昨年より始まった『CGWORLD大賞』。栄えある第1回の大賞受賞者は、東映アニメーション『プリキュアとレフィのワンダーナイト!』(『映画Go!プリンセスプリキュア Go!Go!!豪華3本立て!!!』)で、劇場アニメーション監督デビューを果たした宮本浩史氏に決定した。そこで本インタビューでは宮本氏に受賞の喜びとともに、公開後だからこそ話せる監督経験談やメイキングの工夫点をたっぷりと伺った。ロングインタビューで語られた彼の過去・現在そして未来への言葉は、クリエイターとしての今後の姿を頼もしく映し出す内容だった。

<1>新しいフェイシャルリグで臨んだ劇場監督デビュー作

――まずは「CGWORLD大賞 2015」受賞おめでとうございます!

宮本浩史氏(以下、宮本):ありがとうございます!『CGWORLD』は学生の頃から読み続けてきた雑誌でしたので、10年後にまさか自分が賞をいただけるとは。信じられない感じです。

――宮本監督はtwitter上でも『プリキュアとレフィのワンダーナイト!』(以下『レフィ』)を共に創りあげた制作チームの皆さんを讃えていらっしゃいました。他所に対して彼らを自慢できるのはどんなところでしょうか?

宮本:みんな作画オタクなんですよ(笑)。とくにアニメーターたちは、「松本憲生さん(代表作:『NARUTO』シリーズ、『ノエイン もうひとりの君へ』ほか多数)担当回が......」、「田中宏紀さん('00年代中盤からさまざまな作品で活躍するアニメーター。プリキュアシリーズにも多数参加)の担当回が......」といったように、ご飯を食べに行ってもずっと作画やアニメーターの話ばっかりしているんです(笑)。僕自身も作画を経験していましたので、共通知識があると意図を伝えやすいという長所があります。作画はタイムシートで物事を考えるので、たとえば「2コマ詰めて」といったように作画の言葉で指示を出せるのは強みだと思いますね。

――3DCGにおいて、コマを抜いてアニメらしく見せたり手付けをしたりするのも、もはや珍しいことではなくなりました。

宮本:ええ。とはいえ手付けが神格化して単純に、モーションキャプチャー=悪みたいな図式で捉えられるのは非常にもったいないなと思います。僕自身はモーションキャプチャーも上手く使えるのであればむしろ肯定派なんですよ。『レフィ』で一番大変だったのは日常のお芝居をつけるところでした。アクションやダンスにおいてはこれまでにたくさんの経験がありましたが、お芝居としてそのキャラクターになりきらなくてはいけないというのは、アニメーターにとってはなかなか敷居が高いものでした。その際、アクターさんの演技をモーションキャプチャーしたものがあれば、キャラクター芝居の土台になります。その意味でも、モーションキャプチャーは今後も使えるところでは使っていきたいと思っています。

――今回の『レフィ』の画作りの特徴はどんなところにありますか?

宮本:今回、線をクッキリと出しているけどもセルルックではない、というところがキーポイントとしてあります。質感はかなりブラシタッチですし、肌のシェーダーにはサブサーフェス(半透明な質感を表現する技術)というリアル系CGの技術を採り入れています。また金属を作るときはリフレクションブラー(鏡面反射)という、フォトリアルな物を作る時に使う技術を使って作っています。ただ、動きに関してはリミテッドアニメ寄りで3コマ打ち(秒間8枚作画に相当)をさせたり、髪だけなびいている止め画もあります。

――髪でいえば、3DCGアニメは一般的に、動かし方を見越してデザインをされますが、『プリキュア』の場合はTVシリーズありきで作られているので、そのようにはいかない難しさもあるのではないでしょうか?

宮本:そうですね。特に今年のキュアフローラは髪がウェーブがかっているという、CGが最も不得意なデザインなので、スタッフからはだいぶ文句を言われました(笑)。そのぶん、自分がデザインしたレフィはCGで動かすことを前提に、なおかつ工数を減らしても画面で映えるようにはしています。

▲本作のモデル(キュアフローラ)

――今回のお仕事として作画監督も担当されていますが、具体的にはどのように修正を行なっていったのでしょうか?

宮本:キャラクターの上にペンで加筆し、各アニメーターにはフェイシャルリグ(表情を動かす機能)で修正してもらいました。今回使った新しいフェイシャルリグは、作画で直すのと同じくらい細かい調整が可能なんです。

――その特徴を教えていただけますか?

