ゲーム専門学校の新人講師がUnityを勉強しながら、「ゲームのおもしろさとは何か」について授業を行う泥縄式レポートの第七弾。水先案内人になるのがユニティ・テクノロジーズ・ジャパン(以後、ユニティ)から提供中の無料教材「あそびのデザイン講座」だ。今回は特別編として、「あそびのデザイン講座」の生みの親である安原広和氏へのインタビューをお届けする。
『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』シリーズをはじめ、数々のヒットタイトルを手がけてきた安原氏。GDC2018で「Classic Game Postmortem: 'Sonic the Hedgehog'」と題し、『ソニック』開発秘話に関する招待講演も行なった、レジェンド級のゲームデザイナーだ。その安原氏がなぜユニティに移籍すると共に、本教材を考案し、東京工科大学で授業を始めるまでにいたったのか、経緯と理由について聞いた。
TEXT_小野憲史 / Kenji Ono
EDIT_尾形美幸 / Miyuki Ogata(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota
大学教員として授業に勤しむ日々
−−大学の授業の方はもう慣れましたか?
安原広和氏(以下、安原):そうですね。ただ、後期授業が9月14日から始まり、担当する授業が増えました。そのため、資料の準備などでバタバタしています。
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安原広和
ユニティ・テクノロジーズ・ジャパン
東京理科大学工学部を卒業し、1988年にセガ・エンタープライゼス(後のセガゲームス)に入社。キャラクターデザイナーの大島直人氏、プログラマーの中裕司氏らと共に、ディレクターおよびゲームデザイナーとして『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』の開発にたずさわる。その後、Naughty Dogなどを経て2016年にユニティ・テクノロジーズ・ジャパンに移籍し、教育事業に携わる。2017年に「あそびのデザイン講座」を発表。2018年4月より東京工科大学 メディア学部 特任准教授に就任。
−−具体的には、どういった授業を担当されているんですか?
安原:メインで担当しているのは、「あそびのデザイン講座」をベースとした演習系授業の「プロジェクト演習(インタラクティブ・ゲーム制作<ゲームデザイン>)」です。これに加えて、前期は演習系の授業に2つ関わりました。「プロジェクト演習(インタラクティブ・ゲーム制作<プロデューシング>)」と、「メディア専門演習(ゲームプロデューシング)」ですね。いずれも三上浩司先生(東京工科大学 メディア学部 教授)の指導の下に行われている授業になります。
−−演習を3つも担当されたのですか?
安原:いえ、「プロジェクト演習(インタラクティブ・ゲーム制作<ゲームデザイン>)」以外は、ほかの先生方と一緒に参加して、学生がつくってくる作品に対してコメントを出すだけです。そのため、そこまで大変ではありません。僕もゲームデザインの視点から、いろいろなコメントをさせてもらっています。特に「プロジェクト演習(インタラクティブ・ゲーム制作<プロデューシング>)」は東京ゲームショウに出展する作品をつくるため、学生も力が入るようです。
−−後期はどうなりますか?
安原:前期の3演習はそのままに、新たに「ゲームプロデューシング論」という講義系の授業が加わりました。去年まで岸本好弘先生(元 東京工科大学 メディア学部 特任准教授/遊びと学び研究所主催)が担当されていた授業を引き継いだものです。もっとも自分はプロデューサーの経験はないので、宣伝などの実務経験はありません。そこは学生にも、事前に断って授業をしています。なので、合計4科目となります。週に3日間、八王子のキャンパスに通って授業をして、残り2日も授業の準備などでつぶれますね。
−−前期・後期ともに15コマですか?
安原:そうですね。1コマが90分です。おもしろいことに、演習系の授業は夕方の6時半から始まるんですよ。そのため授業が終わっても、好きなだけ居残り演習が可能です。自分もそれにつきあって、いろいろと教えています。ちゃんと先生がついて教えてくれるものの、部活のノリでやっています。
−−必修科目ですか?
