学生時代のアルバイト経験が、大学教育に生きている
−−ところで、東京工科大学で授業をするようになったきっかけは何だったんですか?
安原:2017年の東京ゲームショウにあわせて、ユニティが「Unity道場幕張スペシャル-Education編-」を開催しました。そこで「あそびのデザイン講座」を発表したとき、三上先生から声をかけていただいたんです。今度教員を募集しますから、よかったら応募しませんかって。僕もやってみたいなと思ったんです。
−−ええっ、そうなんですか?
安原:もともと学生時代に講師のアルバイトをしていました。予備校じゃなくて、できない子に算数を教えるといった感じで、寺子屋みたいなイメージですね。生徒も小学生から高校生まで、いろんな子がいましたよ。あのときの経験が回り回って、今につながっているかもしれません。実際、おもしろかったですし。
−−どんな子供がいましたか?
安原:ものすごくたくさん漢字練習をしているのに、テストの点が悪い子がいました。学校で叱られるから、書き取りの量はこなすんですが、ただの作業にしかなっていなくて、全然身につかないわけです。そういった子に、漢字の成り立ちから意味を教えたりしました。そうすると「ああ!」と気がついてくれたりして。
−−ゲームデザインも、「ああ!」が大事ですよね。
安原:そうなんですよね。だから目に見えないことでも、教え方次第で人は理解できるし、学ぶことができると思いました。
−−僕も高校の頃に数学が苦手だったんですが、渡辺次夫という予備校の先生が書かれた『なべつぐのあすなろ数学』(1984/旺文社)という参考書で克服しました。その指導法が変わっていて、回答文を徹底的に写経させるんです。今になってUnityの授業をしていると、数学の回答文の写経と、C#スクリプトの写経が同じだなと思うことがあります。
安原:同じようなものですよ。習うより慣れろで、何度も同じような構文を丸写しするうちに、だんだん意味がわかってきます。また、同じ問題を解くのでも、いろんな解き方があることもわかってきます。
−−大学で授業を通して気づきを得ることはありますか?
安原:教材をつくるだけでなく、実際に教えてみて初めてわかることが、たくさんありますね。「ここは、ちょっと難しかったかな?」とか。学生の反応を見ながら、ちょこちょこ内容を変えています。
−−「あそびのデザイン講座」の1テーマを90分でやりきるのは、けっこう大変ではないですか? 自分はメカニクスとレベルデザインで、2回に分けてやっています。
安原:確かに、それくらいは必要ですよね。特にスクリプトを書かせると、どうしても時間が足りなくなります。ただ、それでも1回につき90分でやっています。実際、「あそびのデザイン講座」15回の内容は、前期でやりきりました。
−−速いですね。どういった工夫をされていますか?
安原:授業は演習内容に沿ってメカニクスを実装させるだけに留めています。その上でさっきも軽く言いましたが、レベルデザインは宿題にして、家でやってきてもらいます。作成したレベルはUnityのアセット「Recorder」で録画して、授業の最初に提出してもらいます。
−−ああ、なるほど。
安原:はじめの20〜30分で、宿題を基に前回の内容を振り返ります。次に今日やる課題について、簡単に解説を行います。その上で、いよいよ演習開始となるんですが、ここでたいてい「先生、Unityが動きません」という学生が出てくるんですね。「先生もわからないよ、見たことがないウィンドウが開いているじゃないか」「何もしていません!」「そんなはずないだろう」という、コントのような会話が繰り広げられるという。
−−目に浮かぶようだ。
安原:途中から演習前に、スクリプトを印刷した紙を渡すようにもしました。学生たちが紙を見ながら写経をするイメージです。その際、スクリプトの意味をざっと説明します。ここでXの値を変えるから、オブジェクトがXの方向に動くということを説明すると、できる学生はYの値を変えたらどうなるんだろう、などと応用し始めるんです。その上で斜めに動かすにはどうすれば良いか......。答えはXとYの値を同時に変えれば良いんですよね。そんなふうに自分で工夫する余地を残しておいてあげるようにしています。
−−「あそびのデザイン講座」のPDFにも、そうした配慮がなされていますね。
安原:簡単でも良いので、C#スクリプトの意味は説明した方が良いと思います。その方が、学生たちも応用が利くようになりますから。実際、できる学生は斜めに動いたり、円周上に動いたりする障害物を配置したレベルを、宿題でもってきてくれたりしました。それを見て「すごいすごい」と褒めてあげる。「どううやったの?」「こうやりました」。それを見て周りの学生も「ふーん」と。ほかの学生がやっているのをみたら触発されますしね。
−−学生はみんな自分のPCをもっているのですか?
