Crytekのアートディレクターを務めた後、現在はリアルタイムCG主体のフォトリアルかつシネマティックな映像表現を追求するエラスマス・ブロスダウ氏。先日公開された最新テックデモ『Origin Zero is now called ZENOBIA - Technical Demo and Teaser [UHD]』では、自身のスタジオ「BLACK AMBER DIGITAL」のオリジナルコンテンツのタイトルを改め、4K/60FPSによる次世代のゲームプロジェクトとして開発を進めていくことが表明された。ブロスダウ氏が所属するSAFEHOUSE協力の下、新作テックデモに込めた想いと今後の展望をインタビューする。

TEXT_神山大輝 / Daiki Kamiyama(NINE GATES STUDIO
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)
PHOTO_蟹 由香 / Yuka Kani



Origin Zero is now called ZENOBIA - Technical Demo and Teaser [UHD]

<1>リアルタイムCGが苦手とする表現を確実に進化させる~最新テックデモに込めた想い~

スクウェア・エニックス ヴィジュアルワークス、米Blizzard Entertainmentを経て、現在はモデリング・スーパーバイザーとして精力的に活動する鈴木卓矢氏。そんな鈴木氏が、Blizzard作品をはじめとした数多の人気ゲーム開発と映像作品に携わってきたプロデューサーの由良浩明氏と2018年12月7日に創立したのが、新興CGプロダクションSAFEHOUSEである(※1)。

※1: SAFEHOUSE設立の経緯や中核メンバーについては下記インタビューを参考のこと。
プリレンダーCGにリアルタイムCGを組み合わせ、新たな価値を提示したい~鈴木卓矢氏が参加する新スタジオSAFEHOUSEが目指す映像制作とは

SAFEHOUSEの企業ビジョンは、「日本から世界へ、3DCG制作を新たな時代へ導きます。」となっているる。その具体的な施策として、現在力を注いでいるのがUnreal Engine 4(以下、UE4)を用いたリアルタイムCGによるシネマティク制作技法を確立させること。そこにはブロスダウ氏の知見が大いに活かされているという。

SAFEHOUSE 中核メンバー
左から、鈴木卓矢氏(取締役/モデリング・スーパーバイザー)、Erasmus Brosdau/エラスマス・ブロスダウ氏(専属アーティスト)、由良浩明氏(代表取締役社長/プロデューサー) safehouse.co.jp
※2019年1月撮影


プロスダウ氏は美術大学を卒業後、映像系(プリレンダー)のCGスタジオでキャリアをスタート。その後、Crytekに移籍したのを機にリアルタイムCGによる映像制作と、その技法の研究開発に取り組み始めた。そして、2011年頃からミニチュアゲーム『ウォーハンマー40,000』のファンムービー『The Lord Inquisitor』の制作に着手。2016年8月28日(日)に『The Lord Inquisitor - Prologue [UHD]』をYouTubeで公開すると、その映画的(cinematic)でハイクオリティなCGアニメーションが全編CrytekのCinebox(※2)によるリアルタイムCGで制作(しかも大半の作業をブロスダウ氏が単身で行なった)されたことから大きな注目をあつめた(※3)。

※2: 当時、CrytekがCryEngineと並行して開発していた映像等のノンゲーム向けのリアルタイムCGエンジン
※3: 2020年3月9日現在、547万回以上再生されている

The Lord Inquisitor - Prologue [UHD]

その後、ブロスダウ氏はオリジナル企画『ORIGIN ZERO』に取り組み始めた。それと並行して2017年10月22日(日)に東京で開催された『The Lord Inquisitor - Prologue [UHD]』メイキングセミナーがきっかけとなり、ブロスダウ氏、鈴木氏、由良氏が中心となりSAFHOUSEが創立された。

ブロスダウ氏は現在、オリジナル企画については最近設立した自身のスタジオ「BLACK AMBER DIGITAL」で制作を行なっている。そして、同社の日本窓口でもあるのがSAFEHOUSEというわけだ。

2018年3月15日(木)に公表された『ORIGIN ZERO』は、同年4月11日(水)に『ORIGIN ZERO - Episode 01 "Defeat" [UHD]』、同年11月26日(月)に『ORIGIN ZERO - Episode 02 "I remember" [UHD]』を公開したが、昨年3月6日(水)に近況報告の動画を公開した以降は大きな活動はみられなかった。

逆に言えば、それだけSAFEHOUSEの業務で多忙だったと言えるが(※本取材を実施した時点では、ブロスダウ氏の商業案件は全てSAFEHOUSEの案件とのこと)、ブロスダウ氏は着々と『ORIGIN ZERO』を『ZENOBIA』へとリニューアルするための準備を進めていた。満を持して公開したのが、『Origin Zero is now called ZENOBIA』なのである。

「『ZENOBIA』へのリニューアルは、バージョン2.0の幕開け」だと、ブロスダウ氏

『ZENOBIA』は現在、「次世代のゲームプロジェクト(a Next Generation Game Project)」と銘打ちゲーム企画として制作が進められている。そのねらいについて、『ZENOBIA』のプロデュサーでもある由良氏は「リアルタイムCGを活用した映像作品をつくるのはもちろん容易ではありませんが、ゲームとしての開発する上では技術的なハードルはさらに高くなります。また、次世代コンソールで4Kかつ60FPSで動くレベルの作品を開発することができれば、映像コンテンツとしてのさらなる展開も期待できます」と説明する。

試行錯誤しながら開発が行われた『ORIGIN ZERO』シリーズもリアルタイムCGによる映画的な映像コンテンツとして高い評価を受けていたが、『ZENOBIA』へとリニューアルしたのはルックの方向性が確定したからだという。具体的にはフォトリアルの追求、今回公開した映像ではレイトレーシングによるリフレクション、ソフトシャドウ、アンビエントオクルージョンが具体的な技術トピックとして紹介された。そのほかにも、キャラクター表現のパイプラインを確立するなど開発体制を拡充しているとのこと。

「今回の映像は、『ZENOBIA』の映像表現におけるドキュメンタリー的な面もあります。新たなテクノロジーを採り入れたことで、"『ORIGIN ZERO』からどのように表現が変わったか?"、そして表現の変化によってストーリーテリングやキャラクターのプロットラインがどのような進化を遂げようとしているのかを感じてほしいです」(エラスマス氏)

<図・左>『ORIGIN ZERO - Episode 02 "I remember" [UHD]』に登場した、ルナ・リチャーズ/<図・右>今回公開した『Origin Zero is now called ZENOBIA』のルナ。様式化されたルックからフォトリアル路線へと大きく舵が切られた

レイトレーシング技術を採り入れる上では、NVIDIA協力の下、GeForce RTX 2080 Ti開発者用モデルを借り受け、昨春からRTXテクノロジーの研究開発を進めていたとのこと。UE4におけるRTXテクノロジーの技術検証としては、非常に早いタイミングと言えるだろう。

「リアルタイムレイトレーシングは、特にソフトシャドウの表現で活躍しました。こうした柔らかな影をリアルタイムCGで表現する場合、従来はテクスチャベイクで表現していました。RTXテクノロジーによって、ベイクではなく全てリアルタイムでダイナミックに動かすことができるようになります。フェイシャルをはじめとするキャラクターアニメーションもさらにリアルな表現ができるようになったことで次世代の映画的(Cinematic)な画づくりの目処がつきました」(エラスマス氏)

ただし、全ての表現をRTXテクノロジー主体で制作したわけではないと、エラスマス氏。例えば、水面の波紋は物理シミュレーションではなく、複数のアルファチャンネルを交差させることで表現。レイトレーシングは用いているが、グローバル・イルミネーションはあえて採用しなかったそうだ。

「現段階でGIを使うならリアルタイムCGではなく、プリレンダーとして制作した方が合理的ですし、意図したビジュアルに仕上げられると思います」(ブロスダウ氏)

今回の映像は、次世代コンソール向けゲームグラフィックスを意識した実地的な仕様を想定して制作されたわけだが、表現とテクノロジーのバランスはブロスダウ氏が全てコントロールしているとのこと。

そうした意味でも、非常に重要なポイントは「なぜリアルタイムCGを用いるのか?」だと、鈴木氏は指摘する。

「プリレンダー畑の方々は、UE4をレンダラとして捉えがちですが、そうではありません。リアルタイムCGを用いるべきものと、プリレンダーで制作した方が良いものを正しくジャッジができる人は現状限られると思います。今回、エラスマスがGIを使わなかったのもリアルタイムCGとしての表現を追求した結果であり、こうしたジャッジを行えるのが彼の強みだと思っています」(鈴木氏)

なお、今回公開された『Origin Zero is now called ZENOBIA』のメイキング講演が、「CGWORLD +ONE Knowledge」として、5月14日(木)にヒューリックカンファレンス ROOM0(東京都台東区)で開催される。エラスマス氏のリアルタイムCG技法を目の当たりにできる絶好の機会だ。
※詳細は、こちらから。



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<2>背景モデラーからシ"ネマティック・アーティスト"へ~SAFEHOUSEが目指す次世代のCGプロダクション~

