされるのか、それとも後で?
ショットの構図は同じでも、被写界深度を調整し、ぼけ具合を変えることで、まったく違う3つのアイデアをビジュアル化できます。
被写界深度の選択は、ショットのフレーミング、照明スタイルの選択、俳優の演出と同じくらい重要です。
この例でお分かりいただけたでしょうか。次に皆さんがレンズの絞りを決めるときには、自分にこう問いかけてください。
「このショットで表現すべき、ストーリーの要点は何だろうか?」と。
それをビジュアルで示すのに必要なシャープネス(ぼけ具合)はどの程度ですか?
使用する被写界深度によって、前景と背景のビジュアル要素にどんなつながりが生じますか?
これらの質問に答えられれば、レンズの絞りをf/2.8やf/16(またはその間のあらゆる段階)のどれに設定すべきか、ずっと簡単に決断できるはずです。
画像クレジット:「アメリ」(原題:Amélie)
監督:ジャン=ピエール・ジュネ 撮影:ブリュノ・デルボネル(Bruno DelBonnel)、 製作:Canal+ 2001年
スペシャルメッセージ
映画/映像制作者、そして映画ファンの皆さんへ
グスタボ・メルカード(Gustavo Mercado)
(「Filmmaker's Eye」「Filmmaker's Eye:レンズの言語」著者)
10年前、映画で使われている構図の原則だけに注目し、分析した本がないことを知ったときには驚きました。映画の構図の原則を扱った内容の本も、あるにはありますが、説明が大雑把で、「その原則をどう適用するかは前後関係に大きく影響される」こと、「鑑賞者たちは目にした画をどう解釈するか」といった重要なことが抜け落ちていました。
そこで、「Filmmaker's Eye -映画のシーンに学ぶ構図と撮影術:原則とその破り方-」を執筆しようと思い立ったわけです。この本は現在に至っても、原則の裏にある根本的な考え方を説いた、唯一の書籍です。さらには、名作の映画監督たちが、どうストーリーを語り、映画の鑑賞後に長く心に残る、意味のある、表現豊かな画づくりをしてきたかを知ることができます。
「Filmmaker's Eye」は、8か国語に翻訳され、世界各地の大学で、映画の授業に使用されています。この成功を受け、私は、続編「filmmaker's eye : レンズの言語 映画に学ぶ画作りとストーリーの伝え方」を執筆することにしました。先の書籍と同様に、技術的な側面(本書ではレンズの使用法)だけでなく、それが「映画のストーリーテリングでどう機能するか」「実現に必要な機材は何か」「印象的かつ力強い画づくりに監督たちが用いているさまざまな方法」にも踏み込んでいます。
カメラのレンズは、画像制作プロセスにおける第1番目の窓です。映像でストーリーを語るための「ビジュアル言語」の作成に、重要な役割を果たします。「filmmaker's eye : レンズの言語」で説明している内容は、最先端のDSLR、シネマレンズ、スマートフォンなど、機材を問いません。ビジュアルによるストーリーテリングの強力なツール(レンズ)を理解し、それをどう活用すれば最大の効果を得られるかを説明しています。
Filmmaker's Eye
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Filmmaker's Eye
著者:グスタボ・メルカード(Gustavo Mercado)
翻訳:株式会社Bスプラウト
ISBN:978-4-86246-213-8
総ページ数:200
サイズ:変形版(229 × 202 mm)
価格:3,960 円(税込)
filmmaker's eye:レンズの言語
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filmmaker's eye:レンズの言語
著者:グスタボ・メルカード(Gustavo Mercado)
翻訳:株式会社Bスプラウト
ISBN:978-4-86246-490-3
総ページ数:208ページ
サイズ:B5変形版(229 × 202 mm)
価格:3,960 円(税込)