グラフィックデザイン、ゲーム、CG、映像などのクリエイティブ業界へ、デザイナーあるいはアーティスト職での就職を希望する学生は、エントリーシートや履歴書と合わせて、作品集(ポートフォリオやデモリール)の提出を求められます。本記事では、ポートフォリオの「顔」とも言える表紙にスポットを当て、表紙に求められる役割と、ブラッシュアップのためのヒントを数回に分けてお伝えします。第2回以降では、就職活動中の学生たちがつくったブラッシュアップ前(Before)とブラッシュアップ後(After)の実例を紹介していくので、ぜひ参考にしていただければと願っています。
SUPERVISOR_斎藤直樹 / Naoki Saito(コンセント)
TEXT_尾形美幸 / Miyuki Ogata(CGWORLD)
取材協力_室橋直人(東京工芸大学)、東洋美術学校
作例提供_鳴海さくら、小林紗近、堀内美里、なな
そもそも、ポートフォリオをつくる目的は何なのか?
表紙の話をする前に「そもそも、ポートフォリオをつくる目的は何なのか?」を確認しておきましょう。目的を見定めることなくポートフォリオの制作に着手すると、迷走し、ゴールを見失う恐れがあります。
ポートフォリオとは、静止画の作品を掲載した作品集です。厳密に言うと、ラフスケッチやデッサンなど「完成した作品」以外のものも掲載するケースが多いのですが、ここでは「作品」と総称します。なお、アニメーションやVFXなどの動画作品をまとめた作品集はデモリールと呼びます。デザイナーあるいはアーティスト職の採用では、新卒、経験者を問わず、ポートフォリオやデモリールの提出が求められます。つまりポートフォリオは「採用担当者に作品を見せること」を目的につくられていると言えます。
さて、採用担当者はポートフォリオの作品に対して、何を期待しているのでしょうか? 消費者の場合は「面白い」「楽しい」「切ない」といった感情の動き(感動)を期待して、小説、マンガ、ゲーム、映像などを購入します。しかし採用担当者の場合は、作品そのものを通して「感動を得たい」とは思っていません。採用担当者が期待しているのは、作品をつくった人、つまりは就職希望者に関する情報です。
より具体的に言うと「過去にどんな勉強や経験をしてきたのか?」「入社した後、どんな仕事ができるのか? やりたいのか?」を知りたいのです。それらの情報が、手に取って、パラパラッと斜め読みしただけで伝わるなら、理想的なポートフォリオに仕上がっていると言えます。なぜなら、採用担当者がポートフォリオ1点の評価にかけられる時間は極めて短い場合が多いからです。
▲ゲーム、CG、映像業界の89社を対象に実施した、新卒のポートフォリオやデモリール1点の評価にかける時間を問うアンケート調査の結果(調査時期:2015年11月)
上のアンケート調査にある通り、採用担当者が新卒のポートフォリオやデモリール1点の評価にかける時間は、短い場合は1分にも満たないのです。ポートフォリオであれば、パラパラッと最初の数ページを見て「イマイチだな......」と思えば閉じられることもあり得ます。デモリールの場合も同様で、最初の数秒を再生しただけで停止ボタンや早送りボタンを押される場合もあります。一般的に、人気のある会社、有名な会社ほど、数多くの応募者が殺到するため、1点の評価にかけられる時間は短くなります。
以上の話をまとめると、「忙しい採用担当者を相手に、自分の過去と入社後の未来を、短時間(できれば1分未満)で伝えること」がポートフォリオの最初の目的だと言えます。
なお、最初の選考を通過したポートフォリオは、その後の二次選考以降の過程において、会社内で回覧され、様々な立場の人が目を通します。その中には、人事担当者もいれば、未来の上司や先輩、会社の社長もいます。それらの時間を合計すると、評価時間が1時間を超える場合も往々にしてあります。ポートフォリオ1点あたりの評価時間は千差万別で、数秒の場合もあれば、じっくり見られる場合もあるため、細かい部分まで手を抜かないことも重要なのです。
表紙が担う役割は何なのか?
下はポートフォリオの典型的な構成です。これはあくまで典型例であって、自己紹介と目次を1ページにまとめたり、目次をつくらない人もいます。カテゴリの内容は人によって様々です。例えば3Dモデラー志望であれば、カテゴリ1はキャラクターモデリング、カテゴリ2は背景モデリング、カテゴリ3はデッサンといった構成をよく見ます。もちろん4つ以上のカテゴリをつくっても構いません。
▲ポートフォリオの典型的な構成
さて、このように複数の構成要素がある中で、表紙はどんな役割を担っているのでしょうか?