安原:そうですね。ただ、大半の学生が学校側で推奨されているノートPCを使っているので、あまり高性能じゃないんですよ。授業中に「先生、すごく熱くなってます」とか、よくありますよ。特に学生って、できるだけたくさん画面にオブジェクトを置きたがるじゃないですか。そうなると動作が重くなったり、本体が熱くなってきたりします。
−−Unityのバージョンはどうしていますか?
安原:自分はUnity2018を入れていますが、学生はUnity2017を入れています。学生には「できるだけ新しいバージョンを入れておくと良いよ」と言っています。ただ、大半の学生は東京ゲームショウ向けのゲーム制作演習にも参加しているため、そちらの都合に合わせる必要があります。そのため、細かいバージョンについては、学生に任せているんです。もっとも、授業でやるのはオブジェクトを配置して当たり判定を求める程度なので、細かいバージョンちがいでトラブルが発生することはないですね。むしろバージョンアップをしたらバグが直ったりするので、できるだけ新しいバージョンにしようと言っています。
−−前期で「あそびのデザイン講座」の内容がすべて終わったとのことですが、後期はどういった授業をされる予定ですか?
安原:切り口を変えつつ、また最初からやっていきます。前期は「あそびのデザイン講座」の内容を一通りさわることが目的で、レベルデザインについては宿題としました。そのため、個々の内容の善し悪しについては、あまり詳しく指摘しなかったんですよ。それだけの時間もありませんでしたし。
−−はいはい。
安原:後期はレベルデザインについて、時間内でより深くやっていきます。ボールの動きを細かく調節したり、障害物の数や種類、配置などを細かく調整したり......トライ&エラーを繰り返しながら、ブラッシュアップしていく感じです。例えばステージ上に壁があって、そのままでは向こう側に行けない状態があったとします。じゃあ、向こう側に行けるようになるための方法を100個考えてみよう、とかですね。飛び越える、ぶち壊す、地下に穴を開ける......いろんな方法があるじゃないですか。そういったことをガチで考えながら、Unity上で実装していくといった感じです。
−−かなり実践的ですね。学生がついて来られれば良いのですが......。
安原:まさにそうですね。幸い本当にゲームデザイナーになりたいという学生が4〜5人いるので、その学生たちのためになれば良いかな、と思っています。ほかの学生にとっても、それだけアイデアを出したという経験は、決して無駄にはならないでしょうから。
−−大学だからかもしれませんが、授業の展開がすごく速いですね。一方でガチでゲームデザイナーになりたい学生と、ただ興味があるだけの学生が教室内で混在しているのも、大学ならではのように感じられました。
安原:専門学校ではどうですか?
−−専門学校は職業訓練が目的なので、基本的にゲームデザイナーになりたい学生ばかりなんですよ。ただ、良くも悪くも受験を経ていないので、学力では劣るかもしれません。また、総じて座学が苦手で演習が好きな学生が多い気がしますね。大学では逆に、自分の意見を言いたくない、恥ずかしいといった学生が多くはありませんか?
安原:確かに座学と演習では、学生の学ぶ姿勢もちがう感じですね。僕の担当で言えば、ゲームプロデュース論が座学系の授業になります。「東京ゲームショウに行った人」と聞いても、パラパラとしか手が上がらなかったり。ゲームに対して、そこまで前のめりではない学生の方が大半で、逆に新鮮でした。