今回は、ゲーム会社でソフトウェア・エンジニアとして活躍中の手島孝人氏を紹介しよう。手島氏は、ピクサー・アニメーションスタジオ(以下、ピクサー)のR&D部門での勤務経験があり、日本でもご存知の方が多いだろう。本稿ではエンジニアとしての立場から、現在の仕事やピクサーで得た経験などについて、手島氏に話を聞いた。
TEXT_鍋 潤太郎 / Jyuntaro Nabe
ハリウッドを拠点とするVFX専門の映像ジャーナリスト。
著書に『海外で働く日本人クリエイター』(ボーンデジタル刊)、『ハリウッドVFX業界就職の手引き』などがある。
公式ブログ「鍋潤太郎☆映像トピックス」
EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada
Artist's Profile
手島孝人/Takahito Tejima(Polyphony Digital / Software Engineer)
1996年に株式会社ナムコCG開発部へ入社、アーケードゲーム開発を経て1999年より株式会社ポリフォニー・デジタルにて『グランツーリスモ』シリーズの制作に参加。2011年に渡米、ピクサー・アニメーションスタジオのR&D部門にて『モンスターズ・ユニバーシティ』、『インサイド・ヘッド』、『リメンバー・ミー』などのアニメーション作品のオーサリングツール開発に従事。同時にオープンソースプロジェクトのOpenSubdiv、Unversal Scene Descriptionなどの開発も担当。2017年より、再びポリフォニー・デジタル(カリフォルニア・ベニス)にて研究開発を行なっている。
ポリフォニー・デジタル/ロサンゼルス
www.polyphony.co.jp/recruit/locations/237/
<1>まるで文化遺産のようだったピクサーのR&D部門
――まず、現在の勤務先についてお聞かせください。
現在、勤務しているポリフォニー・デジタルは東京と福岡のスタジオの他、オランダ・アムステルダムに欧州拠点、ロサンゼルス近郊のベニスに北米拠点があります。ベニスオフィスでは北米の自動車メーカーや外部企業とのコラボレーションなども行なっていますが、日本にいるエンジニアチームと一緒になって製品開発や先端技術の研究もしています。
僕は2017年にピクサーを退職し、古巣であるポリフォニー・デジタルのベニス・オフィスで働くことになりました。カリフォルニアには映像業界やゲーム業界で傑出した会社がいくつもありますので、ピクサーで学んだことや、日本とアメリカ、業界の垣根にこだわらずに、広く情報交換しながら新しい挑戦をしてみようと思っています。
――ピクサー時代に得ることができたものは、どのようなものでしたか?
ピクサーは長編アニメーション映画で有名なのですが、僕たちCGエンジニアにとっては「CGの歴史をゼロからつくってきた」という特別な会社でもありました。ツールエンジニアとしてキャリアを重ねて来た僕が希望して入ったのも、実際に映画制作を担当しているプロダクション部門ではなくて、R&D(研究開発部門)でした。入社したときに改めて驚いたことは、何十人もの伝説級の人たちが、同じフロアにいて現役でプログラミングしていることでした。ソースコードも全ての履歴が記録されていて、一番最初の変更履歴を見ると、なんと70年代のものでした。僕が生まれた年くらいですよ。もちろん引退していく方もいるんですが、まだまだ人間国宝だらけの文化遺産みたいな会社です。その宝の山のような場所に、自分のプログラムを少しずつ足していったわけですが、巨人の肩に立つ、という言葉の意味を毎日実感しながら働いていました。
当時、ピクサーR&Dでの自分の仕事内容は、前職でゲーム系のバックグラウンドがあったこともあり、アニメーションツール「Presto」(※)の改良や、機能追加の仕事から始まりました。「Presto」はピクサーが独自開発しているCG統合環境で、僕が入社した直後に公開された『メリダとおそろしの森』から実戦投入され、リグ/レイアウト/アニメーション/シミュレーションなどの映画制作パイプラインの中核を担っていました。自分はMayaなど市販ソフトのアーキテクチャには詳しかったのですが、「Presto」の考え方は、そのどれともずいぶんちがったもので、さすがに先進的だなと日々感心しながら開発に参加していました。その一部分はUSDというオープンソースのライブラリとして公開もされていますので、興味のあるエンジニアの方はぜひご覧になってください。
※「Presto」は今年アカデミー科学技術賞のテクニカル・アチーブメント・アワードを受賞した
ピクサーはCGのパイオニアであるがゆえに、「ツールの限界で表現が制約されることがないように、自分たちでつくって乗り越えていく」という姿勢が根本にあったと思います。例えば、キャラクターモデルも頂点数は大したことないのに、リグはものすごく複雑なものが超高速に動作するように工夫してあったり、USDにも応用された、複数人で同時にデータを扱うためのしくみに大変な努力が重ねられていたりします。
R&D部門は組織上も『カーズ』や『ファインディング・ドリー』など個々の作品のプロダクションとは独立して、100人ほどのエンジニアが所属していました。その中でアニメーション、シミュレーション、レイアウト、シェーディング、レンダリングというように担当するチームがあり、加えてリサーチ、コア・GPU技術、ビルドQAチームや、プロダクションの制作進行ツール・ストーリーボード用ツールなど、何から何まで自分たちでつくっていました。
近年は「Presto」以外にもHoudiniやKatanaなども積極的に使うようになりましたが、SIGGRAPHなどで発表されたように 、GPUレイトレーシングのシェーディングツールなど、新しい分野にも積極的にリソースを投入して開発が行われていました。各映画固有の技術開発にはR&Dとは別にプロダクション所属のエンジニアが何人もついていましたから、全体で技術開発に割く力は、他社の比ではなかったでしょう。
また士気を高くもって、楽しく働くことも大切にしていて、社内では1年中、様々なイベントが開催されていました。野外コンサートやモーターショウ、チョコレート・フェスティバル、アート・オークション、毎月の全社ミーティングとそれに続くビア・パーティ、毎週ある新作映画の上映会。それに、お昼休みには家族を呼んでランチしたりと、のびのびと楽しんで仕事ができる、素敵な環境がありました。
一方で、古くからの伝統や考え方もまだあちこちに残っていて、例えば、プロダクションのアーティストもLinuxでコマンドラインのツールを使いこなさないといけなかったり、過去にはアニメーションやシミュレーションの結果を毎回一晩かけてレンダリングして翌日チェックして、といったワークフローもあちこちにありました。キャラクターチームからリクエストが強かったものの1つがサブディビジョンサーフェスのプレビューで、時間をかけてレンダリングしてみないとリグの出来(コップをつかむ指が綺麗に接触できているかなど)がわからないという問題などもあり、これに応えるためにR&D部門からOpenSubdivなどが生まれることにもなりました。先程触れたGPUレイトレーシングツールも、それまで大変だったルックデブを随分と効率化することができるようになりましたね。
SIGGRAPH ASIA 2012シンガポールにて、ピクサーのOpenSubdivチーム(当時)の同僚と
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<2>テクノロジーとアートをつなぐ、CGエンジニアの魅力
<2>テクノロジーとアートをつなぐ、CGエンジニアの魅力
――実際に海外で働きだして、英語のスキルが足りず困ったようなことはありましたか?
少なくともCGエンジニアという職種に限って言えば、エンジニアリングのスキルと積極的にコミュニケーションをとる意欲があれば、英語の上手下手はあまり問題にならないと思います。実際、僕も留学経験はなく、片言の会話と読み書きだけはできるという状態で渡米しましたが、何年もやっているうちに「あの日本人エンジニアは、英語は下手だけどプログラミングの腕はすごい」という評価を得ることができました(笑)。さらにピクサーはとても国際的な会社で、僕のチームも上司はイタリア人、同僚はフランス人、スペイン人と、英語が得意でない人がたくさんいましたから、みんな忍耐強く話を聞いてくれました。このようにどうにかなりますので、英語が下手でも、ひるまず挑戦してみてください。英語が上手くなったら応募しようと思っても、そんな日は永遠に来ませんよ。
――最後に、将来、海外で働きたい人へのアドバイスをお願いします。
ソフトウェアエンジニアの皆さんへのアドバイスになりますが、今はやっぱりオープンソースの時代です。日本にいるうちから、ピクサーやハリウッドスタジオ各社のオープンソースの取り組みに積極的に参加して、スキルを磨きながら存在感を出していくのが良いと思います。各社のキーパーソンはコミュニティにいますから、やり取りする中で名前と腕を覚えてもらえれば、ピクサーでもどこでも、採用はスムーズにいくと思います。
就労ビザの取得は大変ですが、チャンスは誰にでも突然、やって来ます。僕のH-1Bビザも不景気で外国人採用が極端に減ってしまって、たまたま抽選(※)どころか年末まで余っていた年のおかげで取得することができました。いざというときを逃さずに、チャレンジあるのみです。
※H-1Bビザの抽選:アメリカの就労ビザH-1Bは、応募者の数がビザの規定発給数を大幅に上回っており、毎年抽選によって審査が行われている。そのため、採用のオファーが得られても、ビザの抽選を通過しないとビザの審査にたどり着けないという問題が起こっている。詳しくは『ハリウッドVFX業界就職の手引き』にて
CGエンジニアという仕事は、テクノロジとアートをブリッジする一番面白い仕事だと思います。"The art challenges the technology, and the technology inspires the art.(アートはテクノロジーの限界に挑み、テクノロジーはアートにひらめきを与える)"というジョン・ラセターの言葉もあります。
その中でも、特にピクサーのR&Dは今も昔も、その究極のゴールを目指す人たちが集まる場所ですから、日本の優秀なCGエンジニアのみなさんは、ぜひとも挑戦されてみてはいかがでしょうか。また、海外で腕を磨きたいと思った方は、思い切って大胆に飛び込んでいきましょう。そして一緒にCGの未来をつくりましょう!
ピクサーR&Dチームでボウリング
【ビザ取得のキーワード】
1.海外カンファレンスに積極的に参加して人脈をつくる
2.知人の紹介によりピクサーのポジションをオファーしてもらう
3.ピクサーのサポートでH-1Bビザを取得し、渡米
4.ピクサーのサポートでグリーンカードを取得
info.
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発行・発売:ボーンデジタル
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