表紙には、大きく分けて3つの役割があります。1つ目は「注目を集めること」です。多くの場合、採用担当者は同時に複数の(多いときには数百冊単位の)ポートフォリオに目を通し、その中から次の選考に残すものを選びます。このとき、最初に目に映るのが表紙です。つくった人の作風や志望職種が伝わらない表紙、ほかと比べたときに見分けがつきにくい無個性な表紙では「中を見たい!」という欲求がわかず、印象にも残りません。下の2点は、ポートフォリオ制作の初心者がつくりがちな、無個性な表紙の典型例です。
▲ポートフォリオ制作の初心者がつくりがちな、無個性な表紙の典型例。掲載できる作品数が少ない人は「表紙に作品を掲載すると、ただでさえ少ないページ数が、さらに少なくなってしまう」という理由から、表紙に作品を掲載したがらない傾向があるように思います。しかし、こういった創造性に欠ける表紙では、作者自身の創造力も疑われてしまいます
上のような表紙では、ライバルたちのポートフォリオをかき分けて「注目を集める」という役割を果たせません。運が悪ければ、中を見てもらう機会すら失うかもしれません。表紙には、ほかの構成要素以上に「強いアピール力」が求められるのです。
2つ目の役割は「内容を伝えること」です。そのポートフォリオにはどんな作品が掲載されているのか、その作品の作者はどんな性格で、何が得意で、どんな職種を志望しているのか......といったことが想像できるような表紙になっていれば、採用担当者の期待は高まりますし、ポジティブな気持ちでポートフォリオを開いてくれます。
ポートフォリオを開いた結果、期待通りの内容を目にできれば、採用担当者のポジティブな気持ちは維持されます。一方で表紙と内容のつり合いがとれていなければ、せっかくのポジティブな気持ちがネガティブへと反転してしまいます。そうならないように、誤解や偽りなく内容を伝えることも表紙の大切な役割なのです。
3つ目の役割は「ポートフォリオの表と裏、上と下を明確にすること」です。わざわざ言葉にするまでもない、当たり前のことだと感じる人もいるかもしれませんが、意識しておくに越したことはありません。ポートフォリオの外側に何の情報も記されていなければ、どちらが表でどちらが上なのかを採用担当者は自分で確認する必要があります。こういったひと手間を相手にかけさせても疑問に思わない感覚は、ものづくりを仕事にする上で足かせになるため歓迎されません。採用担当者が手に取ったとき、どちらが表でどちらが上なのか、考えるまでもなく自然に伝わることも表紙の役割なのです。
以上の3つの役割は、ポートフォリオだけでなく、リアル書店やネット書店で流通している雑誌や書籍の表紙にも共通していることです。「表紙に求められる役割」をより深く理解したければ、リアル書店に足を運び、大量に並んだ雑誌や書籍の表紙を眺めてみることをお勧めします。プロのデザイナーたちが腕によりをかけ、頭をしぼってつくり出した表紙の数々が、書店を訪れた消費者を相手にあの手この手でアピールしている光景は、きっと皆さんの創作意欲を刺激してくれるでしょう。
第2回以降では、学生たちによる表紙のブラッシュアップ過程を通して、ブラッシュアップ時の考え方とやり方をお伝えします。
▲【左上】グラフィックデザイナー志望者の表紙/【右上】イラストレーター志望者の表紙/【左下】モデラー志望者の表紙/【右下】アニメーター志望者の表紙。第2回以降では、これら4点のブラッシュアップ過程を紹介します
今回は以上です。次回もぜひお付き合いください。
(第2回の公開は、2018年3月20日を予定しております)
プロフィール
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斎藤直樹(グラフィックデザイナー)
株式会社コンセント
神奈川県横浜市生まれ。1987年東京造形大学造形学部デザイン科I類卒。広告企画制作会社、イベント企画運営会社を経て、1991年株式会社ヘルベチカ(現コンセント)入社。HUMAN STUDIES(電通総研)、日経クリック、日経パソコン(日経BP社)などの制作に関わる。東洋美術学校ではグラフィックデザインの実習を担当。
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尾形美幸(編集者)
株式会社ボーンデジタル
CG-ARTS(公益財団法人 画像情報教育振興協会)、フリーランス編集者を経て、2015年よりボーンデジタル所属。CGWORLD関連媒体で記事の執筆編集に携わる。東洋美術学校ではポートフォリオの講義を担当。東京藝術大学大学院修了 博士(美術)。著書に『ポートフォリオ見本帳』(2011)。共著書に『ポートフォリオアイデア帳』(2016)などがある。
Information
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採用担当者の心に響く
ポートフォリオアイデア帳
発売日:2016年2月3日
著者:中路真紀、尾形美幸
定価:2,000円+税
ISBN:978-4-86246-293-0
総ページ数:128ページ
サイズ:B5判
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