日本では2015年9月12日(土)に公開された映画『ピクセル』。『ハリー・ポッター』や『ナイト・ミュージアム』シリーズなど、子どもから大人まで楽しめる作風を得意とするクリス・コロンバス監督らしいエンターテインメントあふれた本作では、8ビットゲームのテイストを最新の実写VFXへと仕上げる上で様々な創意工夫がこらされた。リードVFXスタジオを務めたDigital Domainのアニメーション・ディレクター、ジャン・フィリップ・クレイマー氏が8ビットゲーム調エイリアンのアニメーション制作について語ってくれた。

<1>イントロダクション

映画『ピクセル』は、「アヌシー国際アニメーション映画祭 2011」にて短編アニメーション部門(Annecy Cristal)受賞など30以上の賞にかがやいた同名の短編フィルム『PIXELS』を原作として長編映画化されたものである。

本作の物語は1982年から始まる。当時のアメリカは第一次アーケードゲームブームに湧いていた。少年たちはコインを集めてはこぞってゲームセンターに通い、互いに腕を競った。当時流行っていたゲームは1981年にリリースされた『ギャラガ』や『ドンキーコング』、そして1980年にリリースされた『パックマン』などであった。同年NASAによって打ち上げられた宇宙船には、地球に暮らす人々の生活の紹介の一部として、アーケードゲームの大会の模様が収録されたビデオが積み込まれていた。これを受け取った宇宙人がゲームの映像を宣戦布告と受け取り、2015年にアーケードゲームの様式で地球に勝負を挑んできた、というもの。

映画『ピクセル』予告編
監督:クリス・コロンバス/脚色:ティム・ハーリヒー、ティモシー・ダウリング ※パトリック・ジーンの短編映画に基づく/プロデューサー:アダム・サンドラー、クリス・コロンバス、マーク・ラドクリフ、アレン・コヴァート/撮影:アミール・モクリ/プロダクションデザイナー:ピーター・ウエナム/音楽:ヘンリー・ジャックマン/VFXスーパーバイザー:マシュー・バトラー
VFX制作:Digital DomainSony Pictures ImageworksTRIXTERStorm Studiosほか
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント


宇宙人の送り込んできた兵器は全て1982年当時のゲームのキャラクターの形状を模したピクセル状であった(実際には立体であるためボクセル)。攻撃された地球上の物質も次々とピクセル状に変えられていく。
本作品では異性人の兵器やキャラクターたちが全て3DCGによって、無数の発光体のボクセルの集合体として描かれている。VFX制作をリードしたのが、Digital Domainである。本稿では、昔懐かしいゲームに登場するキャラクターたちを現実空間に蘇らせ、かわいらしく動き回るエイリアンのアニメーションをディレクションしたDigital Domainのアニメーションディレクター、ジャン・フィリップ・クレイマー/Jan Philip Cramer氏に制作の裏側を聞いた。

  • 映画『ピクセル』アニメーションメイキング
  • ジャン・フィリップ・クレイマー/Jan Philip Cramer
    2005年、Sony Pictures Imageworks(SPI)のキャラクター・アニメーターとしてキャリアをスタート。SPIでは『ゴーストライダー』(2007)や『スパイダーマン3』(2007)などに参加。2007年にWeta Digitalへ移籍し、リード・アニメーターとして『アバター』(2009)に携わった後、『特攻野郎Aチーム THE MOVIE』(2010)ではアニメーション・スーパーバイザーを務めた。2010年より、Digital Domain所属のアニメーション・ディレクターとして『ジャックと天空の巨人』(2013)、『エンダーのゲーム』(2013)、『X-MEN: フューチャー&パスト』(2014)、そして『ピクセル』(2015)と、コンスタントにハリウッド大作を手がけている。2014年からはDigital Domainアニメーション部門のスーパーバイザーも兼任している。

    個人サイト

アニメーションチームは、まず映画で取り上げられる1980年代のゲームの研究を行うところから着手した。
「もともと私もチームのメンバーも全員オリジナルのビデオゲームの大ファンでした。子供の頃から私は任天堂やセガのゲームが大好きで(今もですが)、ゲームセンターでリリースされるたびに新しいゲームに触れるのが楽しみで仕方ありませんでした。チームのみんなに言ったのは、まずはこれらのゲームの精神を理解しろということでした。最初にやったことはクラシック・アーケード博物館を訪れ、オリジナルゲームに触れたことです。それからDigital Domainのオフィスに『ドンキーコング』、『パックマン』、『センチピード』(アタリ社、1981年)を持ち込んだのですが、チーム全員がすごい勢いで遊び始めました(笑)」。
その結果、Digital DomainのVFXスーパーバイザーであるマーテン・ラーソン/Märten Larsson氏やクレイマー氏にとって、オリジナルゲームのキャラクターの形や動き方に敬意を払うことは、何より重要なことになったようだ。完成した映画を見ると、各キャラクターが何のゲームから引用されているか、知っている人ならすぐにピンとくるだろう。

