いまや日本で最もチケットが取れない劇団のひとつである、劇団☆新感線の舞台をシアターで観る「ゲキ×シネ」。それは単なる演劇中継ではなく、カメラワークや音響効果も相まって、シアターでかかる映画作品と変わらぬエンターテイメントを届けてくれる。新作ばかりではなく、現在も「ゲキ×シネ TIME」として全国各地で公開中の一連のシリーズは、アーカイブがなかなか難しい演劇という文化を過去から未来にかけて伝えていく役割を果たしている。これら「ゲキ×シネ」を起ち上げたプロデューサーの金沢尚信氏(ヴィレッヂ)にプロジェクトの成り立ちから制作の変遷を伺うと、エンターテインメントプロデュースにおける示唆に富んだ様々な話が飛び出した。
INTERVIEW_日詰明嘉 / Akiyoshi Hidume、沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)
EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota
観劇人口を増やす入り口づくりとしての「ゲキ×シネ」
ーーまず「ゲキ×シネ」のプロジェクトはどのようにして始められたのでしょうか?
金沢尚信「ゲキ×シネ」プロデューサー(以下、金沢):僕がヴィレッヂに入社した頃は映像ソフトがVHSからDVDに移行するタイミングで、当社でも舞台を記録した映像を販売していました。ただ観たこともない舞台の映像ソフトをいきなり買おうとする人はまずいないわけです。それも含め、僕は当時の演劇の市場に狭苦しさを感じていました。例えば小中学校は学校の演劇教室で、大学に入ると劇研の友達からチケットをもらって、あまり完成度が高くない作品を見せられて「面白くないからもう芝居はいいや」というパターン、よく聞きますよね(笑)。イギリスでもアメリカでもアートやテクニックを体系的に勉強できる養成機関があって、そこでは歌も演技も発声もきちんとプロフェッショナルの下で学ぶことができるんです。しかし日本だと何となく演劇を始めることが多く、本当に面白いものをライブで観る前に演劇から離れていってしまう人が大半なわけです。これでは演劇界に広がりがないと思い、映画館で舞台の疑似体験をしていただき、それをきっかけに劇場のライブに来ていただくために「ゲキ×シネ」を始めました。
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金沢尚信/Takanobu Kanazawa
1969年生まれ。2001年、「映像単体で楽しむことができる演劇の映像」というコンセプトのもと、E!oshibai(イーオシバイ)のブランドを設立。劇団☆新感線を中心とした演劇の映像制作を、現在までに30作品以上手がけている。また、映画館でのこれらの作品の上映を目指した"ゲキ×シネ"企画を2003年にスタート。デジタルシネマの規格に対応した映像制作にいち早く取り組み、ゲキ×シネ全作品のプロデューサーを務める。
ーーたしかに映画であれば名画を後追いすることはできますが、芝居は公演が終わるとアーカイブがなくなってしまいますので、名作に触れるチャンスが少ないです。とはいえ、おっしゃるようにいきなり映像ソフトを買うのもハードルが高いです。
金沢:そうなんですよ。ロンドンでもニューヨークでも良いんですけど、面白いのを観たら心変わりするはずなんです。でもその経験をする前に「演劇は面白くない」という先入観が植えつけられてしまっているのを変えたくて。あまり興味がない人が限られた公演日をめがけてチケットを買うというのは、よほどのモチベーションがなければ難しいです。でも映画館であれば敷居を下げることができるのではないかと思いました。当時は舞台の映像といっても、ひたすら引きの画で撮られて俯瞰的で面白みがなかったので、映像を撮るところから預かって、テストを経て『髑髏城の七人~アカドクロ』(2004)から映画館での公開がスタートさせました。
GEKIxCINE Official ゲキ×シネ『髑髏城の七人~アカドクロ』予告
ーー映画館側からの反応はいかがでしたか?
金沢:外に持っていく以前に、まず社内がおおむね反対でした(笑)。「そんなのお客さんはいらないでしょ」と。例えばロンドンやニューヨークで公演を行なっているステージは映像化されていません。それはなぜかというと、人気のある演目はずっとロングラン公演していて、それを映像化すると集客が減るという考えがあるからなんです。そこでまず「ゲキ×シネ」をつくるにあたって、舞台の映像化および興行のイメージについて関わる人間の間で共有する必要がありました。ただ、持っていった先の映画館側は最初からウェルカムで。というのも、当時はデジタルプロジェクターを入れ始めた頃だったのですが、配給はまだフィルムという時代でしたので、デジタルでかけるものを探していたんです。ですので、デジタルプロジェクターがあるところではかけていただきやすかったですね。逆に言うと、デジタルの設備がないところではかけてもらえないわけで、その意味では大変だったとも言えますね。
ーー今や劇団☆新感線は、最もチケットが取れない劇団のひとつに数えられるほどの人気ですが、「ゲキ×シネ」を始められた頃の知名度はいかがでしたか?
