>   >  新・海外で働く日本人アーティスト:ピクサーで出会った伝説のエンジニアたちとCGの歴史 第23回:手島孝人/Takahito Tejima(Polyphony Digital / Software Engineer)
ピクサーで出会った伝説のエンジニアたちとCGの歴史 第23回:手島孝人/Takahito Tejima(Polyphony Digital / Software Engineer)

ピクサーで出会った伝説のエンジニアたちとCGの歴史 第23回:手島孝人/Takahito Tejima(Polyphony Digital / Software Engineer)

今回は、ゲーム会社でソフトウェア・エンジニアとして活躍中の手島孝人氏を紹介しよう。手島氏は、ピクサー・アニメーションスタジオ(以下、ピクサー)のR&D部門での勤務経験があり、日本でもご存知の方が多いだろう。本稿ではエンジニアとしての立場から、現在の仕事やピクサーで得た経験などについて、手島氏に話を聞いた。

TEXT_鍋 潤太郎 / Jyuntaro Nabe
ハリウッドを拠点とするVFX専門の映像ジャーナリスト。
著書に『海外で働く日本人クリエイター』(ボーンデジタル刊)、『ハリウッドVFX業界就職の手引き』などがある。
公式ブログ「鍋潤太郎☆映像トピックス」


EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada

Artist's Profile

手島孝人/Takahito Tejima(Polyphony Digital / Software Engineer)
1996年に株式会社ナムコCG開発部へ入社、アーケードゲーム開発を経て1999年より株式会社ポリフォニー・デジタルにて『グランツーリスモ』シリーズの制作に参加。2011年に渡米、ピクサー・アニメーションスタジオのR&D部門にて『モンスターズ・ユニバーシティ』、『インサイド・ヘッド』、『リメンバー・ミー』などのアニメーション作品のオーサリングツール開発に従事。同時にオープンソースプロジェクトのOpenSubdiv、Unversal Scene Descriptionなどの開発も担当。2017年より、再びポリフォニー・デジタル(カリフォルニア・ベニス)にて研究開発を行なっている。
ポリフォニー・デジタル/ロサンゼルス
www.polyphony.co.jp/recruit/locations/237/

<1>まるで文化遺産のようだったピクサーのR&D部門

――まず、現在の勤務先についてお聞かせください。

現在、勤務しているポリフォニー・デジタルは東京と福岡のスタジオの他、オランダ・アムステルダムに欧州拠点、ロサンゼルス近郊のベニスに北米拠点があります。ベニスオフィスでは北米の自動車メーカーや外部企業とのコラボレーションなども行なっていますが、日本にいるエンジニアチームと一緒になって製品開発や先端技術の研究もしています。

僕は2017年にピクサーを退職し、古巣であるポリフォニー・デジタルのベニス・オフィスで働くことになりました。カリフォルニアには映像業界やゲーム業界で傑出した会社がいくつもありますので、ピクサーで学んだことや、日本とアメリカ、業界の垣根にこだわらずに、広く情報交換しながら新しい挑戦をしてみようと思っています。

――ピクサー時代に得ることができたものは、どのようなものでしたか?

ピクサーは長編アニメーション映画で有名なのですが、僕たちCGエンジニアにとっては「CGの歴史をゼロからつくってきた」という特別な会社でもありました。ツールエンジニアとしてキャリアを重ねて来た僕が希望して入ったのも、実際に映画制作を担当しているプロダクション部門ではなくて、R&D(研究開発部門)でした。入社したときに改めて驚いたことは、何十人もの伝説級の人たちが、同じフロアにいて現役でプログラミングしていることでした。ソースコードも全ての履歴が記録されていて、一番最初の変更履歴を見ると、なんと70年代のものでした。僕が生まれた年くらいですよ。もちろん引退していく方もいるんですが、まだまだ人間国宝だらけの文化遺産みたいな会社です。その宝の山のような場所に、自分のプログラムを少しずつ足していったわけですが、巨人の肩に立つ、という言葉の意味を毎日実感しながら働いていました。

当時、ピクサーR&Dでの自分の仕事内容は、前職でゲーム系のバックグラウンドがあったこともあり、アニメーションツール「Presto」(※)の改良や、機能追加の仕事から始まりました。「Presto」はピクサーが独自開発しているCG統合環境で、僕が入社した直後に公開された『メリダとおそろしの森』から実戦投入され、リグ/レイアウト/アニメーション/シミュレーションなどの映画制作パイプラインの中核を担っていました。自分はMayaなど市販ソフトのアーキテクチャには詳しかったのですが、「Presto」の考え方は、そのどれともずいぶんちがったもので、さすがに先進的だなと日々感心しながら開発に参加していました。その一部分はUSDというオープンソースのライブラリとして公開もされていますので、興味のあるエンジニアの方はぜひご覧になってください。

※「Presto」は今年アカデミー科学技術賞のテクニカル・アチーブメント・アワードを受賞した

ピクサーはCGのパイオニアであるがゆえに、「ツールの限界で表現が制約されることがないように、自分たちでつくって乗り越えていく」という姿勢が根本にあったと思います。例えば、キャラクターモデルも頂点数は大したことないのに、リグはものすごく複雑なものが超高速に動作するように工夫してあったり、USDにも応用された、複数人で同時にデータを扱うためのしくみに大変な努力が重ねられていたりします。

R&D部門は組織上も『カーズ』や『ファインディング・ドリー』など個々の作品のプロダクションとは独立して、100人ほどのエンジニアが所属していました。その中でアニメーション、シミュレーション、レイアウト、シェーディング、レンダリングというように担当するチームがあり、加えてリサーチ、コア・GPU技術、ビルドQAチームや、プロダクションの制作進行ツール・ストーリーボード用ツールなど、何から何まで自分たちでつくっていました。

近年は「Presto」以外にもHoudiniKatanaなども積極的に使うようになりましたが、SIGGRAPHなどで発表されたように 、GPUレイトレーシングのシェーディングツールなど、新しい分野にも積極的にリソースを投入して開発が行われていました。各映画固有の技術開発にはR&Dとは別にプロダクション所属のエンジニアが何人もついていましたから、全体で技術開発に割く力は、他社の比ではなかったでしょう。

また士気を高くもって、楽しく働くことも大切にしていて、社内では1年中、様々なイベントが開催されていました。野外コンサートやモーターショウ、チョコレート・フェスティバル、アート・オークション、毎月の全社ミーティングとそれに続くビア・パーティ、毎週ある新作映画の上映会。それに、お昼休みには家族を呼んでランチしたりと、のびのびと楽しんで仕事ができる、素敵な環境がありました。

一方で、古くからの伝統や考え方もまだあちこちに残っていて、例えば、プロダクションのアーティストもLinuxでコマンドラインのツールを使いこなさないといけなかったり、過去にはアニメーションやシミュレーションの結果を毎回一晩かけてレンダリングして翌日チェックして、といったワークフローもあちこちにありました。キャラクターチームからリクエストが強かったものの1つがサブディビジョンサーフェスのプレビューで、時間をかけてレンダリングしてみないとリグの出来(コップをつかむ指が綺麗に接触できているかなど)がわからないという問題などもあり、これに応えるためにR&D部門からOpenSubdivなどが生まれることにもなりました。先程触れたGPUレイトレーシングツールも、それまで大変だったルックデブを随分と効率化することができるようになりましたね。


SIGGRAPH ASIA 2012シンガポールにて、ピクサーのOpenSubdivチーム(当時)の同僚と

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