フォトリアルなCGキャラクターがSNS上で情報を発信するバーチャルヒューマン。その中でも2019年10月11日から活動を開始した、「Lewis Hiro Newman」(ルイス・ヒロ・ニューマン)は、俳優・クリエイター・起業家として活躍する水嶋ヒロが取り得た「もうひとつの人生」を描くという、世界で初めての実在する人物のバーチャルヒューマン化プロジェクトだ(※1)。そんなLewisが誕生した経緯や制作体制、今後の展開などについて、企画•開発•マネジメントを手がける1SEC中核スタッフに聞いた。
※1:1SEC調べ

TEXT_小野憲史 / Kenji Ono
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota



<1>著名人がモデルのバーチャルヒューマン第1号

ひとり(一体)のバーチャルヒューマンが世界を変えようとしている。

全身または頭部をフォトリアルな3DCGで描くことで架空のキャラクターとして活動するバーチャルヒューマン(デジタルヒューマン)。2016年から活動を開始した『Lil Miquela』(リル・ミケーラ)をはじめとするバーチャルヒューマンは、次世代のインフルエンサーとして日本でも注目をあつめている。何気ない日常の生活風景に溶け込んだバーチャルヒューマンたちの活動は現在、InstagramやTwitter等のSNSへの投稿が中心だが、バーチャルモデル『imma』(イマ)のように広告やエンタメ等の商業分野での活動も着実に増えていくことだろう。

Miquelaやimmaが「バーチャルヒューマン1.0」だとしたら、2019年10月11日に登場した『Lewis Hiro Newman』(以下、Lewis)は「バーチャルヒューマン2.0」と言えるのかもしれない。実在の著名人である水嶋ヒロをモデルとしているからだ。そんなLewisを企画し、開発からマネジメントまでをワンストップで手がける1SECは、著名人をモデルとするバーチャルヒューマンは世界初だと胸を張る。



1SECの創業者であり、CEOを務める宮地洋州氏は、プロジェクトの起ち上げについて「友人の紹介で水嶋さんと出会い、雑談レベルからトントン拍子に話が進みました」と、ふり返る。



  • 宮地洋州/Hirokuni Miyaji
    1982年11月11日生まれ、長崎県出身。いくつかの起業を経て、2014年9月に「3ミニッツ」を創業。動画制作やファッション動画マガジン、D2Cブランド「eimy istoire」「ETRE TOKYO」事業などを展開。17年2月に同社を売却。2019年1月に米国ロサンゼルスと東京を拠点に1SEC(ワンセック)を創業。


Lewisのコンセプトは「If you had selected "Another Story" in your life?」(もし、今とは異なる人生を歩んでいたら?)。水嶋氏は20歳の頃、渡英するか俳優になるか迷っていた時期があったという。Lewisは当時、水嶋氏が選ばなかった「架空の人生」を生きる存在であり、アナザーストーリーというわけだ。

ここで、今回の1SECメンバーへのインタビュー向けに水嶋氏が寄せてくれたコメントを紹介しよう。

僕が人生の岐路に立った若かりし頃、選べなかったロンドンでの道を、Lewisが代わりに歩み始めた。
ロンドンの街並みに存在する彼を見る度に、何故だかノスタルジックな気持ちになる自分がいる。
彼の存在が濃くなるほどに、不思議な愛着と、我が子を応援する気持ちに似た感情が膨らんできていることに驚く。
彼がグローバルに活躍する姿を見る日が、楽しみで仕方ありません。

LewisのInstagram上では、すでに留学先のロンドンにおける生活の様子が投稿され、独自の人生を歩みはじめている。今後もファッション・アートなどのジャンルでグローバルな活動が予定されている。さらにLewisは年をとらず(意図的にエイジング加工を施さないかぎり20歳のままだ)、地理的・文化的な制約を受けることもない。その気になれば電脳空間上で永遠に生き続けることが可能な、時空を越えた存在だ。1SECとしては、今後、AI(人工知能)との融合によって、新たなクリエイティブコンテンツを生み出すことも視野に入れているそうだ。