映画『ピクセル』アニメーションメイキング

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<2>監督が掲げたビジョン

本作のクリス・コロンバス監督は、この映画を少しノスタルジックなムードをもたせるビジョンをもっていたという。さらにその上で、オリジナルゲームでは低解像度のビットマップだったキャラクターたちを現在のCG技術で現実世界にどのように蘇らせるべきかについても明確なイメージを抱いていたそうだ。
「コロンバス監督は素晴らしいディレクターで、VFXやアニメーション技術を完璧に把握しています。彼は各キャラクターたちがオリジナルのゲームに忠実であるようにと常に言っていました。物語後半でキャラクターたちが2次元から飛び出して、3次元空間で動き回るようになっても、ずっとオリジナルのルックやフィールをもたせたかったのです」。

映画『ピクセル』アニメーションメイキング

キャストたちに演技指導をするクリス・コロンバス監督(手前・右)

<3>プリビズとアニメーション作業

この映画では随所に素早いカメラワークと、大量のキャラクターの素早い動きがあふれている。これらのシーンの設計を行なったのはDigital Domainのプリビズスーパーバイザーであるスコット・メドウス/Scott Meadows氏であった。
「スコットは、Digital Domainのオフィスのあるロサンゼルスと、撮影地トロントの両方でプリビズアーティストたちを上手く導いてくれました」。メドウス氏は総合VFXスーパーバイザーのマシュー・バトラー/Matthew Butler氏やクリス・コロンバス監督、それにアニメーション・ディレクターのクレイマー氏らと密接にコミュニケーションしながらプリビズ制作を進めていった。素晴らしいカメラワークの多くはプリビズの段階で考案され、実写撮影時のガイドとして使用された。そして撮影後のアニメーション工程でさらにリファインされたという。

映画『ピクセル』メイキング特別映像

クレイマー氏自身は『ピクセル』プロジェクトには15ヶ月従事していた。プロジェクトの起ち上がり当初は、主に各キャラクターのルック&フィールの開発が行われ、それと平行してボクセル化の技術開発にも着手していたとのこと。
ショット制作に入ってからは、アニメーションチームは12人に増員され、3人のリードアニメーターが主要なシーンを1シーケンスずつ任された。フランキー・ステラト/Frankie Stellato氏は『センチピード』のシーン、エリザベス・バーナード/Elizabeth Bernard氏は『ドンキーコング』のシーン、そしてジャック・カスプルザック/Jack Kasprzak氏が『パックマン』のシーンを担当した。

キャラクターのアニメーション付けは、オリジナルのゲームキャラクターのフィーリングを再現するところから始まった。
「それぞれのキャラクターの最も特徴的な動きについては、できる限りオリジナルに忠実に見えるように心がけました。各キャラクターについては各ゲームタイトルの版元に監修を受ける必要もあったので、その意味でもわれわれはデザイン面とモーション面の両方についてしっかりやりたかったのです。アニメーターたちは短いイーズインやイーズアウトを使って、質量を感じさせつつも、オリジナルの動きを確実に感じられるように心がけて動きを付けていきました」。

映画『ピクセル』アニメーションメイキング

パックマンについては、そのスピード感、パクパク食べている動き、クイックな方向転換が再現された。しかしこれも全てゲームキャラとしての動きと、現実世界での物理法則のバランスをとる必要があった。ドンキーコングは、特徴的なポーズは全て再現する必要があり、オリジナルゲームでの独特の制限された動きも再現された。「ドンキーコングの場合、不規則にスピードを変化させたり、火を点けたりする動きがとても頭の痛い問題でしたが、面白い挑戦でもありましたね」。
そして、センチピードは非常に複雑なメカニズムで動き、弾丸がぶつかったり、きのこから離れたりするときには常に長い胴体を分裂させる。「私たちはセンチピードの素早い動きと90度の方向転換については、ゲームよりも少しゆっくり目にしました。彼を生き物のように見せるための挑戦はとても面白かったですね。特にゲーム世界が壊れて、現実世界の人々と干渉するようになってからは大変でしたが」。

▶︎次ページ:<4>本作品の最大の特徴となるボクセル表現

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<4>本作品の最大の特徴となるボクセル表現

この映画に登場するほとんどのキャラクターはボクセルで表現されているが、キャラクターのモデリングからアニメーションまではMaya上で普通に滑らかなモデルで行われている。その後のエフェクト工程にて、Houdini上でボクセルに置き換えられた。
「最初はこの制作手法では各チーム間で、膨大な量のデータが行ったり来たりする必要がありました。その理由はアニメーターが最終的なボクセル形状を直接確認しながらアニメーション作業をすることができなかったためです。そこでわれわれはもっとインタラクティブな解決方法が必要だと実感し、パイプラインスーパーバイザーであるレイフ・サックス/Rafe SacksがHoudini ENGINEを使った解決方法を考案しました。このツールのおかげで、それぞれの部署で最終的な形状を見ながら作業することが出来るようになりました」。