宮本:旧式のリグでもある程度まではパーツ変形できたのですが、変形同士を組み合わせたりしすぎると眼球が飛び出てしまうことがありました。これは口の形を完全に保ったまま変形させようとしたときに、その範囲を大きくすると目玉まで変形してしまうことから起きてしまう現象なんです。今度のは口だけ、目だけとそれぞれ形を保ったまま変形できるので、ちょっとだけ目を向ける場合でも、リグをいじるだけでできてしまうんです。変形させた後に角度や大きさを変えても大丈夫なので、煽り補正など作画監督の用途でも使えます。

今回、まつ毛1本1本を動かせるようになったので微妙なラインや大きなボカシも可能になりました。実はこのリグは自作したんです。自分はMEL(スクリプト言語)しか書けなかったので、2年くらい前からPython(スクリプト言語)を勉強しはじめたのですが、目的もなくただ勉強してもつまらないので、リグを書くことにしたんです。そのとき、2011年にモデリングで参加した『ONE PIECE 3D 麦わらチェイス』のリグをその後もずっと使い続けていたことに気づいて、だったらこの機会に直そうと思って。それでできたのが今回のリグなんです。

――モデラー出身監督ならではのエピソードですね。

宮本:ええ。絵コンテもPythonも書ける監督を目指すと言っています(笑)。最近はC++にも手を出してプラグインも書いています。

――以前からそうしたテクニカルな勉強を続けていたのは監督を視野に入れていたためでしょうか?

宮本:そうですね。自分で表現に規制を作りたくなかったというのがあります。自分は監督、デザイナーとしてだけではなく、キャラクターTD(テクニカルディレクター)としてもいろんな物を模索していきたいですし、今後もそれをやめるつもりはありません。

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<2>がむしゃらにもがいていたものは、全部繋がっている︎
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<2>がむしゃらにもがいていたものは、全部繋がっている

――ここで改めて宮本監督がCGをに興味を持った最初のきっかけについて伺いたいのですが。

宮本:実ははじめは全然興味がなかったんです。ゲームも全然やらなかったし、アニメも映画も全くだったんです。ただ、イラストは描いていたのでCGというものがあるらしいと知って、親に「これからはCGなんだよ!」と言って、それを口実に上京して一人暮らしをさせてもらうという、非常に不純な動機からでした(笑)。それで専門学校に入ってしばらくしてから友達に『ロード・オブ・ザ・リング』のDVDを借りたところ、「CGって素晴らしい!!」と思ったんです。だいぶ遅いですよね(笑)。『CGWORLD』を読み漁るようになったのもその頃からでした。

――先入観がなかったぶん、ある意味でジャンルをフラットに見られたのでは。

宮本:何でも目についたら手を出したくなるという感じですかね。「CGとはこうあるべき」とか、「フォトリアルでなければいけない」、といった妙なこだわりがなかったので、いろんなところに手を出してフラットに学んできたことは人と違うところなのかなと思います。当時、「フォトリアルなものしか興味ない」とか「クリーチャーしか作りたくない」とか言っていたのに、スクウェア・エニックスに入って『キングダムハーツ II ファイナル ミックス+』(2007)を経験したら「アニメを作りたい!」って言い出すくらいブレまくりでした(笑)。本当に良いものを作りたいとか、キャラクターを魅力的に見せたいという芯は持っていたんですけど、逆に「こうじゃなきゃいけない」という変なこだわりはなかったですね。

――いつかは監督になりたいという思いは強かったですか?

  • 強かったと思います。スクウェア・エニックスでキャラモデラーをやっていたときはキャラクターを魅力的に見せるにはとにかくモデリングが重要だろうと思っていたんですけど、『ホッタラケの島 ~遥と魔法の鏡~』をやるなかで切磋琢磨し、キャラクターを魅力的に見せるには仕草だったり演出だったりトータルだろうところを含め、全部やってみたいという気持ちがでてきました。その頃からですね、自分は監督になるとずっと言い続けたのは。結局そこから6年かかっちゃったという感じなんですけど(笑)。

――それでも早いように思えますが、ご自身としては思ったよりかかった感覚ですか。

宮本:というか、当時は東映アニメーションなんて規模の会社で監督ができるとは思っていなかったんです。新海誠監督(代表作:『言の葉の庭』など)とか吉浦康裕監督(代表作:『サカサマのパテマ』など)とか、個人制作の発展形で小規模に作られている方のようになろうと思っていたんです。フリーランスでやっていたときも、プログラミングもリグの開発もやっていて、いつかひとりで映画を作ろうと思っていろんな準備をしてきました。結果的に氷見(武士)プロデューサーに誘っていただいて、東映アニメーションに来たのですが、先ほどの『麦わらチェイス』のリグなどもその当時に作っていたのものが土台となっています。なんとか自分でやろうと、がむしゃらにもがいていたものは全部繋がっているなとすごく感じますね。

――今回、中編を監督したのはどんな経験になったと思いますか?

宮本:今まで、監督というのはCGディレクターの延長でできるんじゃないかと思っていたのですが、今回分かったのは、それはまったくの別物ということでした。業務内容も別ですし、必要なスキルも違いますし、持っていなければならない情熱も違うのだと改めて思いました。自分は監督になりたいと思ってコンテの勉強もやってきましたし、その上で作画の勉強もしてきたのですが、CGだけだったら監督になったとしてもCGのエゴ丸出しな作品を作ってしまっただろうなと思います。言葉は悪いですが、手段が目的化した作品をCGは作りがちというのは歴史が証明していますし、そこに対して作画などを学んできたところを活かせるのが自分の強みかなと思います。伝えたい物語や見せたい演出から逆算しての技術を考え、それを作ることもできるというところを自分は目指したいと思いますし、今までもそうやってきたつもりです。

――今回の制作中にそれを強く実感した部分は?

宮本:自分の作り上げてきたものが技術と表現の両面において、抜群に評判が良かったのは嬉しかった部分ですね。表現面でいうと、「ぴあ」の満足度アンケートで『プリキュア』シリーズ歴代1位だったというのもあり、ファンの方からも面白いとか可愛い感動したとかすごくいい評判を頂きました。技術的なところでいうと、社内的なことで恐縮ですが、自分が新しく作ったものに関してアンケートを取ったところ、アニメーターからほぼ全員一致で今後も使いたいという意見をいただきました。技術的なディベロップメントと作品内容の両方の部分で良い評価をいただけたというのは、CGに偏りすぎずに努力してきたものが結びついたのかなと思います。

――お客様の意見で嬉しかったものは何でしたか?

宮本:いろいろな親御さんから「娘が夢中に見ています」といったお手紙を頂きました。なかでもひとつ嬉しかった話がありまして、大きな手術を控えているお母さんに、娘さんがずっと泣いていたそうなんです。でも、レフィを見てからそれを受け入れて泣かないように強くなった、というメッセージを親御さんからいただきました。その時、本当にやってよかったなと......。現場が本気でがんばった熱量というものは作品に焼き付いたと思っていたし、その熱意が実際にお子さんたちに伝わって共感してもらえたのは本当に嬉しかったです。

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<3>悔しい思いをしている人たちに楽しんでもらえる作品を︎
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<3>悔しい思いをしている人たちに楽しんでもらえる作品を

――2015年に刺激を受けた出来事は何でしたか?

宮本:『映画Go!プリンセスプリキュア Go!Go!!豪華3本立て!!!』で、一緒に作品をやらせてもらった『キュアフローラといたずらかがみ』の貝澤幸男監督と『パンプキン王国のたからもの』の座古明史監督とは、公開後にいろいろお話を聞く機会がありまして、そこでかなり刺激を受けました。技術的な部分というよりも、演出家としてのあり方ですね。自分自身がそこまで演出経験があるわけではないので、自分のやり方が正しいのかすごく不安を持っていたんですけど、人によって違いはありつつも演出家として共通する部分はあるのだなと。たとえば絵コンテを描いている時ってみんな絶対に見られたくないし、人にも話しかけられたくないんです。そこでは単純に枠の中に絵を描いているというだけではなく、脚本から得たものに対して自分が本当にその中に入っていって、キャラクターたちと会話してコミュニケーションを取った上でそれをフレームの中に落とし込んでいく作業なんです。そういう思いとか悩みは共通なんだなといったお話をしましたね。

――何か作品で2015年に気になったものはありましたか?

宮本:『マッドマックス 怒りのデス・ロード』ですね。自分が東映アニメーションに来る前に、この映画に関連する映像作品の案件に関わらせてもらっていたんです。その作品は途中で打ち切りになってしまったのですが、当時得ていた情報からどういう映画になるかなんとなく想像はしていました。でも実際に映画を見たらビックリするほどパワフルな映画になっていました。イメージボードを描いていた前田真宏さん(代表作:『巌窟王』ほか)とも終わった後でお食事をしたんですけど、「60歳になっても70歳になっても人を楽しませようという気持ちのアグレッシブさ。そしてバイタリティが全然尽きていないジョージ・ミラー監督には本当に頭が下がるよね」とお話しされていました。自分も70歳になっても80歳になってもパワフルな映画を作りたいなと思わされた作品でした。

――今回、レフィというキャラクターはご自身の20代を投影した人物だったそうですが、次の作品にはどんな心構えで臨もうと考えていますか?