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<2>モデラーから"シネマティック・アーティストへ"~SAFEHOUSEが目指す次世代のCGプロダクション~

ここからは、SAFEHOUSEが進めているリアルタイムCGへの取り組みと、在籍するアーティストたちの人税育成について紹介しよう。

2019年にSAFEHOUSEが携わった案件の割合はおおよそプリレンダーが7割、リアルタイムCGが3割だったそうだ。そして、この割合は変わりつつあるという。

「SAFEHOUSEを設立した当初はプリレンダーが大半だったのですが、徐々にリアルタイムCG案件が増えています。SAFEHOUSEのリアルタイムCG案件の大半は、(ノンゲームの)映像コンテンツ向けのものになります。当初はプリレンダーを前提に打ち合わせをしていた案件でも、自分たちが試作したリアルタイムCG映像をご覧になっていただいたことがきっかけでリアルタイムCGに切り替えるといったこともあります。そうしたことの積み重ねで増えていったのですが、来年には逆転するかもしれません」(鈴木氏)

近年、ノンゲームにおけるリアルタイムCGの活用が急速に広まっている。リアルタイムCGを導入するメリットは、プレビューやレンダリングを効率良く行えることが大きいだろう。つまり、下流工程(ライティング、レンダリング、エフェクト&コンポジット)におけるイテレーション(トライ&エラー)の回数を増やせるわけだ。しかし、その部分にだけフォーカスする(プリレンダーの一部工程をリアルタイムCGに置き換える)のでは、リアルタイムCG本来の優位性を引き出すことができないとSAFEHOUSEでは考えているそうだ。

『Origin Zero is now called ZENOBIA』が示すように、リアルタイムCGを正しく活用すればプリレンダーに肉薄するクオリティを得ることができるようになった。今後は(ハイエンドの)ゲーム開発で培われてきたリアルタイムCGの作法やワークフローをプリレンダーの映像制作に採り入れていく割合が急速に増えていくはずだと、鈴木氏は続ける。

「例えばテクスチャ作成の場合、プリレンダーではユニークなテクスチャを作るのが一般的です。一方、ゲーム開発では、できるだけ少ない工数でバリエーション化するといった、より効率性を重視したワークフローが確立されています。映像コンテンツもより高度で複雑な表現が追求されていくはずですが、限られたリソースをできるだけ有効に活用するためにはリアルタイムCG制作技法を採り入れていくことが近道だと考えています」(鈴木氏)

いわゆる背景CG(エンバイロンメント)制作を主業務とするSAFEHOUSEだが、リアルタイムCGによる画づくりを進めていく上では所属アーティストたちを「モデラーから"シネマティック・アーティスト"へと育てていく」ことが欠かせないという。

ハリウッド映画のVFX産業では、海外の税制優遇措置をめぐる問題が根深い。コストメリットを求めるのはビジネスである以上、避けられないことだが先進国である日本で3DCG制作を"素材づくり"の範疇で行なっていくのでは早晩限界がおとずれるのはまちがいない。

そこでSAFEHOUSEでは、「アセットをモデリングするだけではなく、演出的な意図を理解してレイアウトやライティングを行う」という、まさに画づくりを実践できるアーティストの育成を行なっていくのが当面の目標だという。

「作業者ではなく、映画的なビジュアルを創る人という意味合いです。このライティングで良いのか、このレイアウトで良いのか、デジタルデータを扱う上でも感性を問われるポジションになります」(由良氏)

確かなアートの素養を武器に、独学ではじめたリアルタイムCGによる映画的な画づくりを行うブロスダウ氏は、まさに"シネマティック・アーティスト"の先駆者というわけだ。

これまではハイエンドなデジタルコンテンツを制作する上では、相応の人員とスタジオ規模が求められた。そうした面にも変革をもたらすのがリアルタイムCGだとSAFEHOUSEは考えている。実際にブロスダウ氏は一連のリアルタイムCG映像をほぼ単身で手がけてきた。また、レンダリングやストレージについてはクラウドサービスの進化も見逃せない。

「今後は個人創作やインディーズがより面白くなるはずです」(鈴木氏)



info.

  • リアルタイムエンジンによるフォトリアル映像制作/エラスマス・ブロスダウ 氏
    UNREAL ENGINE 4でハイクオリティな映像作品をつくるには

    参加費:11,000 円(税込)
    開催日:2020年5月14日(木)17:00〜20:00
    会場:ヒューリックカンファレンス ROOM0(東京都台東区浅草橋1-22-16 ヒューリック浅草橋ビル)
    お申込みリンク:https://shop.cgworld.jp/shopdetail/000000000762