本連載初となるドイツ・ベルリンからお届けしよう。メディカルアニメーションというジャンルがあるのをご存知だろうか? 筆者もSIGGRAPHのElectronic Theaterで情報を目にしたことがある程度で、これまで直接、制作に携わっている人に話を伺う機会はなかった。今回は、ドイツでこの3Dメディカルアニメーターとして活躍中の久野 梓氏に登場いただいた。

記事の目次

    Artist's Profile

    久野 梓 / Azusa Kuno(Freelance / 3D Medical Animator)
    愛知県出身。2002年に豊田高専建築科を卒業後渡独。ドイツのシュトゥットガルト大学の建築学部に編入後専攻を美術に変更し、ベルリン芸術大学美術学部マイスター課程を修了。卒業後インスタレーションアーティストとして活動、2018年より3DCGを独学で学び、2020年よりフリーランスのメディカルアニメーターとしてベルリンを拠点に活動中。
    www.azusakuno.info

    <1>インスタレーション・アーティストから医学系3DCGアニメーターへ

    ――子供の頃や、学生時代の話をお聞かせください。

    レゴやミニ四駆、手芸など、手を動かして何かをつくることがとにかく好きでしたが、周囲の子供とは話の合わない、少し尖った子供だったと思います。

    高専建築科3年生のとき、親に頼み込んで1年間のアメリカ交換留学に出してもらいました。オハイオ州のド田舎でしたが毎日とにかく楽しかったので、日本であれほど周囲に馴染めなかったのが嘘のように気の合う友だちにたくさん恵まれました。日本に帰って高専に復学した頃には、卒業後は「海外の大学に留学したい」と考えるようになりました。

    ちょうど90年代後半は、建築の世界にも3DCADやCGが少しずつ入ってきた頃でした。複雑な3次元曲線の建築がつくりたかった私は、form-ZやStrata Studioを相手に、英語の分厚い取説と英和辞書を手に格闘したんですよ。「YouTubeが当時あったら!」なんて思います。きっと若い読者の方には想像もつかない苦労でしょうね。

    高専を卒業後、フリーターとしてアルバイトを掛けもちしてお金を貯め、ドイツにやってきたのが2002年。「なぜドイツなのか?」とよく聞かれますが、実はあまり理由がありません。アメリカやイギリスは学費が高すぎて諦めざるを得ず、オランダも土壇場でビザに問題が出て行けなかったので、ひとまず学費タダ、哲学と現代アートが面白そうなドイツに来てみて、合わなかったら次の国に行けばいい、なんて考えていました。来てみたら肌に合って、もう20年この地にいます。

    ドイツでは、まず大学入学資格語学検定対策として大学附属の語学学校に9ヵ月間通いました。午前中はドイツ語授業、午後は宿題、寮のルームメイトたちと辞書を片手に片言ドイツ語でおしゃべり、というほぼドイツ語の勉強しかしない生活。語学が苦手な私にとって、なかなかハードな日々でした。辛うじて予定期間内に試験に合格しましたが、きっと運が良かったのだと思います。

    シュトゥットガルト大学の建築学部に編入した後、相変わらずドイツ語は全然ダメだったのですが、それでもドイツ語の上達のために基本的に英語を使わないようにしていました。「君の言ってることはあまりわからないけれど、やってることが面白いから、今週末みんなで飲みに行くのでおいでよ」といったノリで、友だちはなぜか増えていきます。こういう点、クリエイティブ系の学業や職業は得だと思います。

    そういった繋がりで、当時大学の研究室で建築の講師をしていたヘンリック・マウラー(Henrik Mauler / Zeitguised とFoam Studioの設立者)のワークショップに潜り込むことになり、そこで「建築学生の間で流行っている面白いオモチャ」としてのCinema 4Dと出会いました。しかし、その後すぐベルリン芸術大学大学の美術学部に聴講生として通うことになり、自分の興味が100%建築からインスタレーション・アートへと移ったこともあり、そこから10年以上は3DCG関連のプログラムにまったく触れずに過ぎていきました。

    ベルリン芸大のマイスター課程を修了した後、有名アーティストのアシスタントをしつつインスタレーション・アーティストとして活動していたのですが、あるとき思いがけず妊娠が判明し、これを機に美術の世界から足を洗いました。建築や美術で人体をずっとテーマにしていたことと、10代の頃から「国境の無い医師団」に憧れていたという理由で、子供が幼稚園に入ってから義肢装具士など医療系の技術職の職業訓練のポジションや職業訓練校に応募したのですが、どれも実現しませんでした。当時30代後半という年齢や、語学力、子供がまだ小さい、といったあたりがネックになったのだと思います。

    これからどうしようか悩んでいたときに、シュトゥットガルト大学時代の友だちが大学を卒業した後、そのままなんとなくCinema 4Dで遊び続けて3DCGのプロになったことをふと思い出しました。久しぶりに電話して相談してみると、「やってみなよー、できるよー」と明るい返事。「インターンなどでネットワークに入れると良い、全力でポートフォリオをつくり趣味の合いそうなエージェントに送って定期的にアピールを続ける、良いものをつくり続けて諦めず続ければ、いつか道はきっと開ける」。彼のポジティブで楽しそうな言葉に背中を押され、もう一度Cinema 4Dをインストールし、今日に至ります。

    ――その後の就職活動は、いかがでしたか?

