興業収入20億を突破し、大ヒット公開中の映画『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』。隅々まで行き届いた写実的な画づくりにこれまでにないリアリティを覚えた視聴者も多いことだろう。それらは細かなひとつひとつの演出によって支えられており、そこにはCGによる表現がさりげないかたちで、ときには目を引くかたちで組み込まれている。主にメカパートを担当したCGディレクターの藤江智洋氏によると、ガンダムシリーズの伝統を受け継ぎつつもこれまでの制作経験をアップデートさせるなど、丁寧な仕事を積み重ねてこの高みへと仕上げていったことがわかる。CGディレクター・増尾隆幸氏へのインタビューに続き、村瀬修功監督の「リアル」な作品づくりへの姿勢を含め、制作スタッフのモビルスーツ愛とこだわりの制作模様を藤江氏に聞いた。

『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』
CGディレクター・増尾隆幸氏に聞く、
実写VFX仕込みの匠の技

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TEXT_日詰明嘉
EDIT_沼倉有人(CGWORLD)、三村ゆにこ
PHOTO_弘田 充
©創通・サンライズ

【大ヒット御礼】『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』ロングPV
企画・製作:サンライズ/原作:富野由悠季、矢立 肇/監督:村瀬修功/脚本:むとうやすゆき/キャラクターデザイン:pablo uchida、恩田尚之、工原しげき/キャラクターデザイン原案:美樹本晴彦/メカニカルデザイン:カトキハジメ、山根公利、中谷誠一、玄馬宣彦/メカニカルデザイン原案:森木靖泰/総作画監督:恩田尚之/色彩設計:すずきたかこ/CGディレクター:増尾隆幸、藤江智洋/編集:今井大介/音響演出:笠松広司/録音演出:木村絵理子/音楽:澤野弘之/配給:松竹ODS事業室
gundam-hathaway.net



<1>「リアリティ」ではなく「リアル」を求めた映画づくり

CGWORLD(以下、CGW):藤江さんが『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』に参加をされたきっかけを聞かせて下さい。

CGディレクター 藤江智洋(以下、藤江):2015年頃にはお話をいただいていて、ガンダムシリーズとしては『機動戦士ガンダムUC(以下、UC)』(2010)、『機動戦士ガンダムNT(以下、NT)』(2018)に引き続き担当させていただきました。『NT』の制作中には村瀬修功監督が以前制作された『虐殺器官』(2017)にもお手伝いで入り、監督のニュアンスを掴んでいったのですが、CGの物量としては本作の方が圧倒的に多く、今回は増尾隆幸さんにもCGディレクターとして加わっていただくことになりました。リアルで繊細な描写を必要とする部分は増尾さんに見てもらい、私はモビルスーツ(MS)やコックピットなどのメカを主に担当しています。ただ、垣根を越えた様々な要素や質感表現が1つのカットに混在しているので、その場合は二人で一緒に見てそれぞれの担当分野をチェックし、フィードバックして最後に合わせるというかたちで進めています。

  • 藤江智洋/Tomohiro Fujie

    東京電機大学工学部を卒業。
    エンジニアとして車両メーカーに就職後、CGクリエイターに転身。『SDガンダムフォース』への参加をきっかけに、株式会社サンライズに移籍。『GUNDAM EVOLVE』、『ケロロ軍曹』などの作品にも参加。
    現在、サンライズ所属のCGディレクターとして、『機動戦士ガンダムUC』、『Gのレコンギスタ』、『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』などのCGモデリング、ディレクションを手がける。



CGW:スタッフクレジットを拝見すると、非常に多くのスタジオが参加されていました。藤江さんがやり取りされていたチームはどのような感じでしたか?

藤江:私と増尾さんはディレクターですので、CGスタッフの方々と何らかのかたちで関わっています。サンライズ第1スタジオでは3ds Maxを使い、「Ξ(クスィー)ガンダム」や「ペーネロペー」のカットのモデリングを含め制作しています。他のチームですと、LightWaveを使うサブリメイションさんとYAMATOWORKSさんは担当していただくカットも多かったので、シーンに関連する多種のモデリングからお任せしています。両社とも物量への対応力も高く大変助かりました。

CGW:ツールは3ds Maxとのことですが、シェーダはどのようなものを使われましたか?

