記事の目次

    今回はバンクーバーからお届けしよう。筆者自身もそうだが、SIGGRAPHでの就活によってポジションを獲得した人は少なくない。今回ご登場いただいた村田明香氏も、そんなクリエイターの1人だ。現在Scanline VFXにてSenior Effects TDとしてご活躍中の村田氏に、その貴重な体験談を聞いてみた。


    TEXT_鍋 潤太郎 / Juntaro Nabe
    ハリウッドを拠点とするVFX専門の映像ジャーナリスト。
    著書に『海外で働く日本人クリエイター』(ボーンデジタル刊)、『ハリウッドVFX業界就職の手引き』などがある。
    公式ブログ「鍋潤太郎☆映像トピックス」


    EDIT_三村ゆにこ / Uniko Mimura(@UNIKO_LITTLE



    Artist's Profile

    村田明香 / Asuka Murata(Scanline VFX / Senior Effects TD)
    神奈川県出身。明治学院大学文学部芸術学科映像系列(現・映像芸術学)卒業。在学中にカリフォルニア大学アーバイン校Film and Media Studiesに留学。卒業後CM制作会社を経て映像編集者として勤務の傍ら、デジタルハリウッド横浜校にて半年間週末CGコースを受講。その後CGデザイナーとしてキャリアをスタート、株式会社IMAGICAなどで経験を積み、フリーランスを経て2015年にバンクーバーのScanline VFXに移籍。2021年現在までに、映画『インディペンデンス・デイ:リサージェンス』(2016)、映画『ジャスティス・リーグ』(2017)、映画『アントマン&ワスプ』(2018)、TVドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ:ファイナルシーズン』(2019)、映画『ターミーネーター:ニューフェイト』(2019)等に参加。

    <1>タイミングは重要と痛感

    ――日本での学生時代のお話をお聞かせください。

    建築家の父の影響で、小さい頃から漠然とものを作る仕事がしたいと思っており、「まずは広くを学べ」という両親の教えもあって、大学では芸術学科の映像系列で映像論、映画論、映画史をメインに勉強していました。当時、芸術学科には美術史と音楽もあり、様々な分野を専門の教授陣から学ぶことができました。海外の大学に興味はあったのですが、金銭的にも英語力的にも厳しかったので、大学の交換留学制度に受かることを目標に、TOEFLの勉強、留学資金のためのアルバイト、またAfter Effectsの勉強のためにVJをしたりと、とにかく詰め込んでがんばった結果、UCIのFilm and MediaとFine Artsの学部に交換留学しました。

    日本の大学で映像論、映画史を中心に勉強していたので、UCIではショートフィルム制作、グリーンバックのスタジオ撮影、ストーリーボード講座、デッサンなどの実践的なクラスを中心に取りました。教授の自主制作映画の撮影を手伝いに、クラスメイトと一緒にLAのスタジオに行ったりもしましたね。交換留学生といっても、扱いは現地の学生と同じなので、最初は苦労しましたし恥も沢山かきました。

    ただ、やっと勝ち取った留学なので、何も無駄にはしたくない&無駄にはならないだろうと思い、とにかく授業についていくようがんばりました。金銭的に余裕もなかったので、自炊も上達し(笑)、最終的には帰国時に友達と空港で大泣きするほど、現地の生活は楽しいものになりました。

    ――日本でお仕事をされていた頃のお話をお聞かせください。

    最初はフレイムにてジェネラリストとして、モデリングから最終コンポジットまで携わっていました。そのときに使用していたXSIのICEに興味をもち、エフェクトアーティストを目指すようになったのです。

    その後IMAGICAに入社し、先輩方から色々と教えていただいたりチュートリアルを見たりしてエフェクトの勉強をしました。今でも幸運だったと思うのですが、周りに優秀な先輩やフリーランスの方が多く、エフェクトに限らず本当に日々いろいろと教えていただくことができました。このときにお世話になった木村 卓さんは、今も目標とするアーティストです。

    日本で次第に責任のある仕事が増えるにつれ、「もっとクオリティの高いものを短時間で作るにはどうしたら良いだろう」といった疑問も大きくなっていきました。そして、「海外スタジオのクオリティの高さはどこからくるのか?」と思い、実際に現地で経験したいと思うようになったのです。もともと留学後に「もう一度海外で生活したい」と考えていたので、仕事の合間を縫って海外就職の準備を進めました。

    ――海外の映像業界での就活はいかがでしたか?

