AI技術を実際の制作現場で活用するためには、どのような開発と運用が求められるのか。各社の教育・研修の取り組みに迫る連載企画、第8回はスクウェア・エニックス AI&エンジン開発ディビジョン(以下、AIE)を取り上げる。前編では、フェイシャルリターゲットAIや生成AI活用ツールの開発事例を通して、研究だけで終わらせず、現場で使われる技術へと落とし込むための考え方と実践に迫る。



記事の目次

    本記事は月刊 CGWORLD + digital videovol.33420266月号)掲載の「クリエイターの学びの現場 8 スクウェア・エニックス クリエイティブサポートセンター AI&エンジン開発ディビジョン」を再編集したものです。



    スクウェア・エニックス クリエイティブサポートセンター AI&エンジン開発ディビジョン

    2024年にAI開発部門とゲームエンジン開発部門を統合して発足。スクウェア・エニックスの全プロジェクトを横断的に支援し、ゲーム開発におけるAI活用と基盤技術の高度化を担う。社内業務向けにもAIシステムを展開する。
    Webサイト:www.jp.square-enix.com

    現場の課題から生まれた、フェイシャルリターゲットAI

    CGWORLD(以下、CGW):本日は、AIEの取り組みについて、特に若手の育成と実務への接続という観点からお話を伺います。まず、AIEはどのような部門なのでしょうか。

    荒牧岳志氏(以下、荒牧):もともとはAI開発部門とゲームエンジン開発部門が別々にありましたが、それらを統合してできたのがAIEです。AIを実務レベルで活用していくことと、ゲームエンジン自体もAIによって進化させていくこと、その両方を担っています。

    ジェネラルマネージャー・荒牧岳志氏

    CGW:特定のプロジェクトに紐付くのではなく、全社の開発を支える立場なんですね。

    荒牧:はい。ゲーム開発に限らず社内業務向けにAIシステムを提供することもあります。

    CGW:遠藤さんは2022年入社、藤井さんは2024年入社とのことですが、現在はどのような業務を担当されているのでしょうか。

    遠藤輝人氏(以下、遠藤):私は特定の領域に限らず、AIに関わる開発全般を担当しています。例えばアニメーション関連もありますし、文章生成のようにLLM(大規模言語モデル)を使ったものもあります。AIとクライアントをつなぐサーバ側の開発もやっています。AIを軸にしながら、その時々のニーズに応じて複数領域に対応している感じです。 

    ▲AIプログラマー・遠藤輝人氏

    荒牧:遠藤の代表的な開発実績としては、AIによるフェイシャルキャプチャのリターゲットの自動化があります。もともとこの工程は半手動で行われていて、時間もコストもかかっていたのですが、ベースとなるアニメーション生成の部分をAIに置き換えることで、現場の負担を削減できました。最終的なブラッシュアップは人が担う前提で、AIはベース生成を担う設計です。

    CGW:単純に「全部AIに任せる」という発想ではないんですね。

    遠藤:重要なのは、どこまでをAIに任せるかの切り分けです。フェイシャルの場合は、演技のニュアンスまで含めて完全に任せるのではなく、現場が使える“土台”をどれだけ早く、安定して出せるかに焦点を置きました。

    CGW:リターゲットAIの開発は、どのような経緯で始まったのでしょうか。

    遠藤:発端はモーションキャプチャの現場からの要望でした。「AIで効率化して工数削減できないか」という話があって、どこが削減可能なのかを探りました。現場を見ていく中で、ボディ側はすでにシステム化されていて高速納品が可能だった一方、フェイシャル側は手作業中心で、1〜2週間かかるボトルネックになっていることがわかったんです。そこでフェイシャルに絞って開発を進めることになりました。企画は2024年の1月頃、実際に開発へ着手したのは同年5月頃です。フェイシャルリターゲット用に制作したAIを、社内に蓄積したデータで学習させ、そのモデルを組み込んだツールの実装まで行いました。

    CGW:すでに現場実装まで完了しているのですか?

    遠藤:はい。試作ツールをつくって、まずモーションキャプチャチームに検証してもらい、その上で実際のプロジェクト側のアニメーターにも確認をお願いして、フィードバックをもらいながら改善していきました。2025年9月に現場へ正式導入しているので、開発期間は1年4ヶ月程度ですね。

    CGW:ツール導入後の、現場での効果はいかがですか。

    遠藤:試算ベースではありますが、以前は1週間程度だった作業時間を最短1日まで縮められるようになりました。プロジェクトの大規模化に伴い物量が増える中で、早期に納品できることでブラッシュアップに充てられる時間が増える点は、現場にとって大きなメリットです。

    遠藤氏によるAI技術の検証と実装

    ▲遠藤氏が開発した、フェイシャルリターゲットAIのシステム模式図(本記事では説明用にAIにて生成)。フェイシャルキャプチャデータを基に、顔解析による中間データ(顔のランドマークやブレンドシェイプ)を経由して3Dキャラクターへ適用する構成を採用し、撮影環境に依存しない安定した出力を実現している。AIがベースとなるアニメーションを生成し、最終的な演技や品質の調整はアニメーターが担う分業設計となっており、従来は半自動でも約1週間を要していたリターゲット工程の効率化に貢献している