安原:「プロジェクト演習(インタラクティブ・ゲーム制作<ゲームデザイン>)」と「プロジェクト演習(インタラクティブ・ゲーム制作<プロデューシング>)」は選択科目。「メディア専門演習(ゲームプロデューシング)」と「ゲームプロデューシング論」は必修科目です。いずれも2〜3年生向けの授業になります。単位も「プロジェクト演習(インタラクティブ・ゲーム制作<ゲームデザイン>)」は1年間やって2単位しか出ません。そのため、本当にやる気がある学生しか履修しないんですよ。こちらも、そのぶんしっかり指導ができます。
−−学生数は何人くらいですか?
安原:演習系の授業は30名くらいですね。もっとも、「プロジェクト演習(インタラクティブ・ゲーム制作<ゲームデザイン>)」の前期では、履修届こそ30名でしたが、次第に学生の数が減っていって、最終的に15名になりました。毎回宿題を出すのが敬遠されたのかもしれませんね(笑)。これに対して「ゲームプロデューシング論」は2年生向けの必修科目なので、250人くらいの学生がいます。
−−ゲーム業界はトレンドの移り変わりが激しいので、先生も学びながら教えるといったことが、よくありますよね。自分もまさにUnityを学びながら教えていますし、最近だとHoudiniを学びながら教えているCG系の先生がいるかもしれません。
安原:ああ、そうですね。HoudiniもCG分野ではデファクトスタンダードになりつつありますよね。
−−それにしても、盛りだくさんですね。
安原:実は東京工科大学で授業をするにあたり、中央線沿線に家を借りたんですよ。ユニティはリモート勤務が可能で会社にほとんど顔を出さなくて済むので、助かっています。それでも、大学まで40分くらいかかるのは予想外でした。
−−東京工科大学はJR八王子駅から、バスに乗り換える必要がありますしね(笑)。
安原:ですです。
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「アセットを並べて終わり」というゲームが多すぎる
「アセットを並べて終わり」というゲームが多すぎる
−−それにしても、ここ数年の安原さんのキャリアチェンジはすごいですよね。Naughty Dogを経てユニティに移られた時も驚きましたし、そこから大学の先生を始められたのにも驚きました。
安原:Unityを最初に触ったときに、これは良いなあと思ったんです。
−−ただ、Naughty Dogでも内製ゲームエンジンでゲーム開発をされていましたよね。Unityとの差がそこまであるとは思えませんが......。
安原:やっぱりユニティの「ゲーム開発の民主化」という言葉に惹かれたところはありますね。それにアメリカでは日本に先駆けて、サードパーティーのマルチプラットフォーム戦略が一般的になっていました。そのためUnityの勢いを肌で感じていたんです。自分も使ってみて、これはすごい、すぐにゲームがつくれると思いましたし。
−−2010年ごろの話ですね。
安原:それと共にインディゲームのブームもありました。Unityを使えば、自分たちがつくりたいゲームをすぐにつくれて、いろんなハードに同時展開できますよね。これから、このながれが来ると思ったんです。それで仕事が一段落したところで、ユニティにコンタクトをとりました。2016年のことです。
−−とはいえ、「ゲームをつくる人」から、「ゲームづくりを支援する人」にキャリアチェンジされたわけじゃないですか。そこに葛藤などはありませんでしたか?
安原:なんというかなあ、やっぱりAAAゲームだと、開発規模が大きくなりすぎて、自分の好きなようにはつくれないんですよ。
−−ただ、そこでインディゲームという身の振り方もあったと思います。特にアメリカなら、そういった開発者がたくさんいると思いますし。
安原:そこはUnityの功罪で、海外のインディゲームといっても、アセットストアからアセットをわーっと落としてきて、ばーっと並べて、できた! みたいな人がいっぱいいるわけですよ。実際に遊ぶと、はじめの2分くらいはおもしろいんですが、そのあとが続かない。一見豪華でも、次に何をすれば良いのか、わからなかったり。
▲「あそびのデザイン講座」PDFの抜粋
−−ああ、なるほど。
安原:どうしてみんなゲームデザインについて、まじめに考えないんだろうと思っていました。そんなとき、はたと「ああ、教える人がいないんだ」という結論に行き着いたんです。ゲームづくりって、その背後にいろんな知識が必要じゃないですか。ハードウェアやソフトウェアの知識も必要だし、リベラルアーツだって必要だし、UIひとつつくるのだって、その地域の文化や慣習が関係するし。それに加えて、自分がそれまで蓄積してきたものがなければ、その人なりのゲームってつくれないですよね。
−−はいはい。
安原:一番危険なのは、ヒットしているゲームの真似をして終わっちゃうこと。確かに、Unityを使えばそういったゲームでも、比較的手軽につくることができます。だけど、それで終わっちゃうとまずい。実際、会社からヒットしているゲームのフォロアーをつくれといわれたり、続編の制作を任されたりして、結果的にそれしかつくれなくなってしまうゲームデザイナーの例をたくさん見てきました。
−−つぶしがきかなくなるわけですね。
安原:幸い、日本のゲーム業界では2010年ごろからモバイルゲーム市場が急速に成長したので、家庭用ゲームのベテランが一斉に移行できて、救われた面がありました。それまでの経験を基に、一回キャリアをリセットする機会が得られたわけですからね。でも、この先どうなるかは誰にもわからない。だったら、そろそろ真面目にゲームデザインについて考えてみようよ、という思いがあったんです。とはいえ、そんなに深く考えていません。おもしろさという原点に立ち返った感じです。
▲「あそびのデザイン講座」PDFの抜粋
−−世界的に見ても同じような問題意識をもっている人はいると思うんです。それでも、Unityでゲームデザインの教材づくりをはじめられたのは、安原さんが初めてですよね?
安原:たぶん、それまで誰も深くゲームデザインについて考えていなかったんですよ。よくあるのは「アクションタイプのゲームです」「主人公は多彩なアクションができます」「敵を倒します」といったところからつくり始めるパターンですね。でも、そのときにちょっと考えてほしいんです。なぜ、こんな主人公なんですかと。多くの場合、そこに意味はありません。鎧を着た騎士でも、カンフーマスターでも、なんだって良いわけです。「なぜ敵を倒すの?」と聞いても、ただ「敵だから」というだけ。もうちょっと考えを働かせてほしいんですよ。
−−学生だけでなくて、プロの開発者もそうなんですね。
安原:そうなんですよ。世界的に見てもゲームデザインについて、まったく教えられていないし、問題意識ももっていない。そもそもゲームデザインって目に見えないじゃないですか。だから必要性についても、みんな気がついてないんです。ゲームってデザインされているからおもしろいんですよ。裏を返すと、おもしろいゲームをつくるためには、ちゃんとデザインしなければいけない。
−−それを日本でやろうという話は、いつ頃からありましたか?
安原:ユニティで代表取締役会長をつとめている豊田信夫は元セガ・オブ・アメリカ副社長なんです。自分もセガ・オブ・アメリカには長くいたので、親近感がありました。そこで、Unityを使ってこんなことをやりませんかって、企画をもち込んだんです。日本担当ディレクターの大前広樹もビジネス・ブレークスルー大学でUnityを教えていて、同じような問題意識があったようです。かなり好意的に受け止めていただきました。
−−「あそびのデザイン講座」の開発時間はどれくらいかかりましたか?
安原:1年くらいですね。僕もUnityを学びながらつくっていましたし、今でもプログラミングはユニティの人に聞きながら、変えていっています。
−−じゃあC#のスクリプトを学びはじめたのは......。
安原:本当にそれからですよ。だからC#の経験は2年くらいですね。それでも、これくらいのレベルまでなら、誰でも到達できます。
−−それは心強いですね。自分もがんばります。
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砂山をつくってビー玉を転がした経験が基になっている
砂山をつくってビー玉を転がした経験が基になっている
−−前回の連載でも書きましたが、「あそびのデザイン講座」は「スロープをつくってボールを上から転がす」「ピンボールゲームを作る」「円柱型キャラクターを操作してゴールに到達させる」という三部構成をとられていますよね。
▲「あそびのデザイン講座」PDFの抜粋
安原:はいはい。
−−ちゃんとホップ・ステップ・ジャンプになっていて、すごくおもしろい構成だと思うんですが、なぜこのような内容になったのですか?