宮本:まず、次の作品はそうしたタイプの案件ではないので、いろいろな人が納得できるように落としどころを探してまた違ったアプローチで監督経験が積めると思っています。そしてまた自分を乗せられるタイプの案件が来たら乗せていきたいと思います。骨になる部分から仕事をさせてもらうとなると、結局は自分のことを描くしかないんですよね。思ってもないようなことは描けないし、キャラクターにも言わせられない。自分の中にあるものを掘っていった時に出てくるものでしか、本質的には表現できないと思っています。演出家としての経験も少ないですから、テクニックも学んでいくことは重要だとは思いますが、表層的なテクニックだけで作品を作る演出家にはなりたくないなと思います。自分を込めて、それによって人が共感していくような作品を作りたいですね。

――ご自身の人生においてもさまざまな経験をされていくことが作品にも繋がる。

宮本:ええ。やっぱり人並みの経験をしていきたいなと思います。自分がいろんな人に共感してもらえる作品を作れた大きな理由として、やっぱりサラリーマンとしての経験が大きいと思います。東映アニメーションという大きなアニメーション会社であっても、会社員として悔しいことや辛いことに耐えてプロジェクトを進めなければいけないと思うことも日常的にあります。そういう経験やメンタルみたいなものが作品には絶対に活きると思いますし、共感してもらえるところもそこだと思うんです。仮にすごくゴージャスな暮らしをしていたとして、そこから得られる経験をもとに作品を作っても一体誰が共感してくれるのかと。悔しい思いをしている人たちに楽しんでもらえる作品を今後も作り続けたいですし、そう思ってもらうためには自分自身、たくさん酷い目に遭わないといけない。

自分自身、辛いとか悔しいと思うことだらけの20代だったんですよ。そこでスキルだけではなく、人間性や信頼関係を築けているかといったことを学べたのもまた、20代という時間でした。監督になるとまた業務内容だけでなく、仕事で話す相手も変わってきました。そのなかで今まで正しいと思っていたものを壊されることも相当あります。20代はプロダクションという部分でたくさん悔しい思いをしてきましたが、30代で監督になったらプリプロダクションやポストプロダクションというところで、たくさん苦労するんだろうなとは感じています。そういうところで折れずに、なにくそと思いながらがんばっていけたら、それもまた自分の作品の中に活かされていくんじゃないかなと思います。

――宮本さんのなかで、注目したりライバルと思っているクリエイターはいらっしゃいますか?

宮本:注目したり尊敬している人はたくさんいますが、ライバル関係というよりも一緒に作品づくりをやっていきたいなと。吉浦さんにはメチャクチャ影響を受けていますし、憧れもあります。前田真宏さんも、りょーちもさん(代表作:『夜桜四重奏 ~ハナノウタ~』[監督]、『亜人』[ストーリーボード・演出])や、プロダクションI.Gの竹内敦志さん(代表作:『攻殻機動隊ARISE』ほか)ともぜひ一緒にやってみたいと思います。作品って、自分のエゴだけで作っていては面白いものにはなりませんし、いろんな人の意見が入ることによってどんどん面白いものになる事も多いんです。自分にはいろんな会社を回ってきたからこその強みというのもあると思うので、社内の人だけではなく社外のいろんな人とも組んで面白いことをやっていきたいというのは、今後30代・40代で成し遂げていきたいことのひとつですね。

――目標としている作品は何かありますか?

宮本:こんなことを言うと生意気かと思われるかもしれませんが、海外を含め3DCGで本当に観たい作品というのはまだ目にしていなくて、それがないからこそ、創りたいと思うんです。50歳でも60歳でも、死ぬまでに1本でも実現したいというのが目標ですね。

――2016年をどんな年にしたいと考えていますか?

宮本:正直なところ、自分にとっては種蒔きの年になるかなと思います。去年はそれまで蒔いてきた種を回収できた年でした。『レフィ』も実際、2012年くらいに氷見さんに出した企画だったんですけど、たまたま『プリキュア』と合体して実現できたんです。今年はとにかくオリジナルでも何でも企画書を3本書きたいと思っています。そして目下、会社から受けている作品もいいものにしたいですし、次に向けてキャラクターTDとして新しい表現も探っていきたいですね。具体的に何かというよりも種蒔きをして、いつかに繋げればいいなと思っている年ではあります。

――ともあれ『レフィ』と『Go!プリンセスプリキュア』のエンディングの同時進行はお疲れ様でした。完成してからはリフレッシュできましたか?

宮本:映画が終わった後はだいぶ休みましたね。美味しいものを食べたり『メタルギアソリッド V』をやったりしていました(笑)。

――休みでも3DCGに触れて(笑)。休まりますか?

宮本:休まりますよ。戦場の緊張感だけが自分を癒やしてくれます(笑)。技術的なところで目が行くところもありますが、それはそれ、これはこれなので。何だかんだで自分はやっぱりCGが好きなんでしょうね(笑)。

TEXT_日詰明嘉
PHOTO_弘田充