    先に海外で活躍されていた先輩方にならってSIGGRAPHで就職活動を行い、帰国後にScanlineVFXから連絡をいただきました。面接はなぜか社長と1対1でした。その後、何も連絡をもらえないまま数か月が過ぎ、「ダメだったのかな」と思いつつ、当時まだワーキングホリデーのビザが取得可能だったので、念のために取得しました。

    再度ScanlineVFXに連絡したところ今度は即返信があり、FXのリード、スーパーバイザー、スタジオマネージャーと面接をして、その翌日にはカナダの就労ビザやその他手続きの連絡をいただくことができました。後に知ったのですが、このときのSIGGRAPH後の採用は、「社長面接の後、合格した場合はリストに名前が入り、その後プロジェクトが忙しくなった際に連絡する」というながれになっていたそうで(全員がこのながれということではなく、何人かそういう人がいたということだと思います)、タイミングは重要だと痛感しました。


    ▲お仕事中:『ゲーム・オブ・スローンズ:ファイナルシーズン』のエミー賞のトロフィーと、VFXスーパーバイザーのモーセン・ムーサビ氏


    <2>諦めて後悔するよりも、やって後悔する方が良い

    ――現在の勤務先は、どのような会社でしょうか。

    Scanline VFXは現在世界中にオフィスがあり、24時間、地球上のどこかのオフィスは稼働している状態です。映画を中心に制作していますが、近年はNetflix等のTVシリーズも手がけています。最近の作品としては、映画『ザ・スーサイド・スクワッド "極"悪党、集結』(2021)、映画『ゴジラ対コング』(2021)、映画『ブラック・ウィドウ』(2021)、テレビドラマ『ストレンジャーシングス:シーズン3』(2019)等があります。

    私が所属するFXチームは、高校の教室のようなくだらない会話が飛び交う、突っ込みどころの多いチームです。在宅勤務になる前のオフィスでは、突然誰かが歌い出したり、男子トイレを詰まらせた犯人を全力で見つけようとしたり、退職するアーティストに合わせて個性的な送別会をしたりと、とにかく笑えることが多かったですね。

    しかし彼らの仕事は速くて正確、かつクオリティが高いので、常に良い刺激をもらいます。人間力、技術力、表現力のバランスが取れたアーティストばかりで、彼らから学ぶことはとても多く、チームに在籍できていることをとても光栄に思っています。

    ――最近参加された作品で、印象に残るエピソードはありますか?

    少し前の案件で、エフェクトのベースセットアップを作るキーアーティストを担当したのですが、そのエフェクト内容が思ったよりも複雑で、リギング、モデリング、アニメーション、ルックデヴチームとも密に連携を取る必要がありました。作業はチャレンジの連続で、当初予定していたよりも多くの補助セットアップを作ることになったのですが、責任の重さと海外の分業制の難しさも痛感した案件でした。

    また、だいぶ前になりますが、『ゲーム・オブ・スローンズ』の制作も印象に残っています。エミー賞の視覚効果賞を受賞した作品ということもありますが、とにかくエフェクトの作業量が多い案件で、街の破壊エフェクトを担当していたときは、夢の中でも建物を壊していました。

    私たちの担当エピソードの1つが最終話だったのですが、実は、私はこの案件にアサインされたときはまだシリーズを途中までしか観進めておらず、最終話の作業中に壮大なネタバレを喰らうという経験もしました。いつか記憶が薄れたら、最初からシリーズを観直そうと思っています。


    ▲同僚と:FXチームの、同僚のお別れ会にて。辞めていく同僚の顔写真が入ったお面を全員で被って撮影

    ――現在のポジションの面白いところはどのようなところですか?

    エフェクトの興味深いところは、セットアップは数学的なのに、アウトプットは表現力が求められるところかなと思います。プロシージャルなセットアップを考えて組み立てるのも楽しいですし、勉強要素が尽きないところも面白みの1つだと思います。ここ数年でメインツールにHoudiniが加わり、またしばらく初心に返って勉強しています。

    表現力に関してですが、明治学院大学時代の教授が「ものを作りたければ、料理人が何の材料を使えば何の料理ができるか知っているように、自分が思う"格好良い"は何でできているのかを知りなさい」とおっしゃいました。「確かにそうだな」と思い実践するようにしています。同僚のショットをお手本に、自分のエフェクトは何を足せば良くなるのかを分析したところ、最初は小さい仕事ばかりだったのが、徐々に大きい仕事をいただけるようになったのです。やはりヒーローショットをいただけると「信頼されている」と感じられて嬉しいですし、やる気にもつながっています。

    ――英語や英会話のスキル習得はどのようにされましたか?

    私個人の意見ですが、留学のためにTOEFLを勉強したのが今でも役に立っているように思います。TOEFLは英語圏の大学入学に必要なテストなので、内容はアカデミックで日常会話では使わない単語も出てきます。ですが、最初に文法やとっつきにくい単語、文章に慣れることで、その後の勉強がスムーズに進んだ気がします。

    また「カタカナ英語」から脱却することも重要でした。子供の頃に母がギターを弾きながら洋楽をよく歌ってくれて、それで洋楽が好きになったのも良かったと思います。英会話に関しては、アメリカの友人との会話で慣れていったと思います。留学当初はよく「発音がちゃんとできてない」と怪訝な顔をされたので、現地の人っぽく喋るようにイントネーションやリズムも練習しました。......が、まだまだまだ道のりは長く、歳を重ねた分、より適切な敬語や単語を場面に合わせて使えるよう、今はビジネス英語の勉強をしています。

    ――最後に、将来海外で働きたい人へアドバイスをお願いします。

    海外就職に限らず何かやりたいことがあるなら、諦めて後悔するよりも「やって後悔する方が良い」と思います。それには、少しでも目標に向かって日々コツコツと努力することが、私にとっては一番の近道でした。

    私は日本で育った普通の学生だったので、留学したいと思ってもすぐにはできませんでしたし、世間でよく言われるように、有名大学・有名企業を目指すのが良いという雰囲気の中にいました。それが悪いというわけではなく、私にはどうもしっくりこなかったので、まず理想の姿を明確にして、何をすればその姿に近づくのかを考え、月・年単位で計画を立てて実行しました。その間、本当に沢山の人に助けていただきました。決めるのは自分ですが1人でできることには限りがあるので、良い意味で周りを巻き込んでいくことも重要だと思います。

    最後に、この場をお借りして今までお世話になった方々、導いてくださった方々にお礼を申し上げたいと思います。これからも日々精進します。また、鍋 潤太郎さんをはじめ、この機会を与えてくださったCGWORLD編集部の方々にもお礼を申し上げます。ありがとうございました。



    【ビザ取得のキーワード】

    ① 明治学院大学文学部芸術学科映像系列を卒業
    ②  IMAGICA等の国内著名スタジオで経験を積む
    ③ Scanline VFXからカナダの就労ビザをサポートしてもらう
    ④ カナダの永住権獲得。

    ※アーティストビザ
    アメリカで就労するにはH-1Bビザ、O-1ビザなどの就労ビザの取得が必要となる。詳細は「ハリウッドVFX業界就職の手引き」をご参照あれ。

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