安原:うーん、難しいなあ。はじめは粘土をこねるように、画面上にブロックを配置していって、そこから実際に動かしてみて、自然に楽しさを見つけていくようなことができたら良いなと考えていました。実際、そのレベルであれば、すぐにできるんです。ただ、仮に講義用途で15回の内容にするとしたら、内容が浅くなってしまう。もう少し深いところまで学びたい学生向けに、何を提供したら良いかなと考えました。
−−そうだったんですね。
安原:そこで「ゲームにするためには何が必要なのか」ということを考えて、「体験の定量化」の要素を加えました。いわゆるスコアの概念です。そのためには情報をプレイヤーに伝えるためのUIが必要になるので、これは丁度良いぞと。その上で同じ定量化であっても、時間制限を加えたら、またちょっと遊びの体験が変わってきますよね。こんな風にテーマを毎回変えながら、ゲームデザインの過程を体験させていくと、良いんじゃないかなあと、自然に考えていきました。
▲「あそびのデザイン講座」PDFの抜粋
−−メカニクスとレベルデザインの概念をセットで理解できる点が「あそびのデザイン講座」の特徴ですよね。既存の教材って、たいてい、どちらか片方じゃないですか。Unityの解説本では、メカニクスの実装法については学びますが、その意味は問われないことが多い。一方でレベルデザインの教材といえば、『スーパーマリオ』のステージをエディットするような内容になりがちです。
安原:はいはい。
−−だからこそ、メカニクスをきっちりと決めて、ますは演習で組み上げる。その上でレベルデザインを自由に工夫していく。この二段階の流れが興味深いなと思いました。このアイデアはどこから出てきましたか?
安原:自分がそうだったからですよ。たぶん今の学生って、生まれたときからゲームがあるから、ゲームに関する先入観が邪魔していると思うんです。でも、僕らが子供の頃は、まだゲームはありませんでした。砂場で砂山をつくって、上からビー玉を転がして、誰が一番おもしろいか、くらべっこして遊んでいました。Unityでゲームデザインについて教える上でも、そんなレベルから始めないといけないんじゃないかと。
−−ああ、なるほど。
安原:最終的に、自分がどうやってゲームをつくってきたか、ふりかえってプロットしてみたら、こんな風になったという感じです。実際、ゲームデザインについて考える良いきっかけになりました。メカニクスを決めてからレベルデザインを行うというのも、セガやNaughty Dogでやってきたやり方が、そのまま生きています。
−−つくっている間に、どなたかと相談されましたか?
安原:はじめにWebに載っている『ブロック崩し』などのチュートリアルを見ながら、自分でもやってみました。ただ、どれも、けっこう難しいんですよ。
−−自分も本当にそう思います(笑)。
安原:Unityを使ってプログラムを教えるのであれば良いと思うんですけど、ゲームデザインについて教えるのであれば、もっと基礎の部分からやらないと、難しいんじゃないかなと思いましたね。実際、ボールがぶつかって、ブロックが消えるしくみって、C#スクリプトのどこの部分に当たるんだろうとか、自分でも理解するのが大変でした。
−−自分の経験でいうと、Unityって電子工作みたいなイメージがあるんです。基板上にトランジスタなどのパーツを載せていって、ジャンパー線で半田付けしていく感じです。パーツがオブジェクトで、ジャンパー線がスクリプトというイメージなんですが、スクリプトってめんどくさいですよね。
安原:自分も電子ブロックみたいに、小さなモジュールをつないでいってゲームがつくれたら良いなと思っていました。ただ、最初から構造化について考えていかないと、結局スパゲッティプログラムになっちゃうんですよね。途中で「このままだと、初心者向けには難しすぎる」という壁にぶつかりました。そこでユニティの安原祐二に相談して、構造を簡素化してもらいました。敏腕プログラマーとして知られる、もう一人の安原です。
−−安原さんが新人時代に受けられた研修内容は生かされていますか?
