「第1回 CGWORLDノベルズコンテスト」では、受賞候補2作品を選出し、CGWORLD.jpにて各作品を全12回にわたって掲載いたします。その後読者投票により各賞を決定し、それぞれ書籍として刊行する予定です。
「CGWORLDノベルズコンテスト」概要
第1回 CGWORLDノベルズコンテスト
■今後の予定
12月8日(金)〜:CGWORLD 305号とCGWORLD.jpで掲載と読者投票スタート
2024年3月頃:書籍時の扉絵イラスト募集
2024年6月頃:読者投票&扉絵イラスト結果発表
本文
朝、今日もずっと動かない龍と格闘するのだと思って欝々としていたとき、「捕まえたあ!」と外から大きな声がして、朝のけだるさは吹っ飛んだ。声の主は当然のようにローラだったが、ここまで大きな声を聞いたのは初めてだった。慌てて外に出ると、ローラが小さな少年を押さえつけているところだった。
「えっと、あの。ローラ、その子は……」
「森の主です! やっぱり子どもでしたね……さ、観念しなさい!」
少年は僕には聞き取れない言葉で何かしらを叫んでいる。少女の姿をしているローラよりもさらに小さい子どものせいで、どうにもローラが危険人物のように思えてしまう。とりあえずそっと近づいて「はじめまして……」と声をかけてみる。少年はじっと僕を見つめると、知らない言葉を返してきた。ここへ来て五年、何とも間抜けな初対面だった。
さすがに逃げられないと思ったのか、ローラが上からどいても少年は正座のままおとなしくしていた。
「ここへ来た初日に森に届けた本があったでしょう。昨日その本を見つけたので、エサとして小屋の前に置いていたら、のこのことここに現れたのでひっ捕らえたというわけです」
「うん、完全にやり方が悪役だね」
「ちょこまかと逃げ回る方が悪いでしょう! さあ、全部吐いてもらいますよ」
ローラがあまりにも悪い顔をするので、少年は怯え切っている。少しかわいそうになってしまった。
「さて、まずはジルさんをここへ閉じ込めている訳からお聞きしましょうか」
「───」
少年が話すのを聞くにつれ、ローラの悪い顔が驚きに変わり、やがて僕にゆっくり目をやった。
「ジルさん。ここに来る直前の記憶は?」
「ない。いや、故郷の山にいて、そこからここへ飛ばされたのは覚えている。でもどうしてそんなことになっていたのかはわからない」
「ああ、そうでしたか。やっぱり悪い存在ではないのですね……ただちょっと、外の世界に対する認識が変だっただけで」
ローラ曰く、僕はこの少年のお気に入りで、山から直々に救い出した存在で(救い出した?)外の世界は危ないからとここで囲い込んでいたのだという。話を聞くごとに、今度は僕の顔が驚きに変わり、やがて湧いてきたのは怒りではなく、強烈なやるせなさだった。
「…………そんなしょうもない理由で僕、五年もここにいたわけ?」
「よくあることですよ。人間は他種族の言葉がわからないですもんね。ジルさんはいい方ですよ。このまま死ぬまで出られないケースだってありましたから」
胡乱な目で、正座したままぼんやりしている少年を見る。他種族とのコミュニケーション不足で一生ここに囲われるなんてたまったもんじゃない。
「許してあげてください。子どもに引っ掻かれたようなもんだと思って」
「確かに子どもだけど、君みたいにあれこれ姿を変えられるとかじゃないの?」
「いいえ。彼は正真正銘子どもですよ。まだ自我が出て百年も経ってないんでしょうねえ」
生まれて百年は子どもなのか。どうにもローラと話していると時間感覚がおかしくなる。それじゃ僕は生まれたての赤子同然じゃないか。「そうですよ」とあっさり肯定されるのが目に見えているから言わないけど。
森の主に怒りをぶつけても、きっと誰も僕を責めない。ただ人間と他種族との認識の差なんて土台に突然乗せられて、怒るタイミングを見失ってしまった。そもそも正当に怒りをぶつけるにしては、僕はこの森についてローラほど理解しようとしなかったし、いざ脱出できるとなったときに地図を買う発想もないあたり、心のどこかで諦めと同時にここで一生暮らしていくある種の覚悟があったのだ。そんな人間が、戻ってこない五年間をどうこう言っても仕方がない気がした。
深く深くため息をついて、眉間を押さえた。
「外に危険がないなら、僕はここを出て行ってもいいのかな?」
ローラの通訳のもと、僕の言葉が少年に届くと、彼はコクコクとうなずいた。
「そう……。あ、絵が出ないのって君のせい?」
今度は首が横に振られる。何か口元がもぐもぐ動いて、ローラが思い切り吹き出した。
「あんなへにゃへにゃな龍は出せないそうですよ」
「あ、そう」
確かにそうだけど。へにゃへにゃを何十枚も量産しているけれど。僕よりももっと壊滅的な絵を描くローラに笑われるのは釈然としない。ローラはしばしクスクスと笑っていたが、少年の方に向き直る頃にはその笑顔を引っ込めていた。
「人間は壊れやすいし、五十年も持たずに死にます。関わりたいなら覚悟を持って、深入りはしないこと。今回お渡しした本も、ちゃんと読み込むんですよ」
母親みたいな口振りでそう言って、ローラは「もう行っていいですよ」と少年を解放した。少年はしばらく呆然として、それから僕とローラの間を突っ切るようにして風のように森の奥へと消えていった。まるで突風だ、これじゃローラが捕まえられないのも無理はない。
「さて、戻りましょうか」
「うん……」
連れだって小屋へ戻る。妙な時間だった。森から出てもいいと森の主から言われたのだから、もはや龍などなくても帰れるのかもしれない。ローラもそれをわかっているはずだ。小屋に戻ってから、ローラがこちらを振り返る。
「ジルさん。龍、描きますか?」
スケッチブックを見返して、硬派なものから妙にかわいくなったものまで、バラエティに富んだ龍を見つめる。根本が解決したからって投げ出すには、もう彼らにかけた時間が長すぎた。
「描くよ…………へにゃへにゃの絵で終わらせたら、気持ち悪いし」
口を尖らせて言うと、ローラはさっきと同じ顔で笑った。
「そういえば、ローラは龍に乗せてもらったことあるんでしょ? どうだったの?」
再び龍を描くと決めてから数日後、いつものように寝物語を始めようとするローラを遮って僕はたずねた。ローラはすでに少年へと姿を変えて、勝手知ったる様子でベッドにもぐり込んでいる。
「んー、そうですねえ。あのときは明け方で、よく晴れていて。そうそう、あまりにも龍が乗せてくれないから、眠そうなときを見計らって適当にうなずかせてやっと了承させたんでした……」
ぽつぽつとローラが目を閉じたまま語る。龍に乗るにあたって不穏な経緯があったようだが、聞かなかったことにした。
「本当に高い場所にある山で、雲の中を突っ切って風を切るように飛ぶんですよ。だんだん山の向こう側から太陽が昇ってきて……空が紫色に染まっていて、すごく綺麗でした」
想像する。龍の背にまたがって、明け方の山を越える少女の姿を。それは幻想的で、昔読んだ本の挿絵みたいだった。
「あれ、ローラが乗った龍にはすでに主がいたの? だから簡単に乗せてもらえなかった?」
「え? あ、あー……そうです。彼にはすでに主がいて、でも人間だったものだから五十年たたずに死んでしまったんですよ。龍は主を一人と定めて一生その者についていきますから、早々に主を亡くしてしまった龍は誰とも慣れあわず孤独のままです……人間は龍の主には向かないでしょうね」
「そう……」
目を閉じると、瞼の裏にふと龍の寂しい横顔を見た。それは一番初めに描いた、何者とも関わらない孤高の龍でもなく、主を持ってかなり威厳のなくなったかわいらしい龍でもない、もっと複雑で崇高な何かだった。
続きは毎週月・木曜に順次公開予定です!
日程は公開リストよりご確認ください。
『龍が泳ぐは星の海』はこちらに掲載しています。
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