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    ゲーム専門学校の新人講師がUnityを勉強しながら、「ゲームのおもしろさとは何か」について授業を行う泥縄式レポートの第12弾。水先案内人になるのがユニティ・テクノロジーズ・ジャパン(以後、ユニティ)から提供中の無料教材「あそびのデザイン講座」だ。今回は新年度を迎え、レベルデザインに注力して再スタートした授業の模様をレポートする。

    TEXT_小野憲史 / Kenji Ono
    EDIT_尾形美幸 / Miyuki Ogata(CGWORLD)

    三目並べで始めるゲームレビュー

    皆さんこんにちは。ゲームジャーナリスト兼、専門学校東京クールジャパン(旧東京ネットウエイブ)非常勤講師の小野憲史です。新学期の季節というには少し時間が経過しましたが、授業の方はいかがでしょうか? 本校では毎年4月いっぱいをオリエンテーションにあて、PCの使い方やメールの書き方、簡単なグループ演習など、授業を受ける上で必要なガイダンスが集中的に実施されます。その後、ゴールデンウィークを経て本格的な授業開始となるわけです。

    特に今年度は学校名が変わったこともあり、留学生の割合が大幅に増加しました。企画・宣伝専攻では実に1年生の約7割が留学生で、そのうち中国系と韓国系が半分ずつ。他にフランスとベトナムから1名ずつという、多国籍な感じになりました。いずれも日本語の日常会話は問題ないので、授業も普通に日本語で、ただし少しゆっくりめに、大きな声で話すように気をつけながら進めています。加えて、昨年度のスライドを再構成したものを、まとめて最初に公開し、予習復習に使ってもらうことにしました。

    また、今年度から授業内容が「ゲームメディア概論」から「ゲームレビュー概論」になりました。ただし、授業の狙いは「ゲームのおもしろさを構造的に理解して、文章で説明できるようになること」で、これは昨年度と変わりません。そこで授業内容に合わせて科目名を変更していただきました。こんなふうに、本授業ではゲームをゼロから企画するのではなく、制作途中のゲームを改善していくうえで、役にたつ内容をめざしています。学生がグループ演習を進める上で、習ったことを思い出して活用してもらうのが狙いです。

    ただ、これがなかなか難しいんですよね。手始めに最初の授業で「三目並べ」を改造するワークショップをやってみました。3×3のマス目をつくって、空いたマスに○と×を互いに記入していき、縦・横・斜めに3つ並んだら勝ちという、2人用のゲームです。互いにミスをしなければ、必ず引き分けになるため、二人で勝敗を競うゲームには向いていません。それでは、どのようなルールを加えれば、必ず勝敗が決まるんだろう......これを考えてもらうのが目的です。

    ちなみにこのワークショップは、書籍『ルーズズ・オブ・プレイ()()』(日本語翻訳版はソフトバンククリエイティブより出版)の著者の1人で、米ニューヨーク大学のゲーム(研究)センター所属のエリック・ジマーマンが、MFA(美術学修士)の学生に対して行うゲームデザインの授業で、最初に行なっているものです。GDC 2019のゲーム教育サミットで講演があり、自分の授業でも導入してみました。講演スライドはこちらで公開されていますので、興味があればご覧ください。

    ▲前述のエリック・ジマーマンの講演「How to Teach Game Design: A Fundamentals Class」のスライドより引用


    閑話休題。「三目並べ」は非常に有名なゲームなので、誰もが子どもの頃に一度は遊んだことがあるのではないでしょうか? ところが......。

    「けっこう考える要素があって、おもしろいですね!」
    「このゲームは先手が必ず勝つので、つまらないですね!」
    「おもしろいか、つまらないか、よくわかりません......」

    15分くらい時間をとって、学生に遊んでもらった結果、上記のような感想がほぼ1/3ずつ上がってきて、頭を抱えました。「三目並べが引き分けになる」ことは常識だと思っていたからです。「お互いが最善手を打つと引き分けになる」と説明しても、納得しない学生が何人かいたので、実際にホワイトボードで対戦してみせるなどして、思わぬ時間を取られることに。今の子どもたちは三目並べを遊んだりしないのかな......と、ジェネレーションギャップを感じてしまいました。

    その後、ルールの改造とテストプレイをしてもらい、ある程度内容が固まったところでルールを箇条書きで書き出し、グループ間で相互チェックしてもらったのですが......これが読めないんですよ。文字が汚い(特に男子!)だけならまだしも、留学生を中心に誤字脱字&文法間違いが多く見られました。念のためにフォローしておくと、アイデア自体はおもしろいものがたくさんありました。ただ、文章で説明できない学生が多かったんですね......。

    ▲筆者の授業スライドの抜粋


    いうまでもありませんが、企画・宣伝(※1)といった仕事の本質は「アイデアを考えて、他人に説明すること」にあります。適切な日本語が書けなければ、企画書や仕様書が作成できないため、日本での就職が困難になります。もっとも語学力は一朝一夕に上がらないため、そこは各自の努力に任せるとして、改めて本授業におけるゲームエンジンの重要性が再認識されることになりました。文章でおもしろさを伝えることが難しくても、実際にモックをつくって見せられれば、理解の手助けになるからです。

    ※1 ゲームレビュー概論は、1年生のゲーム企画専攻25名と、ゲーム宣伝専攻6名の合同授業です。

    ただ、昨年「あそびのデザイン講座」を活用して感じたのは、レベルデザインならまだしも、コーディングになると学生のレベル差が顕著に出ることでした。実際、学生の中にはUnityのアカウント情報を入力するだけでエラーが出る者もいたほどです。そこで今年度は「あそびのデザイン講座」を進める上でコーディングは省略し、レベルデザインに特化しました。その上で座学と演習の内容を、より密接に連動できるようにシラバスを工夫することにしました。

    5月10日 第1回 三目並べワークショップ
    5月17日 第2回 「Roll-a-Ball-Custom-1stDev-2018」(※2)ワークショップ
    5月24日 第3回 玉転がしワークショップ1(あそびのデザイン講座 第2~4回分)
    5月31日 第4回 玉転がしワークショップ2(あそびのデザイン講座 第2~4回分)
    

    ※2 「Roll-a-Ball-Custom-1stDev-2018」ワークショップについては連載 第4回を参照。

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    サンプル教材を3Dから2Dに変更する

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    サンプル教材を3Dから2Dに変更する

    さて、過去に何回か触れていますが、「あそびのデザイン講座」の第2回から第4回までの内容は、Unityでエディタ画面上にスロープをつくって、ボールを上から転がすコンテンツづくりを目的としています。ボールを上から転がして、ボールがジャンプしたり、ブロックを壊したり、色が変わったりする仕掛けを加えながら、人が楽しいと感じるコンテンツをつくるというわけです。これは原始的ながら、ゲームエンジンを用いたリアルタイムレンダリングによる映像コンテンツ制作実習だといえます。

    ▲「あそびのデザイン講座」PDFの抜粋


    もっとも、ポイントはこの「玉転がし」が、子どもの頃に砂場などで遊んだ「ビー玉転がし」の延長線上にあるということです。子どもの頃に砂場で山をつくったり、コースをつくったりして、上からビー玉を転がして遊んだ経験がある人も多いのではないでしょうか? 中には紙箱、割り箸、輪切りにしたペットボトルなどを使って、より本格的なコースをつくった人がいるかもしれません。Unityを使った「玉転がし」も、こうしたリアルな遊びがデジタルに変換された存在だといえます。

    ▲ビー玉転がしの例


    その上でデジタルのメリットとして、砂場に行ったり、道具を用意したりしなくても、PCがあれば手軽に「玉転がし」が楽しめる点にあります(もっともPCがないと楽しめない点が最大のデメリットではありますが......)。また、ボールが落下するときの重力加速度や、ボールがジャンプする時の高さなど、仮想空間を構成する、ありとあらゆる要素を自由自在に設定できます。モニター上の表示物もすっきり、シンプルにまとめられます。いわば現実世界を自由に「抽象化&誇張化」できるわけです。

    実際、「あそびのデザイン講座」では3Dのスロープをつくってブロックを配置する形式をとっていますが、最初から3Dにするのは、学生にとって敷居が高いように感じられました。そこで自分の方で2Dのサンプルをつくり、これを学生に配布して、魔改造してもらうことにしました。ボールがブロックに触れると壊れる、色が変わる、形が変わる、ゴールに到達すると表示される、音が鳴る、ボールがカメラを追尾するなどのスクリプトも事前に用意し、各々のオブジェクトにつけて、プレハブ化しておきました(※3)。

    ※3 ちなみに本サンプルをつくる上で活用した参考情報は下記となります。

    コガネブログ 【Unity 入門】【チュートリアル】2D アクションゲームを作る 1. プロジェクトの準備
    楽しく学ぶ Unity2D超入門講座』(マイナビ出版/2019)

    特に『楽しく学ぶ Unity2D超入門講座』は「単純な役割のスクリプトを組み合わせて、複雑なゲームをつくる」というコンセプトがすばらしく、大変参考になりました。また、いくつかのスクリプトはそのままサンプルに活用させていただいています。

    準備が整ったら即、演習といきたいところですが、その前に大切なことがあります。プロジェクトの保存と再開の方法を説明することです。本校では演習に共用のPCを使うため、制作途中のデータをUSBメモリなどに入れて、学生が個人管理することが推奨されています。そのためUnityであればプロジェクトフォルダを、その都度USBメモリに保存する(この時フォルダ内で「Assets」「ProjectSettings」フォルダのみを残してほかを削除する)ことが必要になります。

    また、作業を再開する際もUSBメモリ内のプロジェクトフォルダを一度PCにコピーしてから、Unityを起動してプロジェクトフォルダのパスを指定し、プロジェクトをロードするという手順を遵守することが求められます。実際、この説明を忘れていたために、昨年度はコントのような状況が多発しました。これに対して、今年度は今のところ大きなトラブルに見舞われることなく進められています。面倒でも最初に時間をとって説明することが重要だと改めて感じました。

    ほかに授業を進める上で、毎回くじを引いて席替えをするように工夫しました。今年度の教室は左右にモニターがあり、講師のPC画面がミラーリングされています。学生はこれを見ながら授業が進められるのですが、席によって見え方に差があります。また、前述の通り留学生が多いため、放置しておくと出身国同士(中国系・韓国系・日本人・その他)で学生が固まる傾向にあります。そのため、できるだけ多くの学生と交流してもらう機会をもってほしいと考え、席替えを強要することにしました。

    「バグではなくて仕様です」問題が発生

    それでは実際に授業作品を見ていきましょう(今年度からこのように、学校と本人の許諾の下、学生作品の動画を実名入りで掲載することにしました。お見知りおきください)。学生によって差はありますが、総じてこちらの期待をいい意味で裏切るものが多く、驚かされました。重力方向を横にしたり、大量のオブジェクトをザーッと動かしたり、動物風のコースをつくったり、ボールを複数にしたり、ボールの形を変えたり、壁を壊して新しいコースをつくったりと、多種多様です。

    ▲東京クールジャパン ゲームレビュー概論 2019/5/31 課題


    ただ、途中で思ってもみない事態が発生しました。ボールだけでなく、ゴールも複数つくろうとした学生が少なからずいて、これが原因でボールが動かなくなる不具合が多発したのです。ほかに特定のブロックをすべて削除してしまい、それが原因で不具合が発生したことも......。いきなり「バグではなくて仕様です」というハメになるとは思いませんでした。加えて「ジャンプの反発係数をブロックごとに変えたい」という要望も出ましたが、これも時間の関係から省略しました。

    ▲授業風景


    このように、いつものことながら、学生の発想力の豊かさには驚かされます。後は、それを適切に伝える術を身につけてもらえればいいのですが......。

    というわけで「あそびのデザイン講座」をベースに改造した2D玉転がしは、想像以上に好結果となりました。単に動画をキャプチャするだけでなく、うまく編集して音楽をつければ、結構おもしろい映像コンテンツになりそうです。また、ボタンを押すとボールがジャンプするメカニクスや、エネミー、タイマーといったメカニクスを加えて、アクションゲームに改造するなどのアイデアもあるでしょう。後期で行う予定のメカニクスの実装で、データを再利用してもいいかもしれません。

    また、この演習を通して個人的にも新たな発見がありました。それはゲームが現実の抽象化と誇張化を基にしていることです。前述の通り「2D玉ころがし」は「3D玉ころがし」と「砂場でのビー玉転がし」を基にしています。つまり「砂場でのビー玉転がし」を抽象化・誇張化すると2D玉転がし、すわなちゲームの素につながるというわけです。実際にピンポン遊びから「ポン」、アスレチックから「スーパーマリオブラザーズ」など、初期ゲームの多くはこのロジックでデザインされています。

    一方で現実の誇張化・抽象化といえば、マンガを忘れるわけにはいきません。このように考えていくと、マンガとゲームは現実をどのように認識して、エンタテインメントに変換するかという点において、近しい存在だと考えられます。だとすれば、マンガと同じように、ゲームの可能性も無限に広がっていくでしょう。こんなふうに「マンガ≑ゲーム」とでもいうべき概念や、モノの見方が提示できるのではないだろうか......。まだ思いつきレベルですが、授業を通して自分も考えていきたいと思います。

    次回の更新は7月以降を予定しています。お楽しみに。



    プロフィール


    • PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota
    • 小野憲史
      ゲームジャーナリスト

      1971年生まれ。関西大学社会学部を卒業後、「ゲーム批評」編集長などを経て2000年よりフリーのゲームジャーナリストとして活動。CGWORLD、毎日新聞、Alienware zoneなどWeb媒体を中心に記事を寄稿し、海外取材や講演などもこなす。ほかにNPO法人IGDA日本名誉理事・事務局長、ゲームライターコミュニティ世話人など、コミュニティ活動にも精力的に取り組んでいる。2017年5月より東京クールジャパン、2019年4月よりヒューマンアカデミー秋葉原校で、それぞれ非常勤講師に就任。

    本連載のバックナンバー

    No.01:「あそびのデザイン講座」活用レポート
    No.02:Unityスクリプトに初挑戦
    No.03:Unityアセットストアに初挑戦
    No.04:新年度がスタートし、ゼロから仕切り直して授業設計
    No.05:到達度のちがいをどのように捉えるか?
    No.06:あそびのデザインとMDAフレームワーク
    No.07:「あそびのデザイン講座」の根底に流れるデザイン思想とは?
    No.08:遊んで楽しい、つくって楽しい、そして......
    No.09:レベルデザインで変わるゲーム体験
    No.10:サンプルを魔改造してランゲームをつくる
    No.11:日本のゲーム教育で学校に求められることとは何か?