本連載では、CG映像制作におけるテクニカル系スタッフの仕事の現状と課題を、パイプライン開発の専門家である痴山紘史氏(日本CGサービス(JCGS)代表)が探っていく。
第5回では、ボーンデジタルのソフトウェア事業部でテクニカルサポートを担当する吉田ひろみ氏と井上将人氏へのインタビューをお届けする。後編では現場で開発された内製ツールを提供することになった経緯や、今後目指していくテクニカルサポートチームの姿について話を聞いた。
テクニカルサポートチームの仕事
INTERVIEWEE
内製ツールの提供を決めた経緯
吉田ひろみ氏(以下、吉田):前編でもご紹介させていただきましたが、当社がテクニカルサポートのチャレンジのひとつとして取り組んでいるものに、現場で開発された内製ツールの提供があります。
eST3はリグツールとして有名ですが、ポリゴン・ピクチュアズ(以下、PPI)と一緒に仕事をしている組織やプロジェクトでしか使えない幻のツールでした。噂を聞いて試してみたいと思っても、実際に使う機会がない方が多かったんです。
そこでPPIがeST3の提供に乗り出し、ボーンデジタルがそのお手伝いをすることになりました。ツール単体で販売するのではなく、当社からMayaを購入していただいているお客さんに無料で提供する方法をとっています。
当事者が言うのもなんですが、長年にわたり多くのリソースをかけて開発されたeST3を本当に無料で提供して良いのかと、最初は思っていました。しかし、より多くの人がeST3を使った作品制作に取り組める環境を整えることでeST3のユーザーが増えれば、eST3の活用の幅や進化の可能性が広がりますし、最終的にユーザーとPPIのハッピーにもつながるんですよね。
PPIは「多くの人に使ってもらいたい」という気持ちがとても強く、当社のお客さんに紹介するときに直接デモをしてくださったりと、全面的な協力を得ています。
井上将人氏(以下、井上):Sacramentoを開発したスマイルテクノロジーユナイテッドの場合は、「こういう連携ツールを追加してほしい」という相談を受けても、イチから開発すると結構な費用がかかるため、開発費の確保が難しいという事情があったようです。そこで当社が開発費用の一部を負担して、ツールの提供も担当することになりました。
SacramentoもeST3と同じように、当社からFlow Production Tracking(旧ShotGrid。以下、FlowPT)を購入していただいているお客さんに無料で提供しています。昨年はβ版の提供期間としてテスト運用を行い、今年の2月に正式版のバージョン1.0をリリースしました。現在もブラッシュアップを続けながら提供しています。
吉田:ゲーム会社はバージョン管理ソフトを必ず使用しているのですが、意外なことに、「連携ツールを開発する費用や期間を確保できず、バージョン管理ソフトとFlowPTの連携ができていない」という悩みを多くの会社が抱えていました。Sacramentoはこの悩みを解決できるので、大手のゲーム会社からも予想以上のお問い合わせをいただきました。
大きな会社でもプロジェクトやチームごとに事情が異なっていて、大規模チームではツール開発をしているけれど、小規模チームではできていない、というケースもあります。Sacramentoはそのような方々に興味をもっていただいていますね。
内製ツールを販売するリスク
吉田:内製ツールを単体で販売することは様々なリスクを伴います。当社でも一度試みたことがあるのですが、元が社内向けなので社内のルールに沿ってつくられている部分が多いんです。しかしお金をもらって販売するとなると、より一般化が求められます。ツールの構造に合わせて使ってもらうのではなく、ユーザーに合わせてツールを変えていく必要があるので、単体での販売はとても大変でした。
eST3は特に使用ルールが厳格に決まっているツールです。「こうするためにはこの手順を踏む」というルールに則って進めることで、後の作業が楽になります。
eST3を販売するために、ユーザーの要望に合わせてルールを改変しながら開発・運用をするとなると、eST3の特性が損なわれるし、PPIがやりたかったことからも外れてしまうと思います。「みんなで共通の使い方をする」ことがeST3の重要な特性だという思いを、ベースにもっておきたいのです。
このような思いがあるので、有料で販売するのではなく、サービスの一環として無料で提供しながら一緒に使う仲間を増やしていく、というスタンスをとっています。
オープンソース化についても質問されることがありますが、これもかなり難しいですね。開発者がコードに関する全ての権利をもっていないケースもありますし、オープンソース化することで必要なサポートが出てきた場合、そこまで手が回らないというのが実情です。
井上:Sacramentoも同様で、現在のところオープンソース化は考えていません。もちろんユーザーの要望はお聞きして、より使いやすくするためのブラッシュアップは進めていきます。
