アメリカで大ヒットしたキアヌ・リーブス主演のアクション映画『ジョン・ウィック:コンセクエンス』が、9月22日より日本でも公開されるが、この映画に実写クルーの一員として参加しているのが、今回、登場いただく細井洋介氏だ。本業である映像ディレクターや撮影監督の仕事では、エミー賞ノミネート作品なども手がける細井氏に、これまでの経験を伺った。

記事の目次

    Artist's Profile

    細井洋介 / Yosuke Hosoi(Freelance / Director)
    埼玉県出身。2012年にニューヨーク市立大学にて映画専攻学士取得後、フリーランスのディレクターとしてキャリアをスタート。NHKワールド JAPANやTOKYO MXなどの旅番組を中心に演出し50ヵ国以上を訪れる。2017年より活動拠点をドイツ・ベルリンに移す。国際パラリンピック委員会とWOWOWによるパラリンピック・ドキュメンタリーシリーズ『WHO I AM』の演出で2018年国際エミー賞ノミネート、第71回文化庁メディア芸術祭に入選。俳優としてはジョニー・デップ主演、映画『MINAMATA―ミナマター』に出演し、ベルリン国際映画祭に招待された。また9月22日より公開のキアヌ・リーブス主演、映画『ジョン・ウィック:コンセクエンス』では、スタント・チームの通訳として参加している。
    IMDb:www.imdb.com/name/nm3049455
    個人サイト:yosukehosoi.com/others

    <1>「映像の仕事」と「世界を旅する」という2つの目標を実現

    ――学生時代の話をお聞かせください。 

    埼玉県のとある田舎で高校まで過ごしたのですが、今振り返れば中学3年生のときに人生の転機が訪れたと思います。その年、ニュージーランドの姉妹都市に、1週間交換留学させていただききました。初めての海外で見るもの全てが新鮮で、日本の外には大きな世界があるんだな、と感じました。同時に英語が話せないことで、ホストファミリーや現地の学生とコミュニケーションがとれないことにフラストレーションを感じました。日本に帰ったらもっと英語を勉強し、世界中の人と自由に話せるようになりたいと強く感じた記憶があります。

    その後、地元の男子高校に進学したのですが、またニュージーランドに兄弟校があるということを聞き、もう一度あのときの気持ちを確かめてみようと再度、短期留学をすることにしました。1年前よりは英語力が成長しているのを実感し、同時に今度は将来英語を使って世界中の人と一緒に仕事をしたいという夢を抱きました。

    高校3年生になると、当時の担任の先生の勧めから、白黒時代の過去の名作映画をたくさん見るようになりました。そうして将来、世界で活躍できる映画監督になりたいという夢を抱くようになったんです。そこで、ハリウッドの近くにある大学で映画を学ぼうと決めました。

    最初の2年間は、アメリカ西海岸にあるサンタモニカカレッジで学び、3年次から東海岸のニューヨーク市立シティーカレッジで映画を学びました。学校で自分の作品に打ち込むのと同時に、在学中からも積極的にAFI(American Film InstituteNYU(New York University)の大学院生の作品などの学校外での映画現場にも参加し、ネットワークを広げたり、学べるものは全て学びたいと言う姿勢で必死にやっていました。

    実は、大学の1年目はダブル専攻していました。この先、映画だけで食べていけるのか自信がもてず、保険の意味で、映画の他にビジネスも専攻していました。それを1年間続けたのですが、映画とビジネスどちらのクラスにもそれらを本気で学びに来ている人たちがいて、ただでさえ英語力に関してハンデがあるのに両方を専攻している僕は、どちらも中途半端なレベルで終わるように思い、どちらかをやめた方が良いと感じました。そこでビジネス専攻をやめる決断をしました。 退路を絶ち覚悟を決めてからは、船から錨を下ろせたようで、本気で映画に打ち込むようになりました。

    ――海外の映像業界での就職活動は、いかがでしたか。

    アメリカに長くいたかったので、2年制のカレッジを終えた後にOPT※を1年間取りました。

    ※OPT(オプショナル・プラクティカル・トレーニング)アメリカの大学を卒業すると、自分が専攻した分野と同じ業種の企業において、実務研修を積むため1年間合法的に就労できるオプショナル・プラクティカル・トレーニングという制度がある。STEM分野で学位を取得すると、OPTで3年までアメリカに滞在することができるので、留学先の学校に確認してみると良い

