ゲーム業界を軸に、フリーランスの3DCGデザイナーとして幅広く活躍する鬼木拓実氏。ゲーム業界3年目となる2017年にフリーランスとして独立。独立4年目を迎え、CG制作だけでなく専門学校の講師など活動の幅をさらに広げている。また、自身の経験を基にTwitterYouTubeブログなどで、クリエイターとしての心構えやフリーランス生活を送る上での秘訣を発信するなど、積極的な活動を続ける鬼木氏は「独立の秘訣は、ビジネス戦略的な目線で実践すること」と話す。若手CGクリエイターがフリーランスになる上で必要なこととは? 独立を成功させるために意識すべきことや、やるべきことを鬼木氏に聞いた。


構成_安田俊亮 / Syunsuke Yasuda
INTERVIEW&EDIT_三村ゆにこ / Uniko Mimura(@UNIKO_LITTLE
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota


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キャリアは自主制作でコントロールする

CGWORLD(以下、CGW):フリーランスの3DCGアーティストとして独立されて今年で4年目とのことですが、とても精力的に活動されていらっしゃいますよね。鬼木さんが独立を決意された経緯をお聞かせください。

鬼木拓実氏(以下、鬼木):独立した理由はいくつかあるのですが、主には「収入をもっと上げたい」という思いが強かったからです。独立する前はゲームのCGをつくる会社に就職していたのですが、収入は手取りで月20万円に届かない程度だったので、生活は正直厳しい状態でした。そんなときに「フリーランスだともっと稼げるらしい」という情報が入ってきて(笑)。それで独立することにしました。

CGW:ゲーム業界に入って3年目で独立されたそうですね。3年目で独立するというのは、ゲーム業界では一般的なんでしょうか?

鬼木:3年目で独立は早い方ですね。当然多くの不安がありましたが、私と同等程度のスキルでフリーランスとして独立し、それなりに成功を収めている方々がSNSでいろいろと発信していて、「自分も大丈夫なんじゃないか」と(笑)。そういった、SNSでの情報発信に背中を押してもらった部分は大いにあります。それに、もし上手くいかなかったとしても再就職しやすい業界ですので、まずはやってみようと決心しました。

  • 鬼木拓実/Takumi Oniki

    フリーランス / 3DCGデザイナー

    Twitter:@oniking0719
    鬼木の3DCGフリーランスサバイバルブログ:www.onikitakumi.com

CGW:そういったフットワークの軽さは、独立するには必要かもしれませんね。SNSに流れるリアルな情報は、上手く付き合えば味方になってくれますよね。

鬼木:最近はSNSでの情報発信が充実していますし、若い人でもフリーランスになるケースが増えてきていると聞きます。私と同じように、SNSの情報に後押しされる方が多いのではないでしょうか。

CGW:Twitterの更新は鬼木さんの活動の中でも主軸を担っているように思えるのですが、意識的に活用されているのですか?

鬼木:はい。Twitterでの情報発信は、独立当初からWebマーケティングの一環として意識していました。まずはオリジナル作品の投稿をメインに行なって、CGクリエイターとしての実力や作風を知ってもらうよう心がけました。また、作品を掲載するだけではなく、これまでどういうことを手がけてきてどういうことができるか、といった経歴をプロフィール欄にしっかりと書くことも重要です。作品がリツイート・拡散されると、だいたいプロフィールは読まれますからね。プロフィール欄がしっかりと書かれていたら、依頼する方も声がかけやすいと思います。

CGW:SNSが営業&PRの場でもあるんですね。SNSで自己PRする際のポイントはありますか?

鬼木:作品画像がCGの仕事の入り口となり、プロフィール欄でさらに認知してもらう、といったイメージでつくると良いと思います。こうしておくと、Twitterがそのまま最新のポートフォリオとして使えるんですよ。クリエイター界隈の飲み会で自分のTwitterの話をして、実際にそのままお仕事をいただけたこともありました。

CGW:SNSを戦略的に活用して活動されているんですね。話が少し戻るのですが、独立後は順調にお仕事が入ってきていましたか?

鬼木:最初の3ヶ月はあまり上手くいっていませんでした。理由はふたつあって、ひとつは依頼された案件のレベルが自分のスキル以上のものだったこと。もうひとつは、仕事の依頼がそれで途切れてしまっていたことです。その案件は、最終的には何とか無事に納品することができたのですが、毎日ほとんど休みなしで取りかかっていました。

CGW:フリーランスだと、自分独りで乗り越えないといけませんからね。不安が大きかったのではないですか?