藤江:皆さん使われているPencil+標準のシェーダ機能をそのまま使用して出力しています。『UC』や『NT』は質感の陰影を付け加えていましたが、今回はそれもなしでシンプルな画になっています。

CGW:3DCGで描く上で、村瀬修功監督からはどのようなリクエストがありましたか?

藤江:村瀬監督はご自身の中に確固たるビジョンがある方で、それに向けて各チームが時間をかけてひたすら丁寧につくり上げていくという制作スタイルでした。言葉にすると、『UC』や『NT』が「リアリティ=ありそう」を目指すのであれば、本作が目指しているのは「本当にその街や戦闘状況が存在する」という「リアル」だと感じています。そのため、CGのモデル作りからアクションシーンまで、「画的なウソ」をつくことはほとんどありませんでした。建物が何メートルだとか、戦闘は高度何メートルでどのくらいの移動スピードで戦っているとか。「そう見えるように」ではなく、まさにその組み合わせの通りにリアルベースで描いていく。カメラのレンズは何ミリで位置はどこで......と、非常に緻密に組み立てられています。そのため、ダイナミックな画づくりを得意とする人たちは「ウソがつけないレギュレーション」に苦戦していたようです。3DCGはカメラレンズの設定が自由なので、それらしい画づくりが簡単と思われがちですが、何も考えずにやると失敗した画づくりになってしまいます。そうした「ウソ」をつかず、エンターテイメントとしてアクションさせる難しさがありました。

CGW:メカ描写については、作画用CGガイドも含めると9割以上のカットに3DCGが使われているそうですね。

藤江:はい。一般的なアニメと比べて大きく異なる点は、監督自身がCGでレイアウトやカメラワークを決めている点です。すでに絵コンテの段階でCGデータが存在していました。監督がCinema 4Dで作られたレイアウトデータをいただいて、本番用に組み直すという手順で作業を行いました。作画においてパースを引くのは面倒な作業で、それがCGであれば簡単にできる。監督は「ならばCGを使おう」と合理的な考えをされる方です。従来であればCGスタッフ側が作画の方の意図を汲み取ってガイドを出していたのですが、村瀬監督ご自身がそれをできる方なので、最短距離で「正解」に進むことができます。ただ、それはあくまでもたたき台であり、カットワークとしてはここからが本番のカット制作ですし、画面にしてみたらやりたいことが増えてくるので、必ずしもそのままのものが完成画になるということではありません。

▲『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』トレーラー

CGW:総カットの中で、村瀬監督が自ら3Dでレイアウトされた割合はどのくらいでしょうか?

藤江:半分以上は確実にレイアウトされています。特に後半のシーンは、ほとんど村瀬監督が行なっています。3DCGのレイアウトを出していないのは植物園のシーンくらいではないでしょうか。

CGW:村瀬監督はベテランのアニメーターで、手描きでも非常に端正な画を描かれるにも関わらず、CGツールも柔軟に使いこなされるんですね。

藤江:こんなに器用な方は他にいらっしゃらないかもしれません。村瀬監督はもともとVコンテを作るためにAfter Effectsを使われていたので、そのながれで付属しているCinema 4D Liteを利用しはじめ、そこからCGモデルを使ってレイアウトをつくるようになったと聞いています。村瀬監督は以前、ゲーム『ファイナルファンタジーIX』(2000)のキャラクターデザインでスクウェア(現:スクウェア・エニックス)に在籍されていた時期があり、そこでMayaに触れていたそうなので、CGに対する抵抗感はなかったそうです。

▲『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』冒頭15分53秒(Aパート)

CGW:本作で制作された、MSをはじめとする3DCGアセットは何種類になりますか?

藤江:MSは「Ξガンダム」、「ペーネロペー」、「メッサーF型」、「グスタフ・カール00型」の4機体とそこからの派生モデル。あとはモビルスーツが乗る「サブ・フライト・システム」(ケッサリア、ギャルセゾン)が両陣営1機ずつです。ただ、それ以外のBGモデルや細かなプロップス、その派生を含めるとCGアセットは200点ほどになります。一例を挙げると、日常シーンに登場するコップやストローもCGで制作されています。そこではもちろんキャラクターとの対比を考えてカットに組み込むので、ひとつひとつに丁寧な作業が求められました。

CGW:劇場パンフレットに掲載されているインタビューに、「(モデリング作業では)メッサーとギャルセゾンが一番苦労しました」とコメントされていますが、具体的にどのような苦労があったのかお聞かせください。

藤江:2機のガンダムは、ありがたいことにすでに立体化されていたのでそれを参考にすることができました。しかしメッサーは立体がほぼありませんでしたし、小説やゲームで描かれたデザインから現在にいたるまで、監督やメカ作画監督の方が思い描いていた「メッサー像」が各々にありました。当初それらをすべて盛り込もうとしたのですが、本作が目指すイメージとはズレてしまうため、それらの調整や落とし所を探りつつ時間をかけてつくり上げていきました。

本作ではメッサーが空から降下するシーンがあり、それに対して「従来のデザインにあったこのパーツがこの役目を果たす」というかたちでギミックに落とし込んでいます。また、メッサーは頭頂高で23メートルの設定で「ギャルセゾン」というサブ・フライト・システムに乗って劇中は移動するのですが、ギャルセゾンにメッサーを2機搭乗させるためにはスカート部分が大きすぎてもともと想定していたサイズでは収まらず、大きくする必要がありました。最終的なギャルセゾンのサイズは、現実世界でいえば体育館ぐらいの大きさになります。つまり、体育館が空を飛び回っているという画面になるわけです(笑)。リアルを追求する村瀬監督に言わせると、「あまりに大きすぎてこんなものは飛ばせない」ということで、できるだけ小さく見せるようデザインして、納得していただけるよう調整を重ねた結果となっています。

CGW:MSのアウトライン(輪郭線)を削減するため、ポリゴン単位でモデルを調整されたとのことですが、その詳細を教えて下さい。

藤江:Pencil+のライン設定は、様々な条件でアウトラインを描写することができますが、単純にあれもこれもとアウトラインを出してしまうと、ラインの本数が多すぎてアウトラインで絵がつぶれてしまい、見せたいものが見えなくなってしまいます。そこでCGモデルのセットアップの段階で、線を出したい部分と出したくない部分を決めて仕込んでおきます。どの線を出すかは私の方で判断させていただきました。これも『UC』で得たノウハウです。LightWaveを使うチームにも、上がってきた画にチェックを入れて戻すことによってモデルのアウトラインの密度を統一しています。

CGW:『UC』ではデザイン影を多用されていましたが、今回はいかがでしょうか?

藤江:本作でも使用しています。デザイン影は、本来ある凹凸を簡略化した影表現です。影はあくまでもデザインなので平面に描かれていて、画的な陰影は出せるけれど実際の凸凹は立体ではないのでアウトラインも出しません。遠目に見ると立体感があるけれども、近寄るとツルツルになっていますので、画面としてシンプルになります。これがCGと非常に相性が良いのです。CGでは凹凸を設定通りに作るとアウトラインが出すぎて真っ黒になってしまいますが、それを出さないようにするためにモデリングの段階でデザイン影に設定しておきます。そうすることでディテールは感じるけどアウトラインは減らすことができるので、画の密度のバランスがちょうど良くなるのです。ミディアムショットくらいであれば影付けの味付け程度に見えて悪目立ちしませんし、さらにロングになれば自然に周りに溶け込んで見えなくなります。仕上がる画の自由度も増します。これは『NT』でも使用した手法で、サンライズ第1スタジオのノウハウとして継承されているものです。



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<2>スペシャルにつくるより、丁寧な仕事の積み重ねで生み出した映画

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<2>スペシャルにつくるより、丁寧な仕事の積み重ねで生み出した映画

CGW:MSのアニメーション作業を効率的に行うための工夫はありましたか?

藤江:一般的なつくり方と同じように、アニメーション用の軽いモデルでカットワークを進めていき、最終的には形状のハイポリ化や、細かいディテールをつくり込んだモデルに差し替えています。特に本作では、MSのデータ量が重かったので大変でした。『UC』のユニコーンガンダムのCGモデルと比較すると、Ξガンダムやペーネロペーはポリゴン数だけでもおよそ3倍です。リグについては基本形状と間接部分にのみ組んで、後はカットワークを担当されるチームの方が使いやすいように、それぞれカスタマイズしていただきました。

CGW:レンダリングについてはいかがでしょうか?

藤江:3ds Maxを使うチームであればサンライズのセットをお出ししますが、LightWaveを使うチームであればこれもそれぞれのチームにお任せしています。本作は質感処理などを行なっていないので、色指定通りにセルルックの素材を出力してもらえればOKでした。ライティングの印象さえ合っていれば、カットごとに影付けを追い込まなくても全体として統一感は出るだろう、という考えで進めました。

CGW:本作において技術的なチャレンジはどのようなものがありましたか?