映画『ピクセル』アニメーションメイキング

この手法により、アニメーターは通常のアニメーション作業と同じ手法でキャラクターを動かしながらも、最終的にボクセルになったときの見え方も確認しながら進めることができたため、キャラクターの動きはより生き生きしたものになった。
「これはアニメーターたちにとって非常に画期的なことでした。実際のボクセル化処理はHoudini内で行われるため、両方のソフトウェアを組み合わせなければいけませんでした。Houdini ENGINEを使って、トビアス・オット/Tobias Ottとダニエル・ジェンキンス/Daniel Jenkinsが、HoudiniのノードをMayaのセットアップとつなぎ合わせるプラグインを開発しました。これにより、アニメーターたちはMayaの画面上で全ボクセル表現を確認することができるようになったのです。特にドンキーコングは、実際にボクセル化されたときにどう見えるのかを確認しながら表情付けを行うことが必須でしたし、足が正しくステージや階段におかれているかを確認できることも重要でした」。
こうしてOKの出たアニメーションのシーンデータは、Houdiniで最終的なボクセルデータにコンバートされた。さらにFXチームはブライアン・ガズディック/Brian Gazdik氏の下で、発生した全ての問題を解決し、キャラクター同士が接触した場合の処理などを行なった。しかし上記プラグインのおかげで、大半のボクセルのアニメーションはアニメーターの作業中に最終形まで見通すことが可能だったという。

映画『ピクセル』アニメーションメイキング

<5>最も大変だったマックス・ヘッドルーム

大量のキャラクターや物体がボクセル化することで複雑になっているように見える本作であるが、意外にも最も大変だったのは、シーンとしては短い、『マックス・ヘッドルーム』(※1984年放映のヴァーチャルキャラクターを司会者として登用した英チャンネル4の音楽番組)の再現シーンであったという。
「『ピクセル』のようなプロジェクトでは、どのショットも限界に挑戦する必要があります。しかし最も難しかったのはマックス・ヘッドルームのシーンでした。マット・フルワーが演じたオリジナル・キャラクターの顔の演技をフルアニメーションで作成するには時間が足りなかったのです。彼の動きや顔の表情はおそろしくバリエーションに富んでおり、既存のフェイスリグでは対応できないほどでした。最終的にわれわれは、マット・フリューワー/Matt Frewer本人をDigital Domainに呼んで演技を収録することにしました。ところが、これまでDigital Domainで使用してきたインハウスのフェイシャルキャプチャ技術『DIRECT DRIVE』の限界を超えるほど、マットの表情は豊かだったのです。われわれは新たに『MOVA DIRECT DRIVE』というインハウス・ツールを開発することになり、これにより、技術的な制約でマットの演技を縛ることなく、素晴らしい演技を正確にキャプチャすることができました。また考えていたよりもずっと豊かな表情を付けることもできました。途中で挫けることなくマシュー・バトラーが不可能に挑み続けてくれた成果だと思いますね」。

映画『ピクセル』アニメーションメイキング

そして、子供の頃からアーケードゲームで育ったというクレイマー氏にとって、本プロジェクトに参加できたことは感慨もひとしおだったようだ。
「私はドイツで育ったのですが、物心ついてからというものずっと、任天堂で働くことが夢だったのです。私は『ドンキーコング』が一番のお気に入りで、本シリーズはどのゲームも大好きでした。まだ直接任天堂で働けてはいませんが、今回の作品で僕は子供の頃の夢をほとんど実現できたのではないかと思っています」。

映画『ピクセル』アニメーションメイキング

TEXT_奥居晃二 / TEXT_Kouji Okui
EDIT_沼倉有人(CGWORLD) / EDIT_Arihito Numakura(CGWORLD)
Special thanks to Digital Domain Inc., Kohta Morie, Takuma Sakamoto and Wataru Shiraishi

  • 映画『ピクセル』アニメーションメイキング
  • 映画『ピクセル』
    監督:クリス・コロンバス
    脚色:ティム・ハーリヒー、ティモシー・ダウリング ※パトリック・ジーンの短編映画に基づく
    プロデューサー:アダム・サンドラー、クリス・コロンバス、マーク・ラドクリフ、アレン・コヴァート
    撮影:アミール・モクリ
    プロダクションデザイナー:ピーター・ウエナム
    音楽:ヘンリー・ジャックマン
    VFXスーパーバイザー:マシュー・バトラー

    2015年アメリカ映画/スコープサイズ/本編上映時間:1時間45分/2K/2D/3D/IMAX/MX4D/字幕翻訳:松崎広幸

    www.pixel-movie.jp