『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』シリーズ全体の画づくりを総括するサンライズ オリジンスタジオとD.I.D.スタジオの中核スタッフの面々に、第1話から第5話にいたるまでの作画とCGのハイブリッド表現の進化とこれからの展望についておおいに語ってもらった。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 230(2017年10月号)からの転載となります
CONSTRUCTION_峯沢★琢也 / Takuya Minesawa
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota
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2017年9月2日(土)~9月29日(金)(4週間限定)
新宿ピカデリーほか全国35館にて劇場上映
www.gundam-the-origin.net
© 創通・サンライズ
『THE ORIGIN』でCGを採り入れることになったとき、作画側からCGに対してどういった期待がありましたか?
江上 潔氏【第1・3・5話演出】(以下、江上):他の作品でも3DCGを用いることがありますが、今回『THEORIGIN』に関しては「CGに丸投げせず、基本的な動きは作画でつくる」ということで、CGカットでもラフ原画をわれわれでチェックしてからCGスタッフにお願いしています。ただ作画の目線でのチェック、演出の目線でのチェックはしつつも「3DCGを使ったCGならではの効果を入れてくれるだろう」と期待してスタートしました。
西村博之氏【総作画監督】(以下、西村):僕もすごく期待してました(笑)。作画にできないこと。第1話から話数を重ねてきてだんだんと良くなってきましたね。
井上喜一郎氏【CGプロデューサー】(以下、井上):ご期待に応えられていることを願いつつ、CG側としては、そもそも『ガンダム』という作品は作画の力が最高峰なので、その土俵に3DCGが並べるのか、というプレッシャーを常に感じています。漫画原作ももちろん知っているので、当初はモビルスーツ(以下MS)は作画で表現すると思っていました。
江上:自分は第4話は演出していない(※1)んですが、第3話までで安彦さん(※2)がご自身の漫画原作ともちがう絵コンテを切られていたこともあって、特に第4話の月面上のシーン(※3)ではコンテを見て漫画原作とのちがいに「おぉ!」と思いましたし、このシーンのCGはかなりイメージどおりで満足のいく仕上がりになっていました。
※1:第2話、第4話、第6話は原田奈奈氏が演出を務めている
※2:安彦良和氏。『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』漫画原作・総監督・キャラクターデザイン・絵コンテ
※3:『機動戦士ガンダム THE ORIGIN IV 運命の前夜』後半に展開される、月面スミス海上でのモビルスーツの戦闘シーン
井上:確かに第4話の月面のシーンは『THE ORIGIN』で初めてのMS戦だったのでワンカットワンカット、西村さんと鈴木さんから直接修正をいただいてがんばりましたね。
鈴木卓也氏【メカニカル総作画監督】(以下、鈴木):何度もリテイクをしたかいがあって良い仕上がりのCGになっていると思います。
江上:CGの強みというと、例えば艦隊戦のカットで宇宙空間に戦艦の部隊が並んでいるような空間は絵で描くのは難しいけれど、CGだとたくさんある艦隊ひとつひとつをパーツ付きで見上げたアングルもできる。コンテ段階ではイメージをみんなの頭の中だけで想像していただけですけれど。
鈴木:中にはCGでも難しい演出のカットもありましたけど、スタッフ間でも試行錯誤があり認識のずれもあったのでそこを埋めていくのが課題でしたね。
井上:CGの方でアングルを撮り直ししてみたら良くなったり、予想外な結果になったり。何度も試行錯誤してやり直したかいはありましたね。
長嶋晋平氏【3DCGチーフ】(以下、長嶋):話数を重ねていくことでCGでは難しい「画としての見映えのいい嘘のつき方」の勉強にもなりました。
江上:安彦さんのコンテとカトキさんのコンテではカメラワークの考え方もちがうんですよね。空間上のカメラとの相対位置として物体が移動していかないと面白みがないし、ズームの効果でレンズで追いかけるだけだと2D効果と同じ。CG屋さんとして気持ちのいいカメラの動かし方、レンズの動かし方、同じコンテでも演出をどう解釈するかでまったくちがう映像になってしまう。
井上:CGでは広角で近くにものがあるように撮りがちなんですよね。パース感を強調できてしまうのでスタッフが張り切ってパースの効きすぎたレイアウトをつくってしまう傾向があります。今回は安彦さんがかなり3DCGスタッフを信頼してくださっていたので、カメラで大きく回り込んでみたりとCGならではの動きができたと思います。
江上:安彦さんは今のD.I.D.のCGのクオリティには満足していますよ。
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第5話の制作をふり返って、印象的なCGカットは?
第5話の制作をふり返って、印象的なCGカットは?
江上:CGの利点であるカメラの回り込みに関しては、セイラのカット(※4)のぐるっと回り込むカメラは建物のパーツもつくっているので大変ではありましたが、上手くいったカットだと思います。
※4:夜のテキサスコロニーで暴徒を迎え撃つセイラのシーン
井上:セイラのカットは作画も大変だったのではないですか?