安原:それはないですね。というのも、もともと僕はセガ・エンタープライゼス(当時)にメカトロ系のエンジニアとして入社したんですよ。東京理科大学の工学部出身で、ジェットエンジン回りの流体の研究を行なっていました。そのため、入社後もいきなりCPUのZ80を渡されて、マシン語のプログラムを書きました。当時から企画も採用していましたが、特にゲームデザインの研修はなかったと思います。もちろん、今はちがうと思いますが......。
−−流体の研究が、なぜゲーム会社に......?
安原:それは当時通っていた神楽坂にゲームセンターがあったからですよ(笑)。『スペースハリアー』『アフターバーナー』などにハマりました。まさにセガッ子でしたね。会社も「これから大型筐体に力を入れていく。筐体の稼動に油圧ポンプなども使っていく」ということだったので、そういった開発ができると思って、入社しました。ただ、入社してすぐに「今度『マークV』っていう家庭用ゲーム機が出るんだ。ついては人が足りないから、ちょっと行ってくれない?」といわれて......。後のメガドライブですね。行ったら二度と帰れませんでした(笑)。
−−コンシューマへの異動の際も、プログラマーとして行かれたのでは?
安原:うーん、新人だったので、雑用ですよね。プログラムをかじっていて、若くて体力もありそうだから、使い勝手が良さそうだぞと。会社としても、それくらいの認識だったんじゃないでしょうか。実際、逃げたプログラマーを自宅まで追いかけにいったリもしました。そのうち、見よう見まねで企画をやるようになりましたが、いろんな失敗をしました。がんばってつくっても、全然おもしろくなかったり。
−−ちょうどゲームがどんどん複雑になっていった時代だったので、それまでのゲームデザインのノウハウを蓄積して、体系化していくことが難しかったのかもしれませんね。
安原:まさにそうですね。そこから『ソニック』の開発に携わるようになって、運良く大ヒットして。2年半くらいでセガ・オブ・アメリカに移籍することになって。気がついたらすっかり、コンシューマの人になってしまいましたね。
−−アメリカはどうでしたか? セガ・オブ・アメリカでも、Naughty Dogでも、ゲームデザインの研修などはありませんでしたか?
安原:それこそ、ありませんでした。もともとアメリカのAAAスタジオは、できる奴を呼んできてつくらせるのが基本ですからね。日本とちがって解雇規制も緩いので、できない奴はさようならでした。血みどろの戦いというか、生き残りをかけた、ガチな戦いがいつも繰り広げられていましたね。
−−なるほど。まさにメジャーリーグといった感じなんですね。
安原:そうですね。日本みたいに、人材を会社で育てあげる習慣はなかったですね。
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学生時代のアルバイト経験が、大学教育に生きている
学生時代のアルバイト経験が、大学教育に生きている
−−ところで、東京工科大学で授業をするようになったきっかけは何だったんですか?
安原:2017年の東京ゲームショウにあわせて、ユニティが「Unity道場幕張スペシャル-Education編-」を開催しました。そこで「あそびのデザイン講座」を発表したとき、三上先生から声をかけていただいたんです。今度教員を募集しますから、よかったら応募しませんかって。僕もやってみたいなと思ったんです。
−−ええっ、そうなんですか?
安原:もともと学生時代に講師のアルバイトをしていました。予備校じゃなくて、できない子に算数を教えるといった感じで、寺子屋みたいなイメージですね。生徒も小学生から高校生まで、いろんな子がいましたよ。あのときの経験が回り回って、今につながっているかもしれません。実際、おもしろかったですし。
−−どんな子供がいましたか?
安原:ものすごくたくさん漢字練習をしているのに、テストの点が悪い子がいました。学校で叱られるから、書き取りの量はこなすんですが、ただの作業にしかなっていなくて、全然身につかないわけです。そういった子に、漢字の成り立ちから意味を教えたりしました。そうすると「ああ!」と気がついてくれたりして。
−−ゲームデザインも、「ああ!」が大事ですよね。
安原:そうなんですよね。だから目に見えないことでも、教え方次第で人は理解できるし、学ぶことができると思いました。
−−僕も高校の頃に数学が苦手だったんですが、渡辺次夫という予備校の先生が書かれた『なべつぐのあすなろ数学』(1984/旺文社)という参考書で克服しました。その指導法が変わっていて、回答文を徹底的に写経させるんです。今になってUnityの授業をしていると、数学の回答文の写経と、C#スクリプトの写経が同じだなと思うことがあります。
安原:同じようなものですよ。習うより慣れろで、何度も同じような構文を丸写しするうちに、だんだん意味がわかってきます。また、同じ問題を解くのでも、いろんな解き方があることもわかってきます。
−−大学で授業を通して気づきを得ることはありますか?
安原:教材をつくるだけでなく、実際に教えてみて初めてわかることが、たくさんありますね。「ここは、ちょっと難しかったかな?」とか。学生の反応を見ながら、ちょこちょこ内容を変えています。
−−「あそびのデザイン講座」の1テーマを90分でやりきるのは、けっこう大変ではないですか? 自分はメカニクスとレベルデザインで、2回に分けてやっています。
安原:確かに、それくらいは必要ですよね。特にスクリプトを書かせると、どうしても時間が足りなくなります。ただ、それでも1回につき90分でやっています。実際、「あそびのデザイン講座」15回の内容は、前期でやりきりました。
−−速いですね。どういった工夫をされていますか?
安原:授業は演習内容に沿ってメカニクスを実装させるだけに留めています。その上でさっきも軽く言いましたが、レベルデザインは宿題にして、家でやってきてもらいます。作成したレベルはUnityのアセット「Recorder」で録画して、授業の最初に提出してもらいます。
−−ああ、なるほど。
安原:はじめの20〜30分で、宿題を基に前回の内容を振り返ります。次に今日やる課題について、簡単に解説を行います。その上で、いよいよ演習開始となるんですが、ここでたいてい「先生、Unityが動きません」という学生が出てくるんですね。「先生もわからないよ、見たことがないウィンドウが開いているじゃないか」「何もしていません!」「そんなはずないだろう」という、コントのような会話が繰り広げられるという。
−−目に浮かぶようだ。
安原:途中から演習前に、スクリプトを印刷した紙を渡すようにもしました。学生たちが紙を見ながら写経をするイメージです。その際、スクリプトの意味をざっと説明します。ここでXの値を変えるから、オブジェクトがXの方向に動くということを説明すると、できる学生はYの値を変えたらどうなるんだろう、などと応用し始めるんです。その上で斜めに動かすにはどうすれば良いか......。答えはXとYの値を同時に変えれば良いんですよね。そんなふうに自分で工夫する余地を残しておいてあげるようにしています。
−−「あそびのデザイン講座」のPDFにも、そうした配慮がなされていますね。
安原:簡単でも良いので、C#スクリプトの意味は説明した方が良いと思います。その方が、学生たちも応用が利くようになりますから。実際、できる学生は斜めに動いたり、円周上に動いたりする障害物を配置したレベルを、宿題でもってきてくれたりしました。それを見て「すごいすごい」と褒めてあげる。「どううやったの?」「こうやりました」。それを見て周りの学生も「ふーん」と。ほかの学生がやっているのをみたら触発されますしね。
−−学生はみんな自分のPCをもっているのですか?
安原:そうですね。ただ、大半の学生が学校側で推奨されているノートPCを使っているので、あまり高性能じゃないんですよ。授業中に「先生、すごく熱くなってます」とか、よくありますよ。特に学生って、できるだけたくさん画面にオブジェクトを置きたがるじゃないですか。そうなると動作が重くなったり、本体が熱くなってきたりします。
−−Unityのバージョンはどうしていますか?
安原:自分はUnity2018を入れていますが、学生はUnity2017を入れています。学生には「できるだけ新しいバージョンを入れておくと良いよ」と言っています。ただ、大半の学生は東京ゲームショウ向けのゲーム制作演習にも参加しているため、そちらの都合に合わせる必要があります。そのため、細かいバージョンについては、学生に任せているんです。もっとも、授業でやるのはオブジェクトを配置して当たり判定を求める程度なので、細かいバージョンちがいでトラブルが発生することはないですね。むしろバージョンアップをしたらバグが直ったりするので、できるだけ新しいバージョンにしようと言っています。
−−前期で「あそびのデザイン講座」の内容がすべて終わったとのことですが、後期はどういった授業をされる予定ですか?
安原:切り口を変えつつ、また最初からやっていきます。前期は「あそびのデザイン講座」の内容を一通りさわることが目的で、レベルデザインについては宿題としました。そのため、個々の内容の善し悪しについては、あまり詳しく指摘しなかったんですよ。それだけの時間もありませんでしたし。
−−はいはい。
安原:後期はレベルデザインについて、時間内でより深くやっていきます。ボールの動きを細かく調節したり、障害物の数や種類、配置などを細かく調整したり......トライ&エラーを繰り返しながら、ブラッシュアップしていく感じです。例えばステージ上に壁があって、そのままでは向こう側に行けない状態があったとします。じゃあ、向こう側に行けるようになるための方法を100個考えてみよう、とかですね。飛び越える、ぶち壊す、地下に穴を開ける......いろんな方法があるじゃないですか。そういったことをガチで考えながら、Unity上で実装していくといった感じです。
−−かなり実践的ですね。学生がついて来られれば良いのですが......。
安原:まさにそうですね。幸い本当にゲームデザイナーになりたいという学生が4〜5人いるので、その学生たちのためになれば良いかな、と思っています。ほかの学生にとっても、それだけアイデアを出したという経験は、決して無駄にはならないでしょうから。
−−大学だからかもしれませんが、授業の展開がすごく速いですね。一方でガチでゲームデザイナーになりたい学生と、ただ興味があるだけの学生が教室内で混在しているのも、大学ならではのように感じられました。
安原:専門学校ではどうですか?
−−専門学校は職業訓練が目的なので、基本的にゲームデザイナーになりたい学生ばかりなんですよ。ただ、良くも悪くも受験を経ていないので、学力では劣るかもしれません。また、総じて座学が苦手で演習が好きな学生が多い気がしますね。大学では逆に、自分の意見を言いたくない、恥ずかしいといった学生が多くはありませんか?
安原:確かに座学と演習では、学生の学ぶ姿勢もちがう感じですね。僕の担当で言えば、ゲームプロデュース論が座学系の授業になります。「東京ゲームショウに行った人」と聞いても、パラパラとしか手が上がらなかったり。ゲームに対して、そこまで前のめりではない学生の方が大半で、逆に新鮮でした。
[[SplitPage]]「あそびのデザイン講座」と先行研究との接続
−−「あそびのデザイン講座」で提唱されている遊びの理論と、アカデミズムとの接続についても教えてください。前回の連載でも書きましたが、「あそびのデザイン講座」自体が、MDAフレームワークを下敷きにされている印象を受けました。
安原:MDAフレームワークについては、名前を聞いたことがあるくらいで、内容はほとんど知りませんでした。MDAフレームワークは僕らより下の世代が、僕らがつくってきたゲームを分析して、そこからつくり上げていった理論だと思うんですよ。だから、僕はあまり興味がなかったというのが、正直なところです。
−−ただ、これから安原さんが大学で業績を積み上げて行かれるのであれば、ご自身の理論と先行研究との接続について、考えていく必要がありますよね。
安原:それはもちろんです。卒業研究をしている学生たちの面倒も見ているので、一緒に勉強している感じですよ。その上で「あそびのデザイン講座」の内容もブラッシュアップしていきたいですね。
−−日本デジタルゲーム学会やGDCで発表されるようなことは考えられていますか?
安原:時間があれば、ぜひ。というのも、学校の先生って授業の準備に採点にと、いろいろ時間が取られますよね。この前うっかりゲームプロデュース論で課題を出したら、出席していた約230人分の回答をチェックする羽目になりました(笑)。とてもじゃないけど、これは手が回らないぞと。
−−「あそびのデザイン講座」は15回目が出たところで終了ですか? 今後、内容の拡張をされる予定はありますか?
安原:現在14回目が最終チェック中で、15回目も10月中には公開される予定です。ただ、今回はUnity2018で実装されたシネマシーンやプロビルダーといった機能には触れていません。そのため、今後は「あそびのデザイン講座」の内容をブラッシュアップしながら、そうした新機能についても盛り込んでいくつもりです。ただ、シェーダやアニメーションのように、専門以外の分野までやるつもりはありません。大学には僕以外にも優れた先生がたくさんいらっしゃいます。学生にも興味があれば、そうした先生方に教わってくださいと言っています。
−−「あそびのデザイン講座」はUnity上でゲームデザインをガチで学べる、唯一無二な教材という点が特徴です。一方でUnityで処理負荷が大きい部分は、シェーダや大域照明といった、絵づくりの部分だと思います。そのため、そういった高負荷の部分は削除して、ゲームデザインだけを学べるような、専用のUnityがあると良いなと思います。
安原:確かに、教育用のエディタに特化したUnityがあると良いですよね。もっとユーザーのすそ野が広がると思います。実際、ゲームデザイナーがプロトタイプをつくるだけなら、それくらいで十分かもしれませんし。
−−Google Sketchがそんな感じになるかなと思いましたが、広まりませんでしたね。
安原:確かにそうですね。ちょっとアバウトすぎたのかな。
−−Unityというデファクトスタンダードなゲームエンジンとの接続性が重要なんだと思います。Scratchも同様で、Scratchにどれだけ熟練しても、それだけではプロとして仕事ができませんよね。しかし、Unityをベースとした簡易エディタであれば、そのままUnityに移行できます。
安原:まさに、それは言えていますね。
−−あとは海外展開ですね。英語版はつくられないんですか?
安原:そこも時間次第なんですよ。実は非公式ですがスペイン語版があり、メキシコで使われているようです。皆さん日本語を自分で勉強して、スライドを翻訳して使っているようです。
−−じゃあ、できるだけ早く英語で公式版を出さないといけませんね。
安原:はい、自分ひとりだと手が回らないので、分担してうまく進められればと思います。
−−最後になりますが、安原さんはAAAゲームの開発にディレクターやゲームデザイナーとして関わられた経験があり、ゲームデザイナー向けの教育資料をつくられていて、それを基に大学で授業もされているわけですよね。そういった人は世界でも非常に少ないと思うんですよ。もしかしたら、安原さんだけかもしれない。
安原:わからないですが......そうかもしれません。
−−だからこそ「あそびのデザイン講座」は貴重だと言えますし、そうした教材がもっと増えれば、ほかの大学や専門学校でも活用できます。とりあえず、僕が授業に使いますので、今後の展開をお待ちしています。
安原:ありがとうございます。これからもがんばります。
今回は以上です。次回もぜひお付き合いください。
(第8回の公開は、2018年11月以降を予定しております)
プロフィール
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小野憲史
ゲームジャーナリスト
1971年生まれ。関西大学社会学部を卒業後、「ゲーム批評」編集長などを経て2000年よりフリーのゲームジャーナリストとして活動。CGWORLD、まんたんウェブ、Alienware zoneなどWeb媒体を中心に記事を寄稿し、海外取材や講演などもこなす。ほかにNPO法人IGDA日本名誉理事・事務局長、ゲームライターコミュニティ世話人など、コミュニティ活動にも精力的に取り組んでいる。2017年5月より東京ネットウエイブ非常勤講師に就任。
本連載のバックナンバー
No.01:「あそびのデザイン講座」活用レポート
No.02:Unityスクリプトに初挑戦
No.03:Unityアセットストアに初挑戦
No.04:新年度がスタートし、ゼロから仕切り直して授業設計
No.05:到達度のちがいをどのように捉えるか?
No.06:あそびのデザインとMDAフレームワーク