一方で各ユーザーのフォルダ構造に合わせた調整などは、なかなか難しいのも実情です。このあたりは要望を精査しながら、より良いものを提供できる対応策を検討したいと思っています。
積極的な情報収集の必要性
吉田:新しい情報を積極的に集めてお客さんに紹介し、現場の支援につなげることもテクニカルサポートの大事な役割です。そのためにはSIGGRAPHやGDCといった海外のイベントに参加し、直接情報を仕入れることが欠かせません。当社は海外イベントへの参加も積極的に支援してくれるので助かっていますね。
今年の3月にはサンフランシスコで開催されたGDCに行ってきました。特に熱を感じたのは、Epic GamesによるUnreal Engineのセッションと、『Marvel's Spider-Man 2』(2023)を開発しているInsomniac Gamesのセッションです。
Insomniac Gamesのセッションでは、ゲームのアートをつくるためにHoudiniのプロシージャル技術を社内で広めてきた10年間にわたる試みが語られました。2013年に1人で始めた活動が、『Marvel's Spider-Man』シリーズを開発していく過程で組織に浸透し、システムを拡張していったそうです。技術にフォーカスした内容だったので、私としてはすごく面白かったですし、情熱も感じましたね。
GDCの後、4月にオランダのブレダ応用科学大学で開催されたEPC(Everything Procedural Conference)にも参加しました。ヨーロッパはプロシージャル技術の活用がすごく進んでいるんです。私はEPCが初めて開催された2016年にも参加しており、Guerrilla Gamesの『Horizon Zero Dawn』(2017)を開発した方のセッションを聞いて、ゲーム制作でHoudiniを駆使する様子にとても感動したのを覚えています。
それ以降『Horizon Zero Dawn』の記事が数多く出て、日本でもHoudiniを採用するところが増えました。この年のEPCを起点にして、プロシージャル技術がメインストリームに出てきたように感じています。このような情報と、登壇者の熱量を肌身で感じるために、ほかのテクニカルサポートのメンバーにも海外イベントへの参加を勧めています。
テクニカルサポートの採用時に感じる裾野の広がり
吉田:テクニカルサポートチームでも常に人材を募集しており、CG業界以外からの応募も定期的にいただきます。むしろ他業界からの応募の方が多いかもしれません。他業界でシステムエンジニアやプログラマーをやっていた方が、エンターテインメント系の作品やコンテンツをつくる仕事に携わりたいという動機から応募されることが多いです。
最近は使用経験のあるソフトウェアを聞くと、ほとんどの方がBlenderやUnityを触ったことがあると答えます。Blenderは無料で使用できますし、今は誰でも自分の家で手軽にCG制作ができるほど裾野が広がっているので、CG業界に入りたいと思う方が増えてきているように感じますね。
システムがわかるプログラマーはテクニカルサポートとして大いに活躍できると思います。例えば、USD(Universal Scene Description)を推進していこうとする場合、ネットワークの知識と、適切な環境を整備するためのプログラムの知識が必要になってきます。ほかにもクラウド化に対応したり、レンダーファームを構築したりといった技術が必要です。大手のゲーム会社なら社内で対応できるかもしれませんが、中小の会社にはハードルが高い場合があります。
そういう現場に対して、テクニカルサポートが要件を聞き出し、どんなシステムを構築するかを提示し、要件に合わせた調整も行う、といったサービスを提供できるようになりたいと考えています。様々なお客さんに対して、様々なサービスを提供していくコンサルティングチームのようなかたちへと進化することが理想です。
他業界出身のシステムエンジニアやプログラマーは、CG業界の常識や慣習に囚われないので、お客さんから提案に対するフィードバックを受けた際に、柔軟な対応や、追加提案ができる印象があります。業界を問わず、そういう姿勢の人に来ていただきたいですね。
社内で検証プロジェクトを作成できる体制を構築する
リガーとアニメーターの採用
吉田:現在テクニカルサポートチームでは、リガーとアニメーターも募集しています。最近は様々なアニメーション用のソフトウェアがリリースされており、日本ではあまり知られていないものもあります。それらをどう使うのか、どうしたらより上手く活用できるのかを提案できる方を探しています。
リガーとアニメーターの採用は、eST3をもっと広めていくために、当社でも有益な情報を提供したいという思いから考え始めました。将来的には社内でeST3の検証プロジェクトを作成しながら経験を積み、サンプルデータや関連情報を提供できる体制を構築したいと考えています。