    半年ほどCinema 4Dを触って何とかポートフォリオをつくった後、ひとまずインターンなどで入れてもらえそうな3D制作会社はないものかと探しました。その過程でたまたま見つけて衝撃を受けたのが、ゲブリューダー・ベッツ(Gebrüder Betz)というベルリンの3Dメディカルアニメーション制作会社です。彼らがつくる肺胞のアニメーションが、明るくとても瑞々しく、人体のもつ美しさが非常に上手く表現されていて、「こういうのがつくりたかったんだ」と、視界が急に明るくなった気がしました。

    運良くプロジェクションマッピング関連会社のスタートアップでインターンに入れてもらえることになり、合計1年間ほど2つの会社でインターンのようなアルバイトをした後、プロジェクションマッピングを中心にフリーランスの3Dデザイナーとして収入を得つつ、メディカルアニメーションの勉強・自主制作をするという生活を続けました。

    語学力が高くなくてもできる仕事、子育てと両立できる仕事、できれば楽しく頑張れる職業を探し、こうしてメディカルアニメーターという仕事に巡り合いました。すぐにハマり、結果、フリーランスとしてそこそこの規模のお仕事もいただけるようになり、今ではメディカル系のプロジェクトのみでスケジュールが埋まるようになりました。

    <2>ドイツの自宅で日本・ヨーロッパからの依頼を受ける

    ――現在は、どのような形態で仕事をされてるのでしょうか。

    フリーランスの3Dメディカルアニメーターとして、自宅で作業しています。今は日本からのプロジェクトが7割、ドイツなどヨーロッパが3割ぐらいです。クライアントは大学の研究室や製薬会社、医療機器製作会社、カイロプラクティック専門家や病院など、様々です。

    広告代理店経由でいただくプロジェクトの他に、お医者さんなどのクライアントから直接ご依頼をいただくこともあります。そういった場合は3DCG制作のみではなく、ヒアリング・絵コンテ制作・編集、ナレーション手配など全て自分で行います。クライアントからの感想が直にいただけるので、良いものができて喜んでいただけたときは感慨もひとしおです。

    ――医学系のプロジェクトは、医学用語などが難しそうですね。

    プロジェクトに関するやり取りはメールがほとんどなので、知らない医学用語などは調べつつやり取りできるのですが、先日、珍しくベルリン市内のクライアントと対面打ち合わせを行いました。必要なドイツ語とラテン語の専門用語は事前に調べて行ったものの、私がカバーしていなかった別の呼び名が出てきたり、先方が気を遣って英語での名称を使って下さったり、私のラテン語の読みが間違っていたりと、まったく話が噛み合わず、このときは本当に焦りました。その後はミーティング前の下調べの範囲を大きく広げるようになったのは、もちろんです。

    ――現在のポジションの面白いところは何でしょうか。

    メディカルアニメーションは狭い業界で、ベルリン市内で就職枠が存在しませんでした。その関係でメディカルアニメーターとして企業に就職したことがありません。フリーで活動しているので、自分が経験を積みたい方面の仕事を優先的に入れることができる点が特に気に入っています。仕事が楽しいと思えることを大切にしているので、合わないと感じるクライアントからのプロジェクトは取らないようにする、仕事を詰め過ぎないようにする、など自分の制作環境に自分で気を配ることができるのも、この働き方の長所だと思います。

    ――ドイツ語会話の習得は、どのように勉強されましたか?

    英語もドイツ語も、耳から聞いて覚えるのが私にとって特に効率が良かったので、とにかく1日中トーク中心のラジオ局を聴くようにしています。ドイツには政治についてディスカッションすることが好きな人が多いので、時事問題で必要なドイツ語を理解するようになってから、飲みに行ったときなどでも話の輪に加わることができるようになりました。

    ――将来、海外で働きたい人へのアドバイスをお願いします。 

    英語圏以外でも、何とかなるものですよ。興味があればチャレンジしてみるのも面白いかと思います。

    また、スポーツや音楽・美術などの勉強のためにすでに海外にいる方が、海外でセカンドキャリアの場を探す際はなかなか大変なことも多いのですが、3DCGは場所を選ばず勉強でき、分野によっては自分の今までの知識を活かすこともできるので、合う人も多いのではと感じています。今まで別の分野で頑張ってきた人は「技術を習得する技術」が身に付いている人が多いので、「負け組」なんて言わないで、ポジティブにセカンドキャリアを考えてみてはどうでしょうか。

    アーティストやミュージシャン、ダンサーなどクリエイティブ関係で活躍されていた方が、出産など様々な事情で「これからどうしよう」となった場合、特に就職口の限られる海外在住の方に、こういうケースもありますよ、と伝えることができたらと思います。

    【ビザ取得のキーワード】

    ①ドイツで大学の語学学校に入学し、語学研修ビザで1年間滞在
    ②大学編入後、学生ビザに切り替える
    ③ドイツの労働許可付きアーティストビザを獲得
    ④ドイツの永住権を取得

    あなたの海外就業体験を聞かせてください。インタビュー希望者募集中!

    連載「新・海外で働く日本人アーティスト」では、海外で活躍中のクリエイター、エンジニアの方々の海外就職体験談を募集中です。

    ご自身のキャリア、学生時代、そして現在のお仕事を確立されるまでの就職体験について。お話をしてみたい方は、CGWORLD編集部までご連絡ください(下記のアドレス宛にメールまたはCGWORLD.jpのSNS宛にご連絡ください)。たくさんのご応募をお待ちしてます!(CGWORLD編集部)
    e-mail:cgw@cgworld.jp
    Twitter:@CGWjp
    Facebook:@cgworldjp

    TEXT_鍋 潤太郎 / Juntaro Nabe
    ハリウッドを拠点とするVFX専門の映像ジャーナリスト。著書に『海外で働く日本人クリエイター』(ボーンデジタル刊)、『ハリウッドVFX業界就職の手引き』などがある。
    公式ブログ「鍋潤太郎☆映像トピックス」
    EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada