記事の目次

    今回は身近な「コーヒー」をテーマに、コーヒーをカップに注ぐときの水面の揺らぎや湯気を再現します。一見シンプルな現象にみえますが、様々な要素が複雑に絡み合って発生していることがわかると思います。

    ※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 220(2016年12月号)からの転載となります

    TEXT_近藤啓太(ジェットスタジオ
    EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)



    動画制作の裏話はこちら

    コーヒーの歴史と「豆」知識

    今回のテーマは「コーヒーを注ぐ」です。液体を容器に注いだときに起きる水面の揺らぎを中心に、コーヒーを注いだときに起きる様々な現象を調べ、再現することに挑戦しました。いつものように次ページから本編となる制作手法を紹介するので、この場はコーヒーの歴史と豆だけに(?)豆知識をお話ししたいと思います。

    コーヒーの歴史は10世紀までさかのぼり、アラビアの医師がコーヒー豆を煮出した汁を薬として患者に飲用させていたのがコーヒーのはじまりと言われています。それから300年ほど経ち、豆を焙煎した飲用方法が確立し中東のイスラム世界で一般にも広まります。そして17世紀初めにはヨーロッパへ、後期にはアメリカへと伝わっていきます。日本へのコーヒー初上陸も時を同じくし、長崎の出島でコーヒー豆を取り扱っていたオランダ商館で、ごく一部の関係者が楽しむ嗜好品として入ってきたのがはじまりだとか。ただし一般に広まるにはそこからさらに200年ほど歳月がかかるので、日本でコーヒーが当たり前のように飲まれはじめてまだ100年と少ししか経っていないことに驚きです。

    飲んで良し、香りも良しで長らく好まれてきたコーヒーは様々な効用も期待され、リラックス効果に始まり消化補助、頭痛や認知症予防に果てはガン予防にまで作用することがわかってきました。そんな非の打ちどころがないスーパー飲料ですが、ひとつ困ることがあるとするならば利尿作用のおかげでお手洗いの回数が増えてしまうことでしょうか。これから少しだけ難しい話が続きますのでコーヒーでも飲みながらリラックスして楽しく読んでいただければ幸いです。

    主要な制作アプリケーション
    ・Autodesk 3ds Max 2015
    ・Adobe After Effects CS 6.0
    ・FumeFX 3.5.3
    ・FROST 1.4.3

    STEP 01:「コーヒーの水面」を考える~水面の動きを調べてみた~

    複合的な要素が絡み合い水面の動きがつくられる

    気体や液体のような「流体」と言われる物質は特定の形をもたず、周囲の環境や扱い方、粘度のような物質そのものの条件によって多種多様に形を変化させます。今回のテーマである「コーヒーを注ぐ」でもご多分に漏れず液体の様々な動きを見ることができましたので、STEP 01ではコーヒーの水面がどういった振る舞いをしているのかを調べてみました。複雑な動きが重なり合っていますので、大きく4つの特徴に分けて説明したいと思います。

    1つめは「注いだ液体による凹み」です。カップに向けて注がれた液体は水面に衝突すると、その圧力により液体が押し下げられ注がれた部位に凹みが生じます。2つめは「波紋」です。1つめの凹みによって押し下げられた液体の周囲にある液体は反動によりもち上がり、そのまた周囲の液体はその反動で押し下げられ......をくり返して波紋となります(詳しくは連載第13回の「雨」で紹介しています)。3つめは注ぐ液体の衝突によって発生した泡が水面に湧き上がることで起きる「泡による水面の盛り上がり」。最後の4つめは今までの水面の動きによって起きる「無数の波」です。複合的な要素が絡み合いなかなか骨がありそうなテーマですが、ひとつひとつ要素を解きながら再現していきたいと思います。


    STEP 02:「コーヒーの湯気」を考える ~筋感のある湯気をつくる~

    湯気の筋感のある煙を発生源とFumeFXパラメータによって再現

    STEP 02ではコーヒー上に立ち昇る湯気を制作します。湯気とは水蒸気が空気中で冷やされ、周囲の気体と結合した水滴の集合体のことを言います。この湯気はFumeFXを用いて再現したいと思います。


    湯気は水蒸気が空気中で冷やされてできた微小な水滴の集合体で、気体である水蒸気とは異なり液体です

    発生源となるコーヒーの水面から煙を出すために水面用のオブジェクトをソースに適用するのですが、このままシミュレーションを行うとオブジェクトの根元を含む全体から均等に煙が発生してしまい不自然なシルエットになってしまいます。


    水面用オブジェクトを煙の発生源に適用しますが、そのままシミュレーションするとオブジェクトの全体から煙が発生してしまいます

    そこでObject SrcのSmokeチャンネルにあるMap内[Intensity]を選択し、テクスチャマップの強度の差によって煙を出せるよう設定します。【3】のように煙の発生にムラが出るよう適用するマップを調整したら、FumeFX内で煙の立ち昇る速さやうねりによる質感のパラメータに数値を加え、湯気特有の筋感のある煙を目指します。


    そこで、SmokeチャンネルのMapをIntensityに変更し、テクスチャマップによって強度をコントロールできるようにします

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    STEP 03:「水と泡」を考える ~特徴を分解して動きを再現する~

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    STEP 03:「水と泡」を考える ~特徴を分解して動きを再現する~

    水面と泡に必要な要素を特徴別に分けて制作

    メインであるコーヒーと泡を再現していきます。まずは再現に必要な要素を考えます。コーヒーはSTEP 01で説明した「水面の4つの特徴をもつ動き」「注がれるコーヒー」の2点。泡は水面に漂っている「滞留する泡」「水中から湧き上がる泡」の2点が主な要素となります。要素が多く足早な説明になってしまいそうですがひとつずつ説明していきたいと思います。


    コーヒーと泡の再現に必要な要素を、それぞれの特徴に分けて挙げていきます

    1つめは「注がれるコーヒー」をつくります。パーティクルで動きを付け、FROSTで単一メッシュ化します。注がれる液体は容器を握っているであろう腕の揺らぎや内部の水量によって傾きを調整しながら入れているので、動きを想定しながらパーティクルの発生源を傾けたりノイズアニメーションを入れるなどして液体の動きが単調にならないようにします。


    注がれるコーヒーは、パーティクルで動きを付けてからFROSTでメッシュ化します

    次に「水面の4つの特徴をもつ動き」をつくります。水面となるオブジェクトを用意したらNoiseモディファイヤを入れてアニメーションを適用し「無数の波」を再現。さらに「注いだ水の凹み」をつくる際に「Push」を使用するのですが、影響範囲を指定するため「Vol.Selelct」で注がれるコーヒー付近のみ影響するよう設定します。気をつける点は液体が多量で安定している前半よりも、注ぐ量が減って断続的に高い場所から水滴が落ちるようになる後半部分の方がより水の凹みが強くなることです。


    水面の4つの特徴のうち、まず「無数の波」と「注いだ水の凹み」をつくります

    続いて「波紋」をつくります。波紋はRippleモディファイヤを使いPushと同じくVol.Selectで範囲を指定し影響範囲を限定させて使用します。波紋の制作で気をつける点は、後半に液体の勢いが減るため下図のように水面をスライドしたときです。発生した波紋に追従するように液体も進むので、より強く押し出すかたちになり大きな揺らぎが発生します。


    最後は4つめの特徴「泡による水面の盛り上がり」を制作します。泡が水中からせり上がると水面は泡の集中した部分だけ盛り上がり、小さな波紋を残して消えていきます。この特徴を鑑み、PushとRippleを併用して再現することにしました。泡が湧き上がってくる場所とタイミングを想定しながらVol.Selectを配置し、下図のようにPushで水面をもち上げる→Rippleで波紋となり水面が落ち着く、といったようにアニメーションを付けていきます。


    さて、水面の動きができましたので泡を制作します。「滞留する泡」は白から黒のマップの強度で任意の場所にパーティクルを配置できるよう[Density By Material]を用い、カップの縁に多く集まるように設定。完全に水面に泡を固定しないよう[Lock/Bond]で水面のサーフェスにスナップし、パラメータ[Force]の値を下げてWindによる揺らぎの影響が加わるようにします。「湧き上がる泡」も同様に水面から上がってくるパーティクルをLock/Bondで固定。こちらもWindを用い水面に沿って泡が流れるようにします。泡の動きができたら最後にFROSTで単一メッシュ化し泡同士の境界線を繋げるように設定したら完成となります。


    泡は「滞留する泡」と「湧き上がる泡」の2つに分けて制作します

    STEP 04:「小さな飛沫」を考える ~コーヒーからも水飛沫は出ている~

    2つの異なる発生源から水飛沫を飛ばす

    STEP 04では少し地味ですが大切な要素のひとつ「小さな水飛沫」を制作します。リファレンス動画をよく見ると小さな丸い粒がピョンピョンと水面から飛び出しているのが見て取れます。この丸い粒が飛沫です。飛沫と言えばクジラのジャンプや船の移動のように大きな質量が動いたときに出るイメージがありますが、コーヒーのような小規模の水の動きでも少ないながら発生しているようです。


    コーヒーを注いでいるとき、水面から小さな水飛沫が発生しています

    さて、この飛沫の発生源は主に2つ。ひとつは注いだ先の衝突面、もうひとつは水面に滞留する泡が弾けた際に出る飛沫です。共にパーティクルフローを用いて再現するので、発生源に合わせて2つのPFSourceを用意します。衝突面から発生する飛沫のパーティクルは【3】のように衝突部位付近のみから発生するようパーティクルの発生源を衝突面に合わせてアニメーションさせます。泡が弾けて発生する飛沫は、STEP 03で制作した滞留している泡のフローを飛沫の発生源として応用します。


    水飛沫の発生源は注がれた液体と水面の衝突面と、水面に滞留する泡の破裂の2つに分けられます


    衝突面から発生する水飛沫はパーティクルの発生源を衝突面に合わせて動かします


    泡の破裂による飛沫は、前項で制作した滞留する泡のパーティクルフローをそのまま発生源とします

    完成

    コーヒーは味と香りを楽しむことができる飲料のひとつ。筆者も数年前までは毎日のように飲んでいたのですが最近ではもっぱらお酒にその座を奪われてしまっております。コーヒーにはダイエット効果もあるようなので目立ってきたお腹の膨らみを凹ませるにはちょうど良い機会かもしれません。それではまた次号お会いしましょう。




    Profile.

    • 近藤啓太(ジェットスタジオ)
      エフェクトを中心に映像制作をしております


    • JET STUDIO
      ゲーム、映画、遊技機映像など幅広く制作を行う、3ds MaxをメインツールとするCGプロダクション。ベトナムにも支社を構え、大規模な制作体制を採っている
      www.jetstudio.co.jp


    • イラストでわかる物理現象 CGエフェクトLab.
    • イラストでわかる物理現象 CGエフェクトLab.


      定価:3,000円+税
      サイズ:B5変型/フルカラー
      総ページ数:288
      ISBN:978-4-86246-395-1