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No.06:あそびのデザインとMDAフレームワーク

No.06:あそびのデザインとMDAフレームワーク

全15回のうち13回目までの内容が公開

さて、こんな風に授業を進めていった一方で、「あそびのデザイン講座」にも新しい動きがありました。全15回の内容のうち、一気に13回までのPDFが公開されたのです。自分もさっそく内容をさらってみて、改めて全体像をつかむことができました。まだチェックされていない方のために説明すると、本講座は「Unityで実際にコンテンツをつくりながら、ゲームデザインについて理解する」ことを目的としつつ、大きく3つの内容にわかれています。

◆第一部 導入編:スロープをつくって上からボールを転がしてみる(第0回〜第4回)
様々なブロックが配置されたスロープをつくり、上からボールを転がしてみる。その上で、ブロックの配置を変える、ボールが当たると「大きさが変わる」「色が変わる」「消える」「音がなる」といった、ブロックの状態に様々な変化をもたらすスクリプトをつけるなどして、プレイヤーの興味を惹かせるコンテンツを作成する。

◆第二部 実践編:ピンボールゲームをつくる(第5回〜第11回)
第一部の内容をベースに、キー操作で左右に動かすことのできるバーをつくり、スロープの上を転がるボールを下から上に跳ね上げられるようにする。その上で「操作ミス」「ゲームオーバー」「残機」「スコア」「タイム」「ハイスコア」といったメカニクスを追加し、ピンボール風のゲームを制作。各々の過程で、ゲーム体験がどのように変化するかを観察する。

◆第三部 応用編:アクションゲームをつくる(第12回〜第15回)
これまでの内容をベースに、ステージ上の円筒型キャラクターを操作して、障害物やエネミーを避けながらゴールに到達させるアクションゲームを作成する。その上でレベルデザインを工夫したり、エフェクトをはじめとした演出を加えたりして、プレイヤーのモチベーションや再挑戦性を高めるためのノウハウについて学ぶ。


このうち、第一部と第二部で大きく異なるのが、プレイヤーの存在です。第一部ではボールを上から下に転がす「遊び」の作成を通して、同じ機能(ボールが当たると大きさや色が変わるなど)をもつブロックでも、配置の仕方によって体験(=おもしろさ)が変わるさまを観察しました。しかし、そこでのプレイヤーの役割は、単にボールを上から落として眺めるだけという、受動的なものでした。これはゲームというよりも、映画や小説などと同じ種類の体験だと考えられます。

これに対して第二部ではピンボールゲームの制作を介して、プレイヤーがゲーム世界で、より主体的に行動できる環境をつくり上げていきます。もっとも、ただ単に行動できると言われても、そこにおもしろさが存在しなければ、プレイヤーはすぐに飽きて、行動することを止めてしまいます。そこで必要になるのが、プレイヤーに対して特定の行動を促し、おもしろさを生み出す仕組み、すなわちルール(=メカニクス)の存在です。(※1)

※1 デジタルゲームではルールではなく、メカニクス(またはメカニズム)という用語が使用される傾向にあります。伝統的な遊びやアナログゲームでは「参加者全員にルールが明示され、理解した上で、進行に際してルールを守らなければいけない」特徴があります。これに対してデジタルゲームでは、プレイヤーにルールを必ずしも明示する必要はありません。また、プレイヤーもルールを無視したり、逸脱することができません。プレイヤーにとってデジタルゲームにおけるルールとは、より自然で、時には存在すら気づかないものです。こうした理由から、本連載においてもルールのことをメカニクスと呼称します。詳細は『ゲームメカニクス おもしろくするためのゲームデザイン』(2013/SBクリエイティブ)を参照。

実際に第一部と第二部では、そこで観察されるメカニクスの数と種類が大きく異なります。ボールがブロックに当たると、様々な反応が見られるなどは、メカニクスの好例です。これに対して第二部では、キー操作に対してバーが動く、ボールがバーに当たると上に跳ね上がる、ボールがブロックに当たると、ブロックが消えてスコアが加算される、制限時間内にブロックを全て消さなければミスになるなど、回を重ねるごとに多彩なメカニクスが追加されていきます。

もっとも、メカニクスだけではおもしろいゲームをつくることはできません。同じメカニクスをもつピンボールゲームでも、台のちがい(=ブロックの配置や構成)でおもしろさが変化することを考えれば、その意味は明らかでしょう。ここで台の設計に象徴される、「特定の体験や感情を想起させることを目的とした空間・平面設計」のことを、一般的にレベルデザインと呼びます。そして近年では、このメカニクスデザインとレベルデザインをあわせて、ゲームデザインと呼称するようになっています。(※2)

※2 『遠藤雅伸のゲームデザイン講義実況中継』参照

ちなみに1990年代まで両者の境界は曖昧でした。これが2000年代に入ると、FPS(一人称視点シューティングゲーム)などの流行に伴い、ゲームデザインからレベルデザインが専門職として分化していきました。その上で、上流工程がメカニクスデザイン、下流工程がレベルデザインという制作フローが確立していきます。なお実際の製品開発では、さらなる下流工程として、難易度調整があります。メカニクスとレベルデザインが終わった後で、最終的な難易度調整が施されることになります。(※3)

※3 エネミーの配置など、レベルデザインによっても難易度は変化します。にもかかわらず、難易度調整をレベルデザインから分離して考えるのは、第1ステージから最終ステージまで、ゲーム全体を通してプレイヤーの総合的な体験を設計する必要があるためです。また、同様にメカニクスデザイン→レベルデザイン→難易度調整というフローは不可逆的です。これはどれかひとつを変更すると、全体に影響を及ぼしてしまうためです。そこで、まずメカニクスを決定し、それに基づいてレベルデザインを行い、最後に全体の難易度を調整するというフローが求められます。

MDAフレームワークとの関係性

「あそびのデザイン講座」においても同様で、演習内容はメカニクスを実装するパートと、レベルデザインを試行錯誤するパートに分けられています。各回ごとに「バーを左右に動かす」「ボールがバーに当たると上に跳ね上げられる」といったメカニクスを実装し、それによって遊びの体験がどのように変化するかを確認します。その上でレベルデザインを調整し、よりおもしろい内容に仕上げていくというわけです。

ポイントはメカニクスデザインが固定されている一方で、レベルデザインを演習者の自発性に委ねている点です。前述の通りメカニクスデザインはスクリプトによって記述されるため、これを自由にしてしまうと、演習資料として成立しません。一方でレベルデザインはレベルデザイナーのセンスによる部分が多く、セオリーを除けば紙面で記述できません。このちがいを体感することも、「あそびのデザイン講座」の特徴的な部分になっています。

その上で、この分岐点となるのが第7回「おしまいをつくろう」です。これまでは主に「ピンボールの台をつくる」「バーをつくって動かす」と言った具合に、ピンボールゲームの外枠部分をつくってきました。これが第7回目で「ゲームオーバー」というメカニクスが加わります。また、ゲームオーバーにいたるまでの度合いを示すために「残機」という概念と、残機を示すためのUIが登場します(なお、UIとはUser Interfaceの略称ですが、ここでは画面上に表示されるスコアなどの情報を意味しています)。

実際、第7回目そして第8回目では、ゲームオーバーとスコアが加わることで、ゲームにどのような目的が発生するか。そして、それによってプレイヤーの行動や感情がどのように変化するか。そのことを示すために、どのような情報の提示が必要なのか、といった解説がたっぷりと記されています。スコアは個々のプレイヤーのスキルや体験を定量化するための指標でもあります。プレイヤーはスコアによって互いのゲーム体験を比較し、競い合えるようになるからです。

さらに第9回目以降では、ハイスコアやステージクリアといった、さらなるメカニクスが追加されていきます。ゲームオーバーがプレイヤーに対するペナルティであり、ネガティブな感情を提供するのに対して、ハイスコアやステージクリアはご褒美であり、ポジティブな感情を提供します。このように、両者はゲーム内で対になるメカニクスです。ひとつずつ違うメカニクスを組み込むことで、体験の変化を実感できる。まさに「あそびのデザイン講座」の本領発揮の部分だといえるでしょう。

余談ですが、この「新しいメカニクスを実装する」→「それによって、プレイヤーの行動が自然に変化する(ゲームオーバーにならないように注意する、ハイスコアをめざして努力する、できるだけ短いクリアタイムをめざすなど)」→「プレイヤーが受ける感情が異なる(ハイスコアによる達成感、タイムアタックによる緊張感など)」という関係性を示すツールとして、MDAフレームワークがあります。アメリカのマサチューセッツ工科大学のMarc LeBlancらが2004年に論文化したもので、海外を中心に広く知られています。

MDAフレームワークのMはメカニクスで、ルールやシステムの意味。Dはダイナミクスで、メカニクスによって自然に促されるプレイヤーの行動です。そしてAはアセスティクスで、ダイナミクスによって想起される感情となります。同じFPSでも弾丸の再装填ができなければ(=メカニクス)、プレイヤーの行動は自然と慎重になり、敵から隠れて進むようになるでしょう(=ダイナミクス)。それによって、スリルや緊張感が演出される(=アセスティクス)というわけです。

逆に映画『ランボー』(1982)のような、戦場における全能感をアセスティクスとして提供したければ、残弾制限をなくすというメカニクスを組み込めばいいと予想されます(ほかに無敵アイテムなどのメカニクスも考えられます)。このようにMDAフレームワークの長所はゲームデザインをメカニクス・ダイナミクス・アセスティクスの関係性で分析することで、ゲームの分析や改造が容易になる点です。そして、このことがUnityのような、メカニクスの改造がしやすい開発環境と相性がいいことは明らかでしょう。

授業でも前半の座学パートで、事前にMDAフレームワークを用いたゲームの企画ワークショップを行なっていたため、Unity演習を復習に活用できました。なお、ワークショップの内容はこちらのスライドで公開していますので、あわせてご覧ください。ユニティ・テクノロジーズ・ジャパンの簗瀬洋平氏が作成し、学生向けの講演などで使用されている「初心者のためのゲームデザインワークショップ」をベースとしています。

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