鬼木:はい。独立3ヶ月ですでに先のことを考え、念のために転職活動を並行して開始していたくらいです。結果的には、ありがたいことにそれ以降も新規の依頼をいただくことができたので転職をせずに済みました。新規依頼をいただいたのは、転職活動で面談の日程が決まっていよいよ気持ちを切り替えようかなという段階だったんですよ。フリーランスを諦めるもう本当にギリギリの間際です(笑)。その期間は色々な意味で追い込まれていて、かなり苦しみました。フリーランスならではの苦しみですが、経験から言うと、独立する際の「付きもの」として、ある程度苦しむ覚悟があった方が良いかもしれません。

CGW:スタート直後は何かと苦しいものかもしれませんね。「3DCGクリエイターとしての実力」という点で、独立するための最低ラインはどの程度だとお考えですか?

鬼木:最低限、最初から最後まで自分の力でつくり上げて、納品できるレベルの実力は必要かもしれませんね。何しろ、手伝ってくれる人がいませんから(笑)。先輩のサポートなしで納品できない程度のスキルだと、まだまだ実力を養う段階なのかなと思います。

CGW:独立後のスキルアップで意識されたことはありますか?

鬼木:仕事をこなすだけでもスキルアップにつながっているという実感はありますが、私がこだわっているのは自主制作した作品の発表です。特に、仕事ではあまり使わないツールや技術を中心に、普段の仕事の補足のようなイメージで制作するようにしています。自主制作で技術的な幅を広げておけば、より幅広い案件に対応できますからね。

そういった点で「発表の場」はとても大切です。スキル的に「自分はできる」と思っていても、他人に伝わっていないと意味がありません。自主制作では、その時点のスキルレベルを詰め込むことができるので、自分の市場価値をリアルタイムで伝えやすいんですよ。私の場合、ポートフォリオ更新のためにも年間2~3作品は発表するようにしています。

CGW:なるほど。日々実力を磨いてアップデートしたものを公開することで、実力だけではなく成長の過程を見せることもできますね。SNSの情報が常にフレッシュな状態なので、準備万端な営業ツールになってくれるし。

鬼木:そうなんですよ。でも、受注案件をこなしながら自主制作を発表し続けるって想像以上に大変で、実際、ほとんど誰もやっていないんですよね。仕事の合間の空き時間や、休日を使って取り組まないといけませんから。ただ、誰もやっていないからこそ、そこに力を入れると突き抜けることができるんです。

キャリアは自主制作でコントロールできるのではないでしょうか。私の場合は、CG制作が好きだからと言うより戦略的に自主制作をしていると言ったほうが正確なんですが、CGが好きでどんどんオリジナル作品を発表しているクリエイターの方の作品を見ると、本当に敵わないなと思います(笑)。好きでやっているのであれば最高ですよね。

▲鬼木氏の自主制作作品

CGW:しっかりと実力を磨きつつ、SNS経由でオファーをもらいやすいよう環境をつくっているわけですね。ほかにも、意識的にお仕事につながるアクションを起こされていますか?

鬼木:SNSをつくりこんでただ待っているわけではなく、営業もしっかりと行なっています。私の場合、いわゆる「人脈」がほとんどないので、自分で売り込みに行く感じです。そのため、どんな会社がどんなことをやっているかは常にチェックしていますよ。CGWORLDの求人情報ページ「CGWORLD.jp JOBS」は本当にありがたい存在です(笑)。

CGW:お役に立てて何よりです(笑)。でも、転職するために見ているわけではないですよね?

鬼木:はい。求人情報をざっと見て「良いな」と思う企業があったら、ホームページの問い合わせフォームからメールを送っています。人材が足りていないから募集をかけているわけですし、派遣会社を通すよりクリエイター本人から直接アプライをかけたほうがシンプルで、お互いにメリットがありますからね。直接連絡を取って受注案件として応募する、営業ツールみたいな感じです。また、募集をかけている企業はクリエイターを探しているので、話を聞いてもらいやすいようにも思います。ということで、募集要項や中途採用の新着情報をチェックしておくのはオススメです。

CGW:CGWORLD.jp JOBSの意外な活用法ですね! 感心してしまいました(笑)!

▲CGWORLD.jpの求人情報ページ「JOBS」が営業ツールに!?



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報酬の交渉はあえて「面の皮を厚く」

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報酬の交渉はあえて「面の皮を厚く」

CGW:報酬の交渉もフリーランスでの活動では大切だと思います。鬼木さんはどういったお考えで交渉されていますか?