金沢:当時、『アカドクロ』は新宿厚生年金会館を満席にしましたが、今ほど爆発的ではなかったと思います。この頃からぐぐっと集客が上がってきました。
ーー「ゲキ×シネ」のファーストランを終えての手応えはどうでしたか?
金沢:観たお客さんの満足度はすごく高かったのですが、どこにも属さない新しいジャンルでしたので、定着までは10年ぐらいかかるだろうなと思いました。未だに思い出すのは、丸の内東映でフラッと映画を見にきた男性が「何だこれ? 面白いのか?」と言いつつもご覧になってくれて、出てきたときに「すごく面白かったよ」と言ってくれたんです。「ゲキ×シネ」を目がけてきたのではなく、映画を観るつもりで来たお客さんがこういった反応を示してくれたことには手応えを感じました。ふだんから舞台を観ている人から叱咤のご意見もありましたが、それ以外のお客さんからは総じて面白いと言ってくれたのでそれは励みになりましたね。あと、初期の頃は映画館で試写をする際に映写スタッフの人が面白いと言って下さったり、映画館のアルバイトの人も広めてくださったりと映画館側の人がずいぶん味方についてくれたのがすごく助かりました。技術スタッフからのフィードバックも制作に反映することができました。
ーー演目の中で「ゲキ×シネ」にする作品はどのようにして選ばれたのでしょうか?
金沢:映画館で観たときに映える作品をセレクトしました。例えば静かな二人芝居を映画館で2時間見せるというのは難しいですから。あとは音楽が映える作品は反応が良いですね。近年でいうと『薔薇とサムライ~GoemonRock OverDrive』(2010)は非常にヒットしましたし、『SHIROH』(2004)は上映すると現在でも多くの方に観ていただけています。
ーー「ゲキ×シネ」の上映規模が広がったタイミングはいつになりますか?
金沢:『薔薇とサムライ』(2011)あたりですね。この頃は『アバター』(2009)の上映フォーマットが3Dデジタルシネマでしたので、その影響でデジタル対応の劇場が一気に拡大したタイミングでした。その後は他の映画もデジタルでの配給が爆発的に増えてきたので、これまではデジタルだからかけてもらいやすかった「ゲキ×シネ」が全ての映画とスクリーンを競合する立場になります。最近は映画館側も春・夏・冬と大作興行が忙しいので、その合間を縫うようにブッキングをしているという状況です。ただ、「ゲキ×シネ」の特長として、一般的な映画とちがって公開初週以降も席の販売数があまり落ちないんです。むしろ翌週以降じわりじわりと上がっていくことすらあります。それは堺雅人さんのブレイクで『蛮幽鬼』(2010)が再びヒットしたりと、時差を置いての盛り上がりというケースもありますし、映画同様に古い作品でも名作はまた観たいというお客さんの欲求というのもあるのではないかと考えられます。
ーーご覧になるお客さんの属性において「ゲキ×シネ」ならではの傾向は何か見られますか?
金沢:そもそも舞台を観に来られるお客さんは8~9割が女性で、その多くは30代から40代の方なのですが、「ゲキ×シネ」になると、10代の学生さんから70代のご夫婦まで大きく幅が広がるのが特徴と言えます。さらに舞台を観ずに「ゲキ×シネ」で初めて劇団☆新感線を観たという方も増えてきて、お客さんの層の変化を感じます。
ーー地域的な広がりはいかがでしたか?
金沢:公演は東京・大阪が中心なのですが、広島や鹿児島といったT-JOYのシアターは初期からデジタルを導入してくれたこともあり、そこには「ゲキ×シネ」の固定客がいらっしゃいます。あとは劇団☆新感線が公演を行なっていない地域でも根強いファンの方がいてくださって、それは当初の目的が浸透しているようで嬉しいですね。
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映像を活かすも殺すも音次第だとハリウッドで気づかされた
映像を活かすも殺すも音次第だとハリウッドで気づかされた
ーーこれまでの「ゲキ×シネ」の映像制作において様々な工夫をされてきたかと思います。具体的にはどのようなことがありましたか?
金沢:最終的なイメージはありましたが、この10年は機材やデジタル技術の変化と向上が著しい時期でもあり、勉強しても勉強しても次々に新しい技術が登場するので、追いつくことに必死でした。「ゲキ×シネ」では舞台演出とは別に映像監督を立てているのですが、監督自ら編集していた時期もありました。現在は編集を別に立てています。劇場向けのカラーグレーディングも最初は予算の都合で行わなかったのですがちょっとしたきっかけで、『朧の森に棲む鬼』(2007)から始めたところ効果的で、そこからポスプロのワークフローに組み込んでいます。
最新作『乱鶯』(2017)グレーディング例(※右図がグレーディング作業後)
©Village Inc.
ーー映画特有の技法をどんどん採り入れているわけですね。
金沢:音響にも力をそそいでいます。ですが、映画とはいろいろと異なる面があるので試行錯誤をくり返しました。ピンマイクは整音しますし、フットステップの音を足したり、剣戟(チャンバラ)の音を本物の刀の効果音に変えたり、空気感を加えたりもしています。舞台で観る分には臨場感があるので問題ありませんが、映像でアップで観る分にはもっと生々しい音が必要と考えました。緊張感を高めるために金属質な音を入れたりとか、剣のストローク音を長くして殺意を表現するといった、音による演出を意識して行なっています。
ーーあくまで映像で観ることを念頭に置いた映像作品としてつくられているわけですね。
金沢:はい。『髑髏城の七人 2011』(2013)の製作を終えた頃、サウンドの石坂さんと「今度は海外でミックスやってみたいね」なんて話をしていまして、彼がいろいろとあたってくれて。それでハリウッドで『007 カジノロワイヤル』などを手がけたリ・レコーディング・ミキサーのマイク・プレストウッド・スミスと出逢うことができたのは大きかったです。彼にやっていただいた『シレンとラギ』(2013)では一気に音の品質が上がって、音楽ってこんなに綺麗に出せるんだと驚きました。あのときは日本のサウンドチームが素材を全てつくって向こうのサウンドステージに入ったのですが、向こうは向こうで演劇を映像化したことがなかったので、日本語・英語が飛び交うなか、必死で作業を行なっていきました。
金沢:最初はダイアローグ音がちょっと聞き取りづらかったんです。それは日本語と英語の発音で立てる音のちがいによるものだと思います。なのでその都度「このワードの明瞭度をあげてください。」と修正作業をお願いしていたのですが、『ZIPANG PUNK~五右衛門ロックIII』(2014)で、また制作したときには綺麗に日本語を出してきて(笑)。思わず「日本語話せるんだっけ??」って(笑)。まったく話せないのに、日本語のダイアローグを聞かせるためのアプローチは完璧。そのプロフェッショナルさには本当に驚かされました。
ーー伺っていると、映像作品に占める音の存在の重要さを改めて思い知らされます。
金沢:音の力ってすごくて、いくら良い映像をつくっても音でダメにしてしまうことがありうる。日本だと予算をきちんと割り振られていないせいで、そういう目に遭っている作品はいくつもあると思います。でもきちんと手間をかけ、お金を割り振ることでこんなにも生き生きと見えてくる。僕は映像の音って絵画で言う額縁だと思ってます。額縁が貧相だとたとえその絵が本物であっても偽物っぽく見えてしまう。映像と音の関係ってそういうことなんだろうなと。本当に彼らの仕事っぷりは凄かったです。音は音楽モノだとトラックが70チャンネルとか80チャンネルになったりしますが、それが調整する度に良くなっていくんです。彼らとしては自分にできる100%のパフォーマンスをするという考え方だから、決してNOとは言わない、「僕だったらこういう風にできる」と提案をしてくるプラス思考なんですよね。これはもっと日本の現場は学ぶべきだと思います。
ーー先ほどの体系的に学ぶ場がないという話に関係してきそうな話ですね。
金沢:クリエイティブの仕事って、NOと言ったらそこで終わりなんですよね。言うのは簡単だけれども、投げられた球をどういう風に自分だったら打ち返すかということを考えなくてはいけない。確かに、現状日本の現場はお金も時間もないし、いろんな制約があるからやむを得ないところはありますが、それでももう少しどうにかしなくてはいけない。ロサンゼルスの映画祭で特にショックを受けたのは、アメリカのオーディエンスから観た日本映画の評価の低さでした。いわく、映像表現もカメラの色合いも音もチープであると。そんななか、ありがたいことに「ゲキ×シネ」については評価をしてくださって、映像技師の人までQ&Aに参加して「カメラはどうやって隠しているのか」と質問してくれたりもしました。そういったスタッフも惹きつけられたのは嬉しかったですね。
最新作『乱鶯』(2017)グレーディング例(※右図がグレーディング作業後)
©Village Inc.
経理マンから映像プロデューサーへ
ーー映像業界全体として今後4Kや8Kといった高解像度にどう向きあうかという課題を抱えていますが、「ゲキ×シネ」の場合はいかがでしょうか?
金沢:解像度の問題は非常に悩ましいですね。というのも、映画のように完全に設計されているものではなく、あくまでライブの舞台を撮るものですから、照明もメイクも舞台にとって最適なものを考えざるを得ません。それを高解像度で撮影すると見えなくてもいいものが見えてしまったりして、それを消すという本末転倒な作業を行なわなくてはいけなくなります。それにまだ4Kのポスプロのワークフローが確立できていませんし、コストが高い割には、上昇分を実感できないので、様子見というかたちになりますね。邦画で一時S3D(立体視)もありましたが、国内ではほぼ撤退していますよね。新しい技術に飛びつくよりも、どういう映像をつくりたいかが大事で、機材はそのために必要なものを使うべきだと思います。
最新作『乱鶯』(2017)グレーディング例(※右図がグレーディング作業後)
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ーー金沢さんはヴィレッヂに入社する以前も舞台や映像に関わられていたんですか?
金沢:いえ。僕はヴィレッヂに経理として入社したんですよ(笑)。大学も商学部で簿記の資格を取っていたので会計事務所に入ってWebの会社に行ったりもしました。一般的にプロデューサーは予算組みに頭を悩ますわけですが、僕の場合は会計の仕事で数字の感覚が染み込んでいたので、意外と苦痛がなかったんです。その意味では楽をしましたが、それまで映像の学校にも通っていませんでしたし、映像製作の知識もなかったので、「ゲキ×シネ」をやるにあたって1から専門的な勉強をしました。今振り返ると、逆に映画の業界のことも知らなかったからこそ、常識とか習慣に縛られることなく良いものをつくることに集中できたのかなと思います。「ゲキ×シネ」は最初からデジタルでしたが、その前にフィルムを勉強していたら移行のことを考えて迷っていたかもしれません。
ーー現在は「ゲキ×シネ TIME」として過去の作品を全国各地で上映していますね。
金沢:こちらとしても驚くほど多くのお客さんに来ていただいています。公開期間を決めているので、みなさんそこを目がけて来てくれたり、これまで観たことがなかった「ゲキ×シネ」の作品をこの機会にと考えてご覧いただいています。「ゲキ×シネ」の当初の目標は上映して舞台を擬似的に体験していただくことで、それまで演劇を観たことがなかった方を劇場に呼ぶことでした。ぜひ観劇につなげていただければと思います。
ーー今後、「ゲキ×シネ」としてやってみたいことは何ですか?
金沢:「ゲキ×シネ」は当初、劇団☆新感線以外でもやりたかったのですが、予算の関係や映画館でかけたときに映える作品になかなか巡り会えずにいます。とはいえ、今でも機会があれば挑戦したいと思っていますし、お話をいただくこともあります。海外で「ゲキ×シネ」を観た人が自分の国でもかけたいとおっしゃっていただくこともあります。日本の映画はどうしても国内向けになっていて、海外ではなかなか買い手が見つからないという状況ですが、「ゲキ×シネ」はもう少し国境を越えたいなという気持ちはありますね。
ーー逆に海外の舞台を「ゲキ×シネ」にするというのはいかがでしょうか?
金沢:その気持は強くあります。舞台の設計から撮ることを前提にして設計して、映像化までやってみたいですね。舞台を観て面白かったものを映像で観るとさらに別の種明かしがされて面白い見方ができるような作品や、アナザーストーリーがちょっと入っているなど舞台だけだと見えなかったものが映像で見せられたら面白いなと思います。ピナ・バウシュ(ドイツのダンサー、コレオグラファー、1940~2009)の映像作品って、舞台の枠から出て劇場の外で踊ったりするんです。あれを観たときはすごく嫉妬しました。「こういうのやりたかったのに!」って。我々は普段、太陽の下で撮影をすることがないので、光を浴びるような撮影ができたら良いなと思います(笑)。その場合、たぶんミュージカルが一番面白いんでしょうね。
最新作『乱鶯』(2017)グレーディング例(※右図がグレーディング作業後)
©Village Inc.
info.
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「ゲキ×シネ TIME」
好評上映中(木)
www.geki-cine.jp/gekicinetime
※各上映館の「スケジュール」は「ゲキ×シネ」サイト内にリンクしている。随時更新されているが、最新情報は各上映館へ直接、問合わせを。
※2017年10月より新たに2館が追加された。上映館は順次拡大予定。