eST3に限らず、例えばHoudiniにもリグやアニメーションの新機能が追加されています。私も機能自体は理解できますが、リガーやアニメーターから見た場合の良さを伝えることは難しいという課題がありました。
リガーとアニメーターの目線をもつ人が社内にいて、自作の検証プロジェクトでサンプルデータをつくり、それをお客さんに提供できるようになれば、みんなのハッピーにつながると思います。
テクニカルサポートチームのメンバーになるリガーやアニメーターは、ひとつのソフトウェアだけに特化するのではなく、様々なソフトウェアに興味をもち、その特性や効果的な使い方を理解し、お客さんに伝えられる方であってほしいです。世の中には「作品をつくることではなく、面白いソフトウェアを使うことが好き」という人もいますよね。テクニカルサポートの仕事は、そういう方に合っていると思います。
モーションキャプチャ技術や生成AIがどれだけ発達しても、アニメーターが付けた魅力的な動きを見ると、すごく楽しい気持ちになりますよね。そういう現場の仕事をサポートすることに喜びを感じる方に来ていただきたいです。
SideFXの事例
吉田:SideFXは「SideFX Labs」という活動を行なっています。テクニカルアーティストを雇ってHoudiniの検証プロジェクトをつくり、必要なツールなどを開発し、それを無料で提供しているんです。
さらに社内にテクニカルチームを設け、「Project Pegasus」や「Project Titan」などのプロジェクトを起ち上げ、関連するチュートリアルやデータを全部公開しています。私たちがやりたいことも、これに近いです。
海外ではUSD化を推進する動きが活発ですが、日本ではキャッシュを作成する文化が浸透していない、社内にライティングの専門チームを抱えていないなどの理由から、まだまだ導入が進んでいないのが実情です。このような日本の現状と、理想的な環境の間を埋めていけるテクニカルサポートチームをつくりたいと考えています。
ソフトウェア代理店の枠を超えたサービスを提供する
吉田:当社が日本のCG業界から必要とされ続けるためには、ソフトウェア代理店の枠を超えたサービスの提供が必要だと感じています。CG業界で働くクリエイターのための技術検証チームをつくり、有益な情報をお届けできるようにすることが今後の目標です。
従来のソフトウェア代理店のテクニカルサポートは、「質問したら答えを返してくれるけれど、普段は何をやっているのかわからない」というイメージが強かったと思います。そうではなくて、お客さんのためになる情報を、先んじて発信していける体制を目指したいと考えています。
「使ってみようかな」、「調べてみようかな」と思うきっかけになる情報があれば、「こういう使い方ができるんだ」という発見が生まれます。そのきっかけづくりのお手伝いができれば、当社のサポート力の信用にもつながり、みんながハッピーになれると思うんです。
筆者まとめ
今回は日本でCG制作に携わる人なら高頻度でお世話になっているものの、その実態がイマイチわからない謎の会社、ボーンデジタルのテクニカルサポートチームにインタビューしました。話を聞けば聞くほど、本当にソフトウェアやCG技術が好きなんだということがヒシヒシと伝わってきた取材でした。
同時にソフトウェア代理店という業態に対する危機感をもっていることも強く感じました。最近はソフトウェアのサブスクリプション化、オープンソースソフトウェアの台頭、AIの進化など、環境が激しく変化しています。その中でいかに生き残っていくかというのは、私も他人事ではなく頭の痛い問題です。その話をする中でも、「ハッピー」という言葉がくり返し出てきたのが印象的でした。
ユーザーにハッピーを提供するためにどうしたら良いかを考えた結果、「社内にCG技術の検証チームをつくろう」という試みに辿り着いたのは、とても面白いです。プロダクションの中で技術検証やユーザーサポートを行なっている人にとっても、気になる試みではないでしょうか。今後の進展に期待です。
痴山紘史
日本CGサービス(JCGS) 代表
大学卒業後、株式会社IMAGICA入社。放送局向けリアルタイムCGシステムの構築・運用に携わる。その後、株式会社リンクス・デジワークスにて映画・ゲームなどの映像制作に携わる。2010年独立、現職。映像制作プロダクション向けのパイプラインの開発と提供を行なっている。
TEXT_痴山紘史/Hiroshi Chiyama(日本CGサービス)
EDIT_尾形美幸/Miyuki Ogata(CGWORLD)、李 承眞/Seungjin Lee(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充/Mitsuru Hirota