藤江:使っているソフトも従来と同じですし、テクニカルな部分でのチャレンジはさほどないのですが、新しい試みとして全天周モニター(コックピットのドーム)に表示される虚像のグラフィック表示を今回は3DCGで制作しました。従来であればCGでドーム状のガイドを作り、撮影でモニター表示の素材を歪ませて貼り付けていたのですが、本作ではやはりリアル志向で、空間に表示されるグラフィックを実際の3D空間に配置する形で作られています。CGであれば量産ができて作るメリットが大きい案件だったので、担当スタッフには本当に繊細な調整までがんばってもらいました。

CGW:つくり込みにはかなり時間がかかったのではないですか?

藤江:かかりましたね。全天周モニターは専用のデザイナーさんがいらっしゃって、デザインで描かれたものをCGにしてはみたものの印象がちがうことがあり、細かく修正する必要がありました。実際にコックピット内にカメラを置いてみると虚像という設定ですが、実際は3Dモデルが置いてあるので視差も全て表現できます。丁寧に見ると積層感があり動いている様子がわかりやすくなっていて、2Dでは実現できなかったカットもいくつかあります。あと、全天周モニターは外の景色を見せる必要がありますが、手前の計器などにも存在感があります。それらは見えなくても見えすぎてもいけないので、その塩梅を探るためのやり取りを繰り返しました。ただ、仕様が決まりさえすれば情報量が非常に高い映像になるので、大きなメリットでした。

CGW:藤江さんのお気に入りのシーンとその理由を教えてください。

藤江:私はモデラー出身のディレクターなので、やはりCGモデルに目が行きますね。ペーネロペーのような複雑なモデルはなかなかお目にかかれないです。それをアニメーターさんのセンスで生々しく動かしているシーンは、まさに複雑な形状を動かすCGの得意とするところで見ごたえがあると思います。村瀬監督からも「生物っぽく」というオーダーがあり、従来のMSと比べてふり回したような動きが出ていると思います。

CGW:本作では非常に豊かなビジュアルが従来のファンを越えて好評です。今後の第2部、第3部への抱負をお聞かせ下さい。

藤江:リアルになればなるほど増尾さんの領分になるので、増尾さんのご活躍に期待します(笑)。私の方では、伝統あるガンダムシリーズの系譜として「セルアニメらしさ」を残していく必要があると考えています。ここで金属質感の強いギラギラした極端な画づくりなどをすると、作風としてちがってしまいますからね。従来のテイストをきちんと残しつつ要所でプラスアルファを積み上げ、それらが融合していけばまた新しい画面づくりができると思います。今回のように全天周モニターの表現を新しくすると、また別の部分で改良したくなるでしょうね。村瀬監督のビジョンを進めれば、やがて地球丸ごとCGで作って、そのバーチャル空間にカメラマンを置いて撮っていこう......となっていくのではないかと思います(笑)。

CGW:藤江さんから読者の皆さんに、本作の見どころをおしえてください。

藤江:監督はアニメーションカットを作るというよりも、すでにそこにある出来事をカメラで撮り続けて映画にしたかのような作りに感じます。大人な演出の見せ方もあり、映画として見ごたえのある内容になっていると思います。私たちとしても画面の「端の端」にあるデジタル表示まで丁寧に扱い、止め画にしても耐えられるようにつくっています。特別なことをするというよりも、ひとつひとつの表現が非常に丁寧に仕込まれてつくられているので、映画全体に統一感があります。CGづくりでいえば、プラグインありきではなく、先につくりたい画をしっかりとイメージしてそれを具現化する。皆さんと同じ機能を使っていても、そこから差別化する一工夫を加えて「どうやってこの画をつくったんだろう?」と思わせることができたら、CGディレクター冥利に尽きますね。

CGW:ちなみに次作に向けたスタッフの募集はありますか?

藤江:ぜひとも。モデラーやアニメーターはもちろん、本作ではあまり組むことができなかったリグもさらに追求していきたい考えです。今回、MSをここまでCGで動かしたことによって、ガンダムシリーズといえども3DCGの利用はさらに加速していくと思います。ただ、そう簡単にことは進みませんので、それを支えるテクニカルな専門スタッフに参加していただけると大変助かります。