鬼木:独立して間もない頃は受注案件の相場がわからなかったので、プロジェクトごとに段階を追って交渉していきました。ある会社での仕事の報酬を基準に、他の会社で同等レベルの案件があれば少し上乗せして交渉してみるといった感じです。OKであれば基準となる価格が徐々に底上げされていきますし、交渉が難しい場合は企業側から「その実力ではこの金額が限界です」と言ってくれますから(笑)。

CGW:大胆に交渉されるんですね!

鬼木:そこはもう、あえて「面の皮を厚く」して交渉に臨みます。何と言っても収入を上げるためにフリーランスになっていますから。生活がギリギリでは余裕がなくなってしまい、機材やツールなど制作環境の整備や、自主制作に打ち込むことが難しくなります。生活を豊かにすることは、より快適に仕事を進めるためにも重要なことです。実力があるのであれば、思いきって報酬も高めに提示してみてはいかがでしょうか。

CGW:現段階の実力の見極めと、それに見合った価格で折り合いがつくよう積極的に交渉する。フリーランスには必要な心構えですね。

鬼木:はい。「貪欲に稼ぐ」というモチベーションは必要で、貪欲でなければフリーランスには向いていないのでは、と思っています。また、リスクヘッジとして受注案件以外にも収入が得られる手段があると良いですね。

CGW:生活を支える柱を増やすわけですね。鬼木さんは、柱のひとつとして教育事業に取り組まれていますよね。

鬼木:教育事業に着手したきっかけもTwitterだったのですが、普段の私の考えをTwitterで発信していたら、あるときからDMで質問が来るようになったんですよ。はじめのうちは直接DMで返事をしていたのですが、あまりにたくさん質問が来るのでブログをつくり、そこで回答することにしたんです。

ブログでは「アフィリエイト(成功報酬型広告)」というしくみを使って収入を得ることが可能なんですが、私の場合はCG制作やフリーランス向けに特化したブログなので、コンテンツにふさわしい商品が見当たらなかったんです。そこで、「自分の商品でアフィリエイトみたいなことをすれば良いのでは?」と思い、CGに関するチュートリアルのような教材を新たにつくってコンテンツに組み込むことにしました。

CGW:流入を得るために、独自のエコシステムを構築されたんですね!

鬼木:はい。読者のみなさんに教材を購入していただいたり、講座に申し込んでいただいたりすると、それだけで直接的な利益になりますし、アフィリエイトの収入も得られる。そうするとTwitterやブログの情報発信にも二重の意味が出てくるので、効率がすごく良いんですよ。

ブログを書いている間、特にブログ開設当初は時給0に近い作業になるので大変なこともありますが、時給脳はひとまず取っ払うことをオススメします。直売できるコンテンツは「ストック型コンテンツ」として不労所得に繋がりますし、ずっと先の利益を考えて動くと良いのではないでしょうか。

CGW:ご自身のブログでご自身の商品を宣伝して売る。還元率100%の発明じゃないですか(笑)。しかし、教材をつくるとなると、「そこまでの知識や経験がないので無理だ」と思ってしまいます。

鬼木:そのハードルが越えられず、控えめになっている方は多いかもしれませんね。でも、よく考えてみてください。人によって知りたいレベルってちがいますよね? 例えば、「Blenderを3ヶ月触った」という知識と経験しかもっていないとしても、「これからBlenderを学んでみたい」と思っているまったくの初心者の方の役には立てるはずです。

「教材」と言うと上級レベルでなくてはならないと考えがちですが、上級レベルの知識だけではなく、初級レベルの知識を求めている方も多くいらっしゃいます。「あのとき、こういうことを教えてくれる人がいたら良かったのに」と想像してみれば、そのままの知識で教材がつくれるのではないでしょうか。上級者には難しい「同じ目線で教える」ことができるし、どんな人だって教材はつくれるわけです。自分を卑下しないで、どんどん情報発信すると良いと思います。きっと誰かの役には立っていますから。

CGW:そう考えると、CGクリエイターに限らずどんな立場の人でも伝えられる情報はありそうですね。鬼木さんが常に戦略を練っていて、そこから様々な発想が出てくるのだと良くわかります。

鬼木:フリーランスって、言ってみれば「"自分"という事業の社長」なのかなと思っています。なので、ひとつ「柱」となるような仕事があったとしたら、その周囲でも何かできるのではと考えていきます。そのメインとなるものが、私の場合は3DCGデザインですね。他のことと合わせて、事業全体の売上を上げていけたら良いなという発想です。もともとビジネス的な戦略を考えるのはとても好きですし、考えたことがぴったりとハマっていくと嬉しいんですよね。ひとつひとつが、すべて戦略なんです。


【後編】
『独立して自由を手に入れろ!フリーランス3DCGデザイナー、鬼木拓実氏が実践する「独立を成功させる心構え」とは
<副業篇>』

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