    使われて初めて成果となる、AIツール開発と現場への接続

    CGW:藤井さんが取り組んできた業務についてもお聞かせください。

    藤井翔太氏(以下、藤井):私は、プロジェクト側から依頼を受けて検証やツール開発を行う仕事と、社内でもっとAIを使ってもらうためのツールをこちらから提案していく仕事の、両方をやっています。軸になっているのは、最新のAIモデルを使える環境を整えることと、それをアーティストにも使いやすいかたちに落とし込むことですね。複数の検証やツール開発を並行して進めています。

    ▲AIプログラマー・藤井翔太氏

    CGW:具体的には、どのような検証や開発をなさっていますか?

    藤井:試作段階のものも含みますが、動画生成AIを用いて2Dイラストにアニメーションを付与する検証や、画像生成AIを用いてキャラクターのドット絵生成を補助する取り組みを進めています。加えて、Geminiを活用した画像生成AIツールを内製し、アーティストが扱いやすいようにUIや機能の拡張も行なっています。さらに研究段階ではありますが、カットシーン制作を支援するシステムの検討も進めています。

    藤井氏によるAI技術の検証と実装(※研究段階のものを含む)

    藤井氏が開発した、Geminiを活用した画像生成AIツールの画面。既存アプリをそのまま利用するのではなく、アーティストの制作フローに合わせてUIと機能を拡張している点が特徴。プロンプト入力のみによる画像生成に加え、GUI上でマスクを描画することで画像の一部のみを編集可能。全体の再生成による破綻を避けつつ、局所的なコントロール精度を高める設計となっている

    藤井氏が開発中の、マルチエージェントによるカットシーン制作システムの概念図。ユーザーの依頼やシナリオ入力を基に、複数のエージェントがアセット配置やライティング、カメラワークを段階的に提案することで、カットシーンの検討プロセスを支援する

    絵コンテの各カットごとに、対応するプリビズ用の3Dシーンを自動生成し、レイアウトを検証できるしくみも検討している。少人数で進行することの多いプリビズ工程において、AI壁打ち相手として活用し、発想の拡張や第三者視点の補完をねらったものだ

    CGW:ひとつのテーマを深掘りするというより、複数の検証や開発を同時に走らせるスタイルなんですね。

    藤井:私は常時3本くらいのテーマを並行して走らせており、直近の約1年間では7本程度のテーマに取り組みました。AIE全体としても、複数のテーマを並行しながら、現場と往復しつつ検証していく進め方が多いです。

    CGW:その量を回せるのは、やはり開発速度が大きく変わってきたからでしょうか。

    藤井:最近はコーディングAIエージェントを活用できるので、検証やプロトタイプ開発は以前よりずっと速くなっています。例えばドット絵関連の生成ツールの場合、検証は約2週間、アーティスト向けツールのプロトタイプ開発も1週間弱くらいで進められました。もちろん、そこで終わりではなくて、実際に使ってもらいながら改善していくながれです。最初から100%を目指すと時間もかかりますし、方向性がずれたときの修正コストも大きいので、まずは使ってもらえるものを早く出すことを意識しています。

    荒牧:AIEでは、単にAIを研究だけで終わらせるのではなく、実際にゲーム開発現場で使われるところまでもっていけるかを重視しています。

    CGW:実装までもっていく際に、課題になるポイントはどこにあるのでしょうか。

    荒牧:影響が大きいのはUI/UXです。機能として成立していても、特にアーティストはUIの使い勝手が悪いと、ほとんど触られないまま終わってしまうことがあります。

    遠藤:同じツールでも、使用者の職種などによって求められる完成度は変わりますね。プログラマー向けであれば検証用の簡素なUIでも問題ありませんが、アーティスト向けの場合は、ある程度プロダクトとして成立している状態までもっていく必要があります。

    荒牧:最近はコーディングAIエージェントが使えるので、UIの実装コストもかなり下がっています。以前であれば後回しにしていた部分も、初期段階からある程度整った状態で提供できるようになってきました。

    藤井:実際、2Dアニメーション関連のツールを開発したときは、最初はUIなしで提供する想定だったんですが、荒牧から「UIを実装した方が良い」と助言されて追加しました。結果的に、使ってもらえる範囲が広がったので、重要なポイントだったと思います。

    荒牧:どれだけ良い機能でも、使われなければ成果はゼロなので、その点はかなり意識しています。

    CGW:そうした「使われる前提」での開発を、若手にどう伝えているのか。新人研修やOJTの設計についても伺えますか。

    第8回 スクウェア・エニックス 後編は6月19日(金)に公開します。

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    TEXT&EDIT_尾形美幸/Miyuki Ogata(CGWORLD)
    文字起こし_遠藤大礎/Hiroki Endo
    PHOTO_弘田 充/Mitsuru Hirota