>   >  新・海外で働く日本人アーティスト:SEから映像業界へ、DreamWorksでパイプライン開発者として活躍! 第19回:安達 基久(DreamWorks Animation / Department TD)
SEから映像業界へ、DreamWorksでパイプライン開発者として活躍! 第19回:安達 基久(DreamWorks Animation / Department TD)

SEから映像業界へ、DreamWorksでパイプライン開発者として活躍! 第19回:安達 基久(DreamWorks Animation / Department TD)

今回は、ハリウッドの大手アニメーション・スタジオで次世代パイプラインの開発に携わっている日本人デジタル・アーティストを紹介しよう。ソフトウェア・エンジニアとしてキャリアをスタートさせ、現在はDreamWorks Animationで活躍する安達氏は、「海外での経験は、たとえ短期間でも意義の大きいものになる」と語る。それでは、さっそく安達氏に話を伺ってみよう。

TEXT_鍋 潤太郎 / Jyuntaro Nabe
ハリウッドを拠点とするVFX専門の映像ジャーナリスト。
著書に『海外で働く日本人クリエイター』(ボーンデジタル刊)、『ハリウッドVFX業界就職の手引き』などがある。
公式ブログ「鍋潤太郎☆映像トピックス」


EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada

Artist's Profile

安達基久/Motohisa Adachi(DreamWorks Animation / Department TD)
茨城県出身。1987年東京都立大学大学院工学系を修了し、パシフィックコンサルタンツ、クボタコンピュータでソフトウェアエンジニアとして勤務。その後、スクウェアにて3DCGプログラマーとして『ファイナルファンタジー7、8』に、SquareUSAホノルルスタジオにて映画『ファイナルファンタジー』(2001)に参加。2002年にDreamWorks Animationに入社し、ライティングソフト開発に従事。その後、同社にてエフェクト・アーティストに転向。再び2015年にパイプライン・エンジニアに

<1>ソフトウェア・エンジニアから、ゲーム・映像業界へ

ーー日本では、どんな学生時代を過ごされたのですか?

安達基久氏(以下、安達):大学では土木工学科に在籍し、耐震工学を勉強していました。実際の地震波のデータをコンピュータで解析したり、境界要素法という手法を用いた耐震シミュレーションソフトを開発していました。当時はPCが出始めのころで、まだメインフレームマシン全盛の時代でした。このときに初めてコンピュータというものに触り、一気にのめり込むようになりました。CGという言葉を知ったのも、ちょうどこの頃です。

自分で購入したPCにフルカラーのフレームバッファとRAMディスクを入れて、独学でシェーディング・アルゴリズムなどを勉強し、レイトレーサーなどを書いて遊んでいました。ポケット計算機(電卓)にパース図作成のプログラムを書いて、実際に学校の課題で使っていたりもしました。コンピュータ言語にも興味が出始め、学校ではFortranでしたが、家ではHitech-C、FTL-Modula2、Turbo-Cなどの言語を使っていました。

ーー日本でお仕事をされていた頃の話をお聞かせください。

安達:最初の仕事は、メインフレームマシン上での有限要素法プログラムの開発でした。当時はまだベクターディスプレイを使用していて、それにワイヤーフレーム画像を表示していました。クボタコンピューターに入社後、Ardent社のTitanというグラフィックス・ワークステーション上で様々な種類のCGプログラム開発に従事しました。その頃は同様のコンセプトのマシンがSGI社、Stellar社など多数の会社から出ていました。3DCGが一気に普及し始めた頃だと思います。幸運だったのは、勤務時間以外にも最先端のマシンを好きなだけ使うことができたことでしょうか。これが今のスキルの基礎になっているように思います。

その後、ゲーム会社のスクウェア(現スクウェア・エニックス)に入社し、『ファインナルファンタジー7、8』に参加し、アーティスト用の3DCGツールなどをつくっていました。その後、SquareUSAホノルルスタジオで映画『ファイナルファンタジー』の制作にも参加しています。スクウェア時代は身近で目を見張るような映像がどんどんとつくられていき、とても刺激的な毎日でした。ちょうどこのときにPixarRenderManを使い始め、すぐに虜になりました。特にシェーダ言語は画期的なアイディアに思えました。

ーーその後、DreamWorks Animation(以下、DWA)に移られたわけですが、就職活動はいかがでしたか。

安達:2002年に受けたDWAでの面接は、階段の広い踊り場のようなところにあるテーブルで行われ、およそ6人を前にして経歴や仕事を説明しました。面接はいつしかパイプラインの実装の議論になり、実際に携わる映画の技術的な課題の話に移りました。その当時は、さすがハリウッドのスタジオはちがうなと思ったものですが、今思えばDWAが変わっていたように思います(笑)。SquareUSA(現SquareEnixUSA)ではL-1ビザ(※)で働いていたのですが、この有効期間の年数はなぜかH-1Bビザ(※)の期間に合算されるようになっていて、DWAに入社した時点ですでにH-1Bビザの残り期間が少なくなっていました。そこでHR(人事部)と相談して、グリーンカードを取得してもらうことになりました。グリーンカードを申請している限り、H-1Bビザも1年毎に更新できたからです。但し日本に帰る度にアメリカ大使館でスタンプを貰う必要があり、時間的にも面倒でした。グリーンカードの取得そのものは7年ほど掛かったと思います。ビザやグリーンカードに関しては進み具合がわからず、とにかくストレスでした。

※L-1ビザ:アメリカ以外の企業が、アメリカにある関連会社に社員を派遣する場合に使われるビザ
※H-1Bビザ:専門職の外国人労働者に与えられるビザ


パイプライン開発チームの同僚のみなさんと。左から、コーリア・エルマン氏、安達氏、KC・オング氏、マイケル・メックラー氏

ーーDWAはどんな会社でしょうか。簡単にご紹介ください。

安達:DWAは他のVFXスタジオとは異なり、自分達でストーリーから映像制作までを手がけているため、でき上がった映画への思い入れや満足度はかなり高いと思います。また、制作に掛ける時間も長いので、その分、腰を据えて制作に関われるのも魅力的だと思います。社内には大きな池や噴水があり、どこかのテーマパークのような建物が並び、落ち着いた雰囲気のなかで作業できるのもポイントが高いですね。1人あたりの作業スペースも広いほうではないでしょうか。

勤務時間はだいたい9時から18時で、アーティストやテクニカルディレクターはアニメーションのユニオンに入っているので、追い込み時期を除けば、残業は基本的にないです。朝食、ランチは併設の食堂で無料で食べ放題で、忙しいときは夕食も出ます。味、メニューともに満足度は高いです。それから社員教育にも熱心で、毎週のように様々な人(たとえばNASAの科学者)が来ては、セミナーやセッションを開いてくれるのも嬉しいポイントです。しばらく前にNBCUniversalに買収され、以前よりも安定度は増したと思います。

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<2>メジャーな作品に関わることができ、高度なスキルも学べる

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