記事の目次

    こんにちは。アニメーションアーティストの南家 真紀子と申します。アニメーションに関わるいろいろな仕事をしているフリーランスのアーティストで、3人の息子をもつ親でもあります。仕事と育児の両立が当たり前になりつつある今日この頃、両方とも楽しみたいと望む人が増える一方で、CG業界はもちろん、世間一般の理解も進んでいないのも事実ではないかと思います。私自身、仕事と育児の両立を志し、辛いこと、楽しいこと、悲喜こもごもの経験をしながら、10年ほどの月日を歩んできました。私と同じように、まさに今、試行錯誤の真っ最中という子育て世代も多いと思います。そこで、本連載を通して、CG業界で仕事と育児の両立に取り組んでいる方々の声を届けるお手伝いをさせていただこうと思っています。第1回では、私自身の考えや経験、感じてきた課題についてご紹介します。

    TEXT_南家 真紀子 / Makiko Nanke(makiko-nanke.mystrikingly.com
    EDIT_尾形美幸 / Miyuki Ogata(CGWORLD)

    なぜ、ワーク&ファミリーの連載が必要なのか?

    連載を始めるにあたり、CGWORLD編集部の尾形さんから以下のような相談がありました。

    昨今、CG業界やゲーム業界ではワーキングマザーが増えており、CEDECではワーキングマザーをテーマにしたセッションが恒例になってきました。しかしながら、ワーキングマザーには「たいへんそう」「つらそう」「自己犠牲」「罪悪感」など、ネガティブなイメージがつきまとっているように感じます。
    
    これから子育て世代となる若い人たちに対して、そういうイメージだけを伝える連載にすることは、あまり価値がないように思います。建設的な未来を開拓するためには、ワーキングマザーのネガティブな事実を直視する一方で、ポジティブな側面にもスポットを当てる必要があるのではないでしょうか。
    

    私が最初の出産を経験した10年前に比べれば、ワーキングマザーの数は増えているはずですが、まだまだネガティブな情報の方が多いのかもしれません。でも実際には、大きな学びや喜びなど、ポジティブな側面が多々あります。ネガティブな側面を伝えることは、世間の理解を得るために重要です。一方で、ポジティブな側面を伝えることは、これから子育て世代となる人たちにはワクワクを、現役の子育て世代の人たちには有益なノウハウを、子育てに深く関わってこなかった上司世代や独身の方々には新しい価値観を届ける足がかりになるのではないでしょうか。

    そしてそして、仕事と育児の両立について語るとき「ワーキングマザー」だけを取り上げるの、もうやめませんか?

    おい、ワーキングファーザーはどこ行った?!(笑)

    これ、ネガティブをポジティブに転換する、とてもわかりやすい一歩だと思います。そもそも育児も、家事も、そして仕事も、性差にとらわれるべきではありませんよね。そんなわけで、本連載ではワーキングファーザーとワーキングマザーの両方にインタビューしていきます。それぞれの本音や希望、そしてポジティブな側面とネガティブな側面の両方をバランスよくお届けしていくので、ぜひお付き合いください。

    ここからは、私自身の経験や、感じてきた課題を、以下のトピックに分けてお伝えします。

    Topic1:パートナーシップ
    Topic2:時間のやりくり
    
    ▼2ページ目
    Topic3:子供の病気
    Topic4:サポート体制
    Topic5:仕事では得られないつながり
    Topic6:子供に見せたいアニメーション
    
    ▼3ページ目
    Topic7:産後うつ
    Topic8:ロールモデル
    

    Topic1:パートナーシップ

    改めて私の家族構成をご紹介します。私には、夫と3人の息子がいます。兄の2人は10歳の一卵性双生児で、弟は4歳児です。夫は3DCGスタジオ勤務のCGディレクターで、私も数年前まで同じスタジオに勤務していました。今はフリーランスとして、アニメーションとデザインに関わるいろいろな仕事をしています。

    仕事と育児を両立するにあたり、私は夫とのパートナーシップを大切にしており、日頃からよく会話をするよう心がけています。雑談も多いですが、子供の話、PTAの話、近所の話、自分の体調の話など、話題は広範囲にわたります。これって、仕事で言うところの「報告・連絡・相談」にあたると思うんです。そして育児や家事に関するアレコレを、「タスク」として認識しています。お互いのGoogle カレンダーを共有しながらタスクを管理して、出張や飲み会などのイベントで相手の負担が増える場合は事前に相談します。

    タスクの進捗を確認したり、見える化したり、問題を解決したり、リスクに対処したりするときの考え方は、会社で行うプロジェクト管理と同じかもしれません。夫と私とで「子育て」というプロジェクトを進行している感じです。もしプロジェクトを担うスタッフ間の意思疎通が不十分で、もめごとが起こっていたら、進行が危うくなりますよね。だから、夫との会話はとても大切だと思うのです。

    もちろん、私たちのプロジェクトは常に順調なわけではありません。お互いちがう人間ですから、意見が合わないこともあれば、ケンカをすることもあります。それでも日頃から情報共有を心がけ、お互いが同じ情報にアクセスできるよう努めておくと「そんなの聞いてなかった」というようなズレが起こりにくいと感じています。

    ▲本記事の執筆プロジェクトにおいても、夫に協力を依頼しました。各々の考えを見える化するため、私たちは時々マインドマップをつくります。今回は「ワーク・ライフ・バランス」をテーマとしたマインドマップを制作し、そこに詰まっている要素を洗い出してみました。これは数年前の話ですが、「人生」をテーマとしたマインドマップを制作したこともありました。子供の成長(中学・高校・大学進学)、親の介護や葬儀、自身の健康、旅行など、私は多岐にわたる長期的な課題や計画を書き出したのに対し、夫が書き出したのは「たった今の自分のこと」がほどんど。驚くべきことに、将来に関する記述は「老後の趣味は囲碁がいい」だけだったのです!(笑)お互いの見えていなかった新たな一面に驚くと共に、長期的な課題や計画を定期的に擦り合わせ、アップデートする必要性に気付くことができました

    Topic2:時間のやりくり

    時間のやりくりには、常に頭を悩ませ、試行錯誤をしてきました。兄の2人は朝8時に小学校へと登校し、その後、夫が弟を保育園まで送ります。私は9時から18時までの時間を自分の仕事にあて、18時に弟を保育園までお迎えに行きます。夕食、お風呂を経て、子供の就寝時間は21時30分を目標にしています。夫の帰宅時間は20時以降です。

    私は自宅で作業するので通勤時間がなく、フルタイムの会社員と同等の約8時間を仕事にあてつつ、保育園のお迎えに対応できます。仕事の時間と、子供と過ごす時間のバランスをとりやすいのは、フリーランスの利点だと思います。

    ただし、もちろん難点もあります。夫が「送り」、私が「迎え」と、公平に分担しているように見えますが、「迎え」の負担の方が大きいのです。仕事が忙しいとき、思ったように進行しないときには残業時間が必要なので、夫に18時の帰宅とお迎えを交渉したり、私の母(子供にとっては祖母)に相談したり、子供の就寝後の深夜や土日に仕事をしたりすることもあります。

    兄の2人は夕方に帰宅しますが、その時刻は私が18時までに仕事を終わらせるため、必死で作業しているタイミングです。友達の家に行くとか、お菓子はどうするとか、安否確認も含め、心身両面で大きな負担です。さらに夕食の準備も必要です。18時のお迎え後に弟を連れて買い物に行くのは大変なので、仕事の合間に食材を買いに行ったり、買い溜めしたり、ときには出前や外食を選びます。仕事中に、夕食の献立を考えたり準備をしたりするタスクが食い込んでくるのは、毎日のことなのでかなりのストレスです。

    私には毎日18時という「締め切り」がある一方で、帰宅時間を決めずに仕事をしている夫に対し、不平等だと感じることもありました。そこで、帰宅時間をシビアに見積もってくれるよう「今日は何時に帰って来るの?」と聞くようにしました。

    これ、厳しすぎると言われるかしら?

    出産前の私も、育児や介護の担い手の都合が理解できない人のひとりだったので、「厳しすぎ」と思う人の気持ちもよくわかります。でも、いろいろな事情で、決まった時間に退社しなければいけない人は多いはずなんです。帰宅時間を守れるように仕事内容を調整し、効率化したり優先順位を明確にしたりすることは、多様な働き方を実現する上でとても大切ですよね。もちろん、残業や夜型の働き方が必要になる場合があることも理解できます。でも、それが漫然と習慣化していたり、周りの人々に強要する風潮があるとしたら、改善を願うばかりです。仕事の後で、家族が揃って夕食を食べることが、自然で当たり前の世の中になってほしいという願いを込めて、自分にできる工夫を積み重ねようと思っています。

    さらに、私が忙しくなる時期をあらかじめ夫に伝え、夫が弟を保育園までお迎えにいく日(つまり私は終日仕事ができる日)をつくるといった工夫もしています。この日は、帰宅後の兄の2人も夫が面倒を見ます。帰宅したかどうか、どこかへ遊びに行くのか、何時に帰って来るのか、宿題はどうするのかなど、電話とメールを使い、全て夫が確認し、子供の安全を確保します。夕食以降の育児と家事も夫が担当します。また、平日は私が育児と家事の多くを担当しているため、休日の食事づくりは夫が担当してくれます。食器洗いに関しては、平日も含め、ほぼ毎回担当してくれます。

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    Topic3:子供の病気

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    Topic3:子供の病気

    子供の病気や怪我に直面すると、仕事と育児の両立が難しくなりますよね。もちろん、子供の健康が第一です。まずは夫と私の仕事状況をみて、どちらが休めるかを相談します。もしお互いに外せない仕事がある場合は、私の母に依頼したり、病児保育や病児OKのベビーシッターを利用したりすることで乗り切ってきました。

    保育園から急遽電話で「熱があるからお迎えにきてほしい」と言われるケースも多いです。自宅で作業する私がお迎えに行くことになりますが、仕事の状況によっては、その後夫に帰宅してもらい、私は仕事に戻る場合もあります。あるいは、子供の看護によって滞ってしまった2日分の仕事を土日にまわし、その間は夫にワンオペで育児と家事を担当してもらう場合もあります。

    困ったことに、看護が必要になるのは子供が熱を出した当日だけではありません。インフルエンザなどで1週間近く登園許可が下りない場合は、約1週間分の仕事のスケジュールを調整する必要があります。当初から仕事を目一杯に入れてしまうと、万が一のときに破綻する恐れがあるので、夫と私のカレンダーがビッシリ埋まっているような状態は危ないと思っており、2人の忙しさのバランスを常にザックリと把握しておくようにしています。

    Topic4:サポート体制

    最近、私の母が私たちの家の近くでひとり暮らしを始めたのを機に、ちょくちょく育児を助けてもらえるようになりました。母は長らく、私の父と、私の祖母の介護に従事しており、常にヘルプをお願いできるわけではありませんでした。介護の役目は終わったものの、母も仕事をもっており、いつでも頼めるわけではありませんが、助かっています。

    兄の2人が小さい頃は、ベビーシッターと、区のファミリーサポートをよく利用しました。当時は3DCGスタジオに勤務しており、福利厚生の一環でベビーシッターサービスを割引で受けられたので、すごく助かりました。お迎えにどうしても間に合わないときは、同じ保育園に通う同級生の親友達に兄の2人を一緒に連れて帰ってもらい、夕食までお世話になることが何度もありました。遅い時間に親友達の家まで迎えに行き、親友達と一緒にお酒を飲み始めてしまい、酔っ払って帰宅したことも(笑)。逆に、親友達の子供を預かることもありました。集合住宅の隣のお部屋の方に頼み込んだこともありますし、都内に住む親戚に来てもらったこともありました。お迎え時間に間に合わず、保育園の先生に電話で平謝りしながらタクシーで直行したこともたびたび......。夫と2人で分担するのが筋だとは思いますが、ありとあらゆる手段を使い、ここまで乗り切ってきました。

    Topic5:仕事では得られないつながり

    同じ保育園に通う同級生の親たち、産後ケアの教室で出会った方々、入院中に出会った方々とのつながりは、私にとって、仕事では得られない貴重なものです。「ママ友」だけでなく、お互いの家族を含めた「ファミリー友」が多いです。出版、TV、IT、広告、教員、映画監督など、様々な分野で活躍しながら、育児との両立を試行錯誤している、まさに同じときを生きる方々です。一緒にキャンプに行ったり、駅伝大会に出たり、家に招いて食事をしたり、飲んだりしています。まさか子供の同級生の父親と、あだ名で呼び合うほど仲良くなれる日がくるとは想像していませんでした。「とても素敵なつながりだなー」と、出会えた方々に感謝しています。彼らと悩みを語り合い、意見を戦わせ、情報を共有してきた経験は、私の視野をとっても広げてくれました。

    Topic6:子供に見せたいアニメーション

    兄の2人を出産する前から、私は子供向けアニメーションを手がける機会が多かったのですが、子育てを経験し、より「子供向けアニメーション」の意義について深く考えるようになりました。私は子供の頃、数々の美しいアニメーション作品に心を奪われ、影響を受けました。『スノーマン』(1982)、『風の谷のナウシカ』(1984)、『木を植えた男』(1987)などです。もちろんディズニー作品も、日本のTVアニメシリーズや特撮シリーズも、ハリウッド映画も大好きで、多岐にわたる映像作品を楽しみました。当然のように、自分の子供にも、映像作品を楽しんでもらいたいと思いました。

    ですが、私は保育園の先生から注意を受けることになります。「お母さんね、自分が映像の仕事してるからって、子供たちにTV(映像作品全般)はあまり見せないように」と。自分が一生懸命取り組んでいる仕事が、子供たちに悪影響だと注意を受けるのは悲しいことでした。

    注意の理由は、アニメーションの内容というよりも、目の負担と、脳が必要以上に刺激されて覚醒してしまい、寝つきが悪くなることへの心配などでした。それともうひとつ、映像作品は子供へのアプローチが一方的で、子供自身が想像を膨らませたり考えを巡らせたりする余地がなく、書籍と比べると教育的価値が低いと考えられていることも知りました。

    この経験は「親として、子供たちに与えたいアニメーションって何だろう?」と深く考えるきっかけになりました。

    例えば、ひとくちに「アニメーション」と言っても範囲は広いですよね。その中には、子供向け作品だけでなく、大人向けの娯楽作品も多く含まれるので、性的表現や暴力的表現の扱いは、特に気をつけて考えなきゃいけないと思いました。さらにジェンダーバイアスや、人種や文化のちがいにも思いを馳せるようになりました。

    そんな思いでもって世の中のアニメーションを見渡してみて、ふと気付いたのです。特に日本のアニメーション作品の多くで「母親が働いていない」ことに。子供と一緒にアニメーションを楽しみたくても、そこには自分たちと同じ境遇の家族がいません。時代のながれに日本のアニメーション制作者の意識が追いついていないのかも知れないと感じたりもしました。でもきっと、これから制作現場にワーキングファーザー&マザー世代が増えることで、もっと多様な家庭環境の設定が当たり前になっていくんだろうなって感じてもいます。

    私たちのような、アニメーション制作に関わりかつ保護者でもある立場は、アニメーションが子供に与える影響を深く考えることができる貴重な立場だと思うので、この課題に向き合うとってもいい機会だと思います。

    そして私は、アニメーションによって子供たちの想像力を引き出すことはできると思っています。それが可能な美しい作品に自分自身も影響を受けたひとりなので「世の中には子供や家族に寄り添ってつくられた素晴らしい作品がたくさんある」ってことを、保育園の先生はもちろん、保護者の方たちににも認識してもらえるように、自分にできることをやろうと思うにいたりました。

    「子供と家族に届ける自分なりのアニメーションをつくろう」と奮起した私は、フリーランスになってから初めての自主制作に取り組み、『Good Night』という6分22秒の短編を2018年に完成させました。本作のストーリーを考えるにあたっては、子供の成長に寄り添うような、自然な日常を意識しました。

    ▲『Good Night』トレーラー


    そして、私の考える「今の子育ての自然な日常」が世の中に受け入れられるかどうかを試すため、世界中のコンペティションに応募しました。その結果、自分でも驚くほどの数の映画祭で『Good Night』が上映され、様々な国の、様々な文化圏の方々に共感してもらえたのです。「貴女の考えや発想は間違っていない」と言われたような、温かい気持ちになりました。また、子供を想い育む気持ちは国も文化も言葉も簡単に超えられることや、子育てに共感してくれるファミリーが世界中にいることを知り、私の視野は広がりました。

    サンフランシスコの子供映画祭(Bay Area International Children's Film Festival)では、3人の父親がそれぞれベビーカーに子供を乗せて楽しそうに会場を移動している様子を見ました。現地では、そんな自然で美しい景色を何度も見ることができました。初めて目にしたときには「すごい。日本と全然ちがう!」と驚いてしまった自分がすごく悲しかったです(涙)。

    各国の映画祭では、作品内容に応じた年齢制限がしっかり明示されていました。映画祭の主催者が、どんな内容、どんなストーリーが、どんな年齢の子供にふさわしいか、丁寧に選んでいることが伝わってきました。その意識は「アニメ」とか「子供向け」といったザックリしたレベルのものではありませんでした。認知症、貧困、両親の離婚など、社会が抱える課題を描く作品も多く選ばれており、映像がもつ教育的側面もしっかり考慮されていました。映画祭によっては、学校教育の一環として、子供たちが遠足のように先生に引率されて来ている場合もありました。「TVは見せないように」と言われる日本との意識の差は歴然でした。この経験を通して、アニメーションの仕事をしながら子育てをすることの意義を、私は強く実感できました。子供に良質な作品を届けるためには、仕事の経験と、子育ての経験の両方が不可欠だと感じました。

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    Topic7:産後うつ

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    Topic7:産後うつ

    夫と私は、周りの親友達から「夫婦仲が良いよね」「羨ましい」「夫が協力的で良いね」とよく言われます。でも私たちのパートナーシップは、初めからこうではありませんでした。ゼロからスタートし、10年かけて、ようやくここまで来ました。私は産後うつを経験しています。産後うつは大きな社会問題のひとつで、10人に1人が経験すると言われています。また、産後うつと診断されないグレーゾーンの方々も含めると、その数はさらに多いと考えられ、自殺、母子心中、虐待など様々なかたちで表面化します。10年前、私もその渦中にいました。

    兄の2人の妊娠から出産、新生児期にかけて、夫も私も、当時は「母親が子育ても家事もやるもの」だと盲目的に信じていました。そして未熟な私は「がんばること」=「我慢すること」だと思い込んでいました。これが非常によくなかったのです。妊娠期から体の自由を奪われた(双生児の妊娠はハイリスクのため制限が多いのです)ことを皮切りに、過酷なつわり、ディレクターと部署のリーダーという仕事を手放す底知れぬ不安、長い入院生活、早産、子供の心臓疾患と入院、搾乳、毎日の通院、睡眠不足、過労、栄養不足などなど、数え挙げればきりがないほどの負の側面を、ほとんど吐き出せずにいました。

    加えて夫は家にほとんど帰れない多忙プロジェクトの責任ある立場。保育器の中の子供と触れ合える日も、私の退院の日も、仕事の飲み会と二日酔いで忘れるような状態でした。さらに、周囲の目は双生児の可愛さだけに向けられ、「ものすごく幸運ね」「羨ましい」といった言葉をかけられ、私はますます追い込まれました。「幸せそうに演じたい」という謎の呪縛に囚われたのです。

    私は完全にぶっ壊れ、産後うつと診断されました。

    一番身近な夫と話す機会はたくさんあったはずなのに、うまく話せませんでした。「悲しい」「辛い」「助けてほしい」「理解してほしい」といった感情が、「嫌味」「苦情」「怒り」となって表面化し、夫はそれを「攻撃」とみなし、10倍返しで反撃するという負の連鎖を引き起こしたのです。これ、アルアルだと思うんです。類まれなる鈍感力をもつ夫は、深刻な状況になるまで危機に気付きませんでしたし、パニック状態の私は状況を伝えるスキルを失っていました。

    私たちのパートナーシップは非常に未熟でした。

    思っていること、感じたことを、言葉にして伝えるというシンプルな行為は、なかなか難しいものです。子育てをしていると、育児と家事の分担、男女の性差や役割など、次から次へと疑問が湧いてきます。これに仕事が加わると、疑問はさらに増えていきます。それらは心の中で渦を巻き、ある日「なんで私ばっかり!」という怒りとなって現れます。この怒りの内側には、悲しさや、自分だけでは解決できない疑問があるのです。本来であれば、怒りではなく、悲しさや疑問を夫にそのまま伝えるべきだったと思っています。

    先の体験から、約10年の試行錯誤を経てきたのが今の私です。産後うつと、その要因となる様々な出来事によって、当時の私は失ったものの大きさしか感じることができませんでした。今でも直視できないくらい深い傷もあります。でも、この体験が私の糧になっていることは間違いありません。たくさんのことを学びました。きっと私の学びは、子供の成長にも還元できると信じて前向きにがんばっています。

    Topic8:ロールモデル

    私の両親は自営業の共働き、叔父夫婦はフリーのアニメーターと公務員の共働きで、仕事と育児を両立してきた偉大な先輩です。ワーキングファーザーという言葉がなかった当時から、叔父はフリーのアニメーターとして活躍する傍ら、育児と家事もこなしていたことは、私の大きな憧れであり、心の支えでもあります。身近に尊敬できるロールモデルがあると、ポジティブな気持ちで工夫を重ねる原動力になってくれると思います。

    私はまだまだ試行錯誤の途中ではありますが、このような経験談を様々な立場の方からお聞きして、連載で発信していくことで、読者の皆さんの力になれたらと願っています。



    第2回の公開は、2020年1月以降を予定しております。

    プロフィール

    • 南家 真紀子
      アニメーションアーティスト

      アニメーションに関わるいろいろな仕事をしているフリーランスのアーティストで、3人の息子をもつ親でもあります。
      〈仕事内容〉企画/デザイン/アート/絵コンテ/ディレクション/手描きアニメーション。アニメーションとデザインに関わるいろいろ。
      makiko-nanke.mystrikingly.com

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