    ニューヨークの大学に編入後は、色々学べるように、自分の専攻である映画学科以外のクラス(演劇、写真やアニメーション、CGの基礎クラスなど)も追加で取っていました。

    大学卒業後もニューヨークで映画の仕事を続けたいと考え、卒業後にもう1度OPTを取りました。在学中に培ったネットワークを活かし、卒業後は撮影部や照明部ですぐに仕事をもらえるようになりました。

    また、監督として結果を残さないと就労ビザを取得できないと思い、自分のもてる全てを掛けて卒業制作に打ち込みました。結果的にニューヨークやロサンゼルス、またヨーロッパや南米の映画祭で賞を取ることができました。

    これでアーティストビザO-1を取る準備は万全だと思い、推薦状やポートフォリオを集めアプリケーションを移民局に提出すると、審査をパスすることができました。最後のステップとして、アメリカ国外のアメリカ大使館に行き、新しいビザをもらい、 再度アメリカに入国しろと言われました。そこでニューヨークから近いカナダのモントリオールのアメリカ大使館に行きました。

    その日のことは今でもよく覚えていますが、窓口の女性に「この経歴では、あなたにはアーティストビザは出せません。『スパイダーマン』とかドラマの『LOST』とか、そういう作品は監督したことないのですが?」と言われました。「そんな大作なんて、大学卒業してすぐに監督できる訳ないじゃん!」と思いつつ、突然のNOに頭が真っ白になりました。「もうランチに行かなきゃ」と取り合ってもらえず、アメリカで夢を追った7年の活動に突如、幕を下ろされることになりました。そして「いつか、あなたの顔面にオスカーのトロフィーを差し出すよ」と心に誓ったのでした。

    こうしてアメリカで7年活動した後、残念ながら就労ビザを受けることができず、やむなく日本に帰国しました。

    帰国の便をまつ間に寄った壮大なナイアガラの滝を眺めながら、今後の人生で何をしたいのか自分に問いました。「とにかく世界中を旅したい」そしてそれを「映像の仕事と掛け合わせたい」それはドキュメンタリーや旅番組をやっていくことなんだと感じ始めたのです。

    日本へ帰国後、知り合いの紹介でNHKワールド JAPANやWOWOWなどでディレクターの仕事をいただくことができました。大学を卒業して2年目だったのでディレクターとしては経験が浅かったのですが、英語ができるということがプラスに働いたように思います。

    英語が話せるだけではなく、ロサンゼルスやニューヨークという多国籍な都市で活動してきたため、どんな国籍や人種の方を相手にしても問題なく一緒に仕事ができるという自信もありました。

    それも手伝って、エジプト、南アフリカ、ルーマニア、フィリピン、コンゴ共和国など、様々な国々で旅番組やドキュメンタリーなどを撮影する機会をいただき、これまで50カ国ほど訪れることができました。

    アメリカ留学時代、より良い監督になろうと俳優学校に通っていた経験を活かし、俳優としても活動している。出演した映画『MINAMATA―ミナマター』でベルリン国際映画祭に招待され、俳優のジョニー・デップと

    『MINAMATA―ミナマター』

    DVD&Blu-ray発売中
    発売元:カルチュア・パブリッシャーズ
    © 2020 MINAMATA FILM, LLC   © Larry Horricks

    <2>ドイツで映像ディレクターとして活躍しつつ、ハリウッドで通訳も

    ――現在は映像ディレクターとして活動されているそうですね。

    ドイツを拠点に、フリーランスのディレクターや撮影監督として働いています。これまでコマーシャルやファッション映像など様々なタイプの映像をつくってきましたが、自分のメインの作品としてはIPC(国際パラリンピック委員会)とWOWOWの共同プロジェクトであるパラリンピック・ドキュメンタリーシリーズ『WHO I AM』です。リオ・パラリンピックの前、2015年に始め、現在はシーズン7の制作に取り掛かっているところなんですが、シーズン2ではシリーズ全体で国際エミー賞にノミネートすることができ、嬉しかったです。

    パリにてWOWOWと国際パラリンピック委員会によるパラリンピック・ドキュメンタリーシリーズ『WHO I AM』、撮影中の1コマ

    ――最近参加された作品で、印象に残るエピソードはありますか?