西村:幸い回り込みの速度が速かったので、作画の枚数自体はそんなに多く使っていません。これがゆっくりな回り込みだと大変ですが(笑)。
井上:逆に綺麗にゆっくりと回り込みすぎるとCGっぽさが強調されるかもしれませんね。今回はカメラマップを使用して美術質感の背景を立体的に回り込むカットも多くなっていまして、特に戦艦や格納庫内の回り込みカットに関しては手描きのディテールが貼り込まれていたので大変だったと思いますが、自然と馴染んでいて効果的でしたね。
江上:あとは例えば月面上のMS整備工場でのシーン。第5話ではMSに天井の映り込みが入っていて、さらに追加効果を何とかやってもらえませんか? とD.I.D.に相談して、MSやカメラの位置が動くと映り込み自体も連動して変わっていくという、作画的な嘘をついた表現を入れてもらいました。映り込みの反射が強すぎるとライトがMSに仕込んであるだけに見えるので、表現を探る過程が長くなって大変でしたね。求める画は単純に光が映り込む画ではないので。
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鈴木:絵的な嘘、アニメ的には光っている部分だけを映り込みとして描く表現があるんですよね。
長嶋:第5話といえば、シャアザクの発進シーンはコンテがえらいアングルで描かれていて(笑)。MSと人間キャラクターとの距離感が近く一緒に映っているシーンは、対比が強調される今回新鮮な要素でしたね。
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西村:本作の制作にあたっては、本来重力のない宇宙空間に地上の物理法則をもち込むのか? と作画打ち合わせで議論になるほど熱く語り合いました。シャアザクの発進カットはそこまで細かい描写にこだわったかいがあったと思います。
井上:飛び立つときも、格納庫から降りつつもスラスターが噴いてからすぐに動き出すのではなく、慣性の法則を感じさせつつゆっくりと動き出す、といったようにMSの動作ひとつひとつにもこだわりを入れています。もちろん今後はコロニー内の陸戦もあるので、ますますMSの挙動に関しては大変になりそうですね。
西村:安彦さんはMSにも人間くささを求めるんですよね。特にザクとかは非常に「人間味のあるキャラクターとしての動き」を要求されていて、MSはメカではないという動きをつくり出す必要がありました。しかもその上で映像の中では様々な工夫をして「巨大感」を出さないといけない。パースの大きさのちがいにも嘘をついてシーンを構築することで、レイアウト全体として巨大感を感じられるようにしています。
井上:例えばMSのプロポーションはアングルごとに各部位を拡縮したりして画としてのカッコイイ嘘には気を遣いました。ただ、実はCGを使用するにあたって、当初は誇張などの嘘をついたパース感を出すことは想定していなかったんです。
長嶋:ガンキャノンが出てきたときがどうしようもなくて、モデルそのものを変形させないとどうにもならないということになって、初めてMSのパーツに対してデフォームの仕込みを入れました。
井上:「この表現はCGではできません」ということは可能な限り言いたくないなと思い、第5話からはデータにあらかじめデフォームの仕込みを入れるようにしました。
西村:先ほども話に出ましたが、艦隊に対してカメラで回り込むようなカットに関しては、宇宙空間と戦艦群の巨大感がよく出ていてよかったと思います。CGスタッフも慣れてくれば絵コンテや前後カットからの演出意図を汲んで作業してもらって、今後はコンテから直接CGをつくるようなカットが増えると嬉しいです。
井上:そうすると各スタッフの「コンテを読みとる力」が必須になってきますね。具体的にはカメラのレンズの選択、レイアウト(構図)を紡ぎ出す能力がCGスタッフ側にも高いレベルで求められます。
西村:作画スタッフとしては「絵描きのつくる空間」と「3DCGスタッフのつくる空間」だと空間の捉え方の感覚がちがうんですね。作画をトレースして合わせすぎても変になってしまう。逆も然りです。絵描きの空間の掴み方とのちがいを上手く採り入れてCGとしての変換を加えてもらうことで「絵描きの嘘のつき方」とのハイブリッドに仕上げてもらえると良いと思います。
鈴木:3DCGと言っていますが、CGモデルを空間においただけではプラモデルに見えてしまうんですよね。プラモデルが悪いということではないですが、人間が目で見た感覚と単焦点レンズで撮ったシーンは見え方の感覚がちがうんです。
西村:構図だけではなく「このカットは速い方がいい」、「ゆっくりな方がいい」といったような嘘のつき方がアニメーションの動きにも当てはまるんです。
井上:3DCGは意識せずにモデルとカメラを設定すれば奥行き自体を出すことは簡単にできてしまいます。反面、作画は意識をしないと奥行きは再現できないので、そのちがいが大きいんでしょうね。
西村:例えば、今回はコロニーの大きさを出すために設定よりもミラーの幅を小さくしています。これは嘘をついていることになりますがこれこそが「絵描きとしての嘘」なんですね。古い特撮作品等でも使われている手法で、デザインに手を加えてしまうほどの嘘をつくことで、観た側が感じるリアリティが誇張されるんです。
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井上:あとは制作面で言えば第4話からShotgunを本格的に使用し始めまして、内部的には効率アップにつながっています。
西村:Shotgunはこまごまとブラウザからも見られるので指示が出しやすく便利ですね。CG側はShotgunを使って効率的になっていますが、カット袋ベースの作画側も効率的に運用する方法はないかな?
江上:フルデジタルで演出、チェックを一気に全部やれないと実際の運用は厳しいかもしれませんね。オリジンスタジオは機材面でも教育面でも、フルデジタルの作画環境整備は今後の課題になっています。
[[SplitPage]]第6話以降、CGでやってみたい表現は?
鈴木:今回CGで描かれたのは戦艦、MS、モビルワーカー、カメラマップでの背景と......あとほかにはコックピットは基本的にシート以外はCGになっていますね。
江上:ほかには作画とのハイブリッドですが、群衆シーンに関しても3DCGで作成していたりします。手描きの素材と組み合わせることでだいぶ上手くできると確信しました。クルマに関しても、これから遠景用のモブ車のバリエーションを増やしたいと思っています。また第4話冒頭に紙吹雪が舞うパレードのシーンがあるのですが、パーティクルだと計算だけでできてしまうところを作画のようにイメージを完全にコントロールすると、さらに情感を乗せることができる。これは作画が良いとかCGが良いとかと言う意味ではなく、作画の動きを前提に演出が組まれているので逆に全部をCGで表現しようとするとハードルが高くなってしまう。完全にコントロールするには手でパーティクルを置いていくしかないですからね。
長嶋:CGの弱点は痛感しましたね。CGスタッフはパーティクルを使うと考えたら意地でもパーティクルを計算だけでつくってしまいがちですが、その中で手前の1枚だけでも手でアニメーションさせて情感を出すということは可能だと思います。スタッフには「コンピュータの計算に任せないように」と教えています。モーションでもポージングでもほんのわずかな関節の曲げ具合で変わってくる。カッコ良く撮れるのは当たり前で、重心を含め細かい部分のディテールはシルエットに気をつけて追い込みました。たまにスタッフ間でその話をして、つくったポーズをあえてベタ塗りにして、シルエットでチェックをしてフィードバックをするようにしています。
鈴木:ザクのスカートと脚の部分に関しては、シルエットがはっきり出るようにかなり厳しくチェックした記憶があります。
長嶋:CGスタッフはリテイクの過程で鍛えられて考え方が変わりましたね。一時停止の映像を切り取った画像としてのシーンではなく、止めの画としていかにカッコ良く魅せるかという技量が求められました。限りなく止めに近い印象をもちつつCGで動きを付けていくという過程で「画をもたせることの大切さ」を学びました。「動かさないともたないシーン」ではNGなので、CG屋として根っこの部分を否定されるくらいのインパクトを感じつつ、本作ではそれがちょうどいいくらいでした。まちがいなく厳しいハードルですが、さらに上を目指すべくひたすら修行になりましたね。
鈴木:爆発の色もバリエーションを増やしてほしいという安彦さんからのオーダーがありました。作画っぽくということにこだわる選択肢のほかにも、3DCGで上手く爆発をつくれるといいなと思います。
長嶋:爆発の塊が広がっていきつつ変形して、というような仕込みを再度見直して塊自体にもうねりを加えることで、さらにディテールは上がったと思います。
鈴木:ただ単にパーティクルで飛び散るのではなく、爆発の広がりに関してもレイアウトのかたちとして隙間の空間のバランスにも気を遣って工夫して表現することが重要なんですよね。
井上:爆発の色のバリエーションは今後増やすことを検討しています。ディテールに関してもまだまだ飽くなき追求があり、スタッフ間でも議論が絶えませんので進化させていくつもりです。ちぎれるタコ足爆発(※5)に関してはCGスタッフ泣かせの表現ではありますが、同時にチャレンジのしがいがありますね。
※5:納豆のような糸をひくスタイライズされた爆発
長嶋:第6話では戦艦の破壊表現をもっとハイクオリティにしたいです。内部フレームが火事になるなどモデルからつくりを変えるものや、戦場の背景で戦艦がそれぞれちがうダメージを受けているシーンなどチャレンジしてみたいですね。
井上:壊れるモデルに関しても慣れてきたので、あらかじめ壊れモデルを用意して、破片の飛ばし方にもこだわっています。今後はさらに何種類かの壊れモデルを用意してディテールの差でも楽しめるようにしたいですね。
江上:作品として、安彦さんの見せ方として、戦場での戦争のディテールを描く作品ではないのですが、作品として必要なシーンに関してはディテールを意図的に見せる演出はあると思います。演出意図によってその振り幅を可変にすることで、作品にも厚みが出てさらに良い作品になると思いますので、そこに備えてCGスタッフにも表現力と技術を磨いてもらえると嬉しいですね。
鈴木:私自身はCGはできませんが、私もがんばるので期待しています。
西村:私はCGの知識が多少あって鈴木さんのレイアウトも理解しているので、今後も厳しくチェックして、トータルの画づくりで作品を盛り上げていきたいです。
井上:作画スタッフとCGスタッフは二人三脚なので今後ともよろしくお願いいたします!