記事の目次

    今回はカナダのモントリオールからお届けしよう。DCCツールの習得は、デジタル・アーティストであれば誰もが通る道だろう。学校で学ぶ人もいれば、独学で学んだ人も少なくない。今回、ご登場いただく山下氏は後者である。映像業界とは無縁の環境の中で独学でツールを学び、最終的にハリウッドのプロジェクトに参加するまでに至った経緯を伺ってみることにしよう。

    TEXT_鍋 潤太郎 / Jyuntaro Nabe
    ハリウッドを拠点とするVFX専門の映像ジャーナリスト。
    著書に『海外で働く日本人クリエイター』(ボーンデジタル刊)、『ハリウッドVFX業界就職の手引き』などがある。
    公式ブログ「鍋潤太郎☆映像トピックス」


    EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada

    Artist's Profile

    山下慶輔 / Yamashita Keisuke(Rodeo FX / Senior Compositor)
    東京都県出身。小学校から高校1年までをアメリカで過ごし、2000年に帰国。国際基督教大学中退後、独学で映像業界に飛び込む。フリーランスとしてモーショングラフィックスを主軸として活動後、VFXに転向。NHKにて大河ドラマ『軍師官兵衛』 、『真田丸』、NHKスペシャル『生命大躍進』に参加。2016年に拠点をカナダに移す。MPCZoic Studios、Atomic Fiction(現 Method Studios Montreal)を経て現職。「ジシン カミナリ カジ ブログ」という万年放置中のブログも運営中

    <1>学生時代はダンス漬け、未経験から映像制作を目指す

    ――日本での学生時代のお話をお聞かせください。

    高校時代は全国大会に出場するほどのダンス漬けの日々で、映像制作とは無縁でした。大学で出会った友人とのふとしたキッカケで「こういう自己表現もあるのか」と映像に興味をもちました。

    当時はネット環境やサイトなど現在とは比べ物にならない状況でしたが、幸いにも高校まで海外生活を経ていたお陰で、英語の情報源を辿ることが苦ではなく、調べていく中でAfter Effectsのことも知り、アカデミック版を購入したことで、映像制作にのめり込んでいきました。

    大学を中退して独学でモーショングラフィックスを学び、フリーランスとして働いていましたが、幼い頃から父親に映画館に連れていってもらうほど映画が好きだったことや、「将来的に海外のスタジオで働いてみたい。映画のクレジットに自分の名前が載るのを見たい!」という想いから、2014年にVFXに転向しました。

    NUKEに関する知識はゼロだったので、前述の如く情報を検索しては、片っ端から目を通すようにしていました。当時は期限付きのNUKE体験版はありましたが、PLE版はまだ存在していなかったので、公開されている最も古いバージョンの体験版から順番に、自習用に使っていきました。

    ――日本でお仕事をされていた頃の話をお聞かせください。

    VFX転向当初は、「何とか印象付けて、仕事に繋がらないものか」と業界の飲み会に手書きの名詞を持参したこともありましたが、当然の如く惨敗でした(笑) 。

    そんな中、NUKE業務未経験の僕を最初に使ってくださったNHKの松永さんと兼沢さんのお陰で、大河ドラマ『軍師官兵衛』や、NHKスペシャル『生命大躍進』に携わることができました。仕事でご一緒する機会のあったMTの森さん、フリーで活躍されている稲垣さんと吉川さんのNUKEスクリプトを夜な夜な開いて勉強しながら、海外スタジオを目指していました。

    ――海外の映像業界での就活は如何でしたか?

    まずは、国籍を問わず実際に現地で働かれている方々から海外スタジオの事情を伺いたかったので、LinkedInArtist Side、海外スタジオの日本講演に出向いたり、この「海外で働く日本人アーティスト」の連載記事や、エンドクレジットで記憶した名前で検索してヒットした個人のWebサイトなどを通してメッセージを送りました。

    70通ほど送って7人から返事をいただけました。そのうちの1人は後に一緒に働くことになるVFXスーパーバイザーでした。今思えば、無茶で不遜なメッセージとやり方でしたので、その7名の方には本当に感謝しています。

    その後、ショットが溜まった後のデモリール構成は、ダンスの作品づくりと同じだと感じていたので、悩まずつくることができました。先輩方からもフィードバックをいただきましたが、肯定的な意見が多く、特に大きな変更もなくそのまま進めて完成させました。

    レジュメの方が苦手意識があったので、ここぞとばかりに大学時代の優秀な友人達に頼み込んで、チェックして貰いました(笑)。その雛形は今でもありがたく使用させてもらっています。

    インタビューは、リールに含まれているショットにどうアプローチしたのかを事前にさらっておいて、普段の軽口が出せる様に「砕け過ぎず、緊張し過ぎず、嘘をつかずに話す」を意識して臨んでいます。

    カナダのビザの発給は、国境/空港で当日担当してくださる入国審査官によって進行具合が全く異なります。1時間で済んだこともあれば8時間かかったこともあるので、予め書類の内容を把握して、自分がどの種類のビザを申請するのか、就労予定スタジオのビザ担当者と通常時間外でも連絡がつく電話番号などは、すぐに分かる様にしておくことをお勧めします。


    お仕事中の山下氏

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    <2>カナダで、ハリウッドの大作映画プロジェクトに携わる

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    <2>カナダで、ハリウッドの大作映画プロジェクトに携わる

    ――現在の勤務先は、どのような会社でしょうか。

    Rodeo FXは、2006年にモントリオールで創立されたスタジオで、現在はケベックシティ、ミュンヘン、LAにもスタジオを構えていて、約600名が所属しています。アカデミー賞やエミー賞、VESアワードなどを受賞した『ブレードランナー2049』『ゲーム・オブ・スローンズ』『ストレンジャー・シングス』『イントゥ・ザ・スカイ 気球で未来を変えたふたり』などのプロジェクトの制作に携わっています。

    この規模のスタジオとしては、唯一のモントリオール発祥スタジオだけあり、フレンチ色が強くユニークなスタジオです。モントリオールはフランス語圏ですが、仕事上のコミュニケーションは英語です。日常的にフランス語の壁を感じることもあります。ただ、ここが地元の彼らがフランス語を使うことはごく自然なことなので、英語のみを扱うスタジオよりも、「自分がさらに強くコミュニケーションの一歩を踏み出せば良いだけ」なのだと学びました。職場で自分の居場所をつくるのも、大事な仕事の1つですからね。

    今年でカナダ5年目、スタジオは4社目となりますが、上記のことも踏まえた上でRodeo FXは一番自分に合っていると感じています。配属されたチームは皆、経験豊富で適度な距離感で、プロダクションも積極的に意見に耳を傾けてくれるので風通しの良さも感じています。

    納期2~3週間前までは全く残業もありません。以前別のスタジオで一緒のチームだったリードやスーパーバイザー、プロデューサーなども多くいるので、居心地が良いです。過去の積み重ねが、ようやく実って来ている様に感じたので契約更新のタイミングでの正雇用のオファーも喜んでお受けしました。

    プロダクション作業でのこぼれ話はたくさんありますが、言えないことが多過ぎるのが残念です(笑)。

    この記事が公開されるころには、今年夏公開の『ジャングル・クルーズ』を製作を終え、新たなシーズンを迎えるシリーズのリードとして汗をかいている頃だと思います。

    ――現在のポジションの面白いところは何でしょうか。

    ライティングやエフェクトなどの上流部署から集まった全ての素材が、日々、1つの画になっていくところです。グレーディングを除けば、合成は世に出る前のほぼ最終工程なので、必然的にクライアントのチェックも厳しくなりますが、そこが面白い所でもあります。

    最後の10%は本当に小さな積み重ねなので、しんどいときは過去のバージョンから見返してみて「格好良くなってきてるじゃん!」と自らを鼓舞します(笑)。

    同じショットを一緒に担当した上流部署のアーティスト達や、作業モニターを見た通りすがりアーティストから褒められると素直に嬉しいです。ルックデヴやヒーローショットをまかされたり、緊急を要するショットを頼まれたときはプレッシャーも感じますが、ワクワクもします。何より信頼してくれている証だと思うので頑張り甲斐があります。

    ――英語や英会話の習得はどのようにされましたか?

    親の仕事の都合で小学校から高校1年までアメリカで過ごしたので、その中で自然と習得していきました。当時はかなり苦戦した記憶がありますが、海外生活を経ていなかったら今の生活には辿りついていないと思うので、その機会に恵まれたことにとても感謝しています。

    高校で帰国してから約15年ほど日本にいたので、色々と忘れかけていましたが、カナダに来たことでまた思い出したのと、社会人としてのコミュニケーション方法は日々アップデートしています。

    ――将来、海外で働きたい人へのアドバイスをお願いします。

    まずは、動き始めてしまえば良いと思います。仕事面だけでなく、異国に住むとなると言語やインフラ、その土地の文化などもあるので、事前にリサーチをどれだけしたつもりでも、実際に経験しないと分からないことがたくさんあります。

    準備の段階、もしくは実際に来てみてからも楽しめるようならそれで良し、無理だと感じたらやめたって良いわけです。その経験をどう活かすかだと思うので。働く場所が日本か海外かは良し悪しではなく、選択の問題に過ぎません。

    僕も日本で海外を目指している中で腐す人がいたり、海外に来てからもクレジットに載らないことが続いたり、英語ができる故に愚痴が耳に入りやすかったり、社内政治に巻き込まれてしまったり、色々ありました。ただ何があろうと自分の経験だけは誰にも奪えないので、それを糧に続けてきた結果、今の環境に辿りつくことができました。

    熟考と無謀のバランスが難しいと感じるかもしれませんが、最後は自分のやりたい事を周りの評価に左右されずに実行できて、失敗も笑って話せる人が強いと思っています。


    映画『イントゥ・ザ・スカイ 気球で未来を変えたふたり』チーム集合写真

    【ビザ取得のキーワード】

    ①高校1年までをアメリカで過ごす
    ②大学中退後、独学でフリーランスとしてNHKなどの国内スタジオで経験を積む
    ③ワーキング・ホリデー制度を利用してカナダのMPCモントリオールへ
    ④以降は就労ビザT52(CPTPP)を取得

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