    ご縁があって、通訳としてのオファーを受け、9月に日本でも公開されるキアヌ・リーブス主演の映画『ジョン・ウィック:コンセクエンス』に参加しました。

    アクション映画において、アクションをつくり上げていくアクション監督というのは非常に大切な役職なんですが、本作では日本人の川本耕史さんが抜擢されたため、アクション監督と監督、そしてキャストの方たちとの間に入って通訳する仕事を担当しました。アメリカで英語と映画を学び、そして現場で働いていた経験がここで活かされることになりました。通訳自体は、自分の専門ではなかったのですが、これまでやってきたことが繋がったようで嬉しかったです。

    キアヌ・リーブスさんや真田広之さんなど、有名スターと半年に亘り一緒にお仕事させていただけたのは光栄なことでしたが、求められるレベルも高く、苦労しました。アメリカで7年活動していたにも関わらず、自分の知らない単語が多いことに驚きました。とくに本作は「殺しの世界」を舞台にしたストーリーだったので、残酷な表現や武器の名前などは、アメリカで普通に生活しているときには触れることがなかったのです。日々、勉強でした。

    ――現在のポジションの面白いところは何でしょうか。

    現在は主にドキュメンタリーのディレクターや撮影をしています。元々フィクション映画を監督したくてアメリカに渡ったので、当時ドキュメンタリーにはあまり興味をもっていませんでした。たくさんのクルーと一緒に1ショットずつ最高の絵を綿密につくり上げていく映画とちがい、ドキュメンタリーでは基本的には現場のモノや照明を勝手に調整することができず、撮り直すチャンスなどないため、最初はフラストレーションが溜まりました。テイク2が許されない中で、「その瞬間」を逃さずにチャンスをものにし、その場にある環境の中でベストの画を撮るという、その楽しさにだんだん引き込まれるようになっていきました。

    スポーツの世界で0.01秒に日々の生活を捧げている世界王者から、ワイン一滴の美味しさに人生を賭ける人まで、世界中にある物語を探し、それを形にして皆さんと共有するということは一番の喜びです。

    スペインのラ・パルマ島にてドキュメンタリー『WHO I AM マルクス・レーム (義足の走り幅跳び世界王者)』撮影中の1コマ。撮影では、Sony FX9カメラを使用することが多い

    ――英語やドイツ語の習得はどのようにされましたか?

    高校卒業後、東京にあるNICという語学学校で1年間英語を学びました。その後ロサンゼルスの大学で現地の友達をつくり、できるだけたくさん話すことで英語力(特にスピーキングやリスニング)を上げていきました。

    ネイティブスピーカーの表現で知らないものがあったら、それをすぐに誰かと話すときに真似して積極的に自分の口からアウトプットすることが1番の上達方法だと思います。特に渡米後1年間はストイックに英語のみしか話しませんでした。日本人と会っても英語だけで話すようにしていたので、もしかしたら変なやつだと思われていたかもしれませんね(笑)。

    ――ドイツでの生活は、いかがですか?

    ドイツの中でも僕の住んでいるベルリンは、非常に多国籍で、様々な文化が混在し、若いアーティストなども多く住んでいるので、日々たくさんの刺激を受けることができる点が気に入っています。

    働き方も日本やアメリカと比べ、仕事以外の時間をとても大切にしているような印象を受けます。例えば日曜日は、スーパーやショッピングセンターなど全て閉まっているため、家族や友達とゆっくり公園でピクニックをしたりゆったりとした時間がながれています。

    またヨーロッパに住む利点としては、ドイツに住みながら、フランス、スペイン、イタリアなど、ヨーロッパの様々な国へ行って仕事することも多く、そのスタイルは非常に気にいっています。

    ――将来、海外で働きたい人へのアドバイスをお願いします。

    英語など言語を学ぶことも大事ですが、それ以上に「海外で何をしたいか」という目的や夢を見つけることが一番大切だと思います。そうすれば自ずと何をすべきかが見えてくると思います。皆さんの夢を応援しています。

    ドイツのバート・ランゲンザルツァという街にて、『WHO I AM』、撮影中の1コマ

    【ビザ取得のキーワード】

    ① ニューヨーク市立大学にて映画学科を卒業
    ② 日本に帰国しNHKワールド JAPANやWOWOWでディレクターの経験を積む
    ③ ワーキング・ホリデー制度を利用してドイツのベルリンへ
    ④ ドイツでフリーランス・ビザを取得

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    TEXT_鍋 潤太郎 / Juntaro Nabe
    ハリウッドを拠点とするVFX専門の映像ジャーナリスト。著書に『海外で働く日本人クリエイター』(ボーンデジタル刊)、『ハリウッドVFX業界就職の手引き』などがある。
    公式ブログ「鍋潤太郎☆映像トピックス」
    EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada