記事の目次

    こんにちは。アニメーションアーティストの南家 真紀子です。本連載では、CG業界で働くファーザー&マザーへのインタビューを通して、いまどき家族の課題と解決策を探っていきます。第3回に登場いただくのは、バンダイナムコスタジオ(以下、BNS)の鬼頭雅英さんです。在宅勤務の時間を割いて、オンライン取材に応じてくださいました。その模様を前後篇に分けてお届けします。ぜひお付き合いください。

    ※本記事は、取材時(2020年7月)に伺った情報を基に執筆しています。

    TEXT_南家 真紀子 / Makiko Nanke(makiko-nanke.mystrikingly.com
    EDIT_尾形美幸 / Miyuki Ogata(CGWORLD)

    今回ご登場いただく、ワーキングファーザー

    <プロフィール>
    鬼頭雅英(バンダイナムコスタジオ・ゲームデザイナー/ライター)
    大学卒業後、1998年にナムコへ入社。家庭用ゲーム機のソフト開発にゲームデザイナーとして参加し、その後アーケードゲーム機のディレクター・プロデューサーを経験。最新作『エースコンバット7 スカイズ・アンノウン』ではゲームデザイナー兼ライターとして参加した。第一子誕生時に1年半、第二子誕生時に半年の育休を取得。合計2年の育休経験あり。

    <家族構成>
    妻・子供(5歳男児・年長、4歳女児・年少)、共働き

    <最近のお子さんたちの様子>
    兄:『あつまれ どうぶつの森』(Nintendo Switch)で、虫や魚を捕まえてたぬきちに見せびらかすのが好き。人見知りがなく、知らない子ともすぐ友達になれる。
    妹:口が達者でおしゃべりが上手。お世話好きで、保育園の先生のような口調で家族の世話を焼いたり、お手伝いをしたりしてくれる。

    ▲【左】鬼頭雅英さん/【右】南家 真紀子(Skypeで取材に応じていただきました)

    「なぜ長い育休を取ったのですか?」

    本連載の「第1回:ワーキングファーザーはどこ行った?!」掲載後、たくさんの反響と共に「ワーキングファーザーはここにいますよ!」と挙手してくださる方々や、ワーキングファーザーに関する多数の情報をお寄せいただき、本当に感謝しております。その中で「合計2年の育休を取った男性がいるので取材してみては?」との情報をいただきました。

    でも、その言葉に私はやや懐疑的な気持ちでした。なぜなら「育休取得」は当たり前であってほしく、昨今「取るだけ育休問題」もありますし、育休という表面的な現象だけでは取材対象として不十分と感じています。男性の育休の期間が非常に短い現状をかんがみると、その期間の「長さ」は少し興味を惹かれますが、各ご家庭や保育園の事情にもよりますし、一概に「長い=素晴らしい」とは限りません。そこでまず、育休の経緯をお聞きすべく「なぜ長い育休を取ったのですか?」という質問をさせていただきました。

    鬼頭さんからのご返答は「子供が生まれたから」でした。

    それはとても当たり前かつ核心を突いたご返答で、私は大変嬉しい気持ちになり、もっとお話を聞いてみたいと思ったのでした。

    トピック1:「子供が生まれたから」

    南家 真紀子(以下、南家):まずは、2人のお子さんの誕生時に、鬼頭さんが取得なさった育休期間を教えていただけますか?

    鬼頭雅英さん(以下、鬼頭):1人目の長男のときが約1年半です。というのも、0歳ではなく1歳で保育園に入りましたので、必然的に育休期間が長くなりました。2人目の長女の時は、0歳で入園したので育休期間は半年です。入園時は、まだ月齢も小さく不安はありましたが、1人目の経験値もありましたし、入園時期が遅れると保育園に入れないリスクが高まるので、0歳での入園を決めました。こればっかりは本当にタイミングですよね。

    南家:なるほど。鬼頭さんの育休取得期間は、世の多くの女性と同じように、子供が生まれてから保育園に入園するまで、ということだったのですね。また「子供が生まれたから」という、シンプルで当たり前な取得理由がとても嬉しく、興味を惹かれました。

    鬼頭:「なぜ長い育休を取ったのですか?」という質問をされるたびに、それはまあ「子供が生まれたから」だよなと、シンプルに思います。もう少し丁寧に答えると「自分と妻と、2人でちゃんと子育てしたいと思ったから」です。実は当初、南家さんの人柄を存じ上げない状態で紹介者を通じて「なぜ育休を取ったのですか?」「育休を取って仕事に役立ちましたか?」という質問だけを受け取ったものですから、私としてはどう答えたものかと悩みました。

    残念なことに「男性が育休を取るには何か理由(大義)がないとダメ」という考えの方々がいらっしゃいます。そういった方々へ向けて、男性の育休を後押しするために「育休は仕事に役立つ」などの宣伝文句や、仕事と結びつく理由を引き出すための取材なのでは? と感じたわけです。

    「なぜ長い育休を取ったのですか?」「育休は仕事に役立ちましたか?」といった質問は、皆さん悪意なく、むしろ善意で興味をもって聞いていると思うので、神経質な反応をするのはよくないなと思うのですが、男性が育休を取るとなぜか「理由」を聞かれることはすごく不思議に感じます。「子供が生まれたから」という理由だけでは不十分でしょうか? 職場においては、子供が生まれるとわかったら自然に育休の話に進む、という状況であったらいいなと思います。

    私はそもそも育休を取りたかったですし、家事育児の物量を考えたら、夫婦一緒に取り組まないと、妻1人に任せて生活するなんて無理だろうと予想していました。私たちは祖父母と同居していません。保育園へ通うようになってから、祖父母に助けてもらう機会が増えてはいますが、子供が生まれたばかりの時期は、基本的に夫婦が自宅で24時間対応をしなければいけない状況で、私の育児への参画は必然でした。だから私の返答は「子供が生まれたから」なのです。

    南家:でも、「育休を取った理由」に対する鬼頭さんのお返事が、もっともらしい理由の羅列ではなかったことが私は嬉しかったんです。男性の育休取得の理由が「子供が生まれたから」ではダメ、なわけがないですよね。その理由が一番大切です。BNSには、ほかに同様の育休を取得した男性はいらっしゃいますか?

    鬼頭:当社で育休を1年以上取得した男性は私が初めてだそうですが、私の取得後に同じく1年ほどの育休を取得した同僚がいました。まだ年単位の取得事例は珍しい状況ですが、1〜3ヶ月程度の育休を取得する男性は多いです。「男性はまったく育休が取れない」といった、ブラック体質の会社のような状況ではありません。社内のパパママ用Slackチャンネルでは、育休取得期間についての意見交換がされていますし、男性の意識は昔よりだいぶマシになったのではないでしょうか。社外においても、男性の育休取得者が増えたなという体感はあります。男性の育休取得率データを見ても、ここ数年で数%取得率が上がっています。それでもかなり低い数字ですが。

    参考:男性の育児休業の取得状況と取得促進のための取組について(令和元年7月3日 厚生労働省資料) www8.cao.go.jp/shoushi/shoushika/meeting/consortium/04/pdf/houkoku-2.pdf

    南家:育休を取得する本人だけでなく、育休を許可する側(上司世代)の意識改革も必要だと思いますが、変化は感じますか?

    鬼頭:変化はあると思います。ただ「育休が取れない」ケースがあるとしたら、それは彼らの「意識」以前に「構造」の問題があるのではないかと感じます。例えば長時間労働に頼った働き方、育休のタイミングで人が抜けると業務が破綻するような構造です。5人の部署の内、1人が育休を取得したいと想定しましょう。今まで5人全員が残業していた業務量を4人で負担するなんて不可能ですよね。実際問題、人員を補填することができないと仕事は回らないし、もし急遽人員を補填したとしても、その人員を育休終了と共にあっさり辞めさせるのか、という悩みが生まれます。そういう硬直的な組織構造が、育休取得を困難にしているケースが世の中によくあると聞きます。

    おそらく「意識の問題」だけで語れない部分が存在しているんだと思います。育休が取れない会社の方々の全てが「ハラスメントを行う悪人」で、「悪意をもって」育休取得を阻んでいるわけではないでしょう。そういう意味では、当社は構造上育休がとりやすい環境と言えます。プロジェクト制なので、状況に応じて人員の出入りをフレキシブルに扱いやすいのです。年度に縛られることもありません。


    南家:育休取得者が増えているBNSでは、何かしら構造上の改善が行われたのでしょうか?

    鬼頭:昔からプロジェクト制なので、あまり構造の変化はないですね、あれ? じゃあうちの会社の場合は意識の問題だったのかな?(笑)

    トピック2:育休の「その後」を考える

    南家:既に育休が取得しやすい環境であるBNSにおいて、次の課題だと感じることはありますか?

    鬼頭:「育休から復帰した後」ですね。育休取得が実現したとしても、復帰後「育児をしながら働く」というフェーズに入ってからの方が、より様々な課題に直面すると思います。保育園に子供を預けると、例えばお迎えの1時間ほど前に退社する必要があり、時短勤務になりますよね。制度上、時短勤務は可能ですが、実際の仕事においては繁忙期になると時短勤務時間内に業務を処理することができず、無理が生じます。そして仕事を人に振れなければ、残業が必要になります。しかし、残業が必要だからといって子供を夜の10時まで保育園に預けられるかというと、それはできないですよね。

    「育児をしながら働く」を実践している方の多くがこの課題に頭を悩ませるわけです。そして残念ながら、現状、この課題に必死で取り組んでいるのは主に「母親」なんですよ。私はそこには疑問を感じます。「父親」の方は、ごく短い育休が終わってしまえば普通に夜の10時まで残業して働き続ける人がいます。でも、育休が終わったら子育ても終わり、じゃありませんよね? 育休は、子育てにかかる時間の長さを思えば、ごく短い期間にすぎません。3ヶ月の育休でチヤホヤされている男性に対し、イラっとする女性がいるのも当然ですね。

    南家:おっしゃる通りです。

    鬼頭:ですが、これを解消するにはやはり「長時間労働」の問題がついて回るんですよね。長時間労働をベースに業務が成り立っているようなケースでは、子供のお迎えのために早く帰ることは困難です。また困ったことに、育休を許可した上司であっても、当の本人は育児を配偶者に任せて朝から晩まで働いている、という矛盾したケースもあります。こんな状況では、育休後のノー残業はもちろん、継続的な育児への参画は難しいでしょう。育休取得よりも難しい課題かもしれません。

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    トピック3:「残業」が誰かの負担になっている

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    トピック3:「残業」が誰かの負担になっている

    南家:男性の育休取得者が増えて、やっと次のステージが見えてきましたね。子育てと仕事の両立を目指している方々は、「時間の価値」を強く認識し、限られた時間内に高い集中力で生産性の向上に取り組んでいます。でも逆に、生産性が労働時間に比例するケースもあります。このジレンマをどう考えていらっしゃいますか?

    鬼頭:私も妻も、毎日がタイムアタックです。常に限られた時間内で仕事を終了せざるを得ない状況下で、いかに生産性を上げるか必死です。時間に非常に厳しい意識をもつようになり、とにかく毎日一所懸命にやっていますので、ダラダラした会議は本当に勘弁してほしいと思っています。育休取得者が増えて、この意識の持ち方や経験を共有できる人が増えていくのはいいことですね。

    一方で、労働時間が長ければ長いほど成果物が増える、というのは当たり前のことだと思います。時短勤務や定時帰宅の人がどんなに生産性を上げても、毎日3時間残業している人との成果の差を埋めることは難しいと感じます。自分が身を置くゲーム制作の現場でも、なんだかんだで時間をかけるほどモノが良くなっていく現実を見てきました。そうして時間をかけてできた成果物は、例えば天才的な誰かが半分の時間でまったく同じものをつくれるか、というと無理なんです。実のところ天才的な人ほど、長時間労働によってその天才的な才能を発揮し、それが成果物に大いに貢献している場合があります。

    だからここはもう、ドライに「ルールづくり」で解決すべきだと思います。つまり、長時間労働をしないルールにするんです。"毎日2時間皆が残業することを前提としたスケジュール"ではなく、"皆がノー残業でプロジェクトを完遂するスケジュール"を立てるという、ごく基本的なことです。

    「時短勤務って、定時より2時間短いだけでしょう」と言う人がいますが、実質は2時間じゃないんですよ。定時後に何時間も残業している人が多い中で、定時よりさらに2時間も短いわけですよ。ヘタしたら周りの方々の半分くらいの勤務時間です。人事評価はどうするんですか? 労働時間が倍もちがう人たちをどう業務に割り振るんでしょうか? どっちの人員がプロジェクトにほしいですか? など疑問や問題が発生しますね。だからルールづくりが重要です。

    南家:同感です。でもときに「あと3時間残業すれば解決するんだよなー」という場合もありますよね?

    鬼頭:実際問題、私も「どうしても間に合わない」事態に直面することがあります。その際は、妻と相談の上で残業します。でも、私がその1〜2時間の残業をしている間、家事育児の負担が全て妻1人にかかっていくわけですよ。ですから、残業というのは、単に自分の時間を1〜2時間消費するだけでなく、さらに妻に1〜2時間の余計な負担をかける時間なんです。その時間、妻はワンオペで全てに対応しなければいけません。残業というのは子育て家庭にとって大きな負担であり、使いたくない手段です。残業の重みを強く感じています。

    南家:「残業している時間、それが誰かの負担になっている」という認識を、男性である鬼頭さんが言葉にしてくださる意義は大きいです。残念ながら世の多くの夫(父親)には、その認識がないと思われるからです。私の夫もそうでした。誰かに諭されたわけでもなく、その認識にいたった理由として、育休取得は影響していると思いますか?

    鬼頭:育休はひとつのキッカケでしかないと思います。男性が育休を取るとなぜか大ごとになって、こういう取材依頼が来るわけなんですけど(笑)、育児全体で考えると、育休なんてものすごく小さなほんの一部です。女性の場合は産休どころかそれ以前の妊娠期から、既に大変なわけですよね。なのに、男性は子供が生まれた"後"に育休を取り、さらにほんの短い育休の終了と共に育児の役割が完了したことになっている。そんなわけないですよね?!

    私はそもそも、育休終了後も継続的に家事育児を平等に分担しながら生活したいと思っていました。初めはなかなか分担も上手くできなかったです。妻より知識が少なかったですし、母乳育児の役割は分担できないですしね。でも何年もかけて子育てしていると、もちろん一通りのことはできるようになりますし、必要なときにワンオペで家事育児を担うことも可能です。私も毎日家事育児を負担することが基本の生活ですから、もし残業するとなると、本来私がやるべき家事育児を誰かに任せることになる、という意識にいたるのは当然だと思います。

    南家:非常に当たり前のことをおっしゃっていますよね。鬼頭さんご夫婦のように、共働きの家事育児においては、その認識が当たり前であってほしいと思います。どうしたら「当たり前」になっていくでしょうか?

    鬼頭:この意識をもつには、もうただ家事育児をやっていくしかないと思います。私も子供が生まれる前は、育児についてまったく知識がありませんでしたし、家事育児を担っている人の気持ちもわかりませんでした。多くの人がそうだと思います。だから、まず育休を取得して、取得だけでなくしっかり実質的な家事育児に平等に参画して「ああ、こんなに大変なんだ」と経験することで、やっとわかってくるんです。基本の大変さを知っていると、例えば「1人の子育てでこんなに大変なのに、双子だったら死ぬほど大変だぞ」というように、他者への気遣いも生まれるわけです。

    他人事ではなく自分事だと思えるかどうかです。何事も経験って大切で、知識だけでは解決できないですよね。実質的に経験していない人に「なぜわからないんだ」と怒っても、過去の自分がそうだったように、経験していないことはわからないんですよね。

    トピック4:コロナ禍の影響の良い面&悪い面

    南家:現在、コロナ禍の影響で自宅で過ごす時間が増え、男性が家事育児の「経験」をする機会も増えたはずです。良くも悪くも、これまで見えてこなかった部分が明らかになる期間でしょうね。鬼頭さんのご家庭ではどういう影響がありましたか?

    鬼頭:この期間によってわかり合えた家庭、わかり合えないと気付いた家庭、様々でしょうね。私の子供たちも一時期保育園の登園を自粛し、かつ夫婦共にテレワークをすることになりました。設備的な環境は整っていますが、子供が2人いる中ではテレワークであっても実質的な作業はできません。どう分担して仕事時間を捻出するか妻と相談しました。

    私たち夫婦の場合は、1人は仕事をし、もう1人はその間の家事育児を担い、それを時間交代制にしました。これまで以上に、時間と内容の分担を明確にする必要がありました。妻は朝5時から朝食までとその後の午前中勤務、私は午後から夕食までの勤務としました。実質稼働できた時間はそれぞれ1日4〜5時間でした。結局、明確に切り分けできない家事育児や、一緒に対応せざるを得ない時間も発生しました。また外出できない子供たちは体力が消費されず、やたら早朝に起きてしまうなど通常はあり得ない対応も必要になりました。でも良いこともあります。これまでは、お迎えから夕食準備までは一番大変な作業にもかかわらず、比較的妻にお願いすることが多かったのです。テレワークになったことで、その時間に私も家事育児に参画できるようになったのは良かったです。保育園の送り迎えも、今は私が担当できています。

    南家:この状況下でなければ、お迎えから夕食の時間は、多くの家庭では父親が残業で家に居ないですよね。それが夫婦2人で対応できるようになり、さらに家族全員で夕食を食べることが可能になったご家庭は多いかもしれません。コロナ禍の影響とはいえ、ある意味大きな改善ですね。

    鬼頭:そう思いたいのですが、残念なことにせっかく父親が在宅しているのに、なんだか世の中上手く機能していないんだな〜と感じたエピソードがあります。TV番組で「ステイホーム期間中在宅している父親が、家族のランチをテイクアウトで買いに行く」という企画を観ました。普段は何も家事育児をしない父親が、家族みんなのランチを「買いに行ってくれる」と。「おい! 買いに行くだけかよ!」「つくれよ!」と夫婦で突っ込みましたね(笑)。もちろんTVの企画自体は飲食業の応援的意味合いなどがあるとお察ししますが......。


    南家:家にいるだけで何もしない父親、これはまさに「取るだけ育休」と同じ状態ですね。先ほど「意識はあれども、構造上男性が育児に参画できない」背景を取り上げましたが、面白いことにこの現象は、全く逆のパターンです。「構造上、自宅に居ることが可能になったにもかかわらず、育児に参画する意識がない」。

    鬼頭:本当ですね。結局、「意識」も「構造」もどちらも必要なんでしょうね。意識の方の課題としては、残念ながら「家事育児は女性がやるもの」という考え方をなかなか切り替えられない人がいらっしゃると思うんですよ。今までに染み付いてしまった考えの切り替えが難しい気持ちは、わからなくもないですけどね。

    南家:鬼頭さんが「考えの切り替え」をしたのはいつでしたか? 育休中ですか?

    鬼頭:私の場合は、育休を取る前から家事育児をすると考えていたので、育休を取ると同時に切り替わったわけではありません。それでは遅いですよね。育休取得を前提にした仕事の調整は少し前から必要ですし、権利があるとは言え、軋轢を残した状態で育休に入ることは誰も望んでいないはずです。私は育休自体がそれほど大袈裟な人生の転機やキッカケになるとは捉えていませんでした。

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    トピック5:育児に期限などない

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    トピック5:育児に期限などない

    鬼頭:ある男性が「どのくらいの期間、育休を取得するべきですか?」と尋ねたことがありました。それに対し知り合いの女性が、母親の立場としては「最低3ヶ月はとってほしい」と答えていました。でも、彼女はかなり遠慮して「3ヶ月」と答えたんじゃないかと想像します。もっと長く、自分と同等に取得してほしい、育休に関わらず今後もずっと対等に育児に参画してほしい。そう考えるのが当然だと思うからです。「どのくらい取得するべきですか?」という聞き方が、彼女に「3ヶ月」という返答をさせてしまったわけです。「育休」言い換えれば「育児」に、期限はないですよね。だから私は育休の期間について議論したり、その理由を求められたりしたときは、どう答えるか悩みます。

    逆に、「1ヶ月育休を取ります」と宣言する男性がいるとしたら、その1ヶ月で何をするつもりなのか、考えてほしいと思います。1ヶ月という育休は、出産後の産褥期だけを助ける期間と言えるでしょう。助けがゼロの状態と比べたら意味のある1ヶ月です。でも何度も言うように「育児」は育休と同時に終わりませんよね? 子供が自立するまでの期間、ずっと続きます。であるなら、1ヶ月の育休が終わった後、どのように育児をしていくのか。それを考えておく必要があります。男性も長期的な視野をもち、育休を検討するべきではないでしょうか。

    南家:話を進めれば進めるほど、「育休」だけに注目することがいかに無意味かということがわかりますね。

    鬼頭:私は保育園の入園システムについての知識が足りず、長男が12月生まれというタイミングもあったので、0歳での入園を見送り、1年後の1歳での入園を選択しました。さらに慣らし保育の1ヶ月も考慮し、5月に復帰したため、結果的に育休期間が長くなりました。ただ、そもそも育休に期限を設けることに疑問をもっていたので、当初から可能な限り取得しようと決めていました。

    慣らし保育なんていう期間も、もちろん最初は知らなかったわけですよ。でも経験していく中で、入園後の最初の1ヶ月なんて、大変すぎてまったく通常勤務なんて無理だということがよくわかりました。さらに保育園の入園システムって非常に複雑ですよね。こんなに難しい手続きを多くの家庭では母親だけで対応しているわけで、よくやっているなと驚きました。


    トピック6:ルールの破綻

    南家:保育園の入園と職場復帰に関しては、制度上少し破綻していると感じる部分もあります。自治体によっては、4月1日からフルタイムで復帰するという申請でないと、保育園に入園できません。しかし、4月1日の入園初日から子供がフルタイムで登園できるわけがありません。通常は慣らし保育という期間があります。4月1日から親がフルタイムで働くのは非常に困難です。入園申請上必要な書類をつくるのとは別に、職場では実態に即した調整が必要です。制度上の問題に気付きつつも、利用者側がなんとか上手にやりくりしながら運用しているという印象です。

    鬼頭:制度は完ぺきとは限りませんから、会社の担当者にその辺の理解があって融通が利くといいですね。男性の育休取得手続きも、これどうすればいいんだ? と思うときがありました。例えば、社内向けの申請書では「育休を開始する日付」を明記し、「その日付の1週間前まで」に提出することになっていました。私は、子供が生まれた日から育休が取りたかったのですが、出産日は出産日にならないとわかりません! 1週間前に書類を提出することは不可能です。これどうすればいいんだ? となりました。

    幸い当社の人事は私の問い合わせに対して柔軟に対応してくれて、出産日から取得できる当社独自の特別休暇制度の利用を勧めてくれたり、書類の提出から承認までの時間を通常より短くしてくれたりしたので非常に助かりました。出産の実状と制度がマッチしていないことがあるのは、男性による申請が少なくルール上の問題に気付く機会が足りないのかもしれません。女性の場合は、産休(産前産後休業)制度との兼ね合いで出産日の変動に対応できるしくみなので問題ないのですが、男性には産休のしくみがないんですよね。

    *現在、男性の産休制度新設の動きがあるようです。
    参考:男性の「産休制度」新設の動き...「収入減」「マイナス評価」懸念をどう払拭する?(2020年8月6日) news.yahoo.co.jp/articles/6a1f11c1b45415ebc108122ded274a0590df4667

    南家:妊娠が確定すると、実際の出産日の目安として「出産予定日」というものが産院で決定します。それはあくまで「予定日」で、日付が前後する可能性が高く、また早すぎることも遅すぎることも命に関わる危険な状況です。そんな不安な時期が「予定日」周辺には必ず存在しています。また、出産直前の陣痛や、病院への移動の判断などの瞬間は、最も緊張が高まりますよね。その瞬間が「予定日」に来るとは限らず、母体や胎児の状況によっては何日も前から緊張状態が続くわけです。その一番センシティブな時期を妻が1人で乗り越えるとなれば、ワンオペで出産ギリギリまで家事育児に追われる、急な変調により自宅で倒れる、移動が間に合わず緊急出産にいたるといった危険な事態の発生が容易に想像できます。

    そうして出産した後に、夫が「さて育休を始めようか」という意識では、もう完全に遅すぎますよね。出産日から開始する男性の育休ルールでは、これらの問題に対応できません。出産予定日以前、遅くとも1週間前から、出産に向けての様々なサポート、およびそれを支える男性の休業制度が必要なんですよね。

    鬼頭:それは確かにその通りですね。私も第一子のときは知識が足りておらず、生まれた瞬間に自分が休業する準備ができていれば大丈夫だと考えていました。でも、出産前の「病院に行く」という行為が、ひとつの大変なイベントとして存在するのだと経験を通して知りました。幸運なことに、長男が出産予定日当日に生まれ、かつ妻がしっかり準備をしていたおかげで、手続きにおいて大きな混乱はありませんでした。しかし男性の方は、出産前の準備に対する認識がすっぽり抜け落ちてしまいがちですね。ですから、予定日より前から夫が休業できるしくみがあるといいですね。そうすれば急な変調にも対応できると思いますし、出産直前の危険な状況の中、家事育児を1人で背負っている女性の負担を軽減することができるでしょう。



    前篇は以上です。後篇の公開は、2020年11月以降を予定しております。

    プロフィール

    • 南家 真紀子
      アニメーションアーティスト

      アニメーションに関わるいろいろな仕事をしているフリーランスのアーティストで、3人の息子をもつ親でもあります。
      〈仕事内容〉企画/デザイン/アート/絵コンテ/ディレクション/手描きアニメーション。アニメーションとデザインに関わるいろいろ。
      makiko-nanke.mystrikingly.com

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