Lewis Hiro Newman - Official Instagramより



本プロジェクトは1SECにとって、2人目のバーチャルヒューマンとなる。2019年4月から本格的にInstagram Storiesをスタートした『Liam Nikuro』(リアム・ニクロ)が第1弾であり、世界で2番目、日本初の男性バーチャルヒューマン(※2)であったことから、世界15ヶ国以上でニュースに取り上げられた。
※2:1SEC調べ

「Lewisは実在の著名人がモデルということもあり、テック系メディアの枠を越えて、幅広い媒体に取り上げていただけています。おかげさまで問い合わせも増えています」と、1SECのマーケティング戦略立案を担当する中村成寿氏。



  • 中村成寿/Narutoshi Nakamura
    1988年5月1日生まれ、北海道出身。広告代理店にてスマホアプリの新規事業開発担当を経て、マーケターとしてSHOWROOMほか、いくつかのサービスPR/プロモーション業務全般に従事。3ミニッツではグロースハック事業部長として、メディアのグロースを担当。VRイベントプラットフォームを運営するクラスターにCMO/新規事業開発部長として携わった後、1SECに参画。今年2月4日に、取締役 / Chief Business Officerへ就任した。


中村氏:世界中のセレブリティが、これってありなんだと気づいた感じです。自分のリアルなアバターを制作し、SNS上で情報を発信していくという活動は、今後さらに需要が増えていくと思います。

1SECでは、Lewisに続く新たな著名人バーチャルヒューマンプロジェクトを水面下で進めているという。近い将来、SNS上で複数の人生を生きる著名人を見かけることが、当たり前の時代になるかもしれない。



次ページ:
<2>フィニッシュワークを得意とする紅一点がビジュアルを支える

[[SplitPage]]

<2>フィニッシュワークを得意とする紅一点がビジュアルを支える

このバーチャルヒューマンプロジェクトを画づくりの面で支えるのが、1SECの冨尾礼美氏。1SECに籍を置く、最初のデジタルアーティストであり、一連のCG・VFXの実作業は国内外のデジタルアーティストやCGプロダクションと協業しつつ、最終的なビジュアルを仕上げる要の存在だ。そうした意味でも1SECは、CGプロダクションではなく、バーチャルヒューマンの企画・プロデュースを中心とする次世代の芸能プロダクションと言えるのかもしれない。



  • 冨尾礼美/Ayami Tomio
    兵庫県出身。2015年にHAL大阪を卒業後、デジタル・フロンティアに入社、ライティングとコンポジットをメインに、CGデザイナーとしてのキャリアを始める。 『Gantz:O』(2016)、『Infini-T Force』(2017)、『いぬやしき』(2018) などのプロジェクトに参加。 2019年にサイバーエージェントのグループ会社に移り、Web広告などのCG制作に携わった後、同年8月に1SECへ移籍。


それでは冨尾氏の説明に基づいて、Lewisの制作工程を解説しよう。主立ったバーチャルヒューマンと同じく、Lewisもフォトグラメトリーで3Dスキャンされた水嶋氏本人の頭部データを加工し、実在するモデルの身体と合成することで一連のビジュアルが創り出されている。制作は素材撮影から始まり、撮影チームがシチュエーションを選んでモデルを撮影。これと並行してライティング用HDRIの素材となる写真も可能なかぎり撮影しておく。

頭部モデルの作成

  • <A>

  • <B>

  • <C>

  • <A>水嶋氏本人のフォトグラメトリーから生成したスキャンモデル/<B>20歳という設定に合わせて、水嶋氏監修の下、加工調整が施された最新モデル/<C><B>のメッシュ表示


頭部モデルをMaya上で作成した後、HDRIを読み込みライティング、レンダリングを実行。その後、NUKE上を使い、3DCG素材とモデルを撮影した実写素材をコンポジットし、細かな色調整を施してビジュアルを完成させるというのが基本的なワークフローだ。コンポジット作業にPhotoshopではなくNUKEを使用するのは、同じロケーションで撮影したシーンであればより効率的に複数のビジュアルを量産できるからだという。また、HDRI素材の撮影にはリコーTheta Sを使用し、Photoshopで加工しているとのこと。



テクスチャリング

  • <A>

  • <B>

  • <C>

  • <A><B>現在利用されているカラーテクスチャの例。いずれも8KサイズのUDIMで作成/<C>目のアップ(開発途中のテストレンダリング)


Lewisは渡英中のため、撮影は1〜2ヶ月に一度のペースで、複数ロケーションの撮影を集中的に行なっているとのこと。ロケーションについては、レストランや広場など、Lewisの生活空間を事前にピックアップ(1SECのLewisプロデュースチームのプランナーが選定)。水嶋氏からの提案も適宜取り入れているそうだ

冨尾礼美(以下、冨尾):現在までにInstagramに投稿された一連の写真(※3)については、モデル、カメラマン、コーディネーターと私の4人で撮影を行いました。4日間で50パターン以上、約2,000枚の写真を撮りました。

※3:2019年11月26日から2020年1月15日までに投稿された写真

ポイントは本人をモデルとしつつも、本人ではないCGを制作している点だ。いくら写真などを参考にしているといっても、20歳の頃の水嶋氏の表情や雰囲気は、3DCGの三面図では起こすことができない。本人の記憶にしかないものだ。

冨尾:現在運用中の頭部モデルはローンチ時のモデルを全面的に改修したものです。ローンチ時の頭部モデルも、実は正面と横顔で別のモデルなんですよ。Lewisの運営を続けながら、徐々に両者を融合させている最中です。

実在の人物がモデルだけあって、Instagramに写真を投稿する際も水嶋氏による事前チェックが不可欠だ。そこで冨尾氏は、まず2Dで最終的なビジュアルに近いものを作成し、水嶋氏にそれをチェックしてもらった上で本制作を進めるようにしている。

冨尾:水嶋さんもお忙しいので普段はLINEを介してチェックしてもらっています。水嶋さんの指示はとても丁寧なので、効率良く修正作業を行えています。時には人体の構造上おかしい(3DCGとしては破綻してしまう等)指示内容の場合もあるのですが、そんなときも事情を説明すると的確に理解していただけます。

当面の課題は表情を増やすことだという。頭部にはフェイシャル用のリグが仕組まれているが、表情が変えられることと、その人らしさを出すことは別の話である。

冨尾:より多彩な表情をつくるためには、フェイシャルパターンの追加とリグの再調整だけでも1〜2ヶ月は必要になるかもしれません。時間をみつけて少しずつ改良していきたいと思います。

もちろん、Liamのように動画の投稿も視野に入れている。そのための制作体制の強化、具体的には新たなデジタルアーティストの採用も検討中とのこと。

宮地:(求められる人材像について)モデラーとリガーは募集中です。もっとも、冨尾のようにスペシャリストではなくゼネラリスト志向の人が向いていると思います。バーチャルヒューマンという新しいムーブメントを一緒に創りあげてくれる、好奇心旺盛な方に参加してもらいたいですね。





冨尾:日々、新しいことへの挑戦が求められています。Lewisの髪の毛にはYetiを利用しているのですが、私はライティング/コンポジットを主に手がけてきたこともあり、Yetiを習得することからのスタートでした。大変なこともありますが、新しいスキルを習得できることが楽しいです。





次ページ:
<3>ファッション業界から環境問題にも取り組む

[[SplitPage]]

<3>ファッション業界から環境問題にも取り組む

バーチャルヒューマンが注目されるのは、インフルエンサーとしての機能だけではない。例えば、バーチャルなファッションアイテムの市場開拓につなげることも期待できる。自分のアバターに好きなバーチャルファッションを着せて、ネット上で写真を投稿する時代は、夢物語ではなくなりつつある。

こうしたアイデアが生まれる背景には宮地氏のキャリアも関わっているはずだ。宮地氏は、アメリカ留学を経て起業家として活動を開始。2014年9月に動画でファッションアイテムを紹介する3ミニッツを創業。動画制作やファッション動画マガジン、D2Cブランド「エイミーイストワール」「エトレ トーキョー」事業などを展開後、2017年2月にグリーに約43億円で売却した。その後、再び渡米した宮地氏はロサンゼルスでバーチャルヒューマンの波を体験し、2019年1月に1SECを創業。Liam、Lewisと立て続けにローンチをはたした。

宮地:女性のバーチャルヒューマンが先行する中、男性のバーチャルヒューマンがいなかったため、そこにチャンスがあると思いました。



Lewis〜シーンメイキング<1>

  • <A>

  • <B>

  • <C>

  • <D>

<A>ロケ現場となったレストラン内をTheta Sで撮影した写真を基に作成したHDRI/<B>Mayaによるライティング作業の例。基本的にはHDRIのみでライティングしているそうだが、必要に応じてライトを追加したり衣装に合わせて簡易的なオブジェクトを作成することもあるという/<C>実写素材に頭部の3DCGモデルを単純に合成しただけの状態/<D>一連のコンポジットワークが施された完成形。コンポジット作業にはNUKEを使用。投稿する写真によってはPhotoshopでさらに全体的な色味を調整することもあるそうだ



マーケットから逆算して、新たなビジネスを起ち上げるのが宮地氏のスタイルだ。ただし、そこには3ミニッツを通して知った、環境問題に対する思いもある。

2025年には300兆円規模の市場に到達する見通しで、華やかなイメージのあるファッション業界。しかし、「世界で2番目に環境汚染を引き起こしている業界」と言われるほど(※4)、環境に与える影響の高さが懸念されている。2016年の経済産業省の調査では、衣料品の廃棄量が年間で100万トン。枚数に換算すると30億着の衣料品が捨てられていることになる。1SECではこうした現状を、テクノロジーとバーチャル化で変えていくこともミッションに掲げているのだ。

※4:国連貿易開発会議(UNCTAD)の調査によると、ファッション業界は毎年930億立方メートルもの水を使用し、約50万トンものマイクロファイバーを海洋に投棄している。これにより、ファッション業界は世界で第2位の汚染産業と見なしている。(参照リンク:国連、ファッションの流行を追うことの環境コストを「見える化」する活動を開始

1SECの第1弾バーチャルヒューマンであるLiamの活動には、このミッションを反映するものも見受けられる。数少ない男性バーチャルヒューマンとして登場後、バーチャルヒューマンとして初となるグラミー賞の受賞を目指して音楽活動の準備を進めているそうだが、彼のツイートには世界の環境問題を日本に伝えたいという意志が込められたものがそれだ。

宮地:Liamであれば、単にお洒落なキャラクターを創り上げるのではなく、Liamの音楽性に紐づけるかたちで、世界の情勢をいち早く伝える存在に育てていければと思っています。

映画『レディ・プレイヤー1』(2018)を観て、こんな世界が到来することを確信したという、宮地氏。バーチャルヒューマンがSNS上で活動し、バーチャルファッションアイテム市場が拡大する中で、新たな職種を生みだすと共に、環境問題にも貢献していく......これが1SECのビジョンだ。ファッションブランドとのコラボレーションも進行中で、今春にはLewisを介して、新たな展開も準備中だという。リアルとバーチャルの境界線上から、新たな可能性が生まれてくるのかもしれない。



Lewis〜シーンメイキング<2>

  • <A>

  • <B>

<A>フリー素材のHDRIを加工してライティングに利用した例。図では、「HDRI Haven」が配布しているものを加工/<B>Mayaによるライティング作業の例

  • <A>

  • <B>

  • <C>

  • ブレイクダウン。<A>実写素材に頭部の3DCGモデルを単純に合成しただけの状態/<B>NUKEによるコンポジットとしての完成形/<C>Photoshopで全